桜雨










「どうして俺と隆が繋がりあるってわかったんだ?」




あのあとじっと事の運びを見守っていたJとスギゾーによって。
(恋人たちの再会の、本人たちに任せるべき場面だから慎重に…)
あの雨の夜に隆一と出会ってから今までのことをイノランに話してきかせた。



「ありがとう」


するとただ一言。
イノランは二人に言って、頭を下げた。

一見、簡素過ぎるように思えるイノランの二人への言葉は。
けれどもそこには、離れてしまっていた恋人達の、一言では片付けられない感情が集められていて。
それを経験した者だからこそ言える、最上級の感謝の言葉だと。
スギゾーとJは、しっかり受け止めていた。



ーーーそこで、冒頭の問い掛けだ。
隆一の肩を抱いたまま、イノランは二人に訊ねた。

するとJが、少々照れくさげな笑みを浮かべて。
イノランと隆一の方を交互に見ながら言った。




「歌だよ。ーーーメロディー」

「ーーー歌?」

「お前ら歌ってただろ。隆一は箒で掃きながら、お前は夜道でぼんやりと」

「ぁ、」

「ーーーそういえば…」

「俺はたまたま、そのどっちの場面にも立ち会っててさ。聞いてたら、あれ?って。このメロディー、聞いたことあるって、思ってさ」

「ーーー」

「さらに隆一の抱えてたギターと、お前の見せてくれたギターが同じ工房生まれの同じタイプのギターだったし」

「ーーー」

「隆一の教えてくれた〝イノちゃん〟の面影とも重なったし…。こりゃあ、絶対そうだろ!って」

「ーーーJ、」

「まぁ、あとは俺の推理力と勘な」

「…J」

「コイツら絶対引き合わせてやんねぇと、次はないかもしれないって思って。こんなタイミングはもう来ないかもしれないって、思ってさ」

「ーーーん、」

「ーーーんで、まぁ。ーーー良かったな、隆一」

「ーーーっ…うん!…ありがとう、J」



目を潤ませて、唇を噛んで。
でも、再会できた嬉しさで頬を染めて。
隆一は恋人に寄り添いながら、頷いた。

ありがとう。と。









もう夜も遅いし、今夜は泊まって行けよと。スギゾーはイノランにも声をかけて誘った。
それを頭を下げて礼を言って受け入れたイノランに、うんうん頷きながら。

ーーーしかし言ってすぐに、スギゾーはハッとした。


久々の、一年ぶりの恋人達の再会。
…の、夜。
こんな夜は、感情も高まって。
会えなかった日々を埋めるように。
なんというか、行いたい事もあるだろうと。
言った後に気付いたスギゾーで。
(かと言って、それは当然の事だろうし止める理由もないけれど)
決して大きいとは言えない店舗兼自宅の間取りの中で。
ーーーそれは少々、気まずいなぁ…と、スギゾーは頭を掻いた…。











「おやすみ」




結局、スギゾーは店舗スペースのソファー。
Jはリビングのソファー。

寝室はイノランと隆一に譲って、夜を過ごすことにして。
スギゾーはそそくさと、寝間着がわりに服を手渡すと寝室を後にした。

(まぁ、好きにしていいよ)


今夜くらいは、好きにするべきだと。
スギゾーはそっと、微笑んだ。












「いい奴らだな、スギゾーとJ」

「うん」




ーーー月明かりと、窓辺のランプの明かりの寝室で。
イノランと隆一の。
久しぶりの夜の時間が始まった。





一緒の夜。
一緒の寝室。

ずっと恋しかったのに、今は照れ臭くて仕方ない。










「…久しぶり、」

「そうだな。ーーー久しぶり…」

「ん、」

「ーーー久しぶりにしちまったのは、俺のせいか」

「ーーーーーぅん、」




苦笑するイノランに、少々すね気味な声で返事するのは隆一だ。
ベッドの右と左と。
並んで腰掛けているのに。
今はなんとなくぎこちなくて、ほんの少し隙間がある。

ーーーこのわずかな隙間は。
一年という時間の隙間だろう。





「ーーーーー」




イノランは。
その隙間を埋めるのは自分の役目だと思って。
ベッドの端で、俯いてしまっている隆一を。





「隆、」



ぎっ、



「…っ、わ」





腕を掴んで、腕をひいて。
倒れ込んだ隆一を受け止めて、はじめは片手で。
そのあとは両腕で。
抱きとめて。
ーーー抱きとめた途端、苦しいくらいに愛おしくなって。
重力に従って。
二人で。
ベッドの上に。

重なって、おちた。






する。
…ぎゅ。





手を重ねる。


「ーーーあったかい、」

指先も。
一本一本。
相手を確かめながら。


「あつい、お前の手」

「…ぅん」





どくん…どくん…
…トクン…トクン…




重なる鼓動。
同じリズムを、少しだけ音を違えて。

二人の鼓動は、離れていた隙間なんか関係なく。
すぐに馴染んで。
イノランは懐かしい匂いを追いかけるように、隆一の首筋に顔を埋めた。






ぴちゃ…っ…




「ーーーぁっ…」

「隆、」

「…だ、め。…だよ。ーーーここ、」

「ん」

「スギ、ゾ…の、」




きしっ、





「ぁ、ん…イ…っ……め、」

「ーーーい、ぃ…か、ら」

「って…ば、ぁ……」




きしっ、ギ、



「んっ、ぁ、」

「ーーーーっ…隆、」

「イ ノ…っ…ぁ、ん…」






ぽろ。

ころん…。





隙間はすぐに馴染んで。
隙間なんて、無くなって。
心も身体も。
全部、全部。



一年間。
どれだけ相手を求めていたか。





好きなひとの涙を見て。
好きなひとの吐息を感じて。






やっぱり。
このひとが側にいなきゃだめなんだと。


思えたのだ。













ごめん…

悪かった、と。


久しぶりのベッドの中でも、イノランはかすれた声で謝り続けて。
その度に隆一は。
違う、やめて、謝らないでよ…と。こちらも喘ぎの隙間で何度も懇願した。
そして何度目かのイノランの謝罪の言葉の後の…。やだ…の後。
ついに、だ。



「つ…次、謝ったら、」

「ーーー」

「…イノちゃんなんてしらない」


頬を染めて、涙目で。
そんな事言われたら。

降参、と。
イノランは隆一を抱きしめて。
ぷくっと膨らませた唇を舌先で触れて。
ーーー深く、キスをして。



「ーーーりゅ、」

「っ…ふ、ぁっ…」

「隆…」

「ーーーーーっ…ん、ん…」

「ーーーーーもう言わない」

「…は、ぁ…」

「ごめ…ーーー」

「ん?」

「…じゃなくって。ーーーえっと、」

「ーーーぅん」


「ありがとう、隆」





感謝の言葉に代えたのだ。























旅立ちの朝は快晴だった。

結局二晩をスギゾーの部屋で過ごしたイノランと隆一は。
快く貸してくれたスギゾーの部屋を掃除と整頓をして。(ベッドのシーツはイノランが街で調達してきた新品のものと取り替えた。…さすがに、まぁ…)
床を掃いて、ラグを干して。
そしてこちらは隆一からのプレゼントの…窓辺の花。素焼きの鉢には紫色の花が咲く。(紫色はスギゾーによく似合うと隆一が思ったから)




「Jにも、これは俺が選んだんだよ」

「俺にも?なになに」

「エプロン!ほら、カフェエプロンっていうの。Jに似合いそうな真っ赤なの」

「ーーーエプロン、」

「だってスギゾーの家のキッチンはJの管轄でしょ?」

「…ぅ、」

「まぁ、な?」

「…スギゾーが俺に任せてばっかだから、こうゆう事に…。」



ぶつぶつ言いつつも、Jは嬉しそうだ。

スギゾーもJも。
隆一と出会ってからのこの数日間が忘れられないものになったから。

隆一の一生懸命さも。
隆一の笑顔も。





「出会えてよかった。スギゾー、J。ーーーどうもありがとう」

「隆も。よかったな」

「見つけられてさ」

「うん!」



そしてイノランも。


「ありがとう。ーーー本当に」


隆一と再会できたのは、二人のお陰でもあるから。








〝F〟のついたギターケースを持って。
イノランと隆一は旅に出る。

中には黒のギターと白のギター。
天気は上々。

雨は上がって、降り注ぐのは散り遅れた桜の花びら。





ちらちらちらちら…





「ーーーもう葉桜間近だねぇ」

「もう、花の時期は終わりだな」

「ん、でも。ーーー来年もあるものね」

「そうだな」

「ーーーーーーーね、」

「ん?」

「イノちゃん…」

「ーーーなに?」





ちらちら…

ちらちらちらちら…






「約束」


「ーーー」

「今度こそ、約束」

「ーーー」

「ーーーーーー来年の桜の季節は、一緒だよ?」

「ーーーーーああ、」

「ずっとだよ?ーーー来年も、その次も…」

「その次もその次も。ーーー約束だ」

「ーーー」

「今度こそ。絶対、約束する」

「ーーーっ…ぅん」






ちらちらちら…





隆一は目を閉じる。
薄く唇を開いて…。
ーーーそれは合図だ。




「隆」

「ーーーーーぅん、」



「愛してるよ」



「っ…ん、ぅん」










重なる唇。

この季節を共に過ごしたシルシ。
そしてこれからも、そう在ると誓うシルシ。

音と。
大切な存在と共に。



今年最後の桜の雨を浴びて。

また来年も。
この季節を共に愛し合うために。







end?
























あれから、約半年。




街が冬を迎えて。
人々がコートを掻き合せ、白い息を吐き出す。
一年の最後の方。



相変わらずこの街の楽器屋で、来る客は少なくとも日々あの時と同じ調子で過ごしてきたスギゾーとJの元に。
一通の手紙と、小さな小包が届けられた。







「ーーーごくろうさん」



戸口に出たJは、手慣れた様子で家主であるスギゾーの名でサインをすると、かじかんだ手を擦りながら再び街に戻る郵便屋を見送って。
受け取ったばかりの小さな荷物の伝票に目をやった。



















「スギゾー‼」





部屋の中でギターの弦をキリキリと張り直し中のスギゾーは。手仕事中は声を掛けるなとばかりに不機嫌そうな視線を向ける。ーーーが。Jはそんなの御構いなし。




「見ろよ!ほら、」

「ああ?」





ずいっと目に前に差し出された小包の差出人を仕方なしとばかりに見たスギゾーの…目が。
みるみるうちに見開かれて。
持っていたギターをソファーの上にゴロンと転がして。
齧り付かんばかりに勢いで、その荷物をJから奪い取った。

そこには。





イノランと、隆一の名前。

住所はここから遥か遠くの北国で。
はるばる遠くから旅してきたこの小さな荷物が、二人は一気に愛おしくなって、その封を開けた。




ーーー出てきたのは。






スギゾーとJへの感謝の言葉と。
今の自分たちの近況。
音楽を奏でながら、今は寒い北国の小さな町にいて。
二人はここでこの冬を越すことにするのだとか。


そして。






「っ…来年!またこっちに来たいって!」

「おお!じゃあまた会えるって事だ」

「いついついつ⁈早く会いたいよね~!」

「こっち来たらまた真矢くんとこで飯!」

「いいね~」





一気に活気付く二人。
再会の時が待ち遠しくて、今からもう浮き足立ってしまう。





「この荷物…」

「何が入ってんだ?スギゾー開けてみろよ」

「ちょい待ち…。んっとね」




出てきたのは小さな小箱。
その紙製の箱を開けると、四角い透明なアクリルのオルゴールが出てきた。




「オルゴール?…」

「どんな曲が、」




キリリとスギゾーが螺子を巻くと。
ーーー流れ出したのは…









……♪…♫…







「ーーーーーあ、これ、」

「この曲…」






桜の季節に、隆一とイノランが口ずさんでいた、あのメロディー。
二人が再会できたキッカケになった、あの…








「…やば、嬉…」

「ーーーなにオマエ。泣いてる?」

「うっせ!J」

「はいはい」









〝二人のおかげ

だから この曲を 二人にも


ありがとう



また 会いに行くね〟














end








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