短編集・1











瓶の中の月と星
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星が綺麗で。

月も綺麗。










「ーーーぅ…ん…」



ーーーあぁ…眠れない…


微睡む感じはあるんだけれど、深く眠りに入れない感じ。





「ーーーーーまだ2時…」



そっと視線を向けて見たベッドサイドの置き時計。
夜中の2時。
朝はまだ程遠い。



「…はぁ、」



時間を見てしまったら完全に目が覚めちゃった。
これはなんか…あったかいもの飲むとか、少し気分転換するとかしないと眠れなさそう。
ひとまず俺は、放ってあるシャツを羽織って、そっと布団から抜け出すことにした。
ーーー起こさないようにね。
隣で眠るイノちゃんを。





ぺた。



裸足で床に降りると、ひんやりして気持ちいい。
数時間前までイノちゃんと散々…身体を重ねてて。
その頃は熱々になっていた俺の身体だったけれど。
今はだいぶ、落ち着いた。
とは言っても、思い出すだけでも身体がぽかぽかして、恥ずかしくて、くすぐったくて。
だから床の冷たさは今の俺にはちょうどいい。


ぺた…ぺた…




お茶でも飲もうかな…
それかほんの少しだけ、深夜番組観ようか。

間接照明だけの、薄ぼんやり明るい廊下を歩きながら、そんなことを考える。
真夜中に考え事をしながら歩くせいか。
…それとも、身体に残る気怠さのせいかな。
足元がふわふわして、いつもの廊下がちょっと違う風景みたい。




…ぺた。




「ーーーぁ、」



俺は足を止めた。
目を奪われて。
見慣れてるはずの廊下の窓からの景色に。
まるで初めて見たみたいに、引き込まれてしまって。





「ーーー…わ…ぁ、」





星が綺麗で。

月も綺麗で。

背後からの気配にも気付かずに。
俺は四角く切り取られた夜空に夢中になっていた。





ぴた。




「っ…ひゃ…」







びっくりした!
唐突に頬っぺたに冷たい感触。
えっ⁈…って、思わず振り返ると。
そこにはにっこりした、大好きなひとの笑顔。
…笑顔っていうか、悪戯成功!って感じの戯けた微笑みの彼。




「…イノちゃん、」

「びっくりした?」

「したよ!いきなり冷たい…ーーーって、それなぁに?」




イノちゃんが手に持っていたもの。
それは透明なグラスに入った液体。



「ぁ…水?」

「そ。隆、喉渇いてるかなぁって。冷蔵庫で冷やしてたからひえひえだよ」

「喉?」


確かに、気分転換に何か飲もうかなぁって思ってた。
条件反射的にそのグラスに手を伸ばす俺を見て、イノちゃんはますます悪戯っ子顔。
そして耳元で、コソッと。



「ーーーあんだけさっき喘いでくれたからさ。喉潤したいんじゃないかなって」

「っ…‼︎」

「違う?」

「イ…っ…!ーーーもぅ!」



だいたいあんなに喘ぐ結果になったのは誰のせい⁈
ーーーって詰め寄ろうとしたけれど。

俺のせいだろ?でもだいたい隆が可愛すぎるのが悪いし、あんな縋りつかれて求めんなって方が無理だし…とかなんとか言い包められるのが目に見えてしまって、俺はグッと口を噤んだ。

ーーーそのかわり。




ごくっ…こくっこくっ…



イノちゃんが見守る前で。
手渡されたグラスの水を一気に飲み干した。


「ーーーーーーぷは。…」

「美味い?」

「ーーーん。美味しかった」




喉渇いてたんだ。…やっぱり。



「ご馳走様。…ありがと」

「どういたしまして。ーーーーーじゃあ、」

「ぅん?」

「もういいかな?」

「え、?…ぁ…っ…」



ぎゅうっ…て。
イノちゃんは俺を抱きしめた。
空のグラスを胸に抱えたままの俺を、後ろから。



「っ…イノちゃん」

「喉潤したら、今度は暖をとらないと風邪引くだろ。…それに」



スルッ…



「ひゃっ」

「ーーーこんな無防備な格好でふらふら廊下ほっつき歩いてさ」

「誰も見る人なんていないでしょ⁈」



そうだよ。
俺とイノちゃん以外この家にはいないのに。
(だからって裸にシャツ羽織っただけの姿でふらふらしてていいって事じゃないけど…。夜なんだしいいじゃない!)

するとイノちゃんはシャツの裾から手を差し込んできて、さらさらと俺の肌を撫でてまたまた悪戯っぽい声。




「誰もいなくても俺がいるだろ。隆のこんな姿見せられたら一番我慢できない俺がさ」

「っ…」




ほら、それ貸しな。


ぎゅっと握りしめていたグラスを、イノちゃんは俺の手から抜き取って。
俺がさっき身を乗り出して夜空を眺めた、廊下の四角い窓枠にコトンと置いた。

その途端。無色透明のグラスは、サッと夜空を透かして深い青に染まる。



(ーーーーーぁ、綺麗…)



そう思った瞬間に。
彼の腕に抱かれたまま、俺の視界は急に傾げて。

ひんやりした廊下に、自身の髪が散る感覚。
そっか、俺はイノちゃんに抱きしめられたまま寝かされたのだとわかった途端。




「…ぁ、」

「隆」


耳元で。
彼の掠れた声と。




しゅるっ…


俺の羽織るシャツの衣擦れの音と。





「…ぁ、ぅん…っ…」


甘ったるい。
潤いを得たばかりの、俺の声が。



青く静かな夜の空気のせいで。
それは耳を塞ぎたくなるくらい、とてもクリアに鳴り響いた。







さっき抱き合ってたばかりなのに。
俺たちは、また…





「…っ…ぁ」

「ーーー全然、」

「ん、んっ…」

「飽きもしないし、足りないし、」




隆のこと離せないよ。

イノちゃんはそう言って、たったひとつ留まっていた俺のシャツのボタンをぷちんと外してしまった。



「ーーー…ぁ、のね」

「ん?」

「…お腹」

「減った?」


違うよ。
そうじゃなくて。



「ーーーじん…って」

「ーーー」

「熱く…て。きゅうっ…って、」

「ーーー」

「お腹と胸の辺りが、締め付けられる…感じする」



そっと手を伸ばして、俺は自身の胸の辺りとお腹の辺りに触れてみる。
いつもそうなんだ。
繋がるとき、触れてくれるとき。
切なさと愛おしさで。
熱くて、壊れそうになる。

痛そうにしてたのかな。
苦しそうな顔してたのかな。
俺の手の上にイノちゃんは手を重ねてくれて。




「ーーーーーここ?」

「ぅん、」

「ーーーそれって」

「…」

「俺のせい?」

「ーーー…うん」



イノちゃんが触ってくれるからだよ。












「…ん、んっ…ぁ」



青い廊下で、最初は床に寝かされていたけれど。

やっぱり背中痛いよなって。
イノちゃんは俺を抱き起こして、膝の上に乗っけて。
丁寧に指先で慣らしてくれようとするイノちゃんを制して。



「自分で…できる」

「隆」

「さっき、したばっかりだもの」

「ーーー平気、か?」

「ーーー…ん…挿入られ…る」



彼が見つめる前で、俺はゆっくり、熱く硬い彼のものを咥え込んだ。





「…ぁ…あ…っ…」

「ーーーっ…隆、」




イノちゃんの上で揺れる。
彼の突き上げるリズムと合わせるように。
揺れる度に、羽織っているばかりのシャツが肩から落ちていく感覚。
直す余裕もない。
はだけたままにしていた胸を、イノちゃんの舌先が愛撫する。


「…ぁんっ…」

「隆可愛い」

「っ…イノちゃんが、!」

「したいからだよ」



隆が好きだからだよ。
目の前でチラついてたらめちゃくちゃにしたくなるだろ。
って、意地悪な顔で笑う。
でも、その顔が俺は好きで。
じっと見つめられたら泣きそうになるから。
俺はきゅっと視線を上に向けた。




「…ぁ、」




するとそこには、さっきの空のグラス。
窓枠に置かれたそれは、相変わらず青い夜空を透かしてる。
透き通った青い色は、青い飲み物を満たしたみたいに綺麗。


ーーーそこに。




(ーーーーーぁ…星…と)

(…月、)





小窓から見えた月と星。
綺麗だって、さっき身を乗り出して眺めていたそれらが。
今はグラスの中にちんまりおさまって、グラス越しに俺を見てる(気がする)

好きなひとに抱かれて、愛されてる俺を。




「こら、隆」

「…ぁ?」

「気ぃ散らしてんな」

「ぁっ…」

「こっち。俺を見ろよ」



「…ぁ…ぁあんっ…」



ぐっぐ…って。
俺の意識を向かせるように、イノちゃんは激しく深く突いて。
ふたり同時に達して、その後のキスに夢中になる頃は。




もう、月と星と夜空どころじゃなくなった。

でもね。
声が聞こえた気がしたんだよ。








見ているのはわたしたちだけだよ
あなたと彼のその恋を








end




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