短編集・2
冬の夜。
こんなふうに過ごせる相手がどんなに大切か。
◻︎◻︎◻︎夜更けの角砂糖◻︎ ◻︎ ◻︎
真冬の夜中は部屋を暖めて、君を大切に抱きしめる。
いつもは眠っている時間だろう。
日付が変わって2時間程が経った頃。
リビングのソファーの下。ふかふかのラグの上で膝を抱えて座る隆を俺は後ろから抱きしめている。
ガラスのローテーブルにはタオルとティッシュ箱と。
それから隆はさっきから…泣いているんだ。
それを落ち着かせるように俺はこうしてぎゅっとしているわけだけど。
なぜこうなったのかって?
泣き出した理由は、それは隆にしかわからない事なんだろうけれど(どうした?って訊いても泣くのに忙しいようで言葉が出ないみたいだ…)
こうなったきっかけは何となくわかる。
(ーーー嫌だったとか…だったら。…落ち込むなぁ…色々…)
時を少し戻して、日付が変わる前。
俺と隆はベッドの中にいた。
っても、就寝してたわけじゃなく…身体を重ねていた最中で。
お互い仕事を終えて、そのままうちに来てくれた隆と飯食って風呂入って。テレビや音楽で夜の余暇を楽しんで…その後に寝室に行って…って事だったんだけれど。
隆を抱いたら一度や二度じゃ済まないのはいつものことで(だって可愛いし愛おしいし気持ちいいし)今回も気がつくと日付を越えて、それでもなお求めて止まなかった。
ーーーと、何度目かの絶頂の後、甘い余韻の中で隆の身体を愛撫しているその時だった。
「ーーーーーっ…ん…ん…ぅ、」
「…隆、」
「……っ…ん…んくっ…ん…ふっ…」
「ぇ…隆?」
俺の大好きな隆の喘ぎ声に、涙声が混じってきたことに気づいた俺は。
思わずぴたりと愛撫の手を止めて隆の顔を覗き込んだ。
薄暗い寝室でもわかる。
ぽろぽろと溢れる涙。
潤んだ表情と、きゅっと噛み締めた唇。
泣くまいって堪えているのかも…
「…ど、」
…うした隆?
突然の事でちょっと焦る。
実は痛かった?
それか今日は疲れてて早く寝たかったとか。
何度も求める俺が嫌になったとか…?
隆の上で動きを停止させてしまった俺。
その間にも隆は涙を溢してシーツを握りしめて声を堪えてる。
「…」
色々。
訊きたいこともあるけど、でも。
でも、ひとまずは。
「隆」
「…ッ…ん」
「いったん起きられるか?身体起こせる?」
「…っ…ぅ、ん…」
「リビング行こう」
小さく頷いてくれたから。
隆の髪を撫でて、そのまま背中を手で支えて起こして。
裸の身体にパイル地のガウンを羽織らせて横抱きにした。
多分…Jあたりに見られたら「隆に甘すぎだ!」とか言われそうなくらい優しく。
仕方ないだろ。
だって俺の誰より大切なひと。
想い続けてやっと手に入れた大好きなひとなんだから。
こんな真冬の静かな夜更け。
キッチンで湯を沸かしてるから、ふつふつ小さな音が響く。
「隆ちゃん、あったかいの何がいい?」
「…んくっ…」
「ココア、紅茶、緑のお茶、コーヒー」
「……紅茶」
「ん、OK」
良かった。
欲しいもの教えてくれた。
たったそれだけのことでも今は嬉しい、ほっとする。
泣き過ぎたせいでしゃくり上げる息づかいが少々苦しそうで。
ーーー早く紅茶を淹れて側に行ってあげたい。
こぷこぷ…っと、熱々の湯を注ぐ。
隆のカップに紅茶。俺のカップにコーヒー。
トレイに乗せて、そうだこれもって。
いつもはあまり持っていかない角砂糖とミルクも一緒に。
「おまたせ」
リビングに戻ると、隆はソファーから降りてラグの上で膝を抱えて座ってた。
その様子がこじんまりと頼り無く見えて、俺はさっさとローテーブルにトレイを置くと隆の後ろに腰掛ける。
隆と同じにソファーの下で、両脚の間に隆の身体を入れて、ぎゅっと背後から抱きしめた。
隆の胸の辺りで手を交差させていると溢れ落ちてくる水滴の感触。
俺は苦笑してそばにあるタオルやティッシュ箱を引き寄せた。
「隆?」
「…っ…ん」
「…隆、」
ーーーどうした?
ーーー疲れてた?
ーーー眠かった?
ーーーほんとは痛かった?
ーーーよくなかった?
ーーー…したくなかった?
頭の中で次々出てくる訊きたい問いかけ。
でもひとつ口に出したら矢継ぎ早に隆を質問責めにしそうで。
隆を責め立てそうで。
ーーーそんなのは嫌だな。
じゃあ…なんて声かければいい?
「隆」
「ん、?」
「こうしてて…いい?」
「っ…」
「側にいていい?」
結局言えたのはこれだった。
この問いかけに隆が頷いてくれたら、それだけで今は嬉しく思えるから。
少しだけ抱きしめる腕に力を込めて、じっと返事を待つ。
実際はなんてことない時間だろうけど、こんな時は長く感じながら。
「…うん」
小さな声と小さな頷き。
その返事に俺が息をするのも忘れるくらい心震わせていると、隆がずりずりと身体を反転させて俺の方を向いてくれたんだ。
「ーーー泣くなんて…ごめんなさい」
「…隆、」
「違う…から。きっとイノちゃんが思ってる事じゃない…から」
「ーーーえ、?」
隆の手は俺のシャツの裾を握る。
俯いて、目は伏目がちだけれど。
赤く染まる耳とか頬とか。
ーーー俺は早速、煽られまくる。
「疲れてたとか、嫌だとかじゃない。痛いとか気持ちよくないなんて事じゃないよ」
「…りゅ、」
心読まれたのかと思った。
どきりとして言葉に詰まる。
俺が訊けなかったことを、隆が言ってくれた。
申し訳なくも、その気持ちが嬉しい。
だから隆も、ごめんなんて謝らないでいいんだ。
「イノちゃん…ごめんね」
「謝らなくていい、隆。悪いことなんてなんにもしてないだろ?」
「…」
「いきなり泣かれたから…そりゃ焦ったけどさ」
「…うん」
「泣いてる隆も好きだから。どんな隆も全部だ」
「ーーーイノ…っ…」
ぽろ…
そんな会話の最中に、また隆の涙が溢れ出す。
あーあ…目真っ赤だ…なんて。隆の溢れる雫を拭ってやりながら、愛おしさは募る。
際限無い。
果てが無いんだ、この恋に。
「泣き虫」
「…だっ…て」
「ん?」
「泣け…ちゃ…のは……ノ…ちゃ…が…」
「…ぇ、?」
泣けちゃうのは イノちゃんが
どんな時も 優しくて 愛してくれて
それが 愛しくて 愛しくて
壊れそうだから
「ミルクは?」
「…ううん、いいや」
「ん」
「角砂糖だけ入れようかな」
紅茶の中に一粒の角砂糖。
ぽとんと落とすと、それはしゅわしゅわとけて混じって消えた。
砂糖を含んだ紅茶は、ほんの少し明るい薄茶色に変わる。
その様子をじっと見ていた隆の表情も、柔らかく解れたみたいだ。
「ーーー美味しい」
「だいぶ甘いだろ」
「でも美味しいよ?夜中にこんな熱々の甘い紅茶」
「隆が言うとすげぇ美味そう」
「ふふっ」
「俺は普段甘くして飲まないからさ」
「ーーーじゃあ、」
「ん?」
「いいよ?…味見」
「ーーー隆。それって、」
「ーーー中断しちゃったから…。だから…」
「気にしないでいいのに」
「…ん、でも。」
今度はぎゅっと抱きついて、はにかんで俺を見上げる隆。
気持ちが蕩け合ったばかりだから触れたくて堪らなくなる。
ふたりで同じ気持ちなのが、やっぱり嬉しい。
「じゃ、続き」
「ぅ、うんっ」
隆の頬をくるくる撫でて、顎に指先で触れてやると目を閉じる。
俺の好きな表情、俺だけが知る隆。
緩やかに開いた唇の隙間から赤い舌先が覗いて、たまらず舌先で触れて絡めてやると微かな微笑みが溢れた。
ちゅ…ちゅくっ…
「…んっ、ぁン……」
「ーーー甘…お前の唇」
くちゅ…
「んっ…ふぁ…」
「…りゅ…もっと」
「ーーーっ…ん…んっ、ん…」
隆の肩からガウンを滑り落とす。
間近で視線を絡ませて、啄むキスを繰り返し。戯れ合うみたいに愛撫しながら遂にはラグの上に倒れ込んだ。
「…す…る?」
「ん、したい。ここで…いいか?」
「ぅん、」
「ーーー隆ちゃん…っ…」
「…ん……」
「可愛い」
「ーーー…ぁ…ん…」
夜更かしは続きそうだ。
こんな夜は誰とでも過ごせるわけじゃない。
この夜の空気がこんなに気持ちいいと思うのは、一緒にいてくれるのが隆だから。
ふたりで過ごす夜は更け行く。
end
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