短編集・2








四角な空とローズガーデン
《黄色のブーケ》





















「こんちわー」

「あ、イノちゃん!」



朝。
店の前に停めた仕入れ兼配達用のワゴン車から買い付けた植物達を運び出していた隆一。
背後からの聞き慣れた声を聞きつけて、隆一は手にいっぱいの花を抱えたまま満面の笑みで振り向いた。

今日はイノランはオフ。
数日前から昨日までスタジオに新たな機材を運び込む作業にかかりきりだったイノラン。
無事に設置や接続が済んで、ついでにささやかな模様替えもして、ようやく全ての作業が終わったところで。
無事に終わったと思ったら、どっと安堵と疲労が押し寄せて。



「…明日休んでいい?」



仕事のパートナーのJにそう告げると、Jはむしろ2日でも3日でも休めと言わんばかりの表情でイノランを自室に追いやったのだ。

そんなわけでのオフ。
休みと言ってもイノランが大人しく部屋で寝ているわけもなく、早朝から起き出して意気揚々と街へ歩き出した。

そして今。
イノランは隆一の元へ。




「手伝うよ」

「あ、」

「これ全部店ん中に運べばいいか?」

「ありがとう!」



ひとつひとつ花や葉を傷めないように。
細い枝先や伸びた蔓を折らないように。
こうした隆一の手伝いも慣れたもので、イノランの加勢によって搬入作業はあっという間に終了した。







「これいいな」

「ぅん?」

「…黄色の花の」

「ああ、」



搬入の後は仕入れた植物の手入れ。
葉や茎の切り口にそれぞれの植物に合わせた処理を施して、水を満たしたフラワーベースに次々に挿してゆく。
店内はみるみる内に新鮮な彩りを得て、植物の香りで包まれる。
そんな中でふとイノランが目を留めたのは黄色の花。
きつ過ぎない優しい黄色の花弁が何層にも重なって、丸くふんわりとして可愛い印象だとイノランは思った。
そんなイノランに隆一は微笑むと。




「これはラナンキュラスっていう花」

「…ラナン…聞いたことあるような…。」

「ふふふっ、可愛いでしょ?今日の市場に綺麗なのがたくさん出てたから買い付けちゃった」

「なんかドレスみたいな…。可愛いって言葉が似合うな」

「でしょ?大好きな花のひとつなんだ」

「ーーー隆に似合う」

「!」

「隆はどんなのも似合うけど。こうゆうのは一段と」

「……また、そうゆう…」




仕事中でもふたりきりだと雰囲気はすぐに変わる。
イノランは意地悪そうに笑うと、隆一が手に持っていた鋏をするりと奪って傍らの作業台にコトンと置いた。
ずっと水に触れて冷たくなった隆一の手をそっと掬い上げて手のひらを重ねたら、それが合図のように互いに引き寄せあって。




「っ…」

「隆いい匂い」

「……イっ…」

「ん?」

「…イノ…ちゃん……も、」




すり…
隆一はイノランの胸に頬を擦り寄せて、恥ずかしそうに縋り付く。




「ーーーイノちゃんの匂いも好き」

「隆」

「すき」

「ーーー隆…」



やわやわふにふに、イノランの指先が隆一の頬を撫でて。
そのまま頬をとらえて顔を上向きにすると。
じっと見つめられて隆一はイノランを直視できなくて、震える瞼をそっと伏せた。
ーーーこの先への期待がいっぱいで、早くお互い触れたくて。




「ーーーーー隆…」



何度こうしても慣れるとこも飽きることもない。
好きなひとと重ねる唇。
あと数センチ、あと僅か…という時だった。






カラ、カラン♪



「すみませーん」


「!」

「ぅあっ…はははい!いいいいぃいいぃいらっしゃいませ!」




突然の来訪者。
…というかドアにはOPENのプレートを掲げているのだから来客があっても不思議じゃないし、ここが店舗である以上来客は有り難いものなのだが。
ーーータイミングが。
…というかそもそも開店中の店内でこんな事をしている方がマズイのだ!と、隆一は裏返る声で客に挨拶しながら勢いよくイノランから手を離したのだ。
(イノランはといえば、目の前の隆一がまるで毛を逆立てた猫みたいだと冷静に眺めながらも。ーーー直前でのお預け状態に…。状況が状況だから仕方なし…とどうにか苦笑を浮かべて堪えたが。あとで覚えとけよ…と、心密かに呟いた)




どきどきとまだおさまらない鼓動を隠しつつ、隆一は店内の植物をゆったりと眺める客に早速…笑顔で接客対応。




「どんな花をお探しですか?」

「ーーーう…ん。」

「ご相談もお受けできますのでごゆっくりご覧下さいね」

「ーーーうん、ありがとう。…じゃあ…」

「はい」




客は黒い服がよく似合っている青年だった。
痩身で背が高くて、髪を赤く染めていて。
襟足辺りで毛先が跳ねる様子は愛嬌があって。
それから隆一の方を見てニカっと笑う様子はもっと愛嬌に溢れて隆一もイノランもしばし見入ってしまった。




「…親友に…贈ろうかなって」

「そうですか、お誕生日など…?」

「や、別にそうゆうんじゃないんだ。ーーーそうじゃないんだけど…」

「記念日じゃなくてもご親友に花を贈るって、大事な方なんですね」

「まあ…。ガキの頃からの付き合いだから。腐れ縁っていうのかな。そいつ…まぁ、男だしもちろんいい大人だし。家族より顔合わせて来た時間って多分長いんだと思うし。ーーー今更改まって花なんか…って思ったんだけど」

「ーーー」

「…ずっと一緒いるからこそちゃんと日頃の感謝とか伝えなきゃなって、思ってね。面と向かうと照れとかどうしても出てくるけど、この店の前通ったら…たまにはこんなのも良いかな…って」

「良いですね。とてもいいと思いますよ」

「ほんと?そう言ってもらえると嬉しいな。ーーーーーじゃあ…どんなのにしようかな」



「ーーーーー」


そんなふたりのやり取りをそばでじっと見聞きしていたイノランは、客の青年をそっと観察した。

自分達よりは少し歳上かもしれないと思った。黒色で包まれた長身はスタイリッシュで目で追ってしまう。もしかしたらとっつきにくい印象も持ってしまいそうだが、隆一の言葉にひとつひとつ丁寧に頷いて、その返事の合間に見せる柔らかい表情は自然なもので。



(ーーー何か…)

(秘めてるものがあるのかな)



確固たる確信なんてないけれど。
流れ行く日常の中でふと、足を止めた青年。
隆一の店の植物に惹かれて、ドアを開いたのだとしたら。



(俺もそうだったもんな。普段は気に掛けない花に、何故か隆の店の花には惹かれて…)

(隆の気持ちがこもってんのかもな。誰かの気持ちに寄り添ってくれる…みたいな。そんな雰囲気がここの花達には…)


そして何より、付き合いの長い友人に花を贈りたいと思わせる何か。
色々な要素がまとまって、今のこの時間があるのかもしれない…と、イノランは思った。





「黄色の花綺麗だね。これを入れてくれたらいいな」

「これ、今朝仕入れたばかりなんですよ。市場でとても目に付いたのでたくさん連れてきたんです」



イノランは、パッと顔を上げた。
さっき自分も良いなと思った花をあの青年も選んだ。
ーーー不思議と親近感が湧く。




「黄色がいっぱいのブーケを作りましょうか」

「いいね!今のその、」

「ラナンキュラス。この花をメインにして、他の黄色の花も入れて」

「お任せするよ。アイツが喜びそうなの」

「はい!」



黄色のラナンキュラスとスターチス。カスミソウ、ユーカリの丸いグリーン、麦の穂。
それから隆一は背伸びして奥のフラワーベースから2本の花を抜き取って。



「これはプレゼントで入れておきますね。名前にちなんで2本」

「え?」

「ドラムスティックっていう花なんです。なんとなく似てるでしょ?」

「ーーーっ…」

「これも優しいイエローだからラナンキュラスによく似合ますね」

「ーーードラムスティック」

「全体的に…オーガニックなイメージの花束になりましたが…喜んでくださると良いな」



リボンはどうしましょうか?というの問いかけに、青年はちょっと考えて麻紐を選んだ。
隆一は微笑んで手早くブーケに纏め上げる。
最後にぎゅっと麻紐で飾って手渡すと、青年は嬉しそうに破顔した。




「どうもありがとう。今日ここに立ち寄って良かった」

「お友達きっと喜びますね」

「こんな素敵な花束だからね」

「ーーーあなたからだから、ですよ」

「!」



青年は代金を渡したあと、もう一度隆一にありがとう、と微笑んで。
それから戸口のそばのイノランに。


スッと、やっぱり穏やかな微笑みで会釈をすると。

カラン♪

来た時のようにドアベルを鳴らして、青年は店を後にした。























「隆」

「ん?」




隆一は作業台を片付けながら、イノランの呼びかけに顔を向けて返事した。
イノランは店いっぱいの植物を眺めて、もう一度隆一を呼んだ。



「ーーー隆、」

「なぁに?イノちゃん」

「隆はすごいな」

「ーーー?」

「さっきのひと、めちゃくちゃ喜んでた」

「ーーーだと良いな」

「そのひとが花束に込めたいものっていうのが、隆には分かるんだな」

「わかんないよ」

「ん?」

「わからないよ、だって俺はそのひとじゃないんだし。詳しい事情まで突っ込んで聞くわけでもないし」

「ーーー」

「でも、最初に選んでくれた花で、なんかわかるんだ」

「ーーーラナンキュラス…だっけ」

「そう。今回はラナンキュラスだったけど、チューリップの時もあるし、紫陽花の時もあるだろうし。そのひとが贈りたいひとに向けた想いみたいなのがわかる気がする」

「そっか」

「あのひとはすごく、優しいんだなぁって思った。だって腐れ縁のお友達に花って、」

「ああ、」

「優しいひとだよね」




今頃さっきの青年は親友の元に向かっているだろうか。
元気と優しさを束ねたようなブーケを持って。





「ーーーーーイノちゃんも…」

「ん?」

「出会ってすぐに俺に花を…」

「ああ、そうだったな」

「…選んでくれたでしょ?赤い…」

「薔薇、な?」

「…気障」

「くくくっ、だってさ」

「ぅん?」

「出会ってすぐそう思ったからさ」

「っ…」

「愛してるって」








end…?























「真矢」

「ん?おー、どした?」

「忙しい?」

「いやぁ、ドラム録りひと段落したとこ」

「そりゃ良かった」

「珍しいじゃん?スギがこんな日中に起きてるなんてさ」

「ーーーあのね。別に俺は夜行性じゃないんだよ」

「でも夜型だろ?」

「でも今日はヘイキなの。ーーーところでね」

「うん?」

「ーーーーーまぁ…あんまり深い意味はないんだけど」

「?」

「プレゼント」

「!…え、」

「なんてゆうか、いい感じの花屋をみつけたから…お裾分け」

「お…お裾分けぇ?」

「変?あ、じゃあ早いけど誕生日プレゼント」

「ーーー…早いどころじゃなくない?」

「ああ?…じゃあクリスマスプレゼント!」

「お前がぁ?」

「もう!なんでもいいよ!とにかく真矢に似合いそうなイメージで作ってもらったから!今までありがと!これからもよろしく!そんだけ!」

「っ…」

「ーーーまぁ、じゃあ渡したからね。ちゃんと花瓶に入れてやれよ!俺帰って寝るから」

「ーーーって、おいおいスギ!」

「…なに」

「あー。…えっと、」

「なにー」



「さんきゅ。こちらこそこれからもよろしくね」








end






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