短編集・1





















「ごめんな、葉山君」

「いいえ、お安い御用ですよ」

「せっかくのオフだったんだろうに」

「あはは、まぁそうなんですけどね」

「寝坊できる数少ない朝が」

「そうですねぇ。どこぞかのお二人に引っ張りだこな僕なんで」

「ーーーそうね。今まさに君の愛車の後部座席を陣取ってる俺らだよな」

「寝坊できるって、昨夜はお酒が進んでしまったんですが…。でも大丈夫です!こんな突発なドライブも楽しいんで、お気遣いなく」

「ーーーありがと。助かるよ」

「僕は平気なんで、イノランさんはしっかり抱えててくださいね」







ーーーぐっすり眠り込んでいるあなたのお姫様を。…と言おうとしたけど、クッと飲み込んだ。
だって、僕は知っているけれど。
あなた達はきっと知らないから。
ーーーや。僕が知っているのを、敢えて気付いてない振りをしてくれているのかもしれない。




(…多分、後者かな)




ばかに勘の良いイノランさんと、思い描くものを現実にしてしまうのが上手な彼のお姫様…もとい、隆一さんだから。
きっと、知っているんだろう。
あなた達の事を、僕が知っているって。






「………」




バックミラーをそっと見た。
あんまりじっくり見たりすると、彼に目敏く見つかりそうなので。
…ここは慎重に。




ーーー眠る隆一さんの肩を抱くイノランさん。
隆一さんは安心しきっているのか、ここから見ても随分とあどけない顔してクークー寝てる。
そしてイノランさんも。
隆一さんの肩を抱く…なんて、日常的な事なんだろう。
慣れているような体勢で、隆一さんをホールドするのに一番良いのだろう角度で。
少々道の悪い場所を通ってもブレたりしない。
しっかりと、しっとりと、隆一さんを抱きしめる。





(……こうゆうの、)

(普通に見せてくるんだもんなぁ…)





イノランさんは、なんて事なさそうな涼しい顔で。




ーーーどう?
ーーー俺の隆。
ーーー可愛いだろ?



(ーーー幻聴だけど、そんな事本気で言いそうだ…)








「ーーーま君…」

「ーーー」

「…山君?」

「ーーーーー」

「おーい、はーやーまーっち!」

「っ…ぇ、あ!」

「葉山君?ヘイキ⁇」

「あ、はい!すみません、ぼーっとして」





つい、思考の奥に入り込んでしまった。
しかも運転中に、この二人を乗せている時に!
ーーー不覚。





「ごめん、やっぱちょっと寝不足だった?寝てたかったよな?」

「いえ、本当に大丈夫です。ーーーすみません、ほんとに」

「俺らは別に急ぐこともないから、どっかで休憩する?」

「え?」

「どっかのパーキングエリアとかでもいいし。ーーーっても、今高速じゃないんだけどさ。自販機のあるとことか、カフェとかさ」

「ーーーでも、」

「俺はまぁ、今この状態だから付いてけないけど。ーーーいいよ?車の中で留守番してるし」







…と、そんな提案を聞かされたら。
急にぐぅ…と、お腹が鳴った。
ーーーそう。実はまだ朝食を食べていない。
なんでかって、それは後ろにいるお二人のせいでもあるんだけど…。(ごにょごにょ…)

久々に羽を伸ばして自宅飲みを楽しんだ昨夜。
早々に眠くなって、いつもよりだいぶ早い時間に床に就いた僕。
夕飯よりもアルコールの方が胃におさめた量が多かったのか。
早朝には空腹で目が覚めてしまって、飲んだわりには体調もスッキリしてて。
張り切ってキッチンに立ってフライパンを振り回した今朝だったけれど。


ーーー皿に出来立てのスクランブルエッグを盛り付けて、焼きたて熱々のトーストを指先で摘んだ瞬間だ。





pipipi…





電話。
それがイノランさんからだった。







ーーーごめん、葉山君。昨夜から隆と出てたんだけど、朝になって隆が寝こけちまって…。今ちょうど葉山君の家の近くにいるんだけど…





「よかったら迎えに行きましょうか?」





…なんて、まだイノランさんが言う前に口が言ってた。
でもきっとそんな意味での電話なんだろうって、直感でわかったから。
ーーー二人とも、余りに無防備にタクシーに乗るなんて事は難しいだろうし。(ましてや隆一さんがグッスリなら尚更)

で、そんな僕の提案は的を得たものだったようで。




ーーー悪い!ホント、朝から申し訳ない!ーーーでも、めちゃくちゃ助かる。お願いしてもいい?




すぐに了解して、迎えに行く場所を確認しつつ。
出来上がったばかりの朝食にラップをかける。
フィルターにセットしていたコーヒーは、湯を注ぐ前に元に戻す。

ーーー代わりに車のキーと、いつもその辺に出掛ける時に持ち歩くコンパクトな鞄をとって。







「行きますか」





お迎えに。















ーーーーと、まぁ。そんな今朝の出来事。
待ち合わせた駅のそばの公園に車を寄せると。
遠くからでもわかった。
肩に隆一さんを寄りかからせて手を振るイノランさん。
サングラスを掛けてるけど、苦笑いをしているようだった。













イノランさんからの有難い提案を受けた途端、前方に見慣れたカフェの看板が目に付いた。
住宅街からも、ショッピング街からも微妙に離れたこの場所。
どっちかと言うとオフィス街に近い。
そのせいかモーニングを少し過ぎて、ランチにも早いこの時間帯は穴場でもある。
空いているんだ。





「じゃあお言葉に甘えて、あそこのカフェで朝食摂ってきて良いですか?確かあそこはパーキングもあるので」

「もちろん!ゆっくり食べてきて」

「ーーーお二人は?イノランさんの分も何かテイクアウトで買ってきますか?隆一さんも目覚めたら何か…」

「ありがと、平気。俺らは食べたから」

「そうですか?じゃあ、」






そうこう話してるうちに、カフェのパーキング。
やっぱり空いてる。
端の方に軽トラや、バイクが数台。それだけ。
僕も軽トラと反対側の隅に停める。
隆一さんが眠っているから、なるべく日影の方がいいだろうと。(だいぶ日差しが強いから)

緩くクーラーをつけて、イノランさんにキーを預けて。








「じゃあ、ちょっと行ってきますね」

「行ってらっしゃい!」





イノランさんはサングラスを外して、手を振って送り出す。
ドアを閉めて、店に向かって歩き出す。
……一瞬、振り向く。

窓には遮光のフィルターを半分かけているから、ここからは二人の姿はよく見えない。






「ーーーーー」


また、歩き出す。

















「おはようございます、お好きな席へ」






カウンターで、コーヒーとモーニングプレートを選ぶ。
トーストと、卵はスクランブルで。
ーーーこの自分のチョイス。(実は根に持ってる?…いやいやまさか)







「ーーーはぁ。」






なんだか。
やっと。ホッとする。
他人を乗せて運転するというのは、なかなかに気をつかうもんだ。(お二人が苦手とかそんなんじゃないですよ)

そうじゃなくて。
他人の命を預かってるっていうのももちろんあるし。
それに。ーーー時間帯の問題もあるのかもしれない。

特に、朝とか、深夜とかって。
その前後にあるストーリーをどうしても想像してしまう。
今までどこで過ごしてたんですか?とか。
お二人で…何してたんですか?…とか。







「ーーー下世話だ。ーーー訊けないな、こんなの」



朝まで二人で。
しかも超規則正しく早寝早起きの隆一さんが、こんな朝になって寝こけるなんて。





「想像すんなって方が無理ですよ」









「お待たせいたしました。ごゆっくりどうぞ」





店員の女性の微笑みが、やけに清廉でさっぱりと見える。
後部座席の二人があまりにも濃厚な雰囲気を醸し出すせいだ。(ここはお二人のせいにさせていただきますよ)





「いただきます」




ーーー美味…。
他人の作ってくれる食事にしみじみとして。
熱いコーヒーでさらにホッとする。
店内の音楽も朝に似合うJAZZが流れているし。
観葉植物も新緑が綺麗。


ーーーああ…。




出たくないなぁ。
ここから。







「………」



ここへ来るとき、僕は逃げるように車を出た。(気がする)



ーーーゆっくり食べておいでよ
ーーー俺はいけないけど
ーーーいってらっしゃい



そんなイノランさんのさっきの言葉が。



ーーーゆっくりしてきてよ。俺はここで隆を抱いてるから
ーーー俺は隆と離れられないから行けないけど
ーーーいってらっしゃい。ーーーごゆっくり



…そう解釈も出来…


「な、訳ない」




疑ぐりもいいとこだ。
イノランさんはそんな事言うひとじゃない。(…多分)
冗談では言ってもそれは本心じゃないって知ってる。(…多分ね)






「ーーーはぁ。」



ため息。



ーーー知らない方がよかっただろうか。
お二人の秘密。(隠す気があるのかないのか不明だけれど…)
知らない方が、もっとフラットに付き合えたのだろうか。
音楽仲間として。
尊敬する人たちとして。


でも。
不思議なんだけれど。
離れようとは、思わないんだ。


イノランさんとも、隆一さんとも。

離れるのは嫌なんだ。







毒されてんなぁ…。
















「ドリップコーヒーとカフェオレ。ホットの、テイクアウトで」




帰りがけに買った二つのドリンク。
食べてきたって言っていたけど、お土産。
思いがけずに朝のドライブが出来たお礼だ。











「さて、戻ろうかな」







例えば、この先で何があってももうびっくりしない。
二人が何故こんな朝早くに一緒にいたのかっていう僕の想像が正解だったとしても。
びっくりしないし、気持ちに壁を作ったりもしない自信がある。
寧ろ、例えば二人が離れるって打ち明けられた方が僕は動揺するだろう。
それをなんとか阻止しようと頑張るだろう。

ーーーそれくらい。



好きなんだ。
僕は、あの二人が一緒にいるのが。







手のひらに温もり。
コーヒーとカフェオレ。


あったかい。
熱々のうちに隆一さんは飲めるかな?と、微笑みを溢す。

僕のいないところで、僕が気付いていると知りながらも。
車の中の二人が、どうか愛を育んでいて欲しいと願いながら。
















end?






























遮光フィルムがあるせいか、車内は程良い。
明る過ぎなくていい。




葉山君がつけて行ってくれたエアコンの柔らかな空気が、隆の髪をほんのり揺らしてる。





「寒いかな」




微風だけど寝てると寒いかもと、自分のジャケットを片手で脱いで隆の肩に掛けてやる。






「…ん、」

「あ、」



掛けてやったことで、起きちまったかも。


もそもそと身動ぎして、俺の胸元辺りで声が聞こえて。
目が、ゆっくりと開いた。





「ーーー起きた?」

「…ノ、ちゃ」

「まだ寝てていいよ。葉山君に迎えに来てもらって、今車の中」

「ーーー葉山…っち、?」

「彼、飯食いに行ってる。どうも朝飯の邪魔したみたいだったからさ。ーーー悪いことした」

「…ん、そっか」

「でも助かった。今度お礼に三人で飯行こうな」

「ぅん」





もそもそ、もそもそ…

隆はもそもそ、さらに動いて俺の腕の中にすっぽりおさまった。





「ーーーなに、」

「ん…。だって、」

「葉山君帰って来るよ?」

「…来るまで」

「くくっ。…ふぅん?」

「なぁに?」

「いや、可愛いなぁって」




こんな場所でも、隆は積極的。
ーーーっていうか、くっ付きたい気分なのかも。



「明け方までしてたから、甘えたい気分?」

「甘えてないよー」

「くっついてんじゃん」

「イノちゃんに触りたいだけ」

「ーーーすげ、」

「触って欲しいだけだもの」

「ーーーーー隆、えっち」



さすがにここじゃしない。
葉山君に申し訳ない。
ーーーでも、



「ぁ…っ…」



これだけは許してな。




「帰ったら、また続きな?」

「ーーーん、」

「だから今は、ほら」

「っ…イノちゃん」

「こっち向けって」



「…っ…ふ、」




唇を重ねる。
肩を引き寄せて、隆の視界を遮るように。
隆の舌先を突いて、深く深く絡ませる。




「っ…ん、ぁ…」


「りゅ…。しぃ。ーーー聞こえちゃうよ」

「ん…っ…ん、ぅ」




きっと知ってるから。
知ってて知らない振りしてくれる彼に甘えてしまう。

伝えるべきだろう。
彼からは言えないんだ。
だから教えてあげるべきなんだ。

ーーーでも。




この危うい感じ。
彼と、隆と俺と。






近づく足音と気配に急かされながら。
隆を愛する。





俺はそれが堪らなく好きだ。

だから、ごめんな。




もう少しだけ、このままで。









end




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