短編集・1










ずっと隆のそばにいたいと願う俺が、それでも進んで離れるひと時がある。














◇キスとシガレット◇














「ーーーーーふぅ…」





細く煙が夜空にとける。
冬の空は澄み切っていて、煙が散っていく瞬間はそこだけ霞んで星が滲む。


とん。


テラスに置いた灰皿に煙草を打ちつけると、燃え尽きた灰が小さな赤い火から離れて音も無く落ちた。
ーーーーーなんて、ごちゃごちゃモノローグ言ってるけど。

単純に家のテラスで煙草吸ってるだけ。
風呂に入る前のひと時。
この時間だけは、俺はリビングに続く窓をピシャリと閉めて自分自身を外に閉め出す。

なんでって?
だってさ。










こんこん!






「ん、?」


微かなノック音が聞こえて、俺は振り返る。
するとそこには煌々とリビングの明かりを背にした恋人の姿。
風呂上がりだから乾かしたてのふわふわした髪で笑ってる。




「あー…」


ガラス戸が隔ててるから声は聞こえないけど。
一文字一文字、口を動かす向こう側の恋人に、俺は苦笑する。






〝俺 も  そっち  行  き   た   い〟




「…隆」


だめだっつの。
お前風呂上がりだろ。
こんな真冬の夜空の下なんて湯冷めする。
それにそもそも俺がこんな寒い思いして煙草吸ってる意味をわかってんのか⁈





「だ   め  」




ハッキリ言ってやった。(聞こえたかわかんないけど)
そしたら明らかにムクっとした顔で、頬っぺた膨らませて。





〝いや!いーきーたーいー〟


「ーーーお前なぁ…」



仕方なく残った煙草をぎゅっと灰皿に押し付ける。
白い煙を僅かに立ち上らせて、赤い火も消えた。



カララ。



「あ、だめっつったのに」

「だって来たかったんだもの」

「湯冷めするだろ。それに煙草吸ってんだから」



隆の前では吸わない。
そばでも、煙が届きそうな場所でも。
これは俺が隆と一緒にいる上で決めてる事だ。



「少しくらい平気だよー。ちゃんと上着着てきたし」

「それでも!風邪引くぞ」

「ヘイキ!」

「…ったく、」



こりゃもう早々に部屋に押し込まないと。
もう一本くらい吸いたかったけど仕方ない。



「俺も入るから、一緒に戻ろう」

「ーーー煙草は?」

「ーーーお前がいんのに吸えるか」

「…いいのに」

「だめ。自分で決めてんの」

「イノちゃんに我慢させるのはいやだよ」

「隆…」



困ったな。
駄々っ子みたいで、言い出すと聞かなくて、このままだと収拾つかないのは目に見えてるんだけど。
でも。
その言葉は嬉しいと思ってしまう。



ぐっと言葉に詰まっていたら。
隆は手摺に手をかけて、ぐん…と俺に顔を寄せた。




どきん。



ーーー好きなひとが至近距離って、どうにもならない。
瞳に吸い込まれて目が離せない。




「ね、」

「ん?」

「俺ね、煙草の味は嫌いじゃないの」

「苦いの?」

「そう。でも俺はもう煙草は吸わないから、自分じゃどうしようもなくって」

「まぁ、そうだな」

「だからイノちゃん経由じゃないと味わえないんだよ?」

「ーーー味…わ、」





ーーーそれってさ。




「歌にもあるじゃない。ーーーん、と」

「歌?」

「ーーー最後のキスは煙草のflavorが…って」

「ーーーえ。俺たち最後なの⁈」


それは!勘弁‼︎


「違ぁう!そうじゃなくって、その曲ではそうだけど、俺たちは…」

「ーーーうん」

「ーーーあのね?」




かしゃん。



「ーーーりゅ、」


隆が手をかけた手摺が僅かな金属音を立てた。
ーーーそれは隆がさっきよりもっと俺に近づいたから。



(ーーーすげ、)


(何度も見てんのに、新しい発見と…それから再確認)



(頬の曲線の滑らかさ。ーーーそれから、)



(何度見ても惹き込まれる、赤い唇)






「ね、イノちゃん」

「ーーーん、?」

「最後じゃなくって、俺たちは…ね?」

「ーーー最初のキス?」

「ーーーでもいいけど、これからも…」



「隆」


「ずっと」





隆の震えながら閉じる瞼に切なくなって。
最初から、もう。
深く、唇を重ねた。





「ずっと…」








end



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