幼馴染の恋人









夜。

仕事終えて、家帰って、飯食って。
風呂入って。
さぁて、缶ビール片手に洋画でも観ながらゆったりすっかな…って時だ。




ピンポーン♪




…おいおい、誰だよ。こんな時間によぉ…。別にまだ非常識って時間でもねえけど、待ちに待った俺のまったりタイムを邪魔するってどうゆう了見だ?
…誰だよ、ホント。
出んのも面倒くせえけど仕方ねえ。
とりあえず応対はしてやるけど、場合によっちゃアレだからな。

開けかけた缶ビールのプルトップをそのままに、俺はやれやれ…と。玄関に向かってのっそり歩き出す。




「はい、誰ーーー」



がちゃ。




「っ…ーーーーーJ君…」



「ーーーーーーーーー」



「ごめん。こんな時間に…突然」




「ーーーーーーーーー隆⁇」





そこにいたのは、黒髪の我らがヴォーカリスト。
ーーー見た雰囲気、着の身着のまま…って感じだけど…。
思わぬ来訪者に。
俺はきっと間抜けた顔してた。…たぶん。










コト。


ーーー紅茶を出してやる。
普段はあんまり飲まねえけど、たまたま以前買って置いてあったヤツだ。
上手く出来たかわかんねえけど、それでも隆は美味そうに飲んでくれた。


…コト。


隆がマグカップをテーブルに置いたのを見計らって、俺はようやく本題に切り出した。




「ーーーなに。どしたの?なんかあった?」

「え?…うん」

「俺んとこに来るってそうそう無いじゃん?しかもこんな時間にアポ無しなんてさ」

「ーーーごめん」

「いや、別にいいんだけどさ。…なんかあったんだろ?じゃなきゃ…来ねえだろ?俺んとこなんか。…つか」

「ーーー」

「アイツがいい顔しねえだろ」

「っ…」




あ。…なんか今の隆の反応でわかっちまった。




「ーーー…イノと、なんかあった?」

「!」

「そうなんだ?」

「ーーー…」

「ーーー喧嘩でもしたか」

「っ…ーーー」





ソファーの上でちんまり座ってた隆が、怒り?なのかなんなのか。きゅっと身体を固くして、ますます小さく見える。
…けど。全体から発する雰囲気は、キッとして、鋭い。

ーーーこりゃ…相当な喧嘩したんだな。

カオを赤くして、唇を噛んで。
そんな隆が珍しくて。
俺は思わず手を伸ばして、隆の髪に触れようとした。
…すると。




「ーーーっだって、イノちゃん酷いんだもん」

「ーーーえ?」

「イノちゃん、俺を信じてくれない」

「ーーー」

「俺はイノちゃんを信じないなんて…しないのに…っ…」

「ーーーーー…」



「…ごめんなさい、J君。…でも、お願い」

「え?」

「ーーー今夜だけでいいから、ここに泊めて」

「ーーー⁉」

「今夜は帰れない。…今夜はイノちゃんの顔…見たくない」





おいおいおい。
ちょっと待て。それって事によっちゃ、俺って八つ裂きにされんじゃねえの?
変な疑いかけられて、怖えー目に遭うんじゃねえの⁇


ーーーマジかよ。



せっかくの洋画タイム。
せっかくのまったりタイム。

しかしこんな姿の隆を今更追い出すなんて出来ねえし…。




「ーーーJ君…ごめん」




ーーー…やれやれ…。




「…わかったよ」



ため息と共に向けた視線の先には。結露で濡れた、ぬるくなったであろう缶ビールが静かに鎮座してた。







「ーーーまあ、この際喧嘩の理由は敢えて聞かねえけど」

「ーーーJ…」

「しかしお前、なんで俺んとこ来るかな」

「っ…ーーー」

「葉山君とかさ?イノ絡みなら、そっちの方が良かったんじゃね?」

「ダメだよ!」

「⁇」

「ーーー葉山っちのとこなんて、すぐバレちゃうもん。…今回だけは、すぐにイノちゃんに見つからないところに行きたかった」

「ーーー俺んとこもバレるだろ」

「だって…J君はイノちゃんと幼馴染でしょ?」

「あー、まあな?」

「…だから。ーーーきっと、信頼…し合ってるから」

「ーーー」

「ーーーホントにごめんなさい。そこにつけ込んで、J君のところを選んだ。…J君なら信頼し合ってるから、イノちゃんに疑われる事もないんだろうな…って」




「ーーー…はぁ。」

…やれやれ。
そんな苦しげなカオするなら、尚更なんで俺んとこなんだよ…。
謝るくらいならこんな事すんなよ。
…っても。
普段めちゃくちゃ気遣い屋で、イノちゃんイノちゃん言ってる隆がこんな行動に出るって事は、やっぱりそれなりに理由があるんだろう。



がしがし。
頭を掻く。

さて、どうしたもんかな…。
…幼馴染を擁護するわけでもないけど。イノからしても、大事なヤツが急に姿を消したら、そりゃ心配するだろう。
喧嘩してた事もさておいて、隆の無事を確認したいと奔走するに違いない。

ーーーだったら。





「ーーー隆?」

「…うん?」

「今夜は泊めてやる。ーーーただし条件がある」

「ーーーなに?」

「今夜は帰らなくていい。いいけど、イノに連絡はするからな」

「っ…え?」

「隆は一晩、うちにいるから心配すんなって。隆は今夜は、何やらイノと会いたくないらしいから。帰んねえけど、心配すんな。ーーー明日、迎えに来てやれよ。…って」

「J君…」

「喧嘩しようがしまいが、無事は知らせてやんねえと。な?」




隆は眉を寄せていたけど。
しばらくすると、コクンと頷いて。
ちょっと複雑なカオして、微笑んだ。


ーーーよし。



「あと。もう一個条件」

「ーーーーーーーえ?」

「お前は首を振らねえと思うけど」

「?」

「お前は俺の寝室を使え。俺はリビングで…ここでいい」

「そんな…いいよ。J君ちゃんと休んでよ」

「ーーーーそうゆう訳にいかねえんだよ。お前は今夜はお客サマなんだから」


それから。
俺にとっても、お前は大事なヤツに変わりはないんだ。







ーーーわかった。

おう。

ーーーJ?

あ?

ーーー悪りい。…今夜だけ、隆を頼む。

…ああ。





隆をバスルームに追いやってる間に交わした、アイツとの通話。
案の定、だいぶ心配はしてたらしい。(…言葉にはしてなかったけど)
俺からの電話が隆絡みの内容だとわかった時の、イノの安堵した声。




「ーーー聞かせてやりたかったよなぁ…」



今、風呂場にいるアイツにさ?

さっきも言ったけど、俺は別に幼馴染だからってイノを擁護するんじゃない。
どっちが大切とか、そんなんじゃない。

ーーーただ。

イノは隆を手に入れて。
それが行き当たりばったりの成果なんてものじゃ無いって知ってるから。
ずっとずっと。
多分、隆が気付く前から。イノは隆のことが好きで。
でも、一筋縄じゃいかないって。
たくさんの壁があるって。
悩んで、諦めようとした時期もあって。
それでも消せない想いを曲に込めた事も、俺は知ってて。

想って、想って。
きっと。
誰よりも隆を大切に想って。
ついには隆を手に入れて。
手に入れたら、更にもっと隆を大切に想って。
イノ自身も、強く、柔軟に変わって。
昔からしたら考えられないくらい、包容力と、優しさとを持って。
隆を愛して。
何物にも囚われない強さで、隆を愛して。




「ーーーそんな姿を見てるからさ」



幼馴染なんて要素は、この際ほんの少しのプラス要素だ。(…プラス要素ってゆうのか?…まあ、腐れ縁としての贔屓目だ)

ーーーでも、隆にしちゃあ。幼馴染ってのは、やっぱり特別に映るのかもな…。



「ーーー」



ーーー俺ってこんな…しんみり考え込む奴だったっけか?

いかんなぁ…。
アイツらの事になると、俺も情が…こう…な。

要するに。
なんだかんだ、大切なんだ。
俺にとって。
イノも隆も。
大切なヤツらだから、気になるんだよな…。



「ーーーなんか結局最後は惚気られて…目の前でイチャつかれて終わりって気もするけど…」



他のヤツらならぶっ飛ばすぜ?
他でやれ!ってさ。
俺を巻き込むなってさ。

あの二人なら、まあいいやって。
今の時点でもう覚悟できてしまう。


「ーーー実は俺も葉山君気質なんだったりしてな」



目の前でどんなものを見せられても。
あの笑顔に、あの空気に巻き込まれても。
一度味わったら抜け出せねえ、美味い毒みてえな二人。
ため息をつきながらも、その動向から目が離せない。


「ーーーあーあ、俺も葉山君だ」


今度葉山君と飯でも行くかな。
んで、イノ隆トークに華でも咲かそうか。



がしがし。
頭を掻く。

ちょっとだけ浮いてるプルトップのビールは、今夜はもう飲む気がしない。
仕方ないから冷蔵庫に逆戻り。

そのタイミングで。



「J君。お風呂、先にありがとう」



タオルを頭から被って。
俺のぶかぶかのルームウェアを着た隆が。
キッチンのドアの向こうから、控え目に顔を出したところだった。




テレビの前のソファーの前。
ソファーには座らず、隆は床に座って膝を抱えてる。
テレビは見てんだか、見てないんだか。
ボーっと、してるように見える。




「隆」

「ん?」

「ーーーなんか飲むか?」

「ーーー」



チラ。
隆の視線が、俺を捕らえる。



「飲むっても、そんな色々あるわけじゃねえけど」

「ーーーううん」

「?」

「…いいや。俺。ーーーさっき紅茶もいただいたしね」

「あー…そっか?」

「うん。あんまり気、遣わないでいいよ?J君もせっかくの、のんびりできる時間だもんね」

「ーーー」

「…邪魔しちゃったの、俺だけど…」

「ーーー」

「もうちょっとしたら、俺もう寝るから。J君は夜を楽しんで」



にこ。
遠慮がちに見せる微笑みは。
そっちこそ気ィ遣ってんなよって言いたくなるような、控えめな笑顔。
ステージの上や、仲間内の連中と騒ぐ時の弾けるような笑顔じゃない。

ーーーホント。俺に気なんて遣うなよ。



俺が相当渋いカオしてたのかもしれない。
隆はささやかな笑顔も引っ込めて、じっと俺を見て。

スクッと立ち上がると、寝室を指差して言った。




「ーーーもう寝るね?…今夜は急に来て、寝室占領して、ごめんね」

「いや、それは別にいいけどさ…」

「ーーー俺、ソファーでも、リビングの端っこでもいいよ?」

「だからそれはいいんだって。気にせず使え」

「ん…。ありがとう」




じゃあ、おやすみ。って。
隆は緩く手を振った。
俺サイズの、ぶかぶかのシャツの袖が。隆の指の半分くらいまでを隠してる。
肩もズルリとしてて、何だか可笑しくて、笑った。


おやすみ。
俺も風呂行って来るわって手を挙げて。
今夜はそこで、隆と別れた。










ーーーーー

途中から見始めた洋画は、見た事ないヤツだったから。結局よくわかんないまま終わった。
仕方ない。
また借りるかなんかして、見直そうと思うけど。
ビールも飲まなかった。
そんな気分じゃなくなっちまったから。
柄にも無く、隆を真似て。
紅茶なんか飲んでみた。

ーーーうん。しばらくはいいや。




「さて…と」




俺ももう寝るかな。
今夜はこのまま、このソファーに一泊だ。




「ーーーと。…そうだ」



ブランケットと、スマホの充電器。
寝室に置きっぱなしだ。
…しまった。隆が寝る前に、先に取りに行っとけば良かったな。



がしがし。
何度目かの。頭を掻く動作。




「ーーー仕方ねえか」



隆には悪いが、そっと取りに行こう。
起こさないようにな。







足音やドアの音に気をつけて。
月明かりだけの寝室に滑り込む。

ーーー隆は。
もうよく寝てるみたいだ。

手際よくブランケットと充電器を手に持って。
そうだ、ついでに読みかけの本も。って思って。ベッドサイドの棚に近づいた。
ここでも音を立てないように、ハードカバーの洋書を持ち上げる。

よし。
そんじゃ、早々に退散。って、踵を返した時だ。




「ーーーっ…ぅ…」

「ーーー…」



小さな。
微かな声がして。
俺は思わず振り返って、隆を…見た。



(…え)




「…ーーーんっ…」



ぐす。

…くす…ん。




(ーーー泣いてる?)




思わず止まる。俺の足。
こんな隆は、見た事無くて。



「ーーー」



立ち去ろうにも、立ち去れない。
放っておいてやるのが、良いんだろうが。
…というか。
こんな姿は、きっとイノしか見てはいけないんだろう。

こいつの、こんな姿。






「ーーー…い…の」

「!」

「いのちゃ…ーーー」




ぽろぽろ溢れる涙は、枕のタオルに吸い込まれていく。
切ない声は…ーーー








パタン。




「ーーー見なかった事にしよう」



あんな声の、あんな姿の隆。
寝ている間に、見てました。…なんて。

言えない。
言ってはいけない。

だってこれは。
イノと隆と。
二人だけの。
きっと、秘密の部分だから。






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