短編集・1
・カノン
待つしか無くて。
でも、待つ間も何か出来ないかな…って。
気を抜くと叫び出しそうで。
でも、そんな事は出来ない。
ーーー胸が潰れそう。
こんな時。
俺に出来る事って何かなって考えた時。
それはやっぱり。
『歌』だった。
《カノン》
「隆ちゃん、起きてたの?」
薄青い部屋の中、小さく欠伸をしながら。イノちゃんはベッドの上で上体を起こして言った。
最近はすっかり、どっちかの家で過ごす事が多くなった俺たち。
昨夜はルナシーのミーティングを終えた後、イノちゃんの車に乗ってイノちゃんの家へ。
いつもだったらご飯を食べてお風呂に入ったら、一緒にベッドに入って愛し合う事がほとんどなんだけど。
昨夜のミーティングの内容が内容だっただけに。前例のない事態に、俺たちも思った以上に気落ちしてたんだと思う。
ベッドに入ったら、イノちゃんはすぐに俺を優しく抱きしめて。俺もイノちゃんの体温にすごく安心して。
そのまま。くっついたまま、いつの間にか眠ってしまった。
間もなく明け方という時間に、急に目が覚めてしまった俺は。
イノちゃんの体勢が昨夜と同じって事に、ちょっと笑みが溢れて。
イノちゃんの腕のあったかさと、規則正しい鼓動に身を委ねて、じっと昨夜の事を考えた。
みんな、きっと同じ気持ちだ。
会いたいのに、会えない。
待つしかない…けど。
先がわからない。
「………」
自分じゃどうにも出来ないって事に。
こういう時は、頭の中がキン…と冴え渡ってしまう。
ーーーなんか、焦燥感みたいな。
「焦ったって何も変わらないけど…」
もどかしい気持ちが溢れそうで、静かに深呼吸。
吸って…
吐いて…
吸って…
そのリズムで、また考える。
身体に酸素が行き渡ったせいか、今度は別の事を考える。
今、俺に出来ること。
何かな…って。
「……」
「…………」
「ーーー…」
「ーーーーーーーーー」
「ーーーあ…ーーーーー」
がばっ…と。
思わず起き上がってしまった。
起き上がって、しまった!と思ったけど、イノちゃんは身動ぎしただけで起きなかったから。
俺はホッとして、そっとベッドを抜け出した。
窓辺に寄って、そっとカーテンを開ける。
まだ暗い外。
誰も歩いていない。
今なら、少しだけなら…いいかな?
窓をほんの少しだけ開ける。
隙間から冷たい空気が入り込んで、ちょっとだけ身震い。
でも、気持ちいい。
シン…とした空気。
俺はスゥと息を吸って…
ーーーーーー歌う事にした。
「隆ちゃん、起きてたの?」
薄青い部屋の中、小さく欠伸をしながら。イノちゃんはベッドの上で上体を起こして言った。
俺はイノちゃんの声に振り返って。
今歌っていた小節を歌い切ると、歌を止めてイノちゃんに微笑んで見せた。
「ーーー歌ってたの?」
「うん。ーーーごめんね、起こしちゃって」
「ん?…全然。隆の歌で目覚めるなんて最高でしょ」
「そう言ってもらえたら…」
「嬉しい?」
「うん!」
へへ…と。嬉しくて、照れ隠しの返事をしたら。イノちゃんの手が差し出されて、おいで…って見つめられた。
こういう時のイノちゃんの目は揺るがない。俺を捕らえて離さない。自然と俺の足も、イノちゃんの方へ進んでる。
イノちゃんの目の前で立ち止まると、俺の手を掴んでグッと引いて。
さっきまでいたベッドに逆戻りさせられた。
ベッドの縁に座ったら、イノちゃんの指先が髪を撫でてくれる。
気持ち良くて目を閉じたら、イノちゃんの囁くみたいな声がした。
「ーーーこんな時間に歌って。…どした?」
「ーーん…」
「ん?」
「っ …」
髪を撫でてくれてた手に力が入って、イノちゃんの胸に俺の身体がコテン…と落ちた。
そうしたら。
やっぱりあったかくて、また目を閉じてしまう。
俺も両手をイノちゃんにまわすと、さっき聞かれた事を話した。
「ーーーーーあのね?」
「うん…」
「ーーーやっぱり、歌しかないなって」
「歌?」
「揺らいだ時に、俺を元に戻してくれるのは、歌。ーーー歌えばいいんだって、気付いた」
「ーーーーーー今の、状況?」
「うん。俺たちが揺らいだら、みんなも揺れちゃう。だから、俺が自分自身が固定するためには、歌」
「ーーーーー」
「いっぱい歌うよ」
「ーーーーーうん」
ぎゅうっ…と、イノちゃんが抱きしめてくれる。
俺もいるよ。って、言ってくれてるみたいで、心強い。
「俺らのファンはね、みんなめちゃくちゃ我慢強いから」
「え?」
唐突に。
真剣だけど、何処と無く戯けた声音でイノちゃんが言った。
「みんな、ずっと待っててくれた前例があるでしょ。ーーーまぁ、引き合いに出すものでも無いんだけど…」
「あ…ーーー」
「トンネルの出口がいつなのかって。もどかしくて、辛いけどさ」
「ーーーうん」
「今回は、俺らも一緒だから。ファンもスタッフも、みんなも。みんなで、耐え忍んで」
「うん」
「その時の為に!エネルギー満タンにしておこう」
「うんっ !」
「だからさ、隆」
ぴったりくっ付いていた身体を少しだけ離して。
イノちゃんはおでこを擦り合わせて笑ってくれた。
「歌、聴かせて?ーーー隆の歌声、皆んなにとって、安定剤なんだよ」
「ーーーっ …」
「もちろん、俺にとっても…だからな?」
「ーーーうんっ ーーーー歌う」
「ん。」
「ーーーーーーーーーーーイノちゃん…」
「ん?」
「…………」
「ーーーーーーーー……りゅう」
「いのーーーーーーーっん…」
重なる唇が気持ちいい。
俺まだ何も言ってなかったのに。ーーーイノちゃんには、バレてたんだなぁ。
そう…
俺を保つものは、歌と。
それから。
「ーーーイノちゃん…っ …」
end
.
15/27ページ