白銀










その真冬の林は銀世界だった。
氷雪を纏った真っ白な枝は、水色の冬の空の下できらきらと輝いて眩しいほど。



「ーーー…」



うたた寝をしていたようだ。
細く開いた視界から見える色彩は雪の白と銀と空の淡い青。
カタン…カタン…と流れ行くそれらの景色は行けども行けども変わらずで。
イノランは一瞬自分が今どこにいるのかをすぐに思い出せなかった。




「…あぁ、」

「そうだ…」




雪原。
真冬の林。
その木々の隙間を走る列車。

車窓の外はそれは凍てつく寒さだろう。
窓枠の外側、緑色のペンキで塗られた四角い縁にも、角を覆うように雪が薄く積もる。
ここが車内というあたたかい空間で、窓辺に置いた紙コップ入りのコーヒーを先程まで味わっていたから寒さを実感する事はないけれど。
今は天気が良いが、悪天候の時などは一歩外へ出るだけでたちまち吹雪に巻かれてしまうだろう。

この銀世界は美しいだけでは無いのだ。






「ーーーーー」





すー…すー…




イノランは腰掛けているボックス席の向かいを見た。
そこにはもうひとりの人物の姿がある。
柔らかなブランケットに包まって、こてん。と、車窓側に頭を預けて。
規則正しく寝息をたてて、穏やかな寝顔で。
黒髪の隙間から見えるその表情はひどく幼くあどけなく見えた。
ーーーイノランはそっと手を伸ばして、目の前の人物…彼を起こさないようにその前髪に触れた。




「髪、乾いたな」



さらりと髪を撫でて、今度は頬に触れる。



「ーーーだいぶあたたまったか」



ほっと、イノランは安堵のため息をついた。
目の前の彼が、今は暖かくなって安心して眠っているのだろうと思えたのだ。





イノランが彼を見つけた時、彼は氷雪の寒さに震えていた。
髪は雪を被って濡れ、頬は冷たく血色を失って。
イノランが彼を見つけるのがあと少しでも遅かったら、もしかしたら…と最悪の事態も頭を過ぎる。
それを考えただけで、イノランは背筋が冷たくなった。

まだ名前も知らない。
彼にも自身の名前を名乗っていない。
というか、出会った時に名乗り合いをしている余裕なんてなかったのだ。
雪の中で横たわり目を閉じたままだった彼に暖を早く与えなければと、イノランは深い雪を掻き分け彼を抱きかかえて列車に戻った。
身体に凍りついた氷雪を払って、タオルで手足や顔を拭き、街で購入したブランケットで彼を包んだ。




カタン…カタンカタン…

ひと段落したころ。
列車は動き出し、再び銀世界をひた走る。
流れ行く車窓からの風景を見るにつけ、どうにか極寒の雪原から戻って来られたことに
イノランはどっと安堵と共に脱力し、自身の向かいの座席で眠る彼を見つめて…何故か微笑みが溢れた。









真っ白な世界で君と出会う。








◻︎◻︎◻︎白 銀 ◻︎ ◻︎ ◻︎



















「ーーー…この国はいつからこうなのか?」





常春の国と呼ばれていたこの国。
まるで絵本の世界のような色とりどりの花が咲き乱れる野原。
木々には葉や木の実が付き、小鳥や小動物が駆け回る。
そんな美しい風景で愛されていたこの国が、いつの頃からか真冬の国になっていた。
白と銀の世界。
木々から葉は落ち、枝や幹は雪で覆われた。
美しく輝くのは雪の花。
香り立つ花々の姿は無い。



音楽アーティストのイノランは、時折愛用のカメラを携えて撮影の旅に出る。
目に留まった風景を撮る事が多く、その写真は自身のアルバムジャケットに使うこともあった。
今回は長めにとったオフ。
旅程も大雑把に決めるだけで出発した気楽な旅。
はじめに着いた街はそこそこ賑わった観光地で、そこで2日程過ごすとその街で次への移動の切符を買った。
常春の国と呼ばれている国が列車で行けることを知ったイノランは、その行き先の切符を買おうとしたら、後ろに並んでいた初老の男性客に待ったをかけられた。



ーーーあそこはもう常春なんかじゃないよ。

ーーー急にだ。ここ数年、春の気配なんかない。

ーーー雪と氷の真冬の国になっちまった。





「ーーー何故なんでしょうかね」



そう、後ろの客にイノランは問いかけると。
こっちが聞きたいと、その客は肩をすくめた。




「ーーーーー」



イノランは券売機の前でちょっとばかり考えて。
しかし指先はボタンを…



ピ。



切符を買った。
ぴらりと出てきた一枚の紙片をじっと見ていると、後ろの客がもう一度肩をすくめて言った。



「…この街でジャケットでも買うんだな」










ーーー言われた通り。
切符を買ったそのままの足で衣料品店に立ち寄って。
じゅうぶんな防寒になりそうなジャケット、マフラー、手袋、スノーブーツ。
それからふと目についたあったかそうな大判のブランケットを買った。

ほんとにこんな重装備必要かなぁ…と半信半疑。
翌朝には列車に乗り込んで目指すその国へ旅立ったのだ。


そして乗り込んでしばらくだ。
イノランは後ろにいた客の助言に感謝することになる。
手持ちの薄手のコートやスニーカーでは到底行動できないだろう景色が広がっていた。



「ーーーマジか…」

「ホントに白銀の世界じゃねえか」



何故ここへ来ようと思ったのか。
イノランはよくわからなかった。
常春の国が真冬の国へ…と言われて興味が湧いたのだろうか?
白銀の世界をフレームにおさめたかったのだろうか?




「ーーーーー」




ーーーわからない。
わからないけれど、しかし。

呼ばれた気がしたのだ。
あの券売機の前で逡巡している時に。





雪の原で誰かが待っている。
ここにいると、歌っている。






カタン…カタン…と、単調な線路を行く音と振動を感じながらイノランは微睡んでいた。
時々止まる駅舎では乗り込む乗客も降りる乗客もいない。
数分間の停車時間にイノランが風景を撮るために一瞬外へ出るだけだ。
この列車はイノランだけが客だった。





「ーーーコストかかるだろうな…」



こんなに寒いと暖房にかかる燃料費だけでもばかにならないだろう。
加えて乗客はひとりとは…。
せめて客単価を僅かでも上げようと、イノランは列車内の自販機を度々利用した。
ホットドリンクや飲料水。
ちょっとした焼菓子やパンなどもある。
あたたかい飲み物が買えるこの自販機はイノランにとって有り難いもので。
紙コップに注がれる熱いコーヒーを片手に、ドアの窓から外を眺めるのが短い間で習慣になってしまった。




ーーー次の停車駅は❄︎ ❄︎ ❄︎…



運転手の声が聞こえるだけでほっとする。
運転手とイノラン。
妙なふたり旅だ…と思いつつ、次の停車駅は車両の融雪の為に停車時間が少し長めにあるようだ。
それならここでも少しばかりカメラを携えて外へ出ようと、イノランは防寒着を着込んで駅到着を待つ。

今までの駅舎より大きめだ。
屋根も大きく、小さな小屋もある。
イノランは発車時刻を確認すると雪原へ足を踏みこんだ。










to be continued





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