君と繋がる









君と繋がる

たった数日前は、目覚めると薄手のブランケットを蹴飛ばしてたってのに。
今朝はどうだ?




「ーーーーー…寒…」



昨夜も寝る前にちょっと肌寒いなぁ…とは思ってたけどさ。
いきなり寒すぎでしょ。
薄掛けのまま寝たのは失敗した。
それでも無いよりゃマシ…と、羽織るように包まって、カーテンを開けた。



「…あー…」


雨か。
細かい霧吹きみたいな雨。
白い空。薄い雲で覆われてる。
加えて風も強いみたいで、向かいの植栽がさわさわざわざわ。



「寒い日なんだ」


今日は。
移る季節。
秋の冬日。














テレビを観るともなしにつけて。
キッチンでコーヒーを淹れて。
服装も、今日は長袖シャツに、クローゼットから引っ張り出してきたちょっと厚手の黒のカーディガン。あとで外に出るから、その時はストールも巻こう。



今はソロツアーが終わった後の、少し纏まった休日。
ホントは海外なんかに旅行に行けたらなぁ…とも思うけど。
でもそれを実行するのは、今はまだ少し… あと少し先の、お楽しみに。

だから俺は、すぐそばにある大きな楽しみと出会うために。





タンタン、と。
スマホを開いて、メッセージを打って。
送信。


「お」


ちょうど向こうも画面開けてたのかな。
すぐに既読になって…



~♪


〝起きてるよ〟

(ちなみにこの返信は、俺の送った〝おはよう、もう起きてる?〟の応えだ)

ーーーもう出られそう?ーーー

〝うん〟

ーーーじゃあもう俺も出るよーーー

〝わかった、俺もそうする〟

ーーーん、了解。いつものところでーーー

〝待ってる〟




俺も。
そう心の中でメッセージの最後を締めくくって。
テレビを消して、用意しといたストールを大雑把に巻き付けて。

外へ出た途端…



「っ…」


通り抜ける冷たい風。
想像よりだいぶ寒い、10月の空の下。
俺が向かうのは、思わず顔が緩んでしまう、あの場所へ。

君と待ち合わせる、あの場所へ。








ーーー同じ日のオフ。
楽しくって、幸せで。そんな、君と居られる一日が待っている筈だった。

ーーーーーーーだったのに…。



度々、隆と待ち合わせする公園の噴水の横のベンチで。
遠目からでも、先に隆が来てるってわかって。
その姿を見た途端、もっともっと、心が踊って。
足早に、隆の元へ…と、思った時だ。


ーーー横顔が。
隆の、横顔。
いつもと違うって、一瞬で気がついてしまった。
隆の身体はそこにあるのに。
心だけが、ぽーん…と、何処かへ行ってしまっているみたいな。
心ここに在らず。…な。
どこか…虚ろな横顔。

そんな顔して、隆は待っていた。







ーーー俺。
こういう時の勘って、やたら当たるんだ。
それがいいものならいいけど。
ーーーそうじゃない時ってさ…





「隆」



それでも俺は、恋人の名前を呼んだ。




「隆」



周りは車の音や、人の声。
特別うるさい場所ってわけじゃ無いけど、無音では無い場所。
噴水の水の流れる音にかき消されないように隆を呼ぶ。



「ーーーイノちゃん」


するとたった一度の声掛けで、隆はゆっくりと俺の方を見てくれた。
虚ろに見えた隆の瞳が、その瞬間にこっちへ戻ってくる感じがして。
俺はなぜだかすごく、ホッとして。
残りの隆との距離を、足早に歩いて側に行った。






「お待たせ。待った?」

「ぅうん、俺も今来たところ」

「そっか、」

「うん」


ーーーそんな、待ち合わせの定番みたいな会話で始まった、今日の俺ら。
緩く微笑んで、ふるふると首を振る隆を見たら、ずくんっ…と胸が甘く鳴る。
こんな隆は、きっと俺だけが見られるんだと思うと。
愛おしさで、苦しくて。


…って。
出会ってまだ数分なのに。
二人の時間は、これからなのに。



(だめだ。隆といると、嬉しくて)


俺が締まりの無いカオしてたのかも。
イノちゃん?どうかした?って、隆はきょとんと小首を傾げる。



「ごめん、大丈夫だよ」

「ふぅん?」

「ーーーそこ、隣座っていい?」

「いいよ」


いいよって言われて、座る間。
隆はまたくすくす微笑んで。
そんな事聞かなくても良いのにって、俺を見た。



「イノちゃんはいいの」

「ん?」

「俺にね、」

「ーーー」

「何したっていいんだよ」



ーーーなにしたって いいんだよ。


…すごくないか?何気に。
さらっと言ってくれた言葉だけど。
ものすごい言葉だと思う。
文字通り、煮ても焼いても。
生かすも殺すも。
貴方の望みのままに…

もちろんそんな隆に酷いことするわけないけど。
恋人にそんな事言われて、嬉しいのは事実。
ーーーだけど。

なんでかな。
ちょっと感じた、違和感。

ずっと隆と一緒に過ごしてきたからこそ、そう感じる。





「隆?ーーーどした?」

「ん、?」

「なんか元気ない?疲れてる?」



ふるふる。
また、緩く微笑んで、首を振る。



「ーーー俺には何でも言えよ。なんか、あった?」

「ーーーん、」


そっか。
何かあったから…

隆が何か言い出すまで、ゆっくりと待つ。
隆は少し俯いて、多分…膝の上で重ねた自身の手のひらを見つめてる。
俺はそんな隆の横顔を、見つめる。

艶々。
相変わらず、綺麗な黒髪。
俯いてるから、白い頬に髪がかかって、色っぽい。
睫毛…長いなぁ…。
赤い、ぷっくりした唇。
触れると柔らかくて、その隙間から溢れる声が堪らないって知ってる。
隆の横顔。
たったこれだけのものなのに、こんなにも止めどなく想いが溢れる。
君に恋してるって、改めて気付く。




「ーーーーあのね。イノちゃん、」

「ん?」

「俺、しばらく仕事…休みをもらった」

「ーーーえ、」

「ライブの予定もひと段落したし。ーーー曲は…毎日何かしら考えているけど。ーーーお休みをもらったの」

「ーーー身体、キツいとか?」

「ううん。ーーーそうじゃなくて…」



そうだよな。
誰より自分自身のメンテナンスに気を遣ってる隆だ。
体調がキツいなら、もっとそれなりのメニューを作って管理するだろうし。
ーーーってことは、ただ休みをもらったって表現をするのは…どうゆう意味だ?



「…イノちゃんに迷惑かけるかも…しれないんだけど…」

「いいよ」

「え、?」

「いいよ、お前なら。さっき隆も言ったじゃん?俺になら何されてもいいって。それは、俺もそう。ーーーお前になら、俺は何されてもいいし、何でも力になるよ」



今更だろ?
こう言ったら、アイツらは怒るかもしんないけど。
俺は隆の、誰よりも側にいるって思ってる。
過ごした時間も、重ねた言葉も。
それこそ、身体も隅々まで。
(気持ちはそう簡単にはいかないけどさ)


だから平気だよ。
なんでも受け止めてやる。
お前事なら、なんだって。





「ーーーありがとう」

「ん、」

「イノちゃん」

「うん、どした?」



隆の 目が。泣きそうに見えた。
だから手を繋いで、ここにいるからって、温もりで伝えた。



「…あのね、俺」

「…ん、」

「あと五日なの」

「ーーー」

「五日目の真夜中に。ーーー俺…」

「ーーーーー」

「っ…ーーー俺…っ…」



「…は、?」




消えてしまうの。







消えるとはどういう事だ?



とか。


何処かへ行ってしまうという事なのか?


とか。


疑問とか、挙げていけばキリがないくらいだけど。



俺はこの時、ただ一言。






「わかった」

「ーーーじゃあ、隆」

「お前が消えてしまうまでの、ここから五日間」

「俺が一緒にいる」

「側にいる」

「隆との一日一日を大切にしながら」

「ーーー隆、」


「それでいいか?」







冗談めいた雰囲気なんて、かけらも見せない。

五日間。

隆と過ごせる最後の時間かもしれない、五日間。
ってか、五日間のうち、そのうち一日は。
もう途中。

時間は待ってくれない。




「イノちゃん…」

「ん?」



多分俺が、あまりにアッサリと事態を飲み込んだせいか。
隆はちょっと、逆に躊躇っているみたいだ。

ーーーでも。
躊躇っている時間もないだろう?

何故?とか、そうゆうのは。
進行形で考えればいい。




「ーーーーーいい、の?」

「やだよ」

「!」

「隆が消えるなんて嫌に決まってる。足掻くに決まってる。お前が消えるのを、黙って目の前で眺めてるだけなんて…俺はしないから」

「っ…イノ、」

「だから一緒にいるんだよ。ひと時も離れないで、隆のそばにいて。解決の糸口を探しながら、最悪の事態の場合の覚悟も決めるんだ」

「ーーーかく、ご?」



そうだよ。


希望を捨てずに、決して捨てずに。
ギリギリまで足掻いて。
大切なお前を、どうにかこの手に留め続けるように。

けれども心のどこかでは、覚悟も育てる。




もしも消えてしまうお前を目の前にした時に。
壊れなように。
俺自身が壊れて、お前と過ごした日々すらも消してしまわないように。

覚悟を。








◇一日目。





この日はもう半分は過ぎてしまっていたから。

ただただ、側にいた。
噴水の見えるベンチの隣で。
街を歩くときも。
店に入るときも。
帰るときも。
玄関に入るときも。
ソファーでも。
風呂でも、ベッドでも。
そのまま、抱き合って。
ひとつに繋がる瞬間も。
果てた後に、眠りに落ちた瞬間も。

ずっとずっと、この日の俺たちは。
手を繋いでいた。




「イノちゃんの手がだいすき」



そう、いつも言ってくれる君の声が。
頭の中で響くから。








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