リュウ









◻︎◻︎INO









剥き出しの肩口にチリリッ…とした小さな痛みを感じた。



ついさっきまでの興奮の中ではよくわからなかったこの感覚。
それがこうして微かに気になるようになったのは、気持ちが少し落ち着いたからなのかもしれない。





「ーーー…」







すー…すー……



隆は、よく眠ってる。

俺に脱がされた寝巻きのシャツだけを僅かに腕に通して、俺の付けた痕を身体に散りばめて。
まるで赤ちゃんみたいに両手を胸の辺りでぎゅっと。
髪は無造作に乱れて。
頬には泣き過ぎた涙の筋を残していて。




(声も、もしかしたら)


あれだけ喘いでくれた。
寝起きの第一声は掠れてしまっているかもしれない。




ちゅ…


今は穏やかな隆の唇にキスをする。
抑えきれない気持ちで、無理させたよな…って、今になって反省するところもあるから。
ごめん…と、ありがとうの気持ちを込めて。


ちゅっ、



チリッ…



「っ…」



空気に触れて、肩口が痛む。
そっと手を伸ばしてそこに触れると、皮膚に傷の膨らんだ感触がある。
みみず腫れとか、少しは血も滲んでいるかもな。
でもそれは俺にとって嫌なものではない。
寧ろ逆の、幸せなもの。切なくぎゅっと俺の胸を締め付けるもの。
誰にもこの痛みを分け与えたくなんか無い。
だってこれは、隆が付けてくれた傷だ。
求め合って、縋ってくれて。
狂ったように俺の名前を呼んで。
俺も深く奥まで隆を愛して。



〝ここにいて〟



縋り付く隆の手指の爪が残してくれた、言葉以上に雄弁な隆の想い。



〝お願い〟





チリ…



「ーーーーー…」




あぁ…
この肩の傷が癒えなければいい。
ずっとここに隆の爪痕を残して、俺に痛みを与え続ければいい。

この傷には、今まで誰にも見せなかった俺たちふたりの想いと。
今日の出来事全てが込められているから。

















◻︎◻︎隆







目覚めるとそこは見慣れている自分の部屋だった。
でも、朝じゃない。



「ーーー…」



肩に肌寒さを感じて、ここで初めて俺は身動いだ。



「ぁ…」


少し身体を起こした俺は、ここでピタリと止まってしまう。

だってベッドの中は俺ひとりじゃなくて、俺はそのひとに…寄り添っていて。
すぐに今の状況を思い出せなくて、記憶の整理をしなければならず瞬きを忘れてしまった。




(ーーーーー……そう…だ)



持ち上げかけた頭を、ポフン…。
再びシーツの上へと沈めた。
思い出したから。



熱があるせいか、やたらぼんやりした頭と足取りで、ふらふらと向かった街のドラッグストア。

そこで偶然出会ったイノちゃん。
終幕以降会っていなかった。
イノちゃんの顔を見た瞬間、実は少しだけ緊張してしまったのは内緒。
だってどんな風に接すれば良いか迷ってしまったから。
でもイノちゃんはそんな躊躇いのような素振りは一切見せず、俺の風邪っぴきの有り様を見て付き添ってくれて。

看病してくれて。



ーーーそれで。



「ーーーーーそれ…で…」



抱き寄せて、じっと優しい眼差しで俺を見つめているのは…



「ーーーイノ…ちゃん」




「隆」



イノちゃん。
人前では殆んど裸を晒さないイノちゃんが。
今は上半身何も着けず、俺はその腕に抱かれてる。



「隆?」

「…ぁ、ぅん」



実は逞しいイノちゃんの腕とか、筋肉の綺麗な曲線を。
やっぱりぼんやりした頭で眺めていたら。
イノちゃんはちょっと心配そうな顔で、俺の髪をさらさら撫でたあとに起き上がらせてくれる。
それから、寒いだろって剥き出しの肩にシーツを引き寄せてかけてくれた。




「大丈夫か?」

「ぇ?」

「風邪ひいてるしさ、隆」

「…ぅん」

「…具合が悪くなってたら困るし。それにそれだけじゃなくて」

「ーーー」

「…セックス…したから」

「っ…」




はっきり言われると、どうしよう…イノちゃんの方を見られなくなってしまう。
何だか夢見てるみたいで、信じられない部分もある。
だって、イノちゃんと…俺と…が。




「…身体、平気か?…って、それくらいしか言えなくてごめんな」

「ぅ、ぅうん…ーーーぁ…あの」

「ん?」

「イノちゃん、は……その…」



俺なんかとして、幻滅とか、落胆…とか。
ひとつでも良かったって思うこと…あったのかな。




「隆」



つい口篭ってしまった俺を見て。
イノちゃんは小さくため息をついて、それから、またさらさらと俺の髪を撫でて言った。





「幸せだった」

「…ぇ、」

「隆を抱いて、気持ちよかった」

「ーーーっ…」

「だから隆もそうだったら嬉しい」

「…俺、」

「隆の心の中の何かを掬い上げられてたら嬉しい」





ーーー側にいて
ーーーどうか俺を忘れないで
ーーー心だけでも
ーーーここにいて






「…イノちゃんっ…」

「ん」

「ーーーイノ…ちゃ、」

「側にいるよ」

「っ…」

「隆が俺に、あっち行って!って言うまではさ」

「ーーーーーイ…っ…」




ぽた…

ぽたん、




ぎゅっとシーツを掴んでる俺の手に涙が落ちる。
なんの涙?って思ったけれど、それは分かりきっている。
彼の優しさ。
どんな時だって変わらない俺に向けてくれる優しさと。



あと。



ぽたん…ぱた…





「泣き虫隆」

「ーーー…っ…ん」

「でもそんなのが可愛い」

「ふっ…ぅ、」




優しい彼に縋り付いてしまう弱い自分。
それが怖い。
彼の自由を奪ってしまうのが怖い。

おそろしい。





「泣いていいよ」

「…んっ、ん」

「俺が隠してやるからさ」

「隠…し…?」

「隆が泣いてんの誰にも見せたくない」


「ィ…」

「隆」

「ーーーーーノ……」




ちゅ…



「…んっ、」






肩のシーツを、イノちゃんはふわりと持ち上げて。
それを今度は俺の頭に被せた。
花嫁のベールみたいに。
マリアのベールみたいに。

唇が触れる。
何度目かのキス。
とけていくみたい。
怖い気持ちが。

イノちゃんの体温で。





ちゅ…ちゅく…




「…ふ…っぁ…」






涙はもう、溢れるだけ…そのままに。



















◻︎◻︎INO









隆に水を持って来てやろうと立ち上がる。
夢中になったキスと、やっぱり風邪のせいで。
まだベッドの上でぼんやりしている隆を置いて行くのに、少し後ろ髪引かれつつ。
キッチンに水取りに行くだけなのにどうかしてる。



(毒されてるなぁ…)





そっと苦笑しながら、ちょっと待っててなって、隆に背を向ける。




「ぁ…待っ…」




ひた。



腰の辺りにあったかい手のひらの感触。
それから引き止める声が聞こえて、俺は立ち止まって振り向いた。




「ィ…イノちゃん、」

「隆?」

「待って、ぁ…あの」

「?」

「ーーーーーその…肩…に」

「肩?」

「傷…。それ…俺…だよね?」

「ーーーあ、」

「ごめんなさい、すごく痛そうだもの」

「や、いいんだよ。痛みもそんな大層なもんじゃ…」

「でも!」

「ほんとに。俺は平気だよ?痛いって言うよりむず痒…って感じだし」

「そ…なの?」

「それにこれは隆が気持ちいいって思ってくれた証拠だと思うし」

「!」

「ほんとに平気だから」





隆は済まなそうに傷を見つめていたけれど。
いいんだよ。
これは俺にとって大切な傷だから。
癒えなくてもいいとさえ思う傷だから。

絆創膏やら軟膏やらを慌てて探そうとする君を微笑ましく眺めながら。



(ずっとここにあればいい)



君の爪が俺の皮膚を引っ掻いた傷も。
君も。










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