短編集・2
驚いた。
こんなに変わるんだ。
こんなに違って見えるんだ。
視覚だけじゃなく。
匂いも、味も、音も。
空気も、気持ちも。
全部。
君と気持ちを通わせた、その瞬間から。
season…《Autumn》
「ーーーーーー」
季節が夏から秋に移っただけで、なんとなく静かだなぁ…
(実際は残暑の日々だけど)
でもここ数日は朝夕は肌寒いと感じることもある。
あの暑かったひと月前までが信じられない。
ちゃんと時期がくれば涼しく寒くなるって不思議だ。
で、静けさ。
いつものスタジオ。
今日はメンバー、スタッフ全員が集まるわけじゃない。
俺のパートの、ちょっと付け加えの録音という日だ。
夕べスタジオから帰宅した後も、スギゾーとあれこれメールでギター録りについて意見交換して。
その時にふと思いついたアイディアを、ふたりで良いねって言い合って。
ちょっと試しにやってみようかって事になっての…今日。
急に思い立った事だから、スタジオ内は俺ひとり。
秋の昼下がりの、空気もカラリとした穏やかな室内。
誰もいないから、がらん…と静かだ。
「お疲れ様…と、」
誰もいないけど、ここへ来る時の挨拶は自然と口に出る。
今日は返事はもちろん期待してないけど、機材がいっぱいの部屋に入るとそれらが挨拶を返してくれている気がする(気のせいだと思うけどさ)
相棒のギターを取り出して、ジャンジャンと目覚めの音を響かせる。
「おはよう。今日もちょっとよろしくね」
いいよー。って言ってくれてるみたいだ。
ギターは今日もいい音がする。
寄れたら寄るよって、通話の終わりにスギちゃんは昨日言ってたけど。
あの後まだまだ就寝しなさそうだった彼は、今頃夢の中だろう。
無理しないでいいよーって電話を切ったから、まぁ来ることはないだろうなって思う。
でもひとりでスタジオって気楽だ。
秘密基地でひとり隠れて楽しい事をしてる気分。
ギター弾きも捗るってもんでしょ。
ジャンジャンジャンジャン弾いて。
「ーーーーーーー」
ちょっと考える。
またジャンジャンジャンジャンジャーン、弾いて。
「ーーーーー」
考える。
「ーーーーーー」
うーん…。なんかな。
昨夜はふたりで閃いた!って感じで思いついたアイディアだったけど。
いざ実践すると…
「ーーー昨日録ったままのが良くね?」
昨日の勢いで録音したギターの音色。
シンプルだけど、それがいい気がして。
今付け足しで弾くものは、それはそれでもいいかもしれないけれど。
無い方がいい気がして。
「ーーーーーーーうーん…」
昔なら、ここで俺らはめちゃくちゃ時間かけて悩んだと思う。
色んなものや方法を試して、拘りにこだわっていたと思うけど。
そういう時期は、きっと過ぎていて。
決断も、早くなったと思う。
「ん。やめよ」
昨日のままでいくよ。
テーブルに置いたスマホを取って、すらすらっと文字を打って、送信。
相手はスギゾー。
寝てると思うから、返事はまだ来ないと思うけど。
短い言葉でも分かり合えてると思うから、大丈夫だろう。
「ーーーーーさて、」
「帰るかな」
「っても、せっかく天気いいし」
「オフだし」
「買い物でもしようかな」
「散歩でもいいし」
独り言。
ご機嫌なのは自分でもわかる。
この後の予定は決まってないけど、それもいい。
ギターを片づけながら。
機材の電源をひとつひとつ落としながら。
スタジオの照明をパチンと切って。
通路を通って、自販機の前を通り。
階段を降りて、出口から、外へ。
サァッ…と感じる秋風。
蒸し暑さはもうなくて、さらりと気持ちいい風。
あんまり心地よくて、思わず足を止めて深呼吸した。
その時に、よみがえる。
あの日の出来事。
あの日の、彼。
ふわぁ…っと霧みたいな雨が降り注ぐ、あの日はそんな天気だった。
俺の二、三歩前を歩く彼…隆は、気持ち良さそうに空を見上げていた。
〝いいね、外って。きっと帰る頃には、良いアイディア思いついてるよね!〟
そうだった。
あのバンドの合宿の時。
好きだと言って。
好きだと言ってくれて。
そうしたら、実はもうずっと前から好きだったんだと気がついて。
ーーーそのうち、きっとわかってしまうと思うけど。
ーーーまだ、メンバーの皆んなには内緒。
ーーー今はまだ、二人だけの秘密にしよう。
あの日ふたりで交わした約束は、まだちゃんと守られていて。
俺ってこんなに、誰かに優しくしたい気持ちを持っていたんだって感心するくらい。
…可愛い恋愛というか。
信じらんないんだけど…自分自身。
欲望に任せてめちゃくちゃ愛するっていうより(それももちろんあるけれど)
隆を目の前にすると、優しくしたい気持ちが溢れて。
それだけで。
幸せになるんだ。
pipipipi
pipipipi
pipipipi…pi
「あ、隆?ーーーーー今へいき?ーーーーーーうん、ぅん?ーーーそうなんだ、俺も。ーーーうん。ーーーーーーーな、いい?ーーーもちろん、いいよ。ーーーーーうん、うん。ーーーーーわかった。ーーーじゃあ、今からいくよ。ーーーーーーー何かいる?ーーーうん。ーーーははっ、了解。ーーーじゃあね。ーーーはい、」
pi。
「くくっ、アイスね」
隆に電話した。
会えるなら会いたいと願うのは当然だよな。
お互い忙しいのは承知だから、隙間時間でもプライベートで会えたらすごく嬉しい。
今日は隆も午後はオフで。
これからどうしようと考えていたって。
アイス食べたくなったから買いに行こうかなって思ってる時に俺から電話があったらしい。
タイミングいい。
ふたりで会うための今日だったみたいだ。
コンビニでアイスを選ぶ。
隆が好きなアイス。
隆といるようになって、それもわかってきた。
外で食べるならソフトクリーム。
家で食べるならカップのストロベリーアイス(暑い時期はシャーベットとかかき氷)
そう、あの時も隆はソフトクリーム食べてたもんな。
ストロベリーアイスとコーヒーやら。
それらをぶら下げて、隆の部屋へ。
隆とこうなってからは、互いの部屋にもよく来るようになった。
仕事持ち込んでふたりで音作ったり。
買い込んだ食材で料理したり、酒の時間も楽しんだり。
テレビ観ながら笑ったり。
時には側にいながら、それぞれしたいことに集中したり。
楽しいし、隆と一緒の時は無言の時間も心地いい。
もともと仲が良かった俺たちだから、その延長で。
でもさ。
そこだけ聞いたら、仲の良い友人でもできそうなことだけど。
でも俺と隆は、もうそうじゃなくて。
それだけじゃない気持ちで結ばれていて。
「ーーーーーキスは…もうその日にしたけどな」
あの霧雨の川沿いで。
ひっそりとした秘密みたいなキスを、あの日交わして。
あの瞬間、実は驚いた。
こんなに変わるんだ。
こんなに違って見えるんだ。
視覚だけじゃなく。
匂いも、味も、音も。
空気も、気持ちも。
全部。
隆と気持ちを通わせた、その瞬間。
こんなにきらきらして見えるんだって。
それだけで満足している俺がいるのも事実。
忘れちゃいけない(忘れない)大事な瞬間なんだと思う。
でも。
その先へ、もっと隆といきたいと思うのも事実。
だって好きだから、それは当然だよな。
「ーーーキスはしてるけど」
隆とのキスは好きだから。
できる時は、なるべくしたい。
そんな時はそっと隆の唇に触れる。
隆の声が生まれる場所を壊さないように、優しくキスをする。
すると隆は、懐く猫みたいに俺の胸に擦り寄ってくれる。
ごろごろ喉が鳴ってるんじゃないか?ってくらい、幸せそうにはにかんで。
「まだ。そこで終わりだけど」
「それ以上はまだだけど」
「けど!」
「ーーーやっぱりもうそろそろ」
もっと先へと望むのは。
「イノちゃんいらっしゃい」
「お邪魔します」
「お待ちしてました」
靴を脱ぎながらな、コンビニの袋を渡す。
中身のアイスを見つけて、隆は嬉しそうに笑って、ありがとう!って。
リビングに行っててーって、キッチンから隆の透る声がする。
カチャカチャと食器の賑やかな音。
そんなのが楽しくて、俺はひとり笑いを堪えながらリビングに向かった。
「どうぞ」
「ありがと。隆の淹れてくれたコーヒー美味い」
「まだ飲んでないでしょー?」
「匂いがすでに美味い。だからわかるよ」
「ふふふっ」
隆ははにかんで、俺の隣の…真隣じゃなくて。微妙に隙間をあけた隣、ソファーに座った。
ーーーすげぇ微妙な間隔。
これなに。
「もう少しこっち来ないの?」
「ぇ、?」
「俺の隣。真横にくっついて良いんだよ?」
「っ…ぅ、」
「ぇ、やだ?」
「ぇ…ゃっ…やじゃない!やじゃないよ!そうじゃない」
「そ?」
「ィ、イノちゃんのコーヒー熱いから…くっついて溢したら危ないかなって…」
「別にそんな…平気だって。ーーーっていうかさ」
「っ…?」
「ホントはそうじゃないんだろ?理由」
「ぇ」
「ーーー隠せてないからわかる。隆、カオ」
「ーーーぁ、」
「赤い、よ?」
そう。
バレてるよ。
君との電話での声を聴いても。ここへ来た時も、賑やかなキッチンも。
そして、今も。
「隆。照れてる?」
「っ…」
「ん、俺もそうだよ」
「まだなにも言ってない!」
「お、認めた」
「認めてない!じゃなくって!照れてるって、イノちゃんもそうってイノちゃんは全然照れてないでしょ⁉︎いつもふたりでいても余裕たっぷりって感じだもん! 」
「ーーーぇ、りゅ…」
「俺はそうじゃないのに!側にいるだけでどうしたら良いかわからないもん!どきどきして上手く喋れなくて、立ち回れないし。イノちゃんはそんなの見て面白いって思うんでしょ⁈」
「ーーーーー違うって、」
「イノちゃんのこと好きなのにイノちゃんがいるとどうしたらいいかわかんないよっ…!」
っ…キシ、
「ーーーーーー隆っ…」
きらきらして見える。
カーテンからの光とか。
マグカップの縁、観葉植物の葉。
時計の音は鼓動と重なって。
どきどきする。
抱きしめたままソファーに沈めた隆が。
真下に散らばる隆の黒髪が。
薔薇色の頬に、涙が伝って。
寄せた眉根とか、震える唇とか。
俺は、こんなに好きになっていたんだ。
好きなひとがいるんだ。
景色が変わるくらい。
全てがきらきらして見えて、心が震えて堪らない。
「ーーーーーっ…ん…ん…」
「隆…」
「ふぁ…」
「こっち、俺を」
「ーーーーーっ…は…ぁ、」
「見ろ…よ」
深く唇を重ねて。
初めて、舌先を絡ませるほどのキス。
隆は最初びっくりしたみたいに身体を硬くしてたけど。
頬を撫でるように涙を拭って、そのままぎゅっとキスしながら抱きしめたら。
隆はゆるっと力が抜けて。
両手を俺の背に回してくれた。
隆の甘い吐息が、快感になって、背筋を通り抜ける。
それが、気持ちいい。
「ーーーーーこぅ…ゆうの、」
「っ…ん……ぇ?」
「ホントは、もっとしたいよ」
「…イノちゃ…」
「ーーー余裕なんてない」
いつか。今はまだ、その約束でもいい。
長い時間をかけてここまできた俺たちだから。
焦ることもないし、それまでの時間も楽しめると思うから。
でも、その約束はしたいと思う。
「ーーーーーいつか…そうしても、いいか?」
「ーーーぇ、」
「抱いて、いいか?」
「っ…ぁ、」
こつん。
額を合わせて、じっと隆を見つめる。
アーティストではない、ただの隆を。
涙で潤んで可愛い。
俺の好きなひと。
「ーーーーーいいよ」
「隆」
「いいよ、イノちゃん」
「ん、」
「俺も、そうされたい……っ…ん…」
「っ…隆、」
「ーーーーーんっ…ん……」
俺たちは再びキスに溺れる。
少しずつ進んでゆく。
そうだな。
四季の中で、少しずつ変えてゆくのもいいな。
秋を越えて、冬を迎えたら。
俺たちも。
きっともっともっと、温もりが欲しくなると思うから。
テーブルの上に置いた俺のスマホに、いつのまにかメッセージが届いて。
そこには寝起きのギタリストからの同意のひと言が。
恋人とのキスに夢中な俺が気付くのは、もう少し先のこと。
end
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