短編集・2















忘れてきたのはガラスの靴。

〝好き〟という気持ちをのせて。









Cinderella˚✧₊⁎












一年の中で、一番寒い季節がやって来た。

朝起きると身が竦む。
昇ったばかりの弱い陽射しなんかじゃ、このキン…と冷え切った空気は温まらない。
それでも今日これから控えてる仕事。



(ーーーうー…ん。取り敢えず起きて何か飲むか)


熱々のコーヒーで身体をあっためて。
焼き立てのトーストを齧って。
仕上げにもう一回コーヒー。
食後の煙草。

コートを着込んで、ストールをぐるりと巻いて。




「ーーーさて、と」



出掛けますかね。





















「あ、イノちゃんおはよう!」




スタジオに着くと同時に、隆と廊下でバッタリ。
朝電話しようかと思ってたんだけど、隆も出掛けで忙しないかな?って思ってそのまま来たから。
到着早々に顔を見られて、今日は幸先いいな…と気分が弾んだ。




「おはよ。隆ちゃん早いね、相変わらず」

「えへへ、今朝もちょっと運動してから来たからね」




朝からジムに行ったんだ。シャワー浴びたのかな?髪が大雑把にふわふわしてて、今日も可愛いな…って、顔が緩む。

今日は葉山君とスタッフと合計四人でユニットの新曲制作。
楽器も隆の歌も既に録り終わってて、これからアレンジやコーラスを被せる作業だ。





「あ、イノちゃん」

「ん?」

「葉山っちね、もしかしたら今日来れないかもって。急遽仕事が一個入っちゃって、それが終わり次第来るから。〝進捗状況によっては間に合うかどうか今日は微妙です!ごめんなさい!〟って今朝電話があったの」

「そっか…ーーーまあ、でも」

「こっちはまだ納期まで余裕あるしね。週末もスタジオ通えるし、今日は無理しないで大丈夫だよ~って言っといた」

「うんうん。…でも葉山君の性格だから…」

「そう。〝次回はお二人が唸るようなアレンジを持って参上します!イノランさんにもよろしくです!〟…だって」

「ククッ…了解」




長身の彼が手を合わせる様子を思い浮かべて、思わず笑みが込み上がる。本人は真剣そのものなんだろうから笑っちゃ悪いんだけど。でも微笑ましくって。
葉山君と仕事するようになって、もう随分経つけど。最初は緊張でぎこちなかった彼も、もうだいぶ緩々と砕けてきた。
それが嬉しくて、もっともっとおいでよ!って思うんだけど。
こういう場面での気遣いは健在だ。
俺と隆の間に、葉山君が引いてるオブラートで作られたみたいな線。
あるのか無いのかわかんない位だけど、確かにある線。
こんなの要らないのに…って思うけど。これがあるから、葉山君なんだって。最近は思う。

決して、土足では踏み込まない。
礼儀正しさと、朗らかな彼。
俺たちの三角形を上手く引っ張ってくれている。




「俺ねぇ、葉山っち大好き」

「っ…⁉︎」

「ーーーあ。…あの…そーゆう〝大好き〟じゃないよ?」

「ーーー」

「尊敬とか仲間とか…だからね?イノちゃんへの〝大好き〟とは違うよ」





思いがけない、隆から葉山君への告白。
条件反射で一瞬びびってしまったけど。…そんなのわかってるよ。

それで言ったら俺だって。




「俺も葉山君が大好きだよ。生まれてきてくれて、俺たちと出会ってくれありがとうって思う」

「うん!そうだよね。葉山っちと出会って生まれた曲もたくさんあるもん」

「な。だって俺らのソロアルバムさ…」

「ほぼ葉山っちの息吹が吹き込まれてるよ?」

「はははっ」





こんなところで隆と意気投合。
ーーーホント、いつの間にか葉山君にベタ惚れだ。
彼も今頃、こんな告白されまくってるなんて思ってないんだろうな。

ーー葉山君。今頃くしゃみの嵐かも…。






「ーーーで。ところで俺らだけ…じゃないよね?」

「うん。スタッフが一緒に来てくれる筈なんだけど…ーーー」



もうすぐくるかな?…って言ったところで、スタジオの電話が鳴った。
側にいた、隆が受話器を取った。



















「ーーー今日はなんか…」

「ははっ…な?まさかスタッフまで急用なんてな」




準備していた機材を片付けながら、俺と隆は苦笑い。

たった今の電話。
ずっと一緒にレコーディングを進めてくれているスタッフからで。彼も出掛ける直前に急用が入ったらしい。
ごめんね!って申し訳なさそうな声に、いいよいいよって隆は受話器越しに首を振った。

ーーー葉山君も今日は恐らく来られないだろうし、俺と隆で進めても良かったんだけど、せっかくならいつものフルメンバーで作り上げたい。まだ急務でもないし、それなら今日は休もうかって。
隆と話したところ。

それに明日も来るしね。










ーーー急に降って湧いた…オフ。

どうしてだか、こういうのは嬉しいもんだ。
ひとりでも嬉しいのに、隆と一緒なんて…妙にココロ浮かれてしまう。


スタジオの鍵を仕舞い込んで。
施錠をしっかり再確認して。
パッと顔を上げた隆は、ひどく機嫌が良さそうだ。
ーーー嬉しいのは、隆も同じなんだ。





「行こっか」
「行こうか」




声も重なる。
顔を見合わせて、思わず笑った。






突然のオフだから、行き先なんて決めてない。
取り敢えず車に乗り込んで、隆を乗せて。走り出す。

行き先なんて決めなくても、一緒に車で走るだけでも嬉しい俺たちだから。
一番近い高速の入り口から入って、目指すのは…どこにしよう?









「隆ちゃん、腹減らない?」

「え?あ…そうだね。そろそろ食べるところ探してもいいね」

「ん、OK。…じゃあ、次の出口で降りようか」

「うん」




前方を見ると、もうすぐ高速の出口がある。

ーーー道…空いてんなぁ。
おかげでここまでスイスイ進んで来た。左の車線は誰もいない。
俺は吸い寄せられるように出口への道を下って行った。






一般道に降りた途端、隆が外を指差した。




「イノちゃん、見て」

「ん?」

「ちょっと遠くなんだけど。…見える?ホラ、あそこ」




ちょうど赤信号だから、隆の視線を辿って俺も外を見る。
すると。
ほんの少し霞んでいるけど、確かにわかる。





「あ、シンデレラ城?」

「ね?…あの、近くまで来たんだね」

「うん」




以前も隆と来た事ある。
夢と魔法の国。

立ち並ぶ建物の景色に、とんがった城の屋根が見える。
その下には、アトラクションの独特な形の建物も見えて。あの日の事が、急に蘇った。






「ーーー行く?」

「え?」

「前に行った時も楽しかったし。…行けるよ?」

「イノちゃん…」

「ーーー時間もあるし」

「ーーーーーーーホント?」

「うん」

「ホントに?行ける?」

「平日だし。まあ、ガラガラに空いてるって事は無いと思うけど。せっかくだし」

「っ…うん。ーーー行きたい」

「ん。いいよ」




隆が頷いたら、俄然もうそんな気分。
もう魔法の世界に片足を踏み込んだみたいな気分だ。

スタジオにいた事が、今は遠くの事のよう。







周辺に着いて、隆に確認。
〝陸〟と〝海〟とどっちがいい?って聞いたら。
隆はちょっと考えて。




「〝海〟も良いよね。…でも、やっぱりお城がある方かな」



了解。
そんなわけで、前回も行った方へ車を走らせる。

駐車場は空いていた。
平日だから?…平日でも混むって聞くけど…。まあ、タイミングが良かったって事で。

すんなり車を停めて、その流れでチケットもサクサク買えて。
ーーーどうしよう。今回も隆に付け耳を買おうか…って思ってたら。
先手を取られてしまった。




「今日は要らないからね?…耳」

「ーーー」

「…前のが家に一個あるもん」




ーーーはい。
恥ずかし気にそう言われたら、抗えないよ。


パークに入ると。
早速キャラクターが出迎えてくれた。
あれよあれよという間に隆はキャラクターに挟まれて。
シャッターチャンスだよ?…と、言われてるみたいで。
俺はここぞと、そんな隆をカメラにおさめる。




「隆、可愛い」

「えー⁇」

「顔が嬉しいって言ってるよ?」

「だってあんな可愛いのに挟まれたら…」

「ふかふかだった?」

「ふかふかだった。可愛かったー!」




良かったなって、今度は隆の手を繋いだ。瞬時に頬を染める隆。
俺からしたら可愛いのは隆だよ。…っていうのは怒るから言わずに。こっそりと、笑みを漏らす。

さて、繋いだ手を引いて、まずは昼食だ。
レストランがある方へ行こうと、俺たちは地図を広げた。










「ご馳走様」



昼食後。
隆はしきりに城の方を眺めてる。
行きたいのかな?って思って聞いたら、隆はコクンと頷いた。

ゆっくり景色を見ながら、城の麓に辿り着く。
夜も綺麗だけど、昼間に見る城ってのは荘厳だ。
視線をぐっと上まで向けると、さっき道から見えたとんがり屋根の先が霞んで見える。





「ーーー中に入れるんだっけ」

「俺、入った事無い」

「うん、俺も。何があるんだろうな」

「ん…ーーーでも」

「ん?」

「外から眺める方が俺は良いかな」

「ーーー」

「外観が好き。…それに中に入れるのは王子様とシンデレラだもんね?」

「ーーー」

「あのね?イノちゃん」

「ーーーん?」

「俺ね。ガラスの靴って、シンデレラの告白だと思うんだ」

















シンデレラ城のガラス細工の店で。
俺は隆にプレゼントをした。

ガラスでできた、小さなギター。
手のひらに乗るくらいの飾りだけど、隆はたいそう気に入ったみたいだ。
今日の記念だよ。


会計をしている間に、隆は奥の棚の物をじっと見てた。
なんだろう?って思って寄ってみたら。
そこにあったのは片っぽだけのガラスの靴。
ショーケースに入れられて飾られている、正真正銘これぞガラスの靴だ。




「ーーー」



隆の目が輝いてる。
この店に散らばる、クリスタルの光を受けて。
隆の目はキラキラだ。

ーーー目、離せねえ…。

ぐっと込み上げてくる愛おしい気持ちを抑えていたら。
ぽつり…と、隆が呟いた。




「ーーーこんなガラスの靴を履いたお姫様が現れたら…」

「うん?」

「王子様は目が逸らせないだろうね」

「ーーー」




ーーーそうだよ。
その通りだ。
俺は王子じゃないけど、まさに今俺は、お前から目が逸らせないんだよ。

…そんな事、さすがの俺も照れくさくて言えないけど。
言葉の代わりに、そっと隆の指先に触れて。誰にも見えないように、手を重ねた。









昼が過ぎたら、辺りは急に午後の匂い。
冬の日暮れは早い。


結局アトラクションには乗らず。
カフェに寄ったり、景色を見たり。
こんなパークの過ごし方も良いなって、今回思った。

薄暗くなってくると、あちこちに明かりが灯り出す。
隆と、シンデレラ城の見えるベンチでひと休み。
ーーー隆はここでも、シンデレラ城に魅せられる。




「隆」

「ーーーん?」

「さっきさ、隆が言ってた事」

「さっき?」

「ガラスの靴はシンデレラの告白…って。あれ、どうゆう意味?」

「ああ、」




隆は途端にはにかんで。
ーーーそれから。
自分の靴の片方を指差しながら言ったんだ。



「残してきた片方のガラスの靴ってさ、王子にとっては唯一の手掛かりでしょ?」

「ーーーああ、まあな?」

「そのたったひとつの手掛かりに、シンデレラは想いを込めたのかな…って」

「ーーー」

「〝あなたが好きです〟〝私はここです〟〝どうか見つけて〟〝あなたに会いたい〟って」

「ーーー」

「だからガラスの靴はシンデレラの告白。なんか、そう思った」




ーーー隆らしい、その言葉に。俺は思わず聞き入ってしまう。
確かに、そうなのかも…って。
肯ける。
だって王子とシンデレラは、ついには一緒になれたんだから。




「ね、イノちゃん?」

「ん?」

「イノちゃんなら、探す?」

「ーーー」

「目の前で走り去った大好きなひと」

「ーーー」

「ーーー探し出す?」




じっと見上げる、隆の瞳が言っている。
〝俺を見つけてくれる?〟って。

…つか、そんなの。当たり前だ。

例えば隆がシンデレラだとしたら。
隆がガラスの靴の代わりに残していくのは、歌声だと思う。
たった一度聴いただけで、俺を虜にする歌声。
片っぽのガラスの靴以上に手掛かりの無い人探しになりそうだけど。

絶対に探し出す自信と…情熱は生まれると思う。


だって、好きになってしまったひとだから。






今日、空いててよかった。…なんて頭の端で思いつつ。
傍らの隆を、そっと抱き寄せる。
肩を抱いて、頭を俺に寄っかからせたら。
隆の手が、ぎゅっと俺のコートの端を握りしめた。



ーーー好きなひと。
俺の、大切なひと。
この広い世界で、同じ時代で。
巡り合って見つけ出せた。
俺の…



「ーーーシンデレラ」



「…え?」

「ん?…なんでもないよ。隆は俺の大切なひとって事」

「っ…うん」

「ーーーどこに行っても見つけるよ?」

「ーーーうん」

「隆が迷子になってもな?」

「む…。ーーー迷子なんてならないもん。イノちゃんのばか」

「クククッ」




ちょっと茶化してしまったけど。
本当だよ?
俺は必ず、お前を探し出す。
風に乗る、微かな歌声に耳を澄ませて。
白馬の代わりに、車を飛ばして。

その手を繋いで、二度と離さないように。


















シンデレラ城が青白く光ってる。

もう夜になった。
今日は一日中、よく遊んだな。

まもなく夜のパレードが始まる。
その後は花火が上がるらしい。
俺と隆は、そんな景色が一望できる場所ーーーでは無く。
このタイミングで、アトラクションを乗りまくっていた。

皆んながパレードを見に行く時間が空きだすタイミングなんだそうだ。



海賊船、ティーカップ、星間船、黄色いクマのハチミツ探し…
葉山君とスタッフに土産を買って。
そして、乗客疎らな大きなクルーズ船。
園内の運河をゆったり進む。
木々の隙間から、時折パレードのイルミネーションがチラチラ見える。



「タイミング良ければ、ここから花火も見えそうだな」

「うん」



船のデッキに隆と並んで夜景を見てる。
こんな綺麗な夜。
こんなシチュエーション。

ドキドキすんなって方が無理な話だ。




「ーーー綺麗だな」

「うん、キラキラだね」

「隆が」

「っ…⁉︎」

「隆がキラキラしてて綺麗で可愛くてヤバい」

「恥ずかしい事言うな‼︎」

「ホントだし」

「~~~…もうっ!」




照れ照れだ。
デッキのランプの明かり越しでもわかる、隆の表情。
頬を染めて、唇を噛んで。
無意識だろうけど、俺を煽る事しかしない隆。




「ーーー隆」

「ん、え?」

「…こっち見て」

「っ…」




我慢できなくて。
デッキの桟に手をついて。
隆を腕に閉じ込めて。
視界を塞ぐように、唇を重ねる。
一緒に過ごした一日の終わりは、やっぱりくっ付きたいんだ。





「ふ…っぅ」


ちゅ…


「んっ…ぁ」


ちゅ…く…



「ーーー隆ちゃんっ…」





「…ん っ、いの…」





ーーー大好きだよ…







ドォ…ン



「ーーーっ…ん…」


ドン…

ド…ドン…




「ーーーりゅ…」



ドォ…ンドン



花火が、上がっているみたいだ。

ーーーでも、俺は。



目の前の、好きなひとに夢中。





俺の…



Cinderella





end



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