白の牢獄










罪の名前は〝魅力〟


岩石と緑と空に囲まれた白い石造りの牢獄に。
そんな罪を抱えた者たちがいるという。
それを初めて知った時は意味がよく解らなかった。
〝魅力〟が罪とはどうゆう意味か。
罪とは決定的な理由や意味があってこそ課せられるものの筈だろうに。
〝魅力〟が罪名とは、それは余りにも未確定で、あやふやで。

そんな罪を課せられた者達は、一体どんな者達なのか。





















◻︎◻︎◻︎白の牢獄◻︎ ◻︎ ◻︎



























がやがやと賑やかな店内。
旅の者や地元の者。
板を張り巡らせた店内をそんな者達が歩き回る度にコツコツと軽快な音が響く。
流れる音楽も良い。
音楽好きなマスターのこの店の片隅にはギターやらオルガンやら、小さなドラムセットまである。
休日のランチタイムなんてものは忙しくてその暇はないけれど、夜に店がバー仕様になるとマスター自らドラムを叩いて客と音楽を楽しむことも多かった。
この店が好かれて繁盛する由縁だ。





「それもあるけどここは飯も美味いぜ!」




カウンターの隣にいた常連らしい男がご機嫌な様子で教えてくれた。
真昼間からだいぶできあがっている様子。
教えてくれた事に会釈で礼を言って、目の前で勢いよくフライパンを振り回すマスターに声を掛けた。





「あのさ、この先になにがあるんだ?」




そう訊ねたのはイノランという青年。
黒のハットを被り、いい風合いに擦れたレザーのジャケットがよく似合う。
長く旅暮らしを続けているのだろうか、ブラウンカラーの髪はややパサリと毛先が跳ねる。襟足の部分だけ長く伸ばした髪は肩口から胸の方へ垂らしている。
荷物は肩から掛ける黒の革製の鞄がひとつ。
決して豪奢ないでたちでは無いけれど、この青年から受ける色気ある男臭さに思わず目が止まる。

旅の途中の道すがらに立ち寄った一軒のレストラン。
空腹を満たす為と、情報収集。
そこのマスターである男は、豪快かつ人懐っこい笑顔のシンヤといった。
シンヤはカウンターに腰掛けたイノランに出来上がったばかりのワンプレートを差し出しながら問い掛けの返答をした。




「この先を進むと森に入るよ。抜けちまえば次の街へ続く道があるけどね」

「…森…かぁ。ーーー抜けるのにどんくらいかかる?」

「そうだなぁ…。森で3日、抜けたら街へ続く道で3日。場合によっちゃもっとかかるかも。結構あるでしょ」

「うー…ん。そっか」

「引き返して列車で別の方面へ進む方が賢明だと思うけどね。お兄さんどこ行くの?」

「まぁ、ちょっとね。実は探し物しててさ。別に時間かかってもいいんだけど…そっか。ーーー森かぁ…」

「この先に進むならキッチリ準備して行った方がいいよ。店も民家も無いから。下手すりゃへたり込んじまう」

「そ、だね。…どうしようかな」

「ワハハハ!とりあえず食いなよ。熱々が美味いよ!」

「ん、いただきます」




目の前のプレートには肉料理とパスタ、芋のソテーと、サラダが盛られている。
こんな旅暮らしでは熱々の料理はもちろん、新鮮な野菜はなにより有難い。
付け合わせの温かい布でくるりと包まれた焼き立てのパンも美味だった。




「美味…」

「そう言ってもらえると嬉しいね」

「いや、マジで美味い。シンヤ君の店が繁盛すんのわかる」

「ワハハハ!」




空腹もあってイノランは暫し夢中でナイフとフォークを動かした。
あっという間に空になるプレート。
いいタイミングで出された淹れたてコーヒーに歓喜しつつ堪能していると、フト。
壁に貼られた地図に目がいった。
行儀悪いと思いながらも、イノランはカップを持ったまま立ち上がって地図を眺めた。

この店がある場所に星型の印がついている。そしてシンヤが言っていた森がこんもりと広がり、その先へ続くという道は地図上におさまりきれていない。
それを見ただけでイノランはまた、どうしようか…と肩を竦めた。




(ん、?)



と、ここで。
森へ入る道の直前で、右に逸れるもうひとつの道らしきものが描いてあるのを見つけた。
イノランはその道らしきものから目を離さずにシンヤに訊ねた。





「あのさ、この右に折れてるのは…道?」

「え?」

「道っぽく見えるけど」

「ーーーーーあぁ、」




イノランの問いかけに先程までの陽気さを潜め、シンヤは調理の手を止めずに相槌を打った。




「ーーーーーなんかあるのか?この先に」

「ーーーうん…。俺も行った事はないんだけどね」

「ーーー」

「牢獄があるんだってさ」

「牢獄?」

「周りは巨石と森と空しかない場所に、真っ白な石を組んで作られた大きな牢獄があるって聞いたことがある」

「ーーー」

「みんな白の牢獄って呼んでるよ」









白の牢獄。
イノランはその話を聞いた瞬間、何か見えない糸で引かれるような感覚を覚えた。
牢獄なんて常ならばわざわざ立ち寄ろうとは思わない場所に、こんな気持ちになるのは不思議でしかなかったけれど。
そこに何があるのか、どんな場所なのか。
どんな出会いがあるのか。
まだわからないけれど。



「ーーーそっか、」



行ってみようと、イノランは思った。


















「また立ち寄ってよ。飯食いにさ」

「ありがとう、シンちゃんの店はまた絶対来るよ」

「んじゃ美味い飯作って待ってなきゃな!」

「ハハハッ、うん!」





これはサービス!道中で食いなよと、シンヤは焼いたソーセージを挟んだパンを持たせてくれた。
有り難く礼を言ってランチ代の代金を払う時に見つけた、カウンターに置かれたキャンディに目が留まり。
これも、と。イノランはそれも買い求めた。
















「いい店だったな」



マスターがいい奴だった、と。
イノランは歩きながら笑みが溢れた。

さて。






「森抜けるのは止めにして。気になる右の道に…」




牢獄があるという方へ。
イノランは躊躇いなく進む。
牢獄というからには悪党がいる可能性もある。
中には名の知れた悪漢なんかも捕らえられているのかもしれない。
そこへ何をしに行こうというのか。
そこで何か得ようとしているのか。
イノランは自身が何を求めているのかこの時はまだ解らずに。
ただ、呼ばれるような、引かれるような。
そんな感覚に身を委ねるだけだった。







「ここら辺の木の葉は鮮やかな明るい緑」

「ーーーほんとだ、周りの石がだんだんデカくなって…白っぽくなってきた」

「空も…穏やかだなぁ」




巨石郡は、次第に歩くのもやっとで。
道を歩くというより、無造作に転がる巨石をひとつひとつよじ登っては降りて…を繰り返すという感じだ。
それでも着実に歩みを進めて、一晩を巨石の陰で、サービスでもらったパンを美味しく食べて暖をとりながら過ごして。
翌日の昼前には、緑と青と巨石の間に突如現れた大きな建物の目の前に到着したのだ。








「ーーーーーー白…」





イノランがこれまで見たことのある牢獄とはかけ離れた外観。
一見すると牢獄というより城と言っても頷けるような。
悪党を収容するようなごつごつした感じは皆無で。
白く滑らかで繊細なこの建物は美しく青空と緑に包まれていた。






「ーーーここ、」

「ほんとに牢獄なのか?」



全然そう見えないな…。
そう呟きながら、遠巻きに白い建物をじっと眺めていた。
その時だ。






「ここは牢獄だよ」

「っ…?」

「間違いじゃない。罪のある者達が暮らしている」




背後からの突然声がして、イノランはヒュッと息をのんで振り向いた。




「物見遊山なら引き返したほうがいいよ。面白いもんなんか何もないし」

「ーーー」

「まぁ、ここは見せ物でもない。牢獄ってくらいだから、物騒だとか思わなかった?」





紫色の髪、真っ黒のロングコート。
長身の青年。
足音ひとつ、気配すら感じさせずにイノランの背後に立っていた。




(鞭でも隠し持ってんじゃねーだろうな)




イノランは背後をとられたことに内心舌打ちしながらも青年をじっと観察した。
青年の口調は決してイノランを責めているものではない。
聞きようによっては注意喚起をしてくれているように思えて、イノランも別に自分が悪いことをしている訳でもないのだから、と。
ふぅ…と、肩の力を抜いて。
目の前の青年に問いかけた。






「ここは白の牢獄だって聞いたけど。あ、別に冷やかしに来たとか、そんなんじゃないから」

「ーーーお前どこから来たんだ?」

「出発地は遥か向こうの海の街、俺の住んでた場所。訳あって探し物の旅に出て、ずっと歩いたり列車乗ったりしながら旅して昨日この下の町に着いてここの話を聞いた」

「ふぅん?」

「気になって、ここへ寄り道した」

「牢獄に?」

「牢獄に。来て見て、牢獄には見えないなってのが第一印象。もっとゴツくて荒々しい牢獄しか今まで見たことなかったから」

「ーーーああ、まぁね。それはね、ここに捕らえられている者達の罪名が特殊だからね」

「罪名が特殊?…って、」

「牢獄を力づくでぶっ壊そうとしたり逃れようと暴れたりする者はいないから、ここには」

「それってどうゆう…。だって囚人なんだろ?牢獄から逃げようとしたり看守を脅したりする奴らがいるんじゃないのか?」

「いないんだよ、ここには」

「ーーーーー」

「特殊って言ったろ?そもそもここに捕らえられている者達は人を殺めたり傷つけたり騙したり窃盗したりって事はいっさいしていない。そうゆう理由でここにいるんじゃない。だから牢獄も強固にする必要はないんだよ」

「ーーーーーいったい…」

「ん?」

「どんな理由でここにいるんだよ」

「ーーーーーーーーーここはね」






目の前に立ち聳える白の牢獄を見つめる青年の目はどこか切なげだった。
イノランはそんな彼の視線にならって、建物を眺める。





「早い者は生まれた落ちた時から、もしくはその力を見出された時から、ここにいる」

「…ぇ、」

「罪名は〝魅力〟」

「ーーーーーーーーーは、?」

「魅力。その能力はその者それぞれだけど。誰かを強力に惹きつける力、たとえばそれに魅せられた者が人生を変えてしまうほどに」

「…ちょっと待てよ。意味がよくわかんねぇんだけど。なに?このあたりじゃ誰かを魅了する力が罪だってのか?」

「そうだよ。誰かに影響されずに平穏に…ってのがこの国の指針なんだ。だからそれを乱す恐れのある存在は隔絶してしまえっていう馬鹿げた…」

「はぁ!?国?だって下の町じゃそんなのなにも…」

「ああ、気付かなかったか。下の町とここはもう別の国。途中の道に一応国境があったんだよ。まぁ、巨石登りで標識なんて気にしてる余裕は無かったと思うけど」

「っ…別の国?」

「めちゃくちゃ小さい国だから、ここは。ほんとにこの牢獄周辺の森一帯ってだけの超極小国。だからこそなのかもしれないね、どんな小さな脅威も管理しなければって」

「脅威って、魅力が脅威なんてことそんな馬鹿なことあるかよ!」

「うん、俺もそう思うよ。だから俺はここにいんの」

「は?」





牢獄を眺めながら切なげな目をしていたたった今から一変。
青年は急に腕組みして、目を吊り上げて面白くなさそうに吐き捨てるように毒づいた。







「俺はここの看守、スギゾーっての。よろしく」

「あ、あぁ、よろしく。俺はイノラン」

「そっか、イノラン。あのね、聞いてくれる?」

「はぁ、」

「俺はここが嫌い。魅力が罪なんてどうかしてる。アイツらに罪なんかありゃしないんだ。だからここにいる。いつかここをぶっ壊して、ここにいる奴らを自由にしてやりたい。その手助けが出来たらいいと思っているんだ」

「ーーーっ…」

「なんて。こんなこと上のモンに知れたら俺はクビどころか、どうなるかわかんないけどね」




だから取り敢えず内緒ね。
そう言ってスギゾーはここで初めてニカッと人懐こい笑みを見せた。
その笑顔を見たらイノランはこの青年がとても気に入ってしまった。
彼にならば言ってもいいかとも思った。




「俺は下の町でここの噂を聞いた時。牢獄なんて常ならば立ち寄ろうなんて思わないのに、何故だかここへは来てみたかった」

「ーーー」

「ここへ来て何を見て、何を感じて、どんな出会いがあるかとか何もわからないけど。でも見えない糸で引かれる感覚があった」

「ーーーーーで、来ちゃったんだ?」

「気になるのに行動せずに、後悔したくないじゃん?」

「くっ、」

「ん?」

「くくくっ、いいよ。気に入った」

「⁉︎」

「イノランならいいよ。ここの中を見せてあげる」

「え、牢獄の… 中?いいのか?」

「まぁ、一応看守なんで。俺」

「それって…職権濫用してんじゃねぇかよ」

「いいの。例えばね、イノランがここへ来てくれた事で、ここにいる誰かの運命が動くことになるかもしれないでしょ?」

「運命?」

「身請けって事が、できるんだ。ここにいる囚人の誰かと例えば意気投合して、一生を…まぁ言い方悪いけど監視って意味で一緒に過ごす…過ごしてくれるひとが現れたら。その囚人はここから出ていくことが出来る。ここから自由になれるんだ」

「ーーーーー自由に、」

「っても、こんな辺境の地にそもそも誰かが訪ねて来ること自体無いんだから、そんな奇跡はなかなかね…」

「ーーー俺、来たじゃん」

「そう!だから俺はお前にならいいよって思ったんだ。滅多なことも起こるもんだ!俺はお前が奇跡の風を起こしてくれるって予感がした」

「ーーーーーー大袈裟だっての…」





とはいえ。
ここまで歩いて訪ねて来たのは他ならない事実なのだ。
牢獄の話を聞いて惹き込まれたのは嘘ではない。





(ここで…誰かと出会えるのかな)




スギゾーの言う奇跡の出会い。
それがもしあるのなら。





「会えたらいいな」

「ーーーん?」

「ん、いや。何でもないよ」















牢獄の周りは美しい花々で囲まれていた。
建物が白いからどんな色の花でもよく映えるのだろう。
イノランが訪ねた時は薄紅色の小さな花が木いっぱいに咲いていた。





「綺麗だな。ますます牢獄だなんて思えない」

「うちの庭師兼コックがね。サクラって言うんだってさ、この木」

「庭師兼コック…」

「上層部の奴らが、花なんか植えても囚人には必要ないとかほざいた時ブチ切れたJってんだ。デカくて粗野な見た目だけど飯も美味いしガーデニングもなかなか…」

「誰が粗野だこのヤロ」

「あ、噂をすれば。イノラン、こいつがJね」

「ーーーどうも。イノランだ」

「Jだ。ーーーなに、スギゾー。もしかして客?」

「そうだよー。滅多に来ない大切なお客様だから怒っちゃだめ」

「いつ俺が怒ったよ」

「お前面白いな」

「ーーーはぁ。」

「花も綺麗だった。飯も美味いって聞いたよ」

「誰に?」

「スギゾー」

「ははは」

「っ…たくよ、」






茶ぐらい出してやるよ。
そう言いながら踵を返すJは、行きかけて足を止めスギゾーを呼んだ。





「スギゾー、アイツまた飯残してたぞ。大丈夫か」

「ーーーリュウ?」

「最近顔色も良くねぇだろ。体調はどうなんだ」

「先日診てもらったら身体的には何ともないって言われたんだよね。ーーーでも、食欲落ちてるし…どうしたものかね」

「ーーーそっか、」




曇らせた表情で再び向こうへ行くJを見送って。
歩き始めるスギゾーに付いてイノランも通路を進む。
ーーー少し気になった、今の会話。




「誰か具合良くねぇの?」

「ん?あぁ、まぁね」

「そっか、」

「ーーー多分ね、」

「ん?」

「知らないままなら、いっそずっと知らずにいた方が幸せなんだ」

「ーーー何を?」

「外の世界」

「ーーーーー」

「一度知ってしまったら…きっと思ってしまうんだよ」

「ーーー」

「ここにずっと居ることが窮屈で、苦痛って」

「ーーー」

「自由を渇望するんだ」












牢獄の中は外観と同じ白い石でできていた。
長い通路は等間隔に小さな部屋が並んでいる。
その部屋もやはり牢獄らしからぬ小綺麗なものだ。
木枠の扉にはアンティークの取手が付いて、内部を確認できる小窓はあるものの、カーテンがかかってプライバシーは確保できるのだそう。
通路の反対側の壁には絵画や、これもJの仕業なのか鉢植えの植物が飾られている。
天井のライトも温もりある色で、やっぱり牢獄には見えないとイノランは思った。
と、その中で。
角部屋にあたる部屋だけ、他の部屋と少し違うと思った。
据付のドアは二重扉なのかやや強固に見える。
小窓のガラスも二重だ。
中にいる人物が屈強なのか?と想像して、スギゾーに訊ねた。
するとスギゾーはそっと表情を崩すと、コートの中にジャラリと下げた鍵束から一本の鍵を取り出した。





「ここにはさっき話してた…いまちょっと体調崩してる彼がいる」

「そ、なのか」

「リュウイチって言ってね。彼は幼い頃からここにいるんだけど」

「ーーー」

「彼の部屋は特別仕様なんだ。それは彼の…リュウの持つ能力に関係していてね」

「能力?」






かちゃ…かち。






「ーーーーーリュウ、入るよ」

「ーーースギちゃん?」







キィ…






「ーーーーーーーーーーーぁ、」









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