珈琲とミルクティー






・珈琲とミルクティー〜R〜











『君はかわいいミルクティー』








髪をドライヤーでセットしていたら、チャイムがピンポン♪となって、来客を告げる。



( もう、そんな時間?)



顔を見なくても誰が来たのかわかってたから。チラリと時計を見つつ急いで部屋の電気を消して、戸締りをする。玄関に掛かっている上着の中から迷わず白のダッフルコートを手に取って羽織る。
いつもはもう上着を着たらそのまま外に出るけど、今日は着込んでから鏡でチェックした。
そして今日は寒くなる予報を聞いていたから、隣に掛けてある薄茶のマフラーを取ってクルリと巻いて、靴を履いて玄関を飛び出した。




「急がなきゃ」



下のエントランスまでのエレベーターが、こんな時はやけにゆっくり感じる。


待たせちゃってるのに…

ーーー早く会いたいのに…



軽やかな到着音と共にエレベーターを降りる。
明るい陽射しがパッと入ってきて一瞬目を瞑ってしまう。でも開いた視界に映ったシルエットに、俺は嬉しくなって駆け寄った。




「イノちゃん!」



俺の声に振り返ったのはイノちゃん。
逆光で表情なんかはまだよく見えないけど。
ーーーーその姿に。俺はその場で固まってしまった。
ううん。…見惚れてしまった。



オフの時は、いつも革のジャケットにジーンズスタイルが多いイノちゃん。

ーーーなのに今日は。

ブラックデニムに黒のロングコート。黒のストールを巻いて。一見、真っ黒だけど、それぞれ素材が違うからか、光の当たり方で真っ黒に見えない。
ステージとか撮影で着てそうな格好だけど、そこまでギラギラしてない。

えっと…早い話なんだけど。
イノちゃん…すごく格好いい。



足を止めてしまって、ぽー…っとしている俺に、イノちゃんは苦笑を浮かべて近付いて来た。



「隆ちゃん?…どした?」



イノちゃんの声にハッとして。
俺は慌てて、何でもない!と首を振る。顔が熱くなっているのが自分でもわかって、ふいっ…と思わず顔を逸らしてしまった。そしたらイノちゃんは、俺を追っかけるみたいに顔を覗き込んでくる。


「ーーっ ‼」


「隆ちゃん、カオ真っ赤なんだけど」

「っ!何でもないよー!」

「ーーーそ?」

「そう!」

「ーー…ふぅん?」



…なんか。イノちゃん意地悪そうなカオしてる。それで楽しくて仕方ないって感じで、口元が笑ってる。

絶対、バレないようにしないと。
イノちゃんが格好良くて、見惚れてたなんて…


もう一度、チラリとイノちゃんを盗み見る。
仕草のひとつひとつが、今日は何だかいちいち格好よく見える。
撮影なんかでイノちゃんのこんな姿、見慣れてると思ってたのに。
プライベートで見ると、何でこんなにドキドキするんだろう…。
こんな素敵な恋人と、俺はこれから一緒に出掛けるんだ…

そしてここで自分の格好を眺めてハッとした。



( 俺もしかして…こどもっぽい…?)



今日の俺のかっこ、イノちゃんと真逆だ。ジーンズこそ色が付いてるけど…白いコートの下はオフホワイトのセーター。
あと、かろうじて薄茶色のマフラー。



「…………」



「おーい、隆ちゃん?」


考え込みだした俺に、イノちゃんがまたカオを覗き込んで来る。


「ご…めんっ …大丈夫だよ、行こう?」


いまいち納得してなさそうなイノちゃんの表情が見えたけど。色々追求されると恥ずかしいから。
俺はさっさと外に足を踏み出した。









ツアーの合間に見つけた束の間の休日。
二人して観たかった映画があって。でもツアーも始まるし無理かも…と半ば諦めていたんだけれども。
ツアー日程と、それぞれのソロの仕事の日程が固まって。二人のスケジュールを照らし合わせて見つけた貴重なオフ。
しかも平日!

映画館、きっと空いてるよね‼

イノちゃんと喜び勇んだのは半月程前の事。観たかった映画。しかも恋人と行けるなんて。
嬉しくて嬉しくて、平日の午前中だから平気なはずなのに、チケットもしっかり予約した。

映画館は、港に面した海沿いのショッピングモールに入った所。
近くには大きな観覧車や夜景の綺麗な広い公園なんかもあって。
映画の後の予定も、ツアーのリハの合間にイノちゃんと嬉々として決めた。

( そんな俺たちの様子を、あの三人はニヤニヤして眺めてたけど…)






「隆ちゃんと一緒に久々に飲みたいな」


そうイノちゃんが言ったから、今日はタクシーで映画館近くまで行く。

だんだんと港らしい風景が流れてきて。イノちゃんと他愛も無い話をしながら思う。
好きな人といられるって幸せだなぁ…って。


















映画館に到着して。
びっくりした。




「え~…?」

「すげぇな」





貸切だった。
俺とイノちゃん。
二人だけ。





「え…平日の午前中ってこんななの?」

「朝イチの回だからじゃね?もうちょい遅い時間になれば人出も…」

「そっか。俺一番早い時間の予約したんだ」

「そうだよ、でもいいじゃん?俺らだけ。なかなか無いよこんなの」

「うん」



そんな事を言いながら、予約した席に並んで座る。
上過ぎず、下過ぎず。ちょうどいい位置の席。
座って辺りを見回して、俺はまたハッとする。



( 二人っきり…)



薄暗く、俺たち以外誰もいない。
そんな空間。

意識したら、急にドキドキして止まらなくなった。













本編前の予告が流れて行く。
いつもだったら。
観てみたいな~…とか思って呑気に過ごしている時間なのに。

今はそれどころじゃないよ。

ドキドキしてしまって、落ち着かない。
なんでこんな?と思うくらい。
ここが薄暗くてよかったと思う。
きっと顔は真っ赤だ。

イノちゃんと付き合いだして随分経つのに。今更こんな、初恋のデートみたいな気持ちになるなんて、今日の俺はどうしたんだろう?
…でも思えば、朝いつもと雰囲気の違うイノちゃんを見た時からドキドキしてた。

格好いい人だってゆうのは知ってる。
たまに意地悪だけど、優しくて、笑うと笑顔が素敵なことだって。


( 改めて気づいたって事なのかな…)


そんな結論にたどり着いた途端、辺りは真っ暗になって本編が始まった。










予告を観た時から、泣きそうだなぁ…と思ってたけど。
案の定。
映画も一時間が過ぎたあたりで、涙が止まらなくなってしまった。
感情移入してしまって…
音楽も美しくて。


俺が隣で泣いているのを、イノちゃんはすぐ気付いたみたいで。
目をゴシゴシしていた俺の手を掴んで、イノちゃんの指先が代わりに涙を拭ってくれる。
暗闇でも、スクリーンの明かりでイノちゃんの優しい表情がわかって。
それを見たら、ますます涙が溢れてしまう。
イノちゃんは苦笑いを溢すと、俺の頭を引き寄せて肩を抱いてくれた。



「誰もいないから」

「…ん……」



コク…。と頷くと、イノちゃんの手に力が入って、もっと近くに存在を感じる。イノちゃんの香水と微かな煙草の香りが側にあって。
今、イノちゃんと一緒にいるんだなぁ…って。心があったかくなって、いつのまにか涙は止まっていた。












「良い映画だったな」

「うん、音楽もすごく好きだった」


映画を観終えて、港近くの公園を散歩する。
やっぱりあんまり人はいないけど。
ちょうど昼時。
お弁当を持ったサラリーマンやOL、子供連れのお母さんがちらほら居る。

広い芝生は、今は冬だから緑じゃないけど。ずっと続く花壇には、冬の花が咲いて彩りを添えている。

茶色い芝生の上に、丸くなってる二羽の鳩がいた。冬の羽毛がふわふわしてて可愛い。色は黒っぽいグレーと、白に近い薄茶の二羽。
家の近所にいる鳩を思い出して、思わず微笑んでしまう。
そっとしゃがんで眺めていると、後ろに立っていたイノちゃんが言った。



「その白っぽいのは隆ちゃんだね」

「え?」

「今日の隆ちゃんと、色がそっくり」

「ーーーそう?」

「うん、超かわいい」

「ーーーーーー」

「鳩もだけど、隆ちゃんが。だよ?」

「っ…」

「今日の隆ちゃん、かわいい」



思わずしゃがんだままの姿で、イノちゃんを見上げる。
かわいい…なんて。正直、何でって思うけど。
イノちゃんに言われるのは、いいかなって思う。

でも…。



「ーーー…俺、今日の格好」

「ん?」

「…イノちゃんと、釣り合ってないよね」

「え…?」




ホントは今日。
今日の為に別のコートを用意していた。
気に入っている、黒のハーフコート。
陰干しして、綺麗に整えた。
なのに。前日に、いれたての紅茶を溢してしまった。
慌ててクリーニングに持って行ったけど、当然翌日には間に合わない。
あーあ…。と思って歩いていた帰り道。何気に入ったセレクトショップで見つけた白いコート。
試着をしたら、なんか惹かれて。流れるように買って帰った。

黒いコートは残念だったけど。新しい服でイノちゃんに会えるっていいな…って。
そう思った。



「イノちゃん…今日すごく格好いい」

「ーーー」

「俺もやっぱり、黒いコートのほうが良かったかな」


その方が、格好いいイノちゃんと並んでも、気おくれしなかったかな…。






ぐいっ…と。
唐突に腕を引っ張られて。
ぇ…?って思っている間に、ふわりとイノちゃんの黒いコートが広げられて。
そこに包まれるみたいに、抱きしめられた。



「なんで?朝見た時から思ってたよ?ホントに今日の隆ちゃん、かわいいのに」

「ーーーーっ …」

「白ってさ、隆ちゃんすごく似合うんだよ?」


知らなかった?ってイノちゃんは聞いてくるから、知らない。と小さく呟く。


「ふわふわした隆ちゃんの雰囲気にぴったりだよ。ーーそれにこのマフラー」

「え?」

「今日の隆ちゃんはミルクティーだな」



ミルクティー


甘くて、ほの苦い。
でも柔らかな香りと色。


「ミルクティー?」


顔を上げて、イノちゃんの目を見る。
そうしたら、イノちゃんは天を仰いでため息をついた。


「ほら。」

「ん?」

「やっぱかわいい」



可愛すぎ。
そう言って。
黒いコートで隠すように顔を近づけて。
昼間の公園の真ん中で。
大好きなイノちゃんと、キスをした。











明るい海を臨む公園のベンチに、二人で座る。
俺の手には、イノちゃんが自販機で買って来てくれた、あったかいミルクティー。
イノちゃんはブラック珈琲。

はー…。と、冬空の下、白い吐息が目の前を過ぎる。

ちらっと隣を見たら、やっぱりすごく格好いいイノちゃんが優しいカオでこっちを見てた。

恥ずかしいけど、嬉しくて。
俺は微笑んでイノちゃんに言った。



「イノちゃんは珈琲だね」

「ん?」

「意地悪で優しくて格好いい。あったかい珈琲」



俺の言葉にイノちゃんは一瞬目を丸くすると、すぐに嬉しそうに笑ってくれて。



「それはね。隆ちゃんにだけだから」




そう言ってから、もう一度俺に、キスしてくれた。








end




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