短編集・1















「月のプリンセスだって」



「え、?」






スギちゃんがポツリと呟いた声に、俺は振り向いた。
(呟きにしては大きい声だったけど…)




「スギちゃんなんて言ったの?」

「んー?だからさ、月のプリンセス」




楽屋に持ち込んだPCでスギちゃんは動画(映画?アニメかな)を観てて、俺が返事したもんだからニッと笑って画面を指差した。




「ーーー月の…って、」

「そうそう美少女戦士ね」

「ええ~?」

「お仕置きよ!ってさ」

「…何をさっきから観てると思ったら」

「面白いんだぜ?最新のはめちゃくちゃ映像が綺麗だしさ。初期のもやっぱ、何度観ても…」

「ふふっ、スギちゃんはアニメ大好きだもんね」

「そうそう!こうゆう待ちの時間とかはついつい観ちゃうよねぇ」



ーーーで、月のプリンセスってことか。
俺はようやく成る程ってわかって、ひとりでうんうん頷いてると。…だ。




「でね、隆ってね」

「ーーー俺?」

「うん。隆はねぇ、月のプリンセスだなぁって思ったんだよね」

「ーーーーーーーーープリンセス…」

「そう」

「……スギちゃん…あのぅ」

「ん?」

「…バンド名を考えれば、月ってのはまぁわかるんだけど。…プリンセスっていうのはさ…お姫様でしょ?」

「そうね」

「ーーー俺、男…」

「いいの。そうかも知んないけど、そうゆうアレじゃなくって」


(…どうゆうアレなの…)



「月ってさ、綺麗じゃん。地上から見ても、望遠レンズで見ても、夜の月も真昼の月も綺麗でミステリアスで、」

「…ぅ、うん…。(大変だ、語りモードに入ってしまった)…」

「月の事ってまだまだわかってない事たくさんあるけど、それでも惹きつけて、今夜も月が綺麗だねって見上げてしまう魅力とか。月には兎がいるとか、地方によってはアレは蟹だとかいろんな説もある月にだぜ?」

「っ…ぅん」

「そんな不思議な場所には綺麗なお姫様がいても不思議じゃないよなぁって思うんだ」

「ーーー」

「ーーーーー俺はね、」

「ーーー」

「そうゆう魅力を抱えてるのって、隆だと思ってるよ?」

「ーーーぇ、」








「…ってスギちゃんが言うんだよ」



「ふぅん?」




あのあと少し遅れて来たイノちゃん。
周りに挨拶して、俺の顔を見るなり…
隆ちゃん、こっち。
そう言って俺の手を掴んで、イノちゃんの控室に連れ込まれた。

ホッとする。
イノちゃんとふたりの空間。
どきどきするけど、包まれるみたいな安心感はイノちゃんと一緒の時だけ感じる事。
だから安心しきった俺は、会話の流れの中でスギちゃんとの事を話していた。




「隆が月のプリンセスねぇ」

「ね?スギちゃんたら何言ってんのー?って思うよね」

「ん。や、俺はさ」

「え、?」

「隆がプリンセス、姫って、ずっと思ってたし。ーーー俺よく言うだろ?隆は姫って」

「…ぁ、」




そういえば、そうだったかも。って、俺は言われて思い出す。
ーーーもぉ、なんなの?みんな俺を姫だのプリンセスだのって。

「…な、」

「ぅん?」

「本当だよ。ーーー隆にこんな事言うのは俺だけでいいのに」

「!」

「いい?俺だけ」

「…っう、ん」




さっきから繋いでいた手を、もっとぎゅっとして。
…イノちゃん、なんかちょっとおもしろくなさそうに眉間を寄せた。




「今日も月が見えたよ。まだ真昼だけど」

「ーーー」

「ね、隆…」






「俺はね、昼間の白い月も好きだし夜の黄色く光ってる月も好きだけど。でもホントはどっちでもいいんだ。
どんな月かって事よりも、どんな状況で見るかって事の方が気になるし、大事」




「状況?」



イノちゃんの言葉に、俺はそのまま問いかけた。
そうするとイノちゃんはにんまり微笑んで、窓から見える真昼の月を指差した。
…片手は俺と手を繋いで。



「隆ちゃんと見るってのが一番大事。今もそうだし、夜によく月見ながら散歩も行くじゃん?そーゆうの」

「俺と?」

「そう。そうゆう時俺はいつも思ってる。あんまり隆に言うと頬っぺた膨らませて怒るからあんま言わないけどね、」

「何、を?」

「隆は月が似合うなぁって。月明かりに照らされてる隆はめちゃくちゃ綺麗だし、真昼の月をぽかーんと眺めてる隆の目は真っ直ぐで猫みたいで可愛いなぁ…とか」

「っ…」

「ーーーあの月で微笑んでるお姫様がマジでいたら、それはきっと俺にとっては隆で。そしたら俺は絶対にね、」

「…ぇ、?」

「手繋いで、攫ってく。隆を抱えて、月から飛び降りるよ」





ぽかーん。

この時の俺はさぞかし間の抜けた顔してたと思う。
だってあまりに現実離れしてて。
それこそ、さっきイノちゃんが言ってた、ぽかーんと月を眺める猫の目みたいになってたかも。

俺があんまり変な顔してたのかも。
イノちゃんは苦笑いして、ごめん…って。
俺の頭をぽんぽんと撫でた。




ーーーぅうん。

ううん、間違ってないよ。
謝らなくていいんだよ。
間抜けな顔してたのは…。きっとね、本当は嬉しかったから。
プレゼントの箱を開けた時みたいな、ふわっとした感激や喜びが俺を襲ったから。




ーーー手繋いで、攫ってく。隆を抱えて、月から飛び降りるよ。




あのね。それはもう、そうされてる。
イノちゃんと出会って、恋をして、気持ちを通わせる事ができた瞬間に。
俺の気持ちは月を飛び出したみたいになってる。

ーーーもしも、例えば俺が月のプリンセスだったとしたら。

俺は淑やかでも大人しくもないから。
あなたに差し出された手を繋いで、月を飛び出したと思う。
あなたに喜んで攫われたと思う。





「ふふっ、」

「ん?…なに、」

「んー?」

「隆、いきなり笑うから」

「ふふふっ、あのね。嬉しくって」

「ーーー」

「攫ってくれたから」

「…え?」

「イノちゃん、」




俺は月で微笑む綺麗で淑やかなプリンセスではないけれど。
あなたの隣で歌う、ひとり地上のひとだけれど。


でも、俺は確かに攫われた。
ずっと隣にいて欲しいと、強く願う程にあなたに恋した。




「俺はもうイノちゃんのだよ?」










end




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