君と繋がる










◇二日目。






ガーデニングのお店に行きたい。


隆は朝目覚めると、ベッドに寝転んだままそう言った。



「ガーデニング?」

「うん」

「…なんで」



ぶっちゃけ、ぐちゃぐちゃに抱き合った翌朝のベッドの中で。
ガーデニングなんてワードを聞くなんて、夢にも思わなくて。
昨夜の余韻は何処へやら。
俺は情け無いけど、目が点になってたと思う。

しかし当の隆は。
無造作に乱れた髪もそのままに、白いシーツにくるんと包まって。
にっこりと微笑むと、俺の唇にキスをして。



「かいわれ」

「…かいわれ?ーーーって、あの?」

「そう。かいわれ大根だよ?お刺身と食べると美味しいね!」

「ーーーーーかいわれ…」

「うん!」



ーーーーーかいわれ…。

…えっと。
マジで、セックスの後に聞く単語じゃない…。




…でも、まぁ。
隆はそんな奴だ。
ずっと前から、それこそ出会った当初から。
人一倍ムードを大切にするくせに、人一倍それをぶち壊したりする。
…壊すんだけど。
でも、嫌な気持ちにならない。
寧ろ、それが新鮮で、こっちを惹き込んで。
ーーーそんなのが、可愛いとすら思う。

不思議な奴だ、隆って。



「…で、なんでかいわれ?」

「うん、えっとね」

「…ん」

「かいわれって、すぐに芽を出すの。脱脂綿とかガーゼとかを水で濡らして、そこに小さな種を撒くだけ」

「へぇ、」

「見慣れた長さに育つには、一週間ちょいはかかるけど…」

「ん?…ああ、」

「発芽はね、もうすぐだよ。撒いて、二日もあれば芽が出るの」

「早いな」

「うん。ーーーだから、かいわれだったら、間に合うかなぁ…って」

「…ぇ、」

「俺が、消えてしまう前に。小さい芽だけど、イノちゃんと収穫できるかなぁ、って」

「ーーー隆」



「イノちゃんとしたい事、いっぱいあるんだよ」



自分達で作った野菜で料理するのも、そのひとつ。
そう言って、隆は少しだけ微笑んだ。



ーーー隆が俺と、したい事。
消えてしまう前に。

小さくて可愛い、隆の願いのひとつ。





イノちゃんは?って、訊かれたら。
何がしたい?って、訊かれたら。


俺はきっと、抱くことしかできない。
隆がどんなに泣いても。
隆がどんなに気を失っても。

俺は隆と繋がって、ずっとそのまま。


だってさ。

隆が消えるなんて、ありえない。
信じるなんて、無理だろ。

隆に合わせて、こうして過ごすタイムリミットまでの日々。
でもその内心は、消えるなんて信じてなんかいない。
ーーーいや。
信じるものか。


だから繋がっていたいんだ。
手が、すり抜けていかないように。





「セックスしたい」


「っ…ぇ」

「ずっと、隆と」



ひどく明け透けな、ストレートな言葉だと思うけど。
もうこの際、隠し事も、照れも捨てる。

ーーーけど、やっぱり隆は、恥ずかしかったみたいで。




「…ずっと、してた…でしょ?」



頬が赤い。
目が泳いでる。
照れてる。
ーーーほら、そんなのが可愛い。


「足んないだろ」

「っ…ぇ、ええ?」

「だってさ。あと数日で愛してる奴とさよならって知ったら。ーーーする事って、」

「ーーーイノちゃん…」

「隆は違うのか?」

「っ…」

「俺とするより、かいわれ育てる方がいい?」

「そっ…それとこれとは…」



違う…じゃん。
ーーーだって、イノちゃんにお料理…作ってあげたい。…から…



なんて、言うもんだから。
ーーー完敗。




「ーーーーーわかったよ。じゃあ、買い物行こうか」

「え!」

「かいわれ。育てて、収穫して、飯作ってくれるんだろ?」

「ぅ、うん!」




けど。

喜び勇む隆に、ピシッと。
ひと言。




「お前を抱くのは、譲れないからな。ーーー毎晩、いつでも、したい時、」

「!」

「お前と繋がりたいんだから」


大切に、真面目に。
そう、隆に、俺の願いを告げると。
ーーーさっきよりももっと。
隆の頬は、真っ赤になった。





◇三日目





朝起きると、昨日撒いたかいわれの種に早速変化。




「あ、もう殻を破って芽が出てるヤツがいる」

「えー、早いねぇ」

「ほら。」

「ーーーホントだ。これなら摘み取る時にはもっと大きくなってるね」

「…ん」



摘み取る時…と聞くと。
途端に胸がザワリとなる。
だってこのかいわれの芽は、文字通り最後の晩餐。隆の最後の手料理に使われる予定だから。



せっせと皿の上に乗せた水栽培の水を取り替える隆をぼんやり眺めながら。
こうして隆を目で追う回数を、心の中でカウントする。



ーーーあと、何回だろう?
こうして隆を見つめる事が出来るのは。


すでに三日目。
約束の五日間の、もう半分。

ーーーっても。
お気付きの方もいらっしゃると思うけど。
俺は淡々と、隆との五日間を黙って過ごすつもりは無い。
諦めてもいない。
ーーーというか。
五日間で消えてしまう…という。
隆の、あまりに唐突で、ちょっと不自然な、非科学的な、よくわからない言葉。
隆の言葉を、頭ごなしに否定するつもりは無いし、信じてないってわけじゃない。
五日間で消えてしまうという、その言葉裏に隠された意味を。
俺はずっと、探ってる。
絶対に、きっと。
隆は何か、俺に伝えたい事があるんだ。






「今日はどうする?」

「…ん」

「隆ちゃん、したい事ある?」

「ん、とね…」

「うん」

「イノちゃんは?なんか、ないの?」

「俺?ーーー俺はだから、そう訊かれたらセック…」

「わぁっ…わわ!わかった!」

「…まだ言い切れてないけど」

「いいよ!全部言わなくて!…恥ずかしいから」

「そう?」

「あとで、ね?ーーー今日も、あとでするつもりだから」

「っ…」

「ん?」

「マジで?」

「だって、したいでしょ?ーーー言ってないけど、俺もそうだし…」

「‼」

「イノちゃんだけじゃないんだよ?」




…嬉しすぎるにも程がある。
同じ気持ちになれると、そう感じる。
求めてやまないのは、俺だけじゃないって。
隆も、そうだって。
知れたから。



「良いよ。じゃあ後で、いきなり襲ってやるから覚悟してな」

「っ…え、」

「くくくっ」

「~~っ…えっち」




なんとでも言え。
隆の言葉。
いっこいっこ。
全部。大事。





◇四日目





ざああああ。


外は雨。
冷んやりした、秋の雨。


外は寒そう。






「…」



俺はさっきから、鼻歌を歌いながら食器を洗ってる隆を。
キッチンのカウンターから、じっと見つめてる。

カチャカチャと軽やかに響く洗い上げた食器の重なる音は。
隆の機嫌良さそうな鼻歌とよく似合う。

ーーーそして俺は、そんな隆を眺めながら。



なんでかな…って。思ってた。

だって、消えてしまうのに。
明日には消えてしまうのなら。
どうして隆はそんなにご機嫌なんだ?って。

もしも。
例えば消えるのが俺の方だったとしたら。
朗らかに鼻歌なんて歌えない。
明日には好きなひとの前から消えてしまうとしたら…
きっと俺なら、ひと時だって離れられないと思う。
一秒でも長く…。
そう思うと思う。




(なのにコイツ…。なんでこんな余裕あるんだ?)

(もしかして寂しくない?)

(俺とさよならしても平気?)



ーーーそれって…。


それはすごく…寂しい。






「ねぇ、隆」

「ん?」

「ーーーーーあのさ、」

「ぅん?」

「ーーー五日目。ーーー明日の夜には、消えちまうんだよな?」

「ーーーーー」

「朝を一緒迎えられるのって、最後だよな?」

「ーーーーー」

「それって、俺は寂しいし。もう最後だって思うだけで、ぶっ壊れそうになるんだけど、」

「ーーーーー」

「隆は?」

「ーーーーー」

「隆は、どう思ってる?」

「ーーーーーでもそれは…」

「ん?」

「イノちゃんもだよ…」

「俺?」

「ーーー俺が消えるって言っても、」

「ーーー」

「すぐに受け入れたじゃない」

「受け入れたわけじゃない。受け入れられるわけ無いだろ?」

「…ん」

「…ってか、そろそろさ。教えてくれないか?」

「ーーーーー」

「真相を」




五日目の夜に消えてしまうという、その意味。
そこに隠された意味を。












ざああああああああ。




ああ、雨が強くなってきた。
窓に打つ雨粒が、部屋の中と外を隔ててくれる。


だから、ほら。
窓辺に立つ隆を抱いても、外には見えない。
生まれたままの姿の隆を、窓硝子に追い詰めて。
忙しない吐息で曇る硝子に、隆の指先が痕をつけた。





「んっ、あぁ、はぁっ…」



突き上げる度に、硝子窓がカタカタと軋んで。
硝子につく隆の手が、きゅっと音を立てて新しい痕をつける。

隆の背後から繋がって。
両手で隆の身体を弄る。
既に固くなってる胸の先を手探りで摘むと。
隆は仰け反って悲鳴を上げた。



「んぁっ…あ、」

「っ…ーーー言っただろ。ーーー抱くよ、って」

「だっ…て、っ…」

「隆っ…」

「ぁんっ…」

「ーーーーー俺なりに…さ、考えたんだよ。ーーー隆、が。消えるなんて…言ったこと」

「っ…ん、」

「隆、の。言葉の、意味。を」




〝消えるんだ〟



「けど、それは。ーーー俺が考えた、答え。で。ーーー隆の、真実は。わかんない。ーーー」


硝子窓に縋り付いた隆の手に、俺は手を重ねて。
ぎゅっとそのまま。
手を重ねて、繋がったまま。
隆と身体も、繋がったまま。

耳元で。




「これだけは言える」

「え、?ーーーーっ、あ、ぁん」

「ーーー俺の前から消えるのなら、」

「ああぁっ…イノちゃ…ぁ、」




「殺していけよ」







俺の中に住む、お前の全てを。








お前のいない世界。…なんてさ。
なんて味気ない。
色彩も無い。
匂いも、風も、全部、全部…。

なにも感じない。






◇五日目







結局、あの後ずっと。
雨は降り続いて。
昼が過ぎても、夜になっても、日付けが変わっても。
雨はずっと止まなくて。
ーーーでも。
その降り続ける雨が。
俺と隆の、繋がり続ける音を、包み込んでくれているみたいに思えて。

何度絶頂を迎えたかわからない。
それくらい、長い時間を。
俺と隆は、交わっていた。







気を失っていた隆の瞼が、微かに震えて。
潤んだ瞳が覗く瞬間を、俺はひと時も逃すまいと見つめていた。





「ーーーーーぁ、」

「隆?」

「ん、」

「起きた?ーーー平気か?」

「ーーーーーーーいたい」

「ん」

「内腿…とか。ーーーあそこ、」

「…だよな。ーーーごめん、さすがにやり過ぎたよな」



隆の身体は、俺がつけた赤い痕でいっぱいで。
やり過ぎた自覚はあるから、ちょっと申し訳ない気持ちで脚をさすってやった。
すると隆は、ふるる…と首を振る。


「ぅうん、」

「ん?」

「ううん。ーーー嬉しかった」

「え、?」

「イノちゃんが、こんなにわけわかんない位に、ぐちゃぐちゃに、」

「ーーー」

「抱かれたまま殺されるかと思うくらい、夢中に、」

「ーーー」

「嬉しかった」




そう言った隆の表情は、パッと晴れやかで。
そう言えば、例の五日間で消える~…発言の後。
こんなに清々しい晴れやかな隆の笑顔は見ていなかったと、思い出す。

ーーーって、ことは。



「なぁ、隆」

「ぅん?」

「あのさ、今日が一応、例の五日目だけど。隆が言う消えてしまう五日目の夜って、今夜だけど」

「うん」

「ーーーあれって、さ」

「ーーーーーーうん、」

「ーーーーーーーーーーーーーもしかして、もう…無効?」



確証は無い。
これといった証拠も何も無いんだけど。
なんか…そんな気がしたんだ。
隆の晴れやかなカオを見たら。




「ーーー怒んないし、責めたりもしないから。ーーー教えてよ」

「ーーーーーーーん、」

「隆は。ーーー俺の前から消えたりしませんか?」

「ーーーーーーーーーーはい」

「ーーー」

「消えません。ーーー消えたりしません。ーーーーーここに、」

「ーーー」

「あなたのそばに、ずっといさせてください」

「ーーーーーん」

「ごめんなさい」

「ん、いいよ」

「ーーーイノちゃん…ーーーあんな事言って、ごめんね…っ…」

「いいから」




消えないのなら。
なんでもいい。













テーブルには、隆の作ってくれた和風おろしハンバーグと香味野菜のサラダ。
そのどちらにも、あのかいわれ大根がちょこんと彩りを添えて。
それと、ワイン。
それらを美味しくいただく頃には、もう間もなく日付が変わる時間になっていた。




「こんな遅い時間にハンバーグとか…。作るの遅くなってごめんね」

「全然OK。隆との最後の晩餐にならないなら、俺はどんな事だって今は全部受け入れるぜ?」

「ーーーならないよ。最後の晩餐どころか…」

「ん?」

「これからもよろしくねっていう、晩餐」




にこっ。
隆は俺の前で、笑ってくれた。
それはなんの無理もない、自然で、やわらかな笑顔。

ーーー良かった。


五日間の呪縛は、もうここには無い。









五日間って。
なんだったんだ?
ベッドの中で、隆に訊いた。
俺も自分なりに推測した考えはあったから、答え合わせみたいに。

隆は。
ぎゅっと俺の胸に抱きついて。
顔だけを、俺に向けて。
ぽつりぽつり、教えてくれた。






「知りたかった。もしも制限時間があった時、俺はどれだけイノちゃんを想えるか」

「ーーー」

「ーーー日々、忙しいとか、疲れてる、とか。そーゆうのに紛れて、ちゃんとイノちゃんを見てあげられてないって、時々…思ってた。ーーーそれが嫌で、なんかいやで」

「ーーー」

「イノちゃんだけを見たかった」



ーーーそれ。
ヤバい。
すげぇ、嬉しいよ。
隆。





「だから五日間って、時間を作ったの。ーーー今の俺が取れる、最長のオフ時間。全部、イノちゃんの為に使いたかった」

「ーーーーー嬉しい」

「うん。俺も、想像以上に、幸せな時間になった」

「ありがとう、隆」

「俺も、変な設定考えて、困惑させちゃったよね。ーーーでもね、本当に嬉しかった」

「ん?」

「本当に、殺されるって思った。ーーー抱かれてる時、初めてこんな事思った。ーーーそれくらい、」

「ーーーん、」

「あなたに夢中になれた」



「ずっと繋がってたもんな?」




俺と、隆。
心も身体も、全部、全部。





君と繋がる。






End






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