短編集・1
ティンクル マイ リトル スター
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その露店には、不思議な物ばかりが並んでいた。
青い布の小さなテントは、端が少し破れていて。その隙間から、今宵の黄色い三日月が見える。
剥き出しの柱の金属はすっかり錆び付いていて、ちょっと突けば倒れそうだ。
そんな一軒の露店。
温みだした春の夜の海岸に。
ぽつん。
温もりあるオレンジ色のランプを灯して、来るとも知れない客を手招きしてた。
ーーー引っかかったのは、俺たちってわけだ。
「街灯に集まる蛾みたいだねぇ」
「ハハハッ」
「でもこんなにお店も何もない海岸だから、そりゃ気になるよね」
「明るい場所にな?」
「そうそう」
夜のドライブ。
適当に高速を飛ばして、降りた先はやっぱり海で。
でも初めて来る海岸だから、どこにコンビニがあるのかもわかんなくって。
また適当に下の道を走っていたら、海岸に降りられる階段を見つけた。
さくさくと隆と二人で砂浜を歩く。
暗い砂浜に灯りなんか全くない。
自販機の一個もあればいいのに…なんて隆と話しながらいると。
ーーーそこにさっき言った、一軒の露店。
ーーーその露店には、不思議な物ばかりが並んでいた。
「ぅわ…ぁ、イノちゃん見て」
「ーーーああ、」
「すごいね、なんか初めて見る物ばっかりだけど…」
「綺麗だな」
「ね!ホントに綺麗!」
その小さな店の前で立ち止まった俺らは。
そこに並ぶ不思議だけれど綺麗な品々に惹きつけられた。
ーーー七色の羽や、小さな花火のような花をつける木。万華鏡?や、ぴかぴかに磨きあげられた綺麗な靴、ステッキ。
きらきらと綺麗な音をたてる振り子の時計。
あとはなんだかよくわかんないけど、おもちゃ箱をひっくり返したみたいにごちゃごちゃ並ぶ。
「ーーーここお店?」
「店…なのかな。誰かの持ち物じゃないのか?」
「でも誰もいないね」
「ん、」
見回しても誰もいない。
小さなテントの中は、この不思議な物だけがあって誰も。
不思議な物が並ぶ不思議な露店。しかも無人!
目の前の物達はそれはそれは興味のひかれる物ばかりだけど。
「触ってもいいのかな。平気かな?」
「ーーーああ、一応ほら、一個一個に値札ついてるし」
「え?あ、ホントだ。…ん?でもこれさぁ、」
「30円…25円…100円…ーーー安いな」
「ね、こんなに綺麗な物いっぱいなのに。でも値札があるって事は、いいんだよね?」
「ん?」
「手に取って、これなんだろう?って見ても」
「いいと思うよ」
俺の言葉に、隆は頷くと。
目の前にあるきらきら光る万華鏡?らしい物を手にとった。
商品だから、大切に。
シャラ…
「ぅわ、綺麗…」
「きらきら?」
「うん!星空みたい。ーーーこんな綺麗な万華鏡初めてかも」
「星空かぁ。今夜の空にもピッタリだな」
「ね、ここの海岸の星ってよく見える。まわりにあんまり光が無いからだね」
隆は目を輝かせたまま空を見る。
その見上げる瞳は、万華鏡の中身をそのまま映したみたいに…星明かりみたいだ。
〝君は 僕の きらきら光る星〟
そんな一節がパッと浮かぶ。
よくありそうな文章だけど。
でも、今の隆を見ていたら実際そうだと思ったから。
(そんな歌詞を曲に入れるのもいいかもな)
頭の中に降ってきたメロディを早速鼻歌で口ずさむ。
つるつるっと、あっという間に組み上がる曲の完成形を想像して。
早く作曲したくなってきた。
なんだか不思議な今夜の体験も、曲の中に入れられたらいいなぁ…って。
その時、さっきまで万華鏡を握っていた隆が。
今度は露台の片隅を指差して俺の袖口をくいくい引っ張った。
「ね、イノちゃん。ーーーこれ、」
「ん?」
「ねぇ、見て?これさ、ペンダントみたいなんだけど」
「ああ、ほんとだ。これも綺麗だな。なんか星をそのまま鎖繋いだみたいな」
「あんまり見ないデザインだよね?」
「しかも、これ」
「ーーーね?ペアであるよ」
「微妙色合いが違うけどデザインは同じだな」
「ーーーぅん。…ペアだから、これさ」
「ーーーーー買う?」
「!」
「隆と俺と。互いによくアクセサリーのプレゼントはするけど、ペアって無いよな?」
「ぅ、うん!欲しい!イノちゃんとお揃いの!」
「いいよ、俺も欲しい。今夜の想い出にもなるし、隆と同じってのが一番」
「嬉しい!」
「OK!んじゃ…ーーーえっと」
値札を見る。
すると…
「ん?」
「イノちゃんどう?いくらって書いてある?」
「ーーーや、それがさ」
「?」
ぴらりとついた値札。
そこには。
〝今宵ここへ立ち寄られたあなたとあなたへ。これはプレゼントです。店主〟
「…プレゼント?」
「あなたとあなたって、」
「俺と、隆ってことか?」
今夜の空に散ってる星々みたいなペンダントトップ。
それをお互い、胸に飾って。
サクサク サクサク
あの不思議な露店を後にして、俺たちは夜の海岸を歩く。
明かりなんか全然無い海岸だけど、隆のご機嫌の良さがよくわかる。
隆が歩く度に、砂を踏み締める音に混じって、シャラシャラと綺麗な音もテンポよく聴こえるから。
「イノちゃん、ありがとう」
「ん?」
「これ、すっごく嬉しい」
隆が言うこれとは、あの時隆が握りしめていた万華鏡だ。
本当はペンダントを買ってあげようって思ってたけど、例の店主からのプレゼントだって知れたから。だから、それじゃあって。
隆が綺麗だって気に入った万華鏡をかわりに買ってあげることにしたんだ。
「もっと高くてもいいのにな、それ」
「すごく綺麗な万華鏡だものね」
値札についていた金額は、なんと300円!
そこら辺の店で売ってるのでももっと高いと思うのに…
「でもまぁ、店主の気持ちなのかもな?」
「あのお店に並ぶ物、なんか全部魅力的だったよね」
「店主の集めた物を、それを気に入ってくれたひとにって」
「ね!俺この万華鏡大切にするよ!このイノちゃんとお揃いのペンダントも!」
「俺も気に入りのアクセサリーが増えて嬉しい。しかも隆ちゃんとペアなんてさ」
お揃いなんて、そうそうしようなんて思わない。
それがこうして欲しいなって思ったのは、やっぱりそれが隆だからだ。
俺の好きなひとだからだ。
「隆ちゃんのこと好きだよ」
「っ…」
「好きだよ」
「ーーーもぅ、いきなり」
「こうゆうちょっと不思議な夜を過ごせて、それが心躍ってわくわくできるって。それはやっぱり隆ちゃんが俺の好きなひとだから」
「!」
「ーーーって、改めて思ったからさ」
「っ…ーーーうん!」
シャラ…
「俺も、」
暗い砂浜の真ん中で、隆がぎゅっと抱きついた。
俺の背中に両手が回って、そこでシャラシャラとビーズの粒の鳴る音がする。
(隆がここにいる)
(ーーーいてくれる)
嬉しくて、俺も隆を抱き返す。
触れ合う胸元で、お揃いのペンダントも向かい合わせ。
今夜の夜空みたいな、輝く星。
ーーー俺の目の前にも、輝く瞳で微笑んだ、隆がいる。
Twinkle twinkle little star…
つい、口ずさんだ。…ら。
隆が目を丸くして俺を見る。
なぁに?って顔してるから、俺は可笑しくなって、もっと顔を寄せて。
「っ…ん、」
キスしてやった。
隆の顔は今度は(暗くてわかんないけど多分、)真っ赤になってるから。
ぎゅっとますます強く抱いて、耳元で、囁いた。
「お前の事だよ。俺にとってはな?」
ティンクル マイ リトル スター。
end
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