白と黒の羽根の重なる場所で
イノランに抱えられて飛ぶのはこれが初めてじゃ無いけれど。
彼の羽根を前にすると、自分の白い羽根は小さなものだな…と思ってしまう。
「ーーーやっぱりすごい」
「なにが?」
「イノランが、」
「ーーー」
「力強くて、格好よくて、」
「ーーー」
「かなわないよ」
「ーーーーーー…」
とん。
あっという間に世界樹の天辺近くまで飛んだイノランは、ちょうどいい具合に張り出した世界樹の枝(…と言っても、しっかりと太さのある枝だ) に足を掛けた。
二人分の体重を乗せても世界樹の枝はビクともしない。
僅かにカサリと葉を揺らす程度だ。
「ーーー落ちるなよ」
「…平気だもん」
「ふぅん?…まぁ、隆はここによく来てるんだもんな?」
「そうだよー。毎日ここで蕾の観察してるんだから」
プイと顔をそむける隆一。
別に怒っている訳でも機嫌が悪い訳でも無い。
照れているのだ。
しかしそれに気付かないイノランではなく。
くっくっと意地悪そうに微笑むと、どうにかこの至近距離から逃れようとする隆一の身体を抱きしめた。
「ーーーっ…イ、」
「言っただろ」
「え、」
「ここでお前を愛してあげたいって」
「っ…ぅ、」
「それが世界樹の養分になるんだって証明しようよ」
「ーーーっっ…」
「花が見事に咲いたら、俺らのした事は間違いじゃ無いって事だもんな?」
「!」
「隆の観察の仕事も、上手く結果が出せるって事だよな?」
「ぅぅ…」
「ーーーっても。ーーーそれだけじゃないけど」
「え、?」
「ここで隆を愛してあげたいの。ーーー世界樹のためだけじゃ無いよ」
パキッ。
ごく細い枝がしなる音がした。
ーーーそれはイノランが隆一を器用に横たえたから。
「ーーーっ…ぁ、」
「こんな場所でした事ある?」
「っ…そん、ある訳ないでしょ⁇」
「ハハハ、俺も。初めてこんな不安定な場所でこんな事する」
「イノラン、」
「でもここならきっと誰にも邪魔されない。まさかこんな場所でって誰も思わないと思うし」
「ーーーっ…」
「存分に隆を愛してあげられる」
微笑みながら、イノランは隆一を見下ろした。
のし掛かられて大人しくするしかない顔を真っ赤にした隆一を嬉しそうに見つめながら。
黒い羽根を広げて、隆一ごと包んで。
羽根で周囲からの視線を遮って、イノランは隆一の唇を指先でなぞる。
「…ん、」
「誰も見てない」
「っ…でも、」
「誰もいない」
「ーーーっ…ぁ、」
「隆…。好きだよ」
隆一にだけ聞こえる声で。
ひっそりと羽根に包まれた内側で。
隆一が、俺も好き…と言う前に。
イノランの唇が隆一のそれに触れた。
「ーーーっ…ふ、」
「…ほら、」
「はぁっ…」
「ーーー気持ちいい?」
「っ…ん、」
最初から深く口を重ねて。
舌先で隆一の口内を擽ると、もどかしげに脚を擦り寄せた。
「いいよ」
「…ぁっ…」
イノランは隆一の服の裾から手を入れて身体に触れた。
ラインに沿って手のひらで撫でで。
羽根の付け根や鎖骨、尖った胸を順に弄ると、背をしならせて甘い声を溢した。
「…んっ…ゃ、ぁ」
「まだ触ってるだけだよ。これじゃあさ、」
「ぁ、あぁ…」
「足んないだろ?」
イノランは隆一の手を取って、自身のそこに手を導いて。
布越しでもわかる程に勃ち上がったイノランのそれに触れさせた。
ビクン、と。隆一の指先が震えた。
一瞬見せた隆一の強張る顔を見て、イノランは苦笑を飲み込んだ。
「ーーーわかる?俺の」
「っ…ん、」
「早く隆に触れたくて、隆とひとつになりたくて。どきどきしてる」
「イノラン、」
「ーーーでも、怖がんなくていいよ。無理はしない。隆が嫌がる事はしないから」
「…ぇ、?」
「ゆっくりでいい。ゆっくり、隆と愛し合いたい。それでいい」
優しく笑って、手のひらで頭を撫でて。
隆一を前にして、苦しいほどに身体を熱くさせてるくせに。
ゆっくりでいいと、隆一を抱きしめる。
イノランという優しい悪魔。
隆一はぎゅっと胸が締め付けられて、ぽろぽろと涙が溢れる。
優しくて。
イノランの優しさが、痛いくらいで。
もうこの時、隆一にとって世界樹は二の次だった。
今この場所で。
白と黒の羽根を重ねて。
初めて好きになったひとと。
ーーーはやく、
「ーーーやだっ、」
「…隆、」
「やだ、っ…やだ、そんなのやだよ」
「ーーーっ…」
「好きになったのは俺もそうだもん!イノランの事、誰かのこと、初めて好きになったんだから」
「ーーーりゅ、」
「ゆっくりなんて待っていたくない…っ…」
涙を散らして、手を伸ばして。
隆一はイノランに自分から口づけて。
待てないよ…と、その先を強請った。
世界樹の存在するわけは何だろう?
二つの世界を同時に知る唯一の存在。
喋らない。
自ら動くわけでもない。
肯定も否定もせずに、ただただ魔界に根を下ろし、天界の光の中で葉を広げる。
ただ静かに、どちらも知る。
天使と悪魔の、互いの知りようも無い願いや想いも知っている。
あの境界が無ければ…と。
心密かに願う者達が確かにいる事を知っていたのかもしれない。
たったひとつの蕾。
それは世界樹の賭け。
この花を咲かせる事が出来るか否か。
花を開花させるだけの養分を生み出す事ができるのか。
二つの世界が手を取り合って。
境界を取り払い。
豊潤な魔界の土壌を撫でる空気と、燦々と照らす明るい天界の光がひとつになる事。
世界樹も、それを願っているのだ。
「ぁ、っ…ぁ、」
「ーーーりゅ、う…」
「んんっ…ぁ、イノラ、」
隆一の両手が掴む場所を求めて彷徨っている。
ここは世界樹の上。
木漏れ日を浴びながら、イノランと身体を重ねてる。
「ーーー隆、」
「…んっ…」
「ほら、ここ。いいよ」
彷徨う隆一の手に触れて、自身の肩に手を回すように導くと。すぐに隆一はぎゅっとイノランに抱きついた。
「…っこのまま、したい」
「ん、身体起こした方が楽か?」
「ーーー…そ、じゃなく、て…」
「え、?」
「もっと、くっ付きたい…から、」
「ーーーっ…」
「…イノラン、」
掻き消えそうな隆一の声。
はだけた格好で、白い羽根が美しく映える姿で。
イノランをさらに求める。
「ーーー隆っ…」
イノランは堪らなくなって、隆一の身体を抱きおこす。
繋がったままの秘部はそのまま、向かい合って膝の上に隆一を座らせると、ソコは隆一の体重を受けてさらに深くイノランを咥えこんだ。
「ーーーっんぁ…」
「隆っ…」
「あっ…ぁ、深…ぃ、」
「ーーー痛い、か?」
「違っ…」
「ん、?」
ふるふると首を振って、涙を散らす。
向かい合うから互いの表情がよく見えて、隆一が切なげに微笑んでいる事を知る。
ぎゅっと、イノランに縋り付く。
「痛い…より、」
「ーーー」
「ん、んっ…気持ち…イイ、よ」
「っ…りゅ、」
「ーーーぁ、あんっ…ぁ、ゃ、」
「隆一…っ…」
「ーーーーーあぁっ…イノラ…っ…」
奥まで繋がって、イノランは下から突き上げて、隆一も自ら腰を揺らす。
その度に、白と黒の羽根もぱさぱさと無造作に羽音を立てて羽ばたく。
羽根が散る。
木漏れ日の中で喘ぐ隆一があまりに扇情的で、イノランはめちゃくちゃに隆一を突き上げると。
隆一は中でイノランを締め付けて二人同時に放った。
そよそよと木漏れ日の中で風に揺れながら。
二人は心地いい余韻に身を浸らせて、戯れ合うように唇を重ねる。
「ーーーんっ…好き…」
「俺もだよ」
「好き、好き…」
「ーーーっ…隆」
「好き…っ…イノラン」
「りゅ、」
「んっ…ぁ、」
戯れ合う口づけはもっと深く。
舌先を絡めるように求めながら、イノランは呟いた。
「ーーーすげぇ、怖いよ」
「…ぇ、?」
「ーーーもしも隆の事、知らないままだったら…って、考えたら、」
「っ…」
「出会えて…よかった、隆」
「ーーーぅん…っ…」
「ありがとう」
ありがとう。
好きだよ。
出会えてよかった。
その言葉を繰り返し、繰り返し。
「ーーーもっ、と…イノラン」
何度目かで、隆一が再びイノランに手を伸ばして。
イノランもその身体を再び抱きしめた時だ。
ひら…
「ーーーぇ、?」
二人の視界に、ひとひらの。
薄紅色の…
ちら…
ーーーちら…
気のせいじゃ無く。
二人の目の前を舞い落ちて行くのは、薄紅色の花びらだ。
二人とも雪というものは見たことは無かったが。
物語やなんかの中に描かれる雪の光景を思い出し、こんな風に上からちらちらと降ってくる…今のこの状況は似ているのかもしれないと思った。
「ーーー綺麗」
「花びら…?この上から、」
「ーーー世界樹の上?でもこの木よりも背の高い木って無いのに…」
それではこれは何処から…?と首を傾げた途端に、二人そろってハッとした。
「ーーー蕾!」
「ああ、きっと花開いたんだ」
「!見に行こう、イノラン」
気怠さの残る身体もなんのその。
隆一はパッと身体を起こすと、蕾のある方へと身を乗り出した。
「っ…隆、落っこちるなよ」
「ヘイキ!ありがとう」
そういえばここは木の枝の上。
あまりにシッカリと頑丈な枝だから揺らぐことは無いけれど。落ちてはかなわないと、イノランは背後から隆一を抱きしめた。
「ーーーっ…イノ、」
「隆が落ちたらやだし。ーーー」
「落ちないよ」
「ん?まぁ、万が一落ちても隆には立派な羽根があるけどな?ーーーっていうのは口実で」
「ぇ、?」
「隆に触りたかったから」
「へ、?」
「今まで散々触ったのに呆れるかもしんないけど」
「っ…そんなことない!すごく嬉しい」
イノラン!と、振り向いて隆一が縋り付いた時だ。
ちらちら…
ーーーちらちらちらちら…
落ちて行く花びらが増えた気がした。
たったひとつの花が散らすには到底足りないと思える量だ。
ーーーそして、二人は見た。
「ーーー隆、見ろ」
「ん、ぅん」
「花が、蕾も」
「ーーーすごい…。ひとつしか無かったのに、いつの間に…」
「ああ、満開だ」
二人が驚きの表情で見つめる先には、数え切れないほどの世界樹の蕾。それが見ている間に次々と花開き、薄紅色の花びらを舞散らす。
ーーーそしてさらに…
「イノラン、見て。この木成長してない?」
「ーーー確かに、景色がどんどん上の方に」
「どこまで大きくなるの⁇」
「ーーーさぁ、」
新しい花を付けながら、上へ伸び、幅も太く巨木へと成長する。
さすがにこんな大きな変化が起きるとちょっと怖くなる。
「っ…」
「ーーー隆、」
隆一は、ぎゅっとイノランの手を握った。
その心情をイノランはすぐに理解して、手を握り返す。
「大丈夫だ」
「ーーーイノラン、」
「一緒にいるから」
何が起ころうとも、一緒ならば怖くない。
世界樹は成長し続けた。
次々と新しい蕾を付けては開花させ、雪のように薄紅色の花弁を散らす。
終わりが見えないほどに、いつまでも。
そしてその無数の花弁は天界の空を覆い、さらには境界を越えて魔界の大地にも降り注いだのだ。
「ーーーすごいねぇ」
「こんな光景誰だって初めてだよな」
「ねぇ?天界も魔界も薄紅色だよ。ーーーっていうことはさ、」
「ああ、境界が無くなったって事だよな?」
「世界樹の幹もどんどん太くなったから壁が割れちゃったのかな。…皆んなきっと驚いてるよね。…いきなりこんな花びらがいっぱい…」
「いいんだよ」
「ん、?」
「境界がこれで消えた。二つの世界を隔てるものが無くなったんだ。ーーーこれで天界も魔界も関係無い。…まぁ、最初は躊躇う奴もいると思うけど…。でもさ、」
「ん」
「いつでも隆といられる。それがすげぇ嬉しい!」
そう。
色の違う羽根を気にしたり。
会えないことを嘆いたり。
それがもう必要なくなるのだ。
隆一は、となりにいるイノランの手にそっと触れた。
「隆、」
「ね。世界樹、養分いっぱいもらえたって事だよね」
「ん?」
「だってこんなに大きくなったんだもの。そうゆう事でしょう?」
「そうだな」
「ーーーって事は、それって俺たちの…」
「ーーー」
「イノランと俺が一緒にいる時の…が。世界樹の養分になったんだよね?」
「ーーーそ、だな」
「大成功?」
「大成功だろ、そりゃ」
「ふふふっ」
隆一は今ここにはいない葉山を思い浮かべて微笑む。
そして魔界にいるだろう、イノランの仲間も。
彼らももう、自由だ。
いつでも何処へでも行けるし、天使にも悪魔にも会うのも自由。
それの手助けができたと思うと、隆一は少し照れくさかった。
「ーーー隆、」
「っ…ぁ、イノ、」
ぎゅっと、イノランは隆一の肩を抱いた。
すると二色の羽根が重なって混じり合う。
羽根の先は熱を帯びないけれど、でも二人には互いの温もりが羽先からも感じられるのだ。
「ーーーもう、離れる必要ないよな?」
「っ…ぁ」
「ーーーーーなぁ、」
「え、?」
「どうする?」
「ーーーど、する…?って、」
「一緒に、」
「ーーー」
「暮らさないか?」
「ーーーイノラン…っ、」
両手を広げて隆一がイノランに飛びついたのはそのすぐ後。
それが隆一からの返事。
イノランは隆一を受け止めながら最高の笑顔を見せて、再び真っ白な羽根ごと抱きしめた。
白と黒の羽根が重なる場所。
そこがここから始まる二人の居場所になるのだ。
end…?
…おまけ…
《世界樹の下で》
天界と魔界の壁が消失して暫くの、ある晴れた日。
四季折々に微妙に色合いを変えて花をつける世界樹が、今日の青空に映える真っ白な花を咲かせる頃。
イノランと隆一。
今日はふたりの祝いの日を迎えていた。
悪魔も天使も関係なく、新しいこの世界は誰もが自由。
悪魔が天使を好きになるのも、逆も然り。
葉山の奏でるピアノの音色に包まれて。
イノランの仲間のJやスギゾーが見守る中で。
これから先も、一緒にいる約束を。
これから先も、ずっと。
互いを愛し続けると誓い合う約束を。
「難しいことは要らない。俺が貫き通すのは隆を愛する事」
「俺も」
「簡単だよな。…とは言わない。隆の側に居続けられるように、最大限の努力をする」
「それは俺も同じだよ?イノちゃんに相応しくありたい」
「ーーーいっしょにそう思っていたら、きっと大丈夫だよな」
「うん!」
パサリと広げた漆黒の羽根と純白の羽根。
それは互いを包み込むように重なって、伸ばした両手は互いを抱きしめ合った。
「ーーーそれでは永遠の誓いを」
スギゾーが牧師代わりに。
「ああ。ーーー隆」
「はい、イノちゃん」
葉山のピアノは最高潮に。
照れながらも空に散らす花籠を持つJ。
「俺にはお前が必要だ」
「ーーー俺も、あなたが必要なの」
世界樹の下で。
待ちきれないとばかりに、二人は誓いの口づけを交わす。
触れ合うだけのものじゃない。
それだけでは足りなくて。
深く、唇を重ねると。
それに呼応するように、世界樹は白い花びらを雪のように散らした。
…それにJは苦笑い。
「ーーなんだよ、俺が花撒くことねぇじゃん」
「いいんだよ。二人の門出なんだからさ、いくらでも」
「そうですよ、お祝いです!」
参列した三人の照れを含ませたやり取りの最中も。
イノランと隆一は、互いに夢中。
キスの隙間で、イノランは愛おしげに目を細めた。
舞い散る白い花が、自分の腕に捕まる恋人の羽根のようで。
イノランは胸がいっぱいになって、隆一の耳元でそっと囁いた。
「隆、愛してる」
「…ん、」
「ーーーあの日、お前に会えてよかった」
end
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