キャンディ缶












外国製の、古びたキャンディ缶に入っていたものは。

ずっと、ずっと前に交わした。
二人の約束だった。












《キャンディ缶》













「あぁ~っ…もうどうしよう!」



しまった。…やり過ぎちゃった。




今日はオフ。久々にのんびり家にいられる日。しかも梅雨の中休みって感じで、昨日までのジメジメした天気は嘘みたい。朝目を覚ましたら、カーテンの隙間から青空が見えて、俄然やる気が出てしまった。
朝食の後から洗濯、掃除。それでも飽き足らず自室の片隅をちょっと片付けたら、いつのまにかその範囲は部屋全体に及んでいた。



「うぅ…ここまで本格的に大掃除するつもりじゃ無かったんだけどな…」



今さら悔やんでも後の祭り。
引き出しから、クローゼットから引き出された物が床に散乱してる。

…要るもの要らない物を分けて、これをまたしまうのか…。

思わずガクリと肩を落としてしまう。
ーーーでも!
大変でも何でも終わらせなきゃ。
だって今日は、これからイノちゃんが来るんだもん。
お昼までの仕事を終えたら遊びにきてくれて、今日は一緒に過ごそうねって。先週から約束してたんだ。

そう考えたら、思わずふふっ!と溢れる笑み。
仕方ないよね?
だって好きなひとと過ごせるんだもん。嬉しくって、笑っちゃうんだ。




「だからっ‼」



とにかくこの部屋!
この泥棒に漁られたみたいなこの部屋を早くなんとかしないと!

よし!

捗らせるために音楽かけよう。
常にセットしてあるプレイリストをランダム再生して。
気合い入れて。



「1時間以内に終わらせる‼」



自分に制限時間を突き付けて。
俺は物と格闘を始めた。












…………


「やればできんじゃん」



ちょっと疲れたけど…。
制限時間を僅かに残して、何とか作業に終わりが見えてきた。
ゴミ袋の中には、分別した不要品。
…いつの間にこんなに物が溜まるんだろ。別段、たくさん買い物してるわけじゃないのに…。生きてるだけで物って溜まるんだなぁ…って、しみじみ。

でも、終わりそうで良かった。
イノちゃんが来るまで、あと少しある。ゴミ袋を片付けて、もう一度掃除機をかけようと立ち上がった。…ら。



カラン。



「え?」



何か蹴っ飛ばした?床にまだ置きっ放しの物があったのかな。
音のした方に視線を向けると、そこには。
小さな、手のひらに乗るくらいの…缶?ちょっと古いかも。日本の物じゃなさそう…外国製っぽい可愛いフルーツのイラストが描いてあるけど、所々剥げている。レトロな缶…キャンディが入ってたのかなぁ?

でも。ーーーなんでこんなもの?
こんなの持ってたっけ⁇

そっと拾い上げて軽く振ると、カランカランって音がする。何だろう?なんか入ってるみたい。



「ーーー」


蓋を掴んでぐっと引っ張る。…けど、すっかり錆び付いてて、なかなか動かない。これは周りを叩くとかしないと無理かな…。なんて思っていたら。




「ただいま~隆ちゃんお待たせ!」

「あ!」



イノちゃんだ!
合鍵を使って入ってきて。
玄関まで駆け寄ったら、にこっと笑って抱きしめてくれた。



「おかえりなさい」

「ん、ただいま」


ちゅっ…って。軽く唇を重ねて、ホントはもっとして欲しいけど。今日はずっと一緒だもんね?
そしたらイノちゃんも同じだったみたいで、続きはまた後でな?って手を繋いでくれた。




「隆ちゃん片付けしてたの?」



廊下の突き当たりのスペースに積み上げられた不要品の袋と、キレイに片付いた部屋を眺めてイノちゃんは言った。



「こんな大掛かりな大掃除の予定じゃなかったんだけど…」

「あはは!わかる。夜中とかさ、いきなり掃除とか模様替えしたくなる事あるよな」

「そう。なんだろうね…。なんか片付けスイッチが」

「そうそう。スイッチ入るよな」



でもいいじゃん。スッキリしたんじゃない?って、イノちゃんは楽しそうに言いながら…。そして、ん?と。
テーブルに置いた、さっきのキャンディ缶に目を止めた。



「ーーー隆ちゃん…これ」

「それね、掃除してて出てきたみたい。なんだろうな…って。なんか入ってるみたいなんだけど、錆びてて開かなくって」

「ーーー」

「なんかレトロな感じで可愛いよね?ーーーでも、俺そんなの持ってたかなぁ」

「ーーーーー俺、知ってるよ」

「え?」

「隆ちゃん、忘れちゃった?」

「ーーーえ…?」

「でも、まぁ。覚えてなくても仕方ないか。ーーー俺も今これ見るまで、ちょっと忘れてた」



そう言うイノちゃんは、何となく照れくさそうで。全く覚えのない俺は頭に???がいっぱい。ーーーでも、俺知ってるはずなのかな?って思ったらなんか申し訳なくて。
必死に思い出そうと頭を捻ってた俺が、相当難しい顔してたのか。
イノちゃんは、いいんだよ。って。慌てて手を振って見せた。










遡って。

あれは、いつの時?
ーーー俺が、長かった髪を、ばっさり切ってしばらくした頃だったと思う。
それまで、鎧みたいにカチカチに固めていた自分を。少しずつ少しずつ、崩していった…そんな頃だ。



ある日俺は。
本当に唐突に。
スギちゃんに、告白をされた。

隆が好きだって。
ずっと好きだったって。

でもその告白には、前置きがあって。
スギちゃんはえらく丁寧に、その説明をしてから告白したんだったと思う。

俺も突然の事にぽかんとしてて、ちょっと上手く理解も出来てなかったんだけど。ようするに、要約すると。


俺の事をスギちゃんはずっと好きで。
好きで好きで、でも。バンドが大忙しの今の状態で、バンド内恋愛なんて無理だと思う。そこまで器用にできないし、でも、この気持ちをこのまま放置も出来ない。先に進めない。
音楽も中途半端になりかねない。
だから、隆には迷惑かもしれないけど。好きだって気持ちは伝えたかったって。


俺に伝えて、その後スギちゃんはどうしたいの?って、俺は聞いた。

そしたら。


「すっげえ自己満足だけど…。隆にはホント申し訳ないけど。俺は、伝えられて、それで満足。この告白を機にお付き合いして…なんて言わない。無茶苦茶な事言ってるってわかってるけど、多分。素直に言えて、隆に聞いてもらえて完結する気持ちなんだと思う」

「ーーーじゃあ、」

「聞いてくれて、ありがとう。隆。我儘な俺の告白に付き合ってくれて。本当に自分勝手だけど、これからも一緒に音楽続けていきたい」

「それは、俺だってそうだよ」

「うん。ーーーこんな風に好きになる気持ちもあるんだなぁって、今回初めてわかったんだけど。ーーー隆には幸せになって欲しいんだ」

「ーーー」

「俺は隆の事好きだけど。すっげえ好きだけど。ーーー隆を幸せに出来るか?って聞かれたら…悩む。音楽と隆と。上手く結びつけて、愛し続けるって…俺には至難の業かも」

「ーーースギちゃんは音楽が心臓だもんね」

「かもね。ーーーだから、大好きな隆には、隣で歌ってくれるのがーーー歌い続けてくれるように演奏するのが、俺の愛し方」

「うん」



頷いたら、スギちゃんは晴ればれした顔で微笑んで。
それから。ちょっと苦笑気味に、言った。



「奪える見込みが少しでもあれば、もしかしたら頑張ってたかもしんないけどさ。ーーーアイツ相手じゃ勝ち目ねーもん」

「え?」

「ーーー隆に関しては、ハナから敗けが見えてる勝負はしない。ーー隆もその方が幸せになれる。アイツはそーゆう奴だから」

「ーーーアイツ?」

「気付いてない?ーーーまぁ、そのうちわかるよ」



そうして、隆に感謝って。スギちゃんがバイオリンで一曲プレゼントしてくれている間。ーーー俺は。
スギちゃんの言った、誰かわかんない〝アイツ〟の事を、ぼんやり考えていた。








その日の夕方。
仕事を終わらせて、スタジオで帰り仕度をするイノちゃんと談笑してた。

イノちゃんは、この頃はまだ長い髪を一個に結んでて。いーなぁ隆ちゃんって。髪短いの、隆ちゃん似合うもんって。こっちの方が、隆ちゃん可愛い。それに洗うのも楽そうだよねって、笑った。



「イノちゃんも短くしたら?イノちゃんなら、どんなのだって似合うよ」

「ん?そっかな。ありがと」

「切るなら、俺が切ってあげよっか」



冗談で、ハサミの手振りをしたら。イノちゃんはまたクスクス笑って、じゃあ、その時はお願いってチョキにしてた俺の手をぎゅっと手のひらで包んでくれた。



ーーーどきん。



「ーーー隆ちゃん?」



ーーーへんなの。
なんでだろ。ーーー俺、時々変になる。
イノちゃんを目の前にすると、今みたいに、心臓がどきんと跳ねる。


ーーー動悸?


違うだろ‼って、ツッコミたくなるくらい、この頃の俺は、まだわかってなかったんだ。

イノちゃんの事を、好きだって。
スギちゃんの言ってた〝アイツ〟が、イノちゃんの事だって。


この時俺は、イノちゃんには言わないでおくつもりだった、スギちゃんの告白の話を。
多分、動転して…なのか。
照れ隠し…なのかわかんないけど。

イノちゃんに、話していたんだ。









「ーーー」



俺の話を聞いて。
この事は内緒にしてねって、俺の言葉にイノちゃんは頷いて。

そして。



「ーーー油断なんねぇ…」

「え?」



よく聞こえなくて、聞き返したら。



「ーーーなんでもないよ。」

「そ?」

「うん。ーーーでもさ」

「うん?」

「ーーーーーー隆ちゃん、ちょっと待ってて」




⁇って思っていると。イノちゃんはギターケースから、弦を取り出した。3か4弦あたりのを短めにパチンと切って。器用にくるくると小さな輪っかにしていった。



「隆ちゃん、ちょっと左手貸して」

「へぇ?左手?」

「うん。そんで、薬指」

「ふぇ?」



くるくる捻ってできた、綺麗な小さな輪っか。イノちゃんはそれを俺の左手の薬指に嵌めた。



「ーーーぴったりじゃん」

「?ーーーイノちゃん…これ」

「今すぐは用意できないし。俺もまだ、自信満々に言えるほど強くない。…けど。ーーー気持ちは負けないから。誰にも」

「え…?」

「もっともっと経験積んで、音楽も、自分のものが見えて。強くなって、優しくなって。好きなひとを、守れるくらい強くなるから。ーーーその時は」

「ーーー」

「いつかちゃんと、本物をあげる。隆ちゃんに」

「ーーーイノちゃん。…それって」




きっと、瞬きも忘れていた俺を。
イノちゃんは優しく微笑んで。
この時は〝好き〟って言葉はなかったけれど。

確かに交わした。
二人の約束。

言葉は無くても、わかったの。
だって、イノちゃんの作ってくれた弦の指輪は。
俺には、どんな指輪よりも、綺麗に見えたんだ。





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