白銀















さくさくと雪を踏み締めて駅からの道を歩く。
見渡す限りでは人影は見当たらないけれど、それでも人通りが幾らかはあるのかもしれない。
まるで獣道のように踏み締められた雪道は、この小さな町の中央に向かって続く。
雪に足をとられないだけ歩きやすい。
しかしひとたび吹雪になどなったら、後からあとから降り続ける雪ですぐにこの道もかき消してしまうのだろう。

薄く青空が広がる。
今日は雪もちらちらと舞う程で穏やかな空だ。
手を繋いで歩くと2人の影が薄水色に雪上に影をおとす。
イノランは度々リュウイチに気遣いの声をかけながら辺りを見回した。





「どっか店でも開いてればな」

「お店?」

「ああ、そうしたら目的の場所への行き方を教えてもらえるし」

「ぅ、ん」

「レストランとかあればリュウと食事もできるじゃん?」




そうだ。
この旅はイノランにとっては見てみたい景色に会いに行く旅でもあるのだし、リュウイチとの出会いも奇跡のようなかけがえのないものであって。
大雪、猛吹雪に包まれて思うように行動できずにいた数日を考えれば、今日という日はようやく目的を達成できそうな大切な日。
しかも傍にはリュウイチという一目で心奪われたひとがいて。
甘やかな時間を過ごしたいと思うイノランの願いは至極自然なものだろう。



「ーーーーー」



隣をご機嫌そうに歩くイノランを、リュウイチはちらりと見上げた。
繋いでいる手はあたたかくて、時折ぎゅっと指先に力がこもる。




「ん、?」

「…」

「リュウ」

「ぇ…?」

「どした?」




そっと見つめている気配を感じたのか、いつのまにかイノランが見つめ返していてリュウイチはハッと肩を揺らす。
イノランの優しい微笑みは惜しみなくリュウイチだけに注がれて、頬が熱くなって、リュウイチは唇を噛んで俯いた。

そんなリュウイチをイノランは愛おしそうに見つめ続ける。
視線を絡める時間は短くても、リュウイチの瞳がイノランに語りかけているから。






ーーーどうして?

ーーーそんなに優しくしてくれるの?





(ーーーーーそれはさ、)






イノランは言葉の代わりにもう一度、繋いだ手に力をこめる。
指先を絡めた手繋ぎは深愛の証だと言わんばかり。




(言葉でもちゃんと伝えるつもりだ)

(目的地の大きな木の下に着いたら、)

(列車内でうやむやになった、俺の気持ちを)



ーーーだから今は、もう少し。






「あ、リュウ」

「え?」

「あそこの店、ほら。レストランかも…カフェみたいな」

「ーーーあ、」

「開店してるぞ」





道の先に赤い屋根が見える。
雪が分厚く降り積もって白に塗り替えられてはいるものの、雪の隙間から覗く赤色に元気がもらえそうで。
その下に掲げられている焦茶色の木のプレートには〝cafe〟の文字。
よく見ると小窓の隙間から小さな煙突が飛び出していて、白い湯気が漂っている。




「休憩がてら何かあったかいもの食べようか。巨木の情報も聞けるかも」

「ん、」



嬉々とするイノランにリュウイチも微笑んで、こくりと頷いた。
ーーー控えめに。どことなく申し訳なさそうな微笑みに見えるのは気のせいではなくて。
リュウイチの秘密。
それを未だイノランに伝えられていない事に、リュウイチはしばしば心が痛むのだった。




「ーーーコーヒーの匂い。料理の美味そうな」

「ね」

「入ってみよう、リュウ」

「うん」



ドアの前の小さな立て黒板にはメニューが載っている。
それを嬉しそうに眺めたイノランは、リュウイチを振り返って頷いた。
ーーーと、その時だ。

リュウイチがそっとその場にしゃがみ込んで、ドア横に積もった雪に手を伸ばす。
その一連の様子を不思議そうに眺めていたイノランの前で、見た目には雪の塊に見えるそれを、ばさばさ雪を手で払う。
するとその中から姿を現したのは長方形の木製のプランターだった。
以前は何かの植物が植えられていたのだろう。
痩せた土の上に黒く細い枝が根を下ろしていた。真っ黒で葉も無くなっているその小さな枝からは、これが何の植物なのか判別ができない程で。
常春のこの国が雪に閉ざされた国になってしまった、これもその姿のひとつなのだと雄弁に語る。

そのプランターをじっと見つめるリュウイチを、イノランもまた寂しげに見つめる。



「ーーーずっと雪ばかりだから、雪の重みも相当だろうし、陽の光も足りないんだろうな」

「ーーーーーん、」



仕方ない…というのは簡単だと。
イノランはつい口から出そうになった言葉を飲み込んだ。
そうじゃない。
仕方ないとか、そうではないのだ。
何故この国が雪に閉ざされたのか。
その原因や謎を見つけなければずっとこのままなのだろう。
花は咲くことなく、雪と氷に包まれた世界。

イノランはここで初めて、その事実に背筋が冷える思いがした。






「イノラン」

「ーーーえ?」



つい、思考の奥に入り込んでいて。
いつのまにかリュウイチがイノランを見上げていたことに暫し気付けないでいた。
どうした?と聞き返すと、リュウイチの瞳がきらきらと輝くのを見た気がしてイノランは息をのんだ。

とても綺麗だったのだ。





「イノラン、さきにお店入ってて?」

「え、リュウは?」

「ーーー俺はもう少しだけここの景色見てから」

「景色?じゃあ俺も一緒に、」

「ーーーすぐに行くから、ね?」




イノランの言葉に被せるようにリュウイチは微笑んでドアの方を指差した。
一瞬なにか違和感を感じたイノランだったが、なぜかリュウイチの瞳がひとりの時間を望んでいる気がして。
すぐに行くというなら…と。イノランはリュウイチの髪をくしゃくしゃと撫でると、先に席取ってるよ、と。ひとり店内に入って行った。

























「ーーーーーごめんね」






リュウイチはそこへしゃがんだまま、消えそうな声で呟いた。







to be continued



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