幼馴染の恋人








ソファーの上で目覚めると。
もう朝で。

布団と違う感触で、寝起きの今は、少しだけ背中側が軋んだ。




「っ…んーーーー‼」




思い切り伸び。
立ち上がって、洗顔のついでに寝室に寄ってみた。…ら。


「!」


寝室のドアは開け放たれていて。
そこにいるはずの隆の姿が見当たらない。

…どこ行ったんだろう?
つか。隆の奴、もう起きてたのか。
さすが隆。
早起きだよな…なんて感心しながら、家の中を見回しながら玄関の方へ行った。そのタイミングで。




カチャ。



「あ、J君おはよう」


「ーーー隆」




パタン。と、ドアを閉めながら、にこやかに立っているのは隆だ。
隆は両手に買い物袋をぶら提げて、それを見せながら言った。



「朝ご飯。散歩がてら買って来たよ」

「ーーーえ?…ああ」

「一宿一飯の礼」

「……一宿一飯…?」

「うん!」

「んなもん…いいっての。ーーーつか」

「?」

「一宿は提供したけど、一飯はしてなくね?」

「あー…。まあ、そうだけど。いいの」

「ーーー」

「いいじゃん。朝ご飯にしよ?」





隆が買って来てくれたのは、近所の某コーヒーチェーン店のラップサンドとコーヒーだった。
テレビのニュースを見ながら、俺はソファー。隆は斜め横にある窓辺の椅子に腰掛けて。二人で、モーニング。



「ーーー」

「ーーー」



〝それでは各地の天気予報にいってみましょう!〟



特に話す事も無く。
テレビの元気いっぱいのアナウンサーの声だけが部屋に響く。
そういやこの番組、前にルナシーで出たよな。…なんて思いつつ、サンドを食いつつ、コーヒーで落ち着く。
ーーーチラリと隆を見ると。
隆の手にあるのはフレンチトーストだ。それから…ミルクティーだろうか?

しかしよくよく見れば、そのどちらも大して減って無いようだ。

ーーー窓の外ばかりを、気にしているようで。

窓の外。…それってさ?





「ごっそーさん。隆は?食わねえの?」

「ん?ああ…まだあんまりお腹がね」

「ーーー減ってねえ?」

「うん」




隆は緩く微笑んで頷くと、持っていたフレンチトーストを紙に包み直して、それをテーブルに置いた。



「これ手付けてないから、J君あとで間食にでもしてよ」

「ん?…ああ」

「ーーー俺はミルクティーで…」



そう言って、ちょっと伏せ目がちにした隆が。昨夜の泣いている姿とダブって。
なんて言うか、すごく。
綺麗に見えてしまった。




ーーーそうか。
きっとイノは。
こんなコイツの姿を見ては、堪らない気持ちになっているんだろうな。

俺なんかよりも、ずっとずっと。
隆に、愛おしさや切なさを感じながら。





「ーーーJ君。ありがとう」

「ん?」


隆が唐突に、言った。



「泊めてくれて。ーーー急だったのに」

「ーーーああ」

「うん。…あのね?…こんな事言ったら、J君にもイノちゃんにも叱られそうだけど」

「ん?」

「ーーーやっぱり。…なんか似てるんだ。…二人の…空気?みたいのが」

「ーーー…イノと?」

「うん。多分ね、二人は気付いてないと思うけど。…似てるの。俺はそう感じる」

「ーーー」

「だから…なんか。昨夜は深く考えずにJ君の所にお邪魔しちゃったんだけど。目覚めたら気持ちが落ち着いてた。昨夜は俺…ぐちゃぐちゃだったから」

「ーーー」

「イノちゃんと喧嘩して、イノちゃんの元を飛び出して。ーーーでも、J君の。二人の、なんか似てる空気で深呼吸したら。ーーー落ち着いた。幼馴染の空気のせいかなぁ?」



幼馴染の空気?
そんなんあるんだろうか?

…でも。
ガキの頃から一緒に過ごした、馴染んだ空気ってのは、あるのかもな…。



「まあ、良かったな?」

「ーーーうん!ありがとう」



にこっと。
ここでようやく。
隆が、隆らしい。
笑顔を見せてくれた。

ーーーと、同時にだ。




ピンポーン。



「あ」




ほら、隆。
きっと。
アイツだぜ?






隆が。
ぎゅっと、身体を硬くしたのがわかった。
顔合わせるのに、緊張すんのかもしれない。

…あんな焦がれて、窓の外見てたくせにさ。








ドアを開けると。
少し気怠げなヤツがいた。

ーーー寝不足か。



「はよ」

「おう。早えな、イノ」

「ーーーそりゃ、そうだろ」




バツが悪そうに苦笑するイノ。
ーーー喧嘩が大元の原因だからって、思ってんだろうな。



「ホント、サンキュ。」

「別になんも、大した事してねえよ」

「…ん」

「寝場所貸しただけだ。…あとは隆が、自分で乗り越えた」

「ーーーそんな。喧嘩の原因も高尚なもんじゃ無いけどな」

「それでも、さ。物事を自分で昇華すんのに、原因の種類もデカさも関係無えよ」

「…まあな?」

「ーーーオマエは?どうだった?」

「え?」

「隆と離れた一晩はさ」




隆がまだリビングにいるのをいい事に。
本人目の前じゃ聞けない事を聞いてみる。
…好奇心ってゆうより。
涙を見てしまった者として、その相手の心情はどんなものか。聞いてみたかった。





「ーーー聞きたい?」



「…ん、まあ」



こんな時すら、ひとを試す事を忘れない、幼馴染。
なぜ俺がこんな質問をしたのか、バレてるようで、末恐ろし…

隆のあの涙を見てしまった事。
これだけは、バレるわけにはいかない。


とりあえず。
誤魔化しの、ため息。
そんで…




「聞きたいね。…お前の気持ちっての」



隆をあんなに切なく綺麗にさせる、そのチカラ。





「ーーーなかなか言葉に出来ないからさ」

「…」

「隆への想いは、曲に込めてる」

「…」

「ーーーけど。…強いて言うなら」

「…」



「隆がいなきゃ意味がない」


「ーーーーー」


「ーーーーーこの世界に」





ーーープロポーズかと思った。


なんて返せばいいか、俺は隆じゃねえのに戸惑っちまう。

けどさ。
それちゃんと、隆に言ってやってる?



そんなに愛してる事。
ちゃんと、隆に。










一触即発な雰囲気やら、甘々な雰囲気やら。
イノが隆を迎えに来た時の想像なんかを色々してた俺だけど。

実際は、そのどれでも無く。





「ーーー隆、帰ろ?」


「…うん」




ーーー実に、淡々としたものだった。




…って。オイ!



「え。そんなんでいいの⁇」




「「ーーー⁇…何が?」」



声揃えて言ってんじゃねえよ。

いや別に、仲直りしたんならいいけどさ。
めでたしめでたしなんだろうけどさ。

〝ごめん〟も〝こっちこそ〟も〝気にしてないよ〟とか。そんな会話もないままに和解なのか?



「…どしたの?J君」

「J、眉間にシワ」



ーーー似たような態度で俺を怪訝そうに見るのヤメロ。
そうじゃなくて。
いつの間に元通りになったんだよ?
昨夜のあの隆はなんだ⁇
ついさっきのイノの気怠げな感じはどこ行った⁇




「お前ら…いつの間に仲直り…」

「ん?…仲直りは…ーーー」

「まだ…だよね?」

「は?」

「仲直りしたように見えたんだ。すげえな俺たち」

「ね。じっくり話して、ごめんねって言い合うのは、これから…ね?」

「帰ってからな?」




ね。
ね?

…って。
頷き合う姿はいつもの仲睦まじいコイツらそのもの。
…そんななのに、仲直りはまだって?




俺が腑に落ちないカオしてたんだろう。
イノと隆はまた顔を見合わせて、苦笑を浮かべた。




「あのね。仲直りしきれてないのに、仲良く見えるのってね?」

「俺たち、別に嫌い合ってるわけじゃないからだよ」

「ーーー」

「いつもイノちゃん言ってくれるの。どんなにすごい喧嘩しても、嫌いになるわけじゃないからね。って」

「そう。例えば隆が何しようが、嫌いにはならない。喧嘩はするけど、好きだからって。…つか、嫌いになんてなれないよね」

「だからじゃないかな…?J君が、俺たちが仲直りしたように見えたの」



「ーーー」



「ちゃんと後で、俺の話聞いてよ?」

「わかってるよ。昨日はさ…」

「お互いヒートアップして話し合い出来なかったもんね」

「ははっ…そうそう」

「イノちゃん、最後は黙っちゃうし」

「隆だって、飛び出して行っちまうし」

「ばか」

「跳ねっ返り」




ふふっ
ククッ


「……」





ーーーはいはい。

結局は、らぶらぶだって事に変わりはねえわけか。
…やっぱりだ。思った通り。
こんな結末なんだ。





これ見よがしについた盛大な俺のため息は、サラッと流されて。
いつの間にか二人とも靴を履いて、玄関に立って。




「J君、ホントに一晩ありがとう。なんか、楽しかったよ?」

「…はぁ。そりゃ良かった」

「助かった。ホント、サンキュな」

「ーーーや、大してお構いもしませんで」




ばいばい。お邪魔しました。
またな。

って。二人は、やっぱり仲良さげに出て行った。

パタン。




ーーーーー…はぁー…。


なんか妙に、疲れたな。
…まあ、そうだよな。
ひとりでのんびり過ごす筈の時間が、アイツらのひと騒動に巻き込まれたんだから。
嫌じゃねえけど、疲れた。


やれやれ。

やっと、ひとりでのんびりだ。
とりあえず窓開けて、掃除機でもかけて。
それから買い物でも行くかな。


リビングの窓をスライドさせる。
途端に清々しい空気が入り込んで、いい気持ちだ。
昨夜使った大判のタオルを干そうと、テラスに出た。
そしたら。



「ーーーあ」




ちょうど目の前の道を、イノの車が出て行くところだった。
思わず手を止めて、じっと見る。

すると、通りがけの助手席で。
イノの隣に座った隆の横顔が。
それはそれは、幸せそうに。

きっとイノにしか見せない、そんな笑顔を浮かべていたんだ。



「あんなカオもすんの?…アイツ」



イノだけの隆の涙。
イノだけの隆の笑顔。

隆には見せない、イノの心情。





「全部見ちまったな…俺」




誰にも言えねえ、恋人達の秘密だ。





end





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