白銀
雪で真っ白な世界は、夜明けからきらきらと目が眩むよう。
カタンカタン…カタン
カタン…カタン…
あれから再び席に戻り、温かい飲み物を味わいながら他愛ない話を語り合っていたふたりだったが。
眠っていたようだ、いつのまにか。
目を閉じていても差し込んでくる真っ白な光に起こされて。
イノランは数回の瞬きの後、寄り掛かっていた窓際の背凭れからゆっくり身体を起こした。
眩しくて目を細めながら車窓からの景色を見た。
相変わらずの深い雪景色。
しかし空を見上げると、広がる細い枝の隙間からうっすらと青空が覗く。
今日は晴天なのかもしれない。
「ーーーーー…そっか。あのまま寝こけて…」
夜間走行の列車内は密やかで、リュウイチとの時間も心地いいもので。
リュウイチの声も…優しい歌声を聴いているような語り口で。
眠ってしまったのだ、不覚にも。
好きだと自覚した相手を残して自分だけ就寝してしまうとは…と、イノランはがしがしと頭を掻いたが。
向かいの席を見るとリュウイチも背凭れに身体を預けて…
すぅ…すぅ…
穏やかな寝息。
その様子にイノランはほっと息をつく。
眠っていてくれたならよかったと。
ほんの少し微笑んでいるような寝顔。
そんなリュウイチの表情をじっと見つめていたイノランは、朝の光が眠るリュウイチの顔にあたっているのに気がついた。
雪で反射した朝陽は眩しいだろう。
そっと手を伸ばして、リュウイチの座席側のカーテンを少し引いた。
「まだ早い、もうちょい寝てな」
薄く遮られた朝陽に小さく頷いて。
イノランは窓辺に置いたままの、昨夜淹れてきたコーヒーの紙コップを持った。
少し残ったそれはもう冷えているだろうけれど、寝起きのひと口にはいいだろう。
ところがコップを口元に寄せた時だ。
「…ぁ、?」
飲む直前で動きを止めた。
そして紙コップの中に半分程残ったコーヒーをじっと凝視して。
「ーーーなんだ?」
昨夜は無かったハズの。
焦茶の液体の表面に浮かぶ…小さな。
それは薄紅色の…
「花びら?」
コーヒーに浮かぶ薄紅の花弁がひとひら。
本当に花びらか?とイノランは何度もそれを観察するけれど、それはどう見ても花びらで。
「…なんでこんなところに……」
車内はもちろん、車外にだってこんな花はないだろう。
雪ばかりの景色の中で、時折吹雪くような極寒の地で。
ーーーーーでは…?
カタン…カタンカタン…
カタン…
あれから程なくリュウイチも目が覚めた。
数回瞬きをして、ゆっくりと辺りを見回すと。
向かいの席のイノランに、おはようと微笑んだ。
「今日の昼前には着きそうだ」
「あ、イノランが行く予定の」
「そう、終着駅の少し前の駅。綺麗な花を咲かせる大きな木のある場所」
「ーーーーー……」
「まぁ、もっともこの気候じゃ満開の花は望み薄だけどさ」
「……」
「行ってみたいんだ。出発地の写真で見た常春の頃の場所を。いっぱいに花を咲かせるっていう巨木を」
「ーーーーーそっ…か」
視線を車窓の向こうへ飛ばしながら語るイノランを、リュウイチはじっと見つめていた。
その表情は、なんとも言えない表情で。
同意でも、否定でもなく。
喜怒哀楽を落っことしてしまったような、そんな…。
「リュウも来てくれるだろ?」
「ーーーーー」
「ーーーリュウ?」
「ぇ、あ…」
「リュウイチ?ーーーどうした?」
「っ…ぅ、うぅん」
イノランの問いかけにぼんやりしてすぐに返事ができなかったことにリュウイチは慌てた。
来てくれるか?と言われるのは嬉しいことなのに、イノランに誤解をさせてしまったのではと。
そうではないのだ。
決してイノランと行くのが嫌なのではない。
むしろリュウイチは一緒にいたかった。
出会ったばかりなのにそんなの不思議だと思いつつも気持ちは求めていた。
でなければ言おうとは思わないだろう。
イノランにならいいよ、と。
そう思えたのは、心を解いたから。
リュウイチには秘密があった。
それがこの深い雪と関係があるとはイノランはまだ考えもしていないだろう。
常春の国が白銀の世界になってしまったのが、リュウイチというひとりの存在によってなのだとは…。
「イノラン、ほんとうにありがとう」
「ん?」
「切符代まで…俺の」
「そんなの気にすんな。リュウを連れて来たのは俺なんだし、一緒に来てほしいって言ったのも俺だし」
「でも助けてくれて、ご飯もあったかい飲み物も、その上切符まで」
「俺がしたいから、いいんだよ。じゃあこうしようよ。俺にとってはリュウと出会えた事は最高のことだからその記念!どう?」
「っ…それは俺も」
「ーーーほんと?」
「ぅ、うん!あなたに会えてよかった」
「すっげぇ、嬉しい!」
そんな会話をしながらとある駅に降り立ったのはたった今の事。
運転手にリュウイチの分の運賃を精算してもらい、最新の時刻表を貰い。
リュウイチとふたり、やはり一面白銀の地に足を踏み入れた。
ここはイノランの目的地である巨木のある最寄り駅。
出発地で見た常春の写真とはだいぶ風景が違うけれど、駅周りの小さな商店や趣のある古びたポストは同じように在った。
「なんかほっとするな。店とかあるとさ」
「ひとの生活があるものね」
「うん。ーーーでもこの雪深い場所でずっとこうだと…生活も大変だろうな」
「ーーーーーーーん」
イノランにしたら何気ない言葉だろう。
この町を見た感想を述べたに過ぎない。
しかしリュウイチは、少し俯いた。
それはやはり、リュウイチの抱える秘密に由来した。
リュウイチには秘密がある。
雪と、花と。
常春の国が白銀の世界になり続ける訳。
甘い香りは春の匂い。
歌は春を呼び、花を咲かせる。
〝いいよ、イノランになら〟
好きになったのは、リュウイチも同じだったから。
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