短編集・2








僕と君の間の景色









盛夏を越えて。
夕暮れが少しだけ早くなって。
夜明けが少しだけ遅くなりはじめた、この頃。
暦の上ではもう秋だけれど…

まぁ、まだまだ暑い日が続くよね。
暑さに負けないように、もちろん体調管理もしっかりして。
暑すぎる時間は、休める時間だと割り切って。
カンカン照りの日中は、俺と隆はゆっくり過ごす事が多かった。







「でもさ、イノちゃん。もうそろそろ買い物行かないと何にも無いね」

「ん?ーーーあ~」



冷蔵庫を開けて中を覗き込んで、隆は良く通る声でリビングにいる俺に言った。
俺はちょうどPCにテキストの打ち込み最中で。
もう終わりかけのところだったから、ちょっとだけ待って~とキッチンにいる隆に叫ぶ。
わかったー!って、返事が来た。
隆を待たせてると思うと、タイピング速度も加速する。
パパッと打って、見直して。


「送信!終わった!」


かけていた眼鏡を閉じたノートパソコンの上に置いて。
身体はもう、キッチンの方へ。




冷蔵庫の横の木製スツールにちょこんと座って、こっち見てにこにこして大人しく待ってたのは隆。
妙にちんまりと、可愛らしく見えて (や、いつも可愛いよ?)
俺は座ってる隆をふんわりと抱きしめた。



「おまたせ」

「んっ…平気だよ?幾らも待ってない」

「だってさっきの隆の叫びがさ、」

「ん?」

「会いに来てー!って、言ってただろ?」

「え⁇」

「俺のイノちゃーん!って」

「いっ…」

「くくっ」

「い…言ってないよー!冷蔵庫に何もないって言ったの!」

「いやいや、その裏はさ」

「裏⁇」

「それを口実に早く来てって事かなぁ?って。嬉しくなっちゃって」

「ばか!」



ぺちっ。
隆の軽ーい平手打ちをくらって、真っ赤になった隆をもっとぎゅうっと抱きしめて。
それじゃあさ、って。




「買い出し行こっか」


















冷蔵庫やストック棚を見ると、なるほど物が少ない。
暑さや忙しさを理由に買い物に出ていなかった結果だな。
保冷剤入りの大きなバッグやなんかも用意して、車に隆と共に乗り込んだ。
屋内の駐車場に停めてはいても、その車内は暑い。
すぐにエアコンを効かせて、しばらく冷やす。



「ふふっ」

「ん?」



ふと、助手席の隆を見ると。
何やらすごく微笑んで…楽しそうで、嬉しそうで。
にこにこして、可愛いったら。



「隆、ご機嫌?」

「だってさ。こうゆうの久しぶりだもん」

「こうゆう?」

「イノちゃんと普通に出掛けるとか、」

「あー」



確かにそうだ。
ソロの仕事だと行き先もバラバラだしな。
今はルナシーが控えてるから、行き先は一緒でも移動はマネージャーと一緒の事も多い。着いた先にも人はたくさん( 当たり前なんだけどさ)
そんなのも賑やかで大好きだけど。
こうして隆とふたりきりで過ごす時間は何ものにも変え難い。
恋人との大切な時間だから…



「ちょっとそこまでっていう買い物でも、嬉しいよね?」

「そうだな」

「例えばお店でたったひとつのリンゴを選ぶだけでもね」

「ん?」

「イノちゃんと一緒ってだけで、全然違うよ」

「隆」

「それだけで幸せ」




それだけで幸せ。

ーーーその。隆があんまりにも、言葉通り幸せそうに言うもんだから。
その横顔が、あんまりにも幸せそうだから。



「ーーー俺も」


そうだよ。ーーーって。
今は何でか、その一言が照れくさくて。
だいぶ涼しくなってきたエアコンの温度を調節するフリをして、誤魔化してしまった。



「もうそろそろ行こうか」

「ーーーうん、」



側にいるだけで。
おかしくなるくらい、幸せなんだ。












この季節の店内は、不思議とがらん…としていることがある。
旅行や、盆に合わせて帰省している人達がまだ帰ってきていなかったりなんだろうな。




「ゆっくり回れるね」

「食料品は最後にしよう。まず昼飯食わない?」

「いいね!」



って事で、隆と入った店はピザの店。
たまにはいいよね!って、すぐに入れたし、ここに決めた。

ショーウィンドウを見て決めていた、シラスと大葉のピザと、定番マルゲリータ。それからランチサービスのサラダとドリンク。俺はコーヒー、隆はアイスティー。
空いてたからすぐに来て。


「いただきます」

「いただきます」


隆と半分づつ。
熱々のうちに、あっという間に食べ終えて。
後は空いている店内の窓際で、飲み物をゆったりと。
空腹が満たされたせいか、会話もポツリポツリ。
隆はアイスティーに浮かんでいたレモンスライスを器用に取り出して。
カランカラン…と、氷の涼しげな音を鳴らしながら。

ーーーふと。
聞き逃してしまいそうな、微かな声で。
隆が呟いた。



「…あ」

「え、?」

「ーーーいい…なぁ…」

「…?」



アイスティーの氷を掻き回す手が止まって。
隆の視線は、ぼんやり窓の外へ向いている。
無意識なのかもしれない、隆のひとり言。

いいなぁ…と呟いた何かが、そこにあるのかと。
俺も隆の視線を追って、その先へ。

するとそこには、手を繋いで歩くカップルの後ろ姿。
繋いだ手を時折揺らしたり、ぎゅっと指先を絡めたり。
仲睦まじい、二人の背中。
ーーーもしかしたら、探せば何処にでもいるような光景なのかもしれない。
恋人同士、手を繋ぐ。
当たり前のようなことのようにも思うけど…

隆の視線は、じっと。



「ーーー隆…」


なんだろう。
隆の睫毛の影が落ちたその瞳が。

すごく…羨ましそうに緩く微笑んで見える。




「ーーー隆、」

「ぇ…?あ、」

「あのさ…」

「ん?…うん」


ハッと我に返ったみたいに、目をぱちぱちさせて。
向かいの俺に相槌を。


(やっぱり無意識…?ーーーって事は、)

一旦そう思い始めたら、気になってしまった。


隆。

物足りないって思ってる?
不満なことがある?
手を繋ぐ姿を、思わずいいなぁ…って言ってしまうくらい。
もしかして俺は、隆の気持ちに応えてあげられていない?
ーーーさっき車の中で見た幸せそうな隆は、俺の思い込みだったのか?



「ーーーイノちゃん?…どうかした?」

「え、」

「どうしたの?」

「ーーーぁ…。いや」

「?」

「ーーーうん、なんでもないよ」

「…ほんと?」

「ーーー隆がそれ飲み終わったら行こうか」



無理矢理作った微笑みだったかもしれない。
そんな向かいの俺を見て、隆は一瞬。
納得し切れていないような、複雑そうな顔をした気がした。








買い物をして、車に荷物を乗せて。
さぁ、これからどうしようかな⁇って相談を隆としようと、行きの車内ではワクワクしてたんだけど。
レストランでの例の一件で、俺は内心…かなり落ち着かない。

俺と一緒にいるだけで幸せって言ってくれたこと。
それは勿論俺もそうだし、隆もそう思ってくれてる事が嬉しい。
ーーーでも。
実はそうじゃないのかな。
もどかしい思いとか、させてるのかな。
立場的に特殊な恋。(想いは特殊とか、そんなことは思わないけどさ)
堂々となりふり構わず…っていうのが難しい事は、俺も隆もわかってる。
ーーーけど。
気持ちを優先させたくなる場面も…やっぱりあるのは事実。

今ここでお前を抱きしめたいのに。
今ここで、キスできたらいいのに。

そんな葛藤は、隆と過ごす中で度々起こる。

ーーーそれを承知で一緒にいるんだけれど……








「…ってば!」

「えっ、」

「もぅ!ずっと呼んでる!ーーーどうしたの?」

「…ぁ、隆」

「やっぱりさっきからイノちゃん変。俺にはわかるんだよ?」

「隆ちゃん…」

「ずっとぼんやりしてる。気がそぞろみたい」

「ーーーごめん」


不覚だ。
ずー…ん。と、思考の奥に入り込んでいたらしい。
助手席から身を乗り出して、俺の肩を揺する隆の顔が真隣にあった。
何度も呼び掛けてくれたんだろう。
返事をしない俺に立腹したみたいで、頬っぺたがムクッと膨れてる。
何があれ、隆が側にいるのに隆を見ないっていう、一番してはいけない事をしてしまった。




「ごめん」

「謝らないでよ」

「でも、ごめん」

「次ごめんって言ったらまた平手打ちだよ」

「ーーーそれは勘弁…」



全然痛くなんかないんだけど。
隆の平手打ちは、立腹っていう感情…それ以上に愛情が込められてて。
柔らかく叩かれるだけで、心がえぐられる気がするんだ。



「わかった。もう謝らない」

「ん、よし」

「ーーーその代わりね」

「ぇ、?」

「お詫びのしるし」

「ーーー俺に詫びる事なんてあるの?」

「…まぁ、」

「無いと思うけど…」

「いいから。詫びるっていうか、再確認…かな?」



愛情の。



「ふぅん?」

「ーーー付き合ってくれる?」

「いいよ」

「よかった」

「よくわかんないけど、イノちゃんが一緒ならね?」

「一緒だよ」

「うん」



一緒だよって、言った瞬間。
隆の目が微笑みを描いて。

それが、堪らなく、好きだと思った。














買い込んだ生鮮食品がちょっと気にはなったけど。
追加で買ったでかい保冷剤を仕込んだから、帰るまでは大丈夫だろう。










この時期の人の流れに逆らって車を走らせた。
そのせいか、帰省ラッシュなんかの影響も大して受けることも無く。
車はぐんぐん進む。


行き先は海。
隆と出掛ける行き先のトップ3に入るくらい、よく行く場所だけど。
今日は海岸じゃなくて、海を見渡せる丘の上。




夏の風が吹き抜けて。
気持ちいい。ーーー暑いけど…


広く小高い丘の上は至る所にベンチがある。
白いペンキ塗りのそれは、夏空によく似合う爽やかさだけど。
ーーーあっつくて。
直射日光をガンガンに浴びたベンチってのは、座ったら最後、焼け付くようだ。

座んなくていいよ。って、隆はくすくす笑いながらベンチの横をすり抜けて、海を一望できる柵の手摺に手をついた。




「うーん!…気持ちいい」



海風をいっぱいに吸い込んで、隆は大きく伸びをした。
そして何度か深呼吸をしたあと、隆の視線は…遥か向こう。



「ーーー」



船を見てる?
それか、真っ白な海鳥かな。

こういう時、隆は無口になる。
空と海に、全部意識を持ってかれているのかもしれない。
目を閉じて、風に身を任せてる。
俺もそんな隆が好きだから、ここぞとばかりに、恋人を眺めるんだ。



(ーーーどう見えるんだろうな)


でも今日は、隆を見つめながらも、別な思考も顔を出す。


(俺と隆。ーーーこんな風に、景色を眺めてるのって)

(側から見たら、どう映る?)



普段なら考えない。
ただただ目の前の恋人に意識を全て向ける時間の筈なのに。
今の俺は、さっきの事が尾を引いて…


隆に夢中になれていない。









ーーーあはははっ

ーーーははは




不意に、背後から笑い声。
軽やかな、楽しげな。
それは俺らの後ろを通り過ぎた、恋人達のものだった。



「…ぁ、」


隆も振り向いた。
その、彼らの姿を見つめてる。

繋いだ手。
寄り添う彼女の長い髪が、風に揺れて彼の腕にサラリと触れる。
どんな瞬間も、一緒にいられる事が幸せなんだろう。

そんな、彼らの背中を。
いつまでも、隆は見つめていた。





「ーーーーー……」



いいなぁ。…とは、今回は言わなかったけれど。
あのレストランの時と同じ感情が、今の隆を支配しているって。
そんな気がして。










「っ…?」




咄嗟に動いた。
他人の目なんて、今は、いい。
隆、優先。
俺の気持ち優先。
隆もきっとそれを望んでるって。

抱きしめた。
後ろから、隆を。




「…イノちゃ、」

「ーーーこうされたかった?」

「…ぇ」

「俺はこうしてあげたかった」

「っ…」

「いつだって、どこででも」




手を繋ぐのは、人気の無い場所で。
手を繋ぐのは、夕闇に紛れて。
抱き合ったり、キスしたり。
そんなのも全部、誰もいない場所で。


ーーーでもさ、ほんとは、もっと。




「陽の光の中で、隆とこうしたかった。どこででも、隆と手を繋いで、抱きしめて…」

「イノちゃんっ…」

「たまにはいいよな?」





俺の腕の中で振り向いた隆の瞳が、びっくりしたみたいに丸くなって。
俺と目が合うと、俺の言った言葉の意味を、じわじわと飲み込んでくれたのか。

次第に。



(ーーーっ…ぅわ、)


なんという…
心底綺麗で、可愛い表情をしてくれるんだ。











「イノちゃん知ってたの?」

「ん?」

「ーーー俺が。こーゆう…の」




スルッと俺の指先に隆の手が触れて。
指先が絡んで、手が繋がった。

ーーーそうだ。これが隆の言う、いいなぁ…というもの。

好きな場所で、好きな時に、好きなひとと、手を繋ぐ。
誰にも遠慮しない。
好きって気持ちに正直に。




「ーーーしたい、って」




うん。
知ってて、できないよなって、蓋してた気持ちを。
再確認できたよ。
隆のおかげ。




「ーーー俺もしたかったから」

「イノちゃんも?」

「そりゃそうだ。だって隆のこと大好きなんだし」

「ん、」

「愛してるんだし」

「ーーーっ…ぅん」

「うん。ーーーでもね、俺の場合は、もっと欲深いけど」

「ーーーよ、く?」

「隆と手を繋ぐのは好きだし、可愛いし。…だけどね」

「?」

「俺はもっと。ーーー抱いて、キスして、ほんとはもっと、」

「っ…」

「こーゆうのも、」

「ぇ?…ーーーぁ」





ぴちゃ…っ…



「ひゃ…っ」

「ーーー隆の肌に触るのも、」

「イノちゃっ…ん…んっ…」



振り向いた隆の唇にキスして。
首筋を舐めて。
シャツの裾から手を入れて、さらさらと脇腹を撫でる。

まさかこんな場所で触られるなんて思ってなかったんだろうな。
隆は抵抗することもしないで、ぎゅっと俺の腕に爪を立てて耐えているようだ。

耐えなくていいよ。
いつもの部屋の中でセックスする時みたいに。
自由に愛し合うのも、たまにはいいだろ?





「あっ…イノちゃ、」

「さすがにここで最後までは無理かもだけど」


無理か?
無理ではないよな。けどーーーまぁ、無理はしない。




「今できる事、全部」



隆のジーンズのジッパーを下ろして、下着の中に手を入れる。
ぴくんっ…と震える身体。
早々にもう先端が湿り始めている隆のそれを、俺は緩く握り込んで愛撫した。



クチッ…クチュ。



「っ…ぁ、んん…」

「ーーー我慢しなくていいよ」

「ゃあっ…だっ…て」

「幸いもう誰もいないし。ーーー見てんのはさ。空と、海と」

「ーーーっ…ぁ、あ」

「俺だけだよ」

「…あっ…」

「りゅう。ーーーほら」

「やっ…ぁん、イノちゃん」

「ーーーすげ…可愛い」



こんな姿見せられて、やっぱり堪らなくて。ジーンズの中で勃ち上がり始めた俺自身を、隆の後孔辺りにぐっぐっと擦り付ける。
布越しの感覚が、こんな外でしてるって事実を見せつけてくれているようで。
いつもと違う感覚に興奮して、変になりそうで。繋がっていないのに、繋がっているみたいに気持ちよくて。
後先考えずに腰を揺らす。



「ーーーぁんっ…あぁ…も…イッ…」


甘い声と同時に、隆が俺の手に放ったすぐ後。
隆も多分、今の場所も気にせずに。
俺の前に跪いて、俺のジーンズのジッパーを降ろすと。
勃ち上がりきった俺自身を躊躇いなく口に含んで。
最後まで。























「ーーーあああ…もぅ、」

「ん?」

「冒険し過ぎ」

「人来なくて良かったよな」

「そうだよー!だってこんなオープンな場所でえっちするなんて!」

「ここまで本格的に最後まで…って思わなかったんだけどさ。…隆が可愛いから我慢できなくて」

「イノちゃんが触るから…」

「隆もしてくれたしさ?」

「ばか!」



ぺち!


ーーーまただ。
全然痛くない隆の平手打ち。



「謝らなければいいんじゃなかったっけ?」

「いいの!」

「はいはい」



いいけどな。
隆の平手打ちは愛情の塊だから。
ーーーそれにーーーーー。




「またしようよ。色んなこと、色んな場所でさ」

「…うー…」

「その方が楽しいもんな?」




恥ずかしそうに唇を噛んだ隆の顔は。
車の中で見た、幸せそうな表情そのものだった。







end




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