隣同士の音符
さて。
イノちゃんが旅立ってから、もうひと月半が経とうとしてた。
月日が経つのってホントに早いよね!
俺の生活はといえば、俺も新曲の制作をスタートさせて。自宅で、スタジオで、葉山っちと共に無我夢中に音楽と向き合う日々だ。それからね?最近はもうひとつ、作業する場所が出来たんだ。
どこって?
ーーーイノちゃんの部屋のホームスタジオだよ。
じっくりひとりで集中して作り上げたい時。ある意味自分の家のスタジオより集中できるかもしれない。
彼の家。彼の部屋の匂いに包まれると。俺は心地いい緊張感に縛られる。
イノちゃんは今ここにはいないけど。遠くの地でイノちゃんも頑張っているんだ…と。そう思えるから。
「で、隆ちゃんは何でそんなに不貞腐れてんの?」
喫茶店の向かいの席で。バナナシェイクを美味しそうに飲みながら言うのは真ちゃんだ。そしてその隣にはスギちゃん。
二人は今日同じ雑誌で取材があったんだって。俺は昼過ぎまで葉山っちとスタジオにいて、お疲れ様って別れて駅の方に行った所でバッタリ。ってわけだ。
「別に…。不貞腐れてないよ」
「うそうそ。隆ちゃん眉間がぎゅってなってるもんな。隆ちゃんがちょっと機嫌悪い時だ」
「イノ絡みでしょ」
「ーーーもぅ。スギちゃんまで…」
ーーーそうなのかな。別に不機嫌って自覚は無いけど…側から見たら不機嫌に見えるのかな。
「ーーーなんかあったか?…って、まあ…あるよな。イノがいなくて寂しいか?」
「イノと隆ちゃんはホントにラブラブ!仲良いもんなぁ」
「こんなに離れるのも…初めてでしょ?」
「ーーー…うん」
「連絡は?電話とかしてんの?」
「…ううん」
「え、メールも?」
「うん…」
「ーーーそれって、イノが何も連絡寄越さないって事?」
「ーーーううん、違う」
「ーーー」
「二人で決めたの。ホントに必要に迫られる以外は、連絡しないねって」
「なんで…ーーー」
「だって」
「ーーー」
「ーーー会いたくなっちゃう」
「隆ちゃん…」
「せっかく離れ離れになってまで、音楽を追求しに行ってるのに…。ちょくちょくコンタクトとってたら…なんかさ」
「ーーー」
「行った甲斐が無くなるじゃない」
「ーーーそっか」
「だから決めたの。連絡はしない。よっぽどの事が無ければ、次に声を聞くのは帰って来た時だよって」
「ーーー強いね」
「ん?」
「絆。めちゃくちゃ強固」
「…そっかな」
「そうだよ。…つか、ね?初めイノに、出発直前に隆に伝えるって聞いた時さ。そんなの隆、可哀想だ!ってイノに詰め寄っちゃったんだけど」
「ははは…ーーーうん」
「大丈夫だって、わかってたからなんだな。イノがあんなに冷静だったの」
「ーーー大丈夫…ではないけどね?」
「え?」
「だって前日だよ⁇聞かされたの。ライブの後、一緒にイノちゃん家行って、一緒に寝室入ってさ。そしたらでっかいスーツケースが置いてあって、どっか行くの?って聞いたら、実は…って」
「ああ~…」
「イノちゃんもイノちゃんなりに考えての前日だったみたいだけどさ?ーーー何も準備してあげられなかった。御守りも用意できなかったし…」
「ほら~!」
「ん?」
「俺も言ったんだよ!やっぱいくら何でも前日はねえよな⁇」
奢ってあげる!って。
スギちゃんは俺の紅茶とアイスクリームを奢ってくれて。真ちゃんは真ちゃんで、帰って食べなって。テイクアウトのケーキを二個買って持たせてくれた。
お礼を言って、また駅前で二人と別れて。空を見てもまだまだ明るい時間。
どうしようかなぁ…。
夕飯の買い物でもして帰ろうか…。
そんな事をぼんやり考えながら、駅前のショッピング街を歩いていたら。
「!」
目についた。
キラキラキラキラ…
煌めく光。思わず目がぱっちり開いた。
広場の真ん中に堂々と立っている…
「クリスマスツリーだぁ…。ーーーもう十一月だもんね」
ーーークリスマスか…。クリスマスまで、あと…約一ヶ月半ちょっと…。
「ーーー」
思えばずっと。イノちゃんと恋人同士になってからは毎年。ライブで当日が無理な時もあったけど。それでもクリスマスはいつも一緒に過ごしてきた。
「ーーー今年は…」
わかんないや。
一緒に過ごしたい気持ちはもちろんあるけれど。その頃どうなっているのか…わからない。
クリスマスを理由に帰って来て。…なんて言えない。
「ーーーイノちゃん…」
思うだけならいいかな…?
誰にも聞こえないように、声には出さないから。
せめて、ツリーを見上げて。
ーーー会いたいよ…
表に出さないようにしていた気持ち。
一旦、溢れたら。止まらなくなりそうなのが怖くて、隠していた気持ち。
それを今、ここで初めて心の内に吐き出した…ら。
じわ…
さっきまでクリアに見えてたツリーの光が。、だんだん滲んできて。目元が熱くなってきて。
頬に一筋。滴が伝う感覚。
『泣き虫』
泣くたびに言われてた、イノちゃんの言葉。言葉とは裏腹に、優しい声と表情で。
「っ…じゃないもん」
ぐっと袖口で目元を拭って。
襲いかかる、気付かないフリをしていた寂しい気持ちを振り切るように。
俺は良い事を思いついて、景気付ける為に、ずんずんとショッピングモールへと進んで行った。
《隣同士の音符~INO~》
『よう。元気?』
「久しぶり。Jも元気?そっちはどう?」
『まあ、ぼちぼち』
「ん」
『ーーーどうよ?曲作り』
「いいよ。もうだいぶ形になってきてる」
『お。んじゃ、帰国も近い?』
「…かなぁ?でも、終わりは見えてきたから」
『年内…とか?』
「ーーーま、ね」
『まじで年内⁇』
「ーーーJ。なんでそんなに帰国時期を聞くんだよ」
『え?ん…や。別に。ちょっと…どんなかなぁ?って』
「ふぅん?」
ーーー珍しくしどろもどろなJ。
ハッキリ言わないけど。その言葉の裏にある思惑に俺は気付いてる。
きっと隆を想っての事なんだろう。
連絡は取り合わないと決めたのは二人合意の上。
初めは週一くらいは電話しようよって言い合っていた。けれど。
やっぱりそれじゃせっかく行く甲斐がないんじゃない?
一人になって音楽を磨き上げるなら。
週一でもお互いの交流は邪魔…では無いけど。気の緩みの原因になるかもしれない…って。
そんな方向に向いて行って。
結局は、どうしてもって時以外。連絡は取らない。そう決めた。
ーーーJは。そんな俺らの約束を聞いたのかもしれない。
隆が動けないなら、自分が…って。こうして連絡をしてきたのかもしれない。
なんでもない風を装ってさ。
ーーーでも。バレるに決まってるだろ?
俺とお前。何年、幼馴染みやってると思ってんだよ。
そんな事に気付いて。お節介!と思いつつも…思わず溢れる小さな笑み。電話越しだから気付かれなくて良かった。
ーーーサンキュ。
『もう俺仕事行くから切るけどよ』
「ああ、うん」
『ーーーアイツらに伝言とか。…ある?』
「ーーー」
『…あ。無いならいいけどよ…』
「ーーーん。…じゃあ、お願いしていい?」
『!…おう』
ーーー〝アイツら〟。じゃなくて、〝アイツ〟にだろ?
「〝俺も同じ〟って。伝えといて」
《隣同士の音符~RYU~》
「飾っちゃった」
クリスマスツリー。
イノちゃんの部屋のリビングに。
今までイノちゃんの部屋にクリスマスの飾り付けをする事はなかった。イノちゃんがシンプル好きだし、シーズンオフに仕舞い込むのも可哀想だし…なんて言ってたから。
でも今年は。
俺の居心地良いように過ごして良いって言ってたもんね。
「ーーーホントは一緒に飾ったら楽しかっただろうけど」
まあいいや。
この際好きにやらせてもらおう。
「イノちゃんが俺を放って行くのが悪いんだからね!」
仕事と恋人とどっちが大事なの?
…なんて。よく聞くあの台詞が頭を過った。
「…そんなの」
ーーーそんなの。音楽に決まってる。
俺たちにとって音楽は、呼吸みたいなものだもん。音楽を取り込んで、栄養をもらって、新しい音楽にして発散する。
生命だ。
「ーーー」
…じゃあ、俺は?
どんなものなんだろう。イノちゃんにとって。
俺にとってのイノちゃんは。
そうだな…。音楽が呼吸なら。イノちゃんはその呼吸をしやすくする、綺麗な空気みたいなものかもしれない。
空気の中には、いい匂いも、温度も、湿度も。そうゆうのが全部入ってる。音楽だって、空気がなきゃ音は伝わらないもんね。
「そっか。イノちゃんは俺の空気。俺が生きるのに必要なものが入ってる、なきゃ困るものなんだ」
抱かれる時。
不規則な荒い呼吸で窒息しそうになる時。
イノちゃんにキスされると、ふうー…っと息を。深く深く吸える事がある。
吸いこんだ空気は、俺の奥まで染み込んで。甘く疼いて、もっとイノちゃんを求めてしまう。
「ーーーイノちゃん」
ーーーどうしよう。
こんな事を思い出すんじゃなかった。
吸いこんだ空気が、イノちゃんとキスした時みたいに身体を震わせた。
だって、もうずっとしてない。
イノちゃんが旅立つ晩だってしなかったんだから。
「っ…」
コク。
小さく息を飲む。
ツリーの下…なんて不釣り合いな場所だと思うけど。熱くなり始めた身体は思うように動かない。
ーーーそっと手を伸ばす。
そう。イノちゃんがしてくれるのを思いだして。いつも抱いてくれる、あの順序を。
服の上から、胸の先端に触れた。
「っ…ぁーーー」
鼓動の音が頭に響く。
鼓動の隙間で、イノちゃんの声を思い出す。胸を弄る手がいつの間にか下腹部に移る。
服のジッパーを下ろして、隙間から手を差し入れた。
「んっ…ぁん」
くちゅ…っ
濡れた音。
直接触れた自身の先端は、ぬるぬると俺の手を汚す。でも、止まらなかった。
「ーーーは…ぁっ…イノちゃ…」
「イノちゃんっ…ぁっあ…」
「あんっ…ん…んんっ…会い…」
どうしようっ…止まらないよ。
気持ちが…
「会いたいっ…よぉ…」
イノちゃんの全部を、目をぎゅっと瞑って思い出して。
頭が真っ白になって。
荒い呼吸と、ぼんやりした頭で。
手のひらには白濁の痕。
それでも一生懸命、呼吸して吸ったのは。
愛おしい、綺麗な空気だった。
《隣同士の音符~INO~》
帰国したのは、もう年末だった。
クリスマスイブ。
このタイミングで帰れたのは、少なからずJの圧力?も、あったかもしれない。
日本より多少温暖な国にいたし、出発したのは秋だったから。
この寒さが身にしみる…。
早く帰ろう。
まずは帰って。それから隆に連絡しよう。隆は今日は仕事だろうか?…わからないけど。
帰って来たよって。
留守をありがとうって。
ーーーそれから。
この旅で得たもの。
掴んだもの。
話してあげたい。
ーーーそして…
やっぱりどれだけお前が大事か。
離れてみて気付いた気持ちとか。
教えてあげたい。
街のクリスマスのメロディーが、早く早くって急かしてる。
何を?
そんなのさ。
たったひとつしか無いよね。
「隆ちゃん」
ーーーただいま。
久しぶりの家。
鍵を開けて、玄関に入ると。
「!」
綺麗に置いてある靴。
この靴を知ってる。
俺も、君も好きなブランドの靴。
「隆ちゃん、来てくれてるの?」
逸る気持ち。
スーツケースは玄関に置いて。リビングへ直行する。
すると。
「っ…うわ」
クリスマスツリー。
窓ガラスにも、オーナメント。
雪の結晶の、クリスタルのサンキャッチャー。
部屋全体がキラキラしてる。
「ーーー飾ったのか」
悪戯が誰の仕業かすぐわかって。
思わず溢れる笑み。
…と同時に。一人きりでこれをやったのかと思うと。少し切なくなった。
「ーーー隆は?」
この悪戯の張本人はどこだろう?と見回すと。見つけた。
ソファーでブランケットに包まって。
すうすうと穏やかな寝息をたてていた。
「ーーー」
そっと。
ソファーの傍らに跪く。
じっとその寝顔を見つめる。
まだ起きない。
「ーーー隆…だ」
きっかけは自分だけど。
隆にも迷惑を強いたかもしれないけど。
やっぱり。
どう考えても。
「会いたかったよ?…隆」
この旅で見つけたかったもの。
満たされていた状況を手放してでも、実感を得たかった。
君に優しくできているのか。
音楽を貫く強さがあるのか。
音楽と君と。
天秤に乗せた時に、惑わされずに。
それぞれの自分に必要な要素。その理由。それぞれがそれぞれを補い合って、俺を支えてくれているって。
その事に、ちゃんと気付けたんだ。
その気持ちを全部、アルバムに込めた。
指先で、隆に触れる。
髪に、頬に、唇に。
あの晩、触れられなかったから。
ずっとずっと…触れたかった。
「隆…」
名前を呼んだら、鼓動が跳ねた。
「ーーー隆…」
寝顔を見て、心底安心する。
長い睫毛。
ちょっとだけ微笑んでるような隆。
「ーーー相変わらず。可愛いな」
唇を寄せた。
触れるか触れないか。
そんな距離の時だ。
ゆっくりと、隆の瞼が開いて。
覗いた茶色がかった瞳が、俺をとらえた。
「ーーーあ…」
「隆」
「ーーーイノ…ちゃん?」
「ん。そうだよ?今帰った」
「ーーー」
隆の瞳は、俺から離れない。
ホントに俺なのか見定めるみたいに。
「ーーーJ君から聞いた」
「ん?」
「〝俺も同じ〟って」
「ああ。そうだったよ」
「ーーー」
「隆に会いたかった」
「っ…ーーー」
「ずっと。離れたら、余計だ」
「ーーーうん」
「余計に隆が恋しくなった」
「うんっ…イノちゃん」
久しぶりに見た。
溢れそうな、隆の微笑み。
おかえりなさい。
ただいま。
旅立った瞬間から、言いたかった。
君の元へ、帰って来た挨拶。
end…?
↓
《隣同士の音符~IR~》
「お風呂久しぶり?」
「そうだね、ずっとシャワーだったし」
「じゃあさ?」
「ん?」
「…一緒に入ろ」
久々の湯船。たっぷり湯を張って。隆と一緒に身を沈めた。
ザアア…
「あー…最高」
「ふふっ」
「そういえば隆ちゃん、クリスマス装飾」
「ひとりでやったよ?」
「ん、ありがとう」
「ここにイノちゃんがいればなぁ…って思ってた」
「ーーーん。」
「飾ってたらね?イノちゃんの事ばっか思い出すんだ。イノちゃんの声とか、匂いとか…」
「ーーー俺?」
「…うん。…それから…ーーーその…」
「ーーーん?」
隆は恥ずかしそうにチラチラ俺を見て。
頬が染まっているのは風呂のせいか…それとも。
「ーーーなあ。隆?」
「え?」
「この約三か月。…どうしてた?」
「?」
「俺がいない間」
「どうって…仕事してたよ?」
「ーーそうじゃなくてさ」
「っ…あ…」
隆を抱き寄せる。
湯が波を作って、隆の髪を濡らした。
「ーーー身体。ひとりでしたりとか…してた?」
「っ…ーーー!」
「ーーーしてたんだ?」
「して…なっ…」
「ん?」
「ーーーっ…一度…だけ。だもん」
「ーーーうん。俺もしてたよ?」
「え?」
「隆の事考えて…」
もうひとりじゃないから。
一緒にしよう?
今夜は、思う存分。
「あっ…あ…ああっ」
「くっ…りゅうっ…」
目眩がしそうな、甘い声。
こればかりは、ひとりでは聞けないから。ずっとずっと…隆に触れたかった。
湯の中で繋がった身体。
浮遊感で、隆の腰が逃げそうになるから。その度に、深く奥まで。隆を突き上げる。
「ゃあっ…あんっあ…」
「りゅうっ…もっと」
「んっんん…」
「もっ…と…いいか?」
コクンと、隆は頷いて。
俺の首元に両腕を絡めて。
噛みつくようなキスをする。
その口づけが、あんまりにも一生懸命で。
可愛くて、愛しくて。
めちゃくちゃにしてやりたくなる。
「ぁんっ…ん!」
「ーーー相変わらず…」
「そこっ…や…」
「ここ。気持ちいいんだ?」
胸の先端を引っ掻いて。舌先で突くと、隆はすぐにイってしまった。
「でも、まだ」
「あっ…はあ…っ…イノ…」
「まだ繋がっていたい」
「っ…ん」
「もっと愛してあげたい」
「っ…!」
思いの丈を込めて。
貫いて、隆を揺する。
「ぁあっーーーーー」
隆は仰け反って喘いで。
涙でぐちゃぐちゃになった顔で、フッと。
花のような笑顔。
「隆っ…」
「ぁあっ…あ…ーーーイノちゃんっ…」
「愛してるよ」
前よりも、もっともっと深く。
end
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