短編集・2




















『もしもし、隆ちゃん!?』

「イノちゃん⁉︎あれ、どうしたの?今ライブじゃ…」

『もう始まるとこ!!』


通話をONにした途端、聞こえてきたのは賑やかな楽器の音と。
イノちゃんの、テンション上がった元気な声だった。


「ええ!?電話してる場合じゃないんじゃないの?」

『電話したかったの!』

「え?」

『隆の声!聞きたかった』

「!!?」

『隆ちゃん今、家?』

「…ぇ、う、うんっ」

『…じゃあさ。言ってくれる?今ここで』

「うん?」

『 …って。』

「い、いまっ!?」

『そう、お守りにするから』

「…なんか…恥ずかしいよ…」

『俺しか聴いてないよ?だから…』

「う、ん……わかった。…じゃあ、」

『ん、』

「 」

『………』

「あの…イノちゃん?」

『うん。ありがとう隆ちゃん』

「こ、これで良かった??」

『もちろん、気合い充分!』

「ん、良かった。行ってらっしゃい」

『ありがと!』




通話を切ってホッと息をつく。
…すこし緊張してたのかな?
でも俺でも役に立ったみたいで、良かった。



……というか。
俺は今、イノちゃんに嘘をついた。

俺は今家には居ない。
居るのは、ライブ会場のステージ袖。
……イノちゃんの、ライブの。





事の発端はつい先日だった。
共通の知り合いの舞台監督さんと会った時に、俺がもらした一言。



〝イノちゃんのライブ、観に行きたいな〟



独り言の様に零した言葉を、その人はしっかり拾って。あれよあれよと言う間に、今日俺がここへ見学に来る段取りを、用意してくれたんだ。

ちょっと出て歌う?なんて提案もしてきたけれど、それは丁寧にお断りする。
だってこれは、イノちゃんのライブ。
イノちゃんが命を吹き込んで作った曲を、彼の愛するバンドメンバーと奏でて、彼のファンと共に創り上げるライブだから。
ここでは俺は、一聴衆としてライブを見届ける場面だ。

彼が最高に輝けるように。




今日ここへ来るのは、イノちゃんには内緒。そっと観に来て、そっと帰る。
監督さんは、そんな遠慮しなくても…と言ってくれたけど。元々急に観に来ることになって、イノちゃんは知らない事だし、これでいい。
いきなり居て、変に気を遣わせるのも、嫌だもの。

イノちゃんのステージに出て一緒に歌えたら楽しいだろうな…とは思うけれど、元メンバー同士という事が、俺を踏み止まらせる。
…難しいな。考え過ぎかな。…何て色々考えてたら、音楽が最高潮に大きくなり、暗転する。
監督さんに言われたステージ袖の片隅から、そっと覗く。




イノちゃんを、メンバーを呼ぶ、大歓声。
どきどきする。





イノちゃんのライブが始まる。



















音、やっぱりすごい。このくらいのキャパシティの会場だと、音が身体の底から響いてくる。
身体の中を、音が通っていく感じ。

心地いい、ベースとドラムと、ギターの音。
イノちゃんの歌声。



「ふふっ」


イノちゃん、すっごく楽しそう。
ずっと笑ってる。あ、でもたまに何か、変な顔して煽ったりしてるけど。
キラキラしてて…


「いいなぁ…」


そっと、音に身を委ねて目を閉じる。
思い出してしまうのはやっぱり、俺達が共にいた、あの場所。

5人でいた、あのステージ。

終幕を後悔はしていない。…でも、忘れられない。
俺達の道程は、まだまだ途中。
まだだ。
…まだ、あの場所には、還れない。



じわ…と視界が潤んだ気がして、慌てて目元を拭う。

ダメだ!こんな所で泣くなんて。
俺はイノちゃんのライブを観に来たんだから。
大好きな恋人の、彼の闘いの場を見たかったんだから。


(うぅーーーーー……)


何て事だろう、一度堰を切った涙は止まってくれなくて。
なんで?
あ!もしかしたら、感動の涙なのかもしれない。だって、こんな生音聴かされたら…


(心揺さぶられ……)




その時だった。
色々考え込んでた上に、涙で視界があやふやで、ステージのライトも強烈で気付かなかった。


イノちゃんが目の前に来ていた事に。



「りゅ…ちゃん?」


心底驚いた顔のイノちゃんが、手を伸ばせば届く所にいる。



「え…どしたの?観に来てくれてたの??」


あああもう、最悪だ。いや、イノちゃんに会えるのは、嬉しいんだけど。
こんなハズじゃなかったのに!!

迂闊だった自分を呪っても、もう今更遅くて。おそらくメンバー達のセッションの間、一旦袖に引っ込んだんだと思う。
イノちゃんは、動けないでいる俺のすぐ側まで来てくれた。


「隆ちゃん、」


なにも声が出せない。

失態にも程があるよね。ごめんねイノちゃん…。

動けず、話せずにいた俺の頬に、イノちゃんの手が触れた。とても、熱い手。



「…泣いてたの?」

「………」


コクリと、頷くことは出来た。


イノちゃんはチラリと周りを見渡すと、俺の腕を掴んで、袖の暗幕の隙間に入り込んだ。


ぎゅっと。すぐに抱きしめられる。
イノちゃんは、いつもの香水に混じって汗の匂いがして。ベッドの上で抱かれる時を、こんな時に思い出してしまう。




「感動した?」


イノちゃんの声が、なんだか嬉しそう。
俺の涙は、色んな想いで出てきたんだと思うけど、でも。身体に響く音と、イノちゃんの歌声には、間違いなく感動してたから。もう一度、頷いた。



「来てくれて、すっげぇ嬉しい。」

「ーーーイノちゃん、」

「ん?」

「…ごめんね。見つからずに、邪魔しないように、観たかったんだけど…結局…こんな…」

「何言ってんの!俺は隆ちゃん見つけられて、超嬉しいし!来てくれて、ホント幸せだよ!?最幸!」

「イノ…」



「ここからは見えないから…いいよね?」


イノちゃんは、悪戯を思い付いたように笑ったと思ったら。



「っん…」

「……っ、」

「ンッ…ァ、…」



ライブで火照ったイノちゃんの、優しくて、気持ちいいキス。
こんな場所でするなんて、初めてで。
周りの音が、聴こえないくらい…




「っ…隆ちゃん、気持ちいい?」

「んっ…ぅん…」

「俺も、今スゴク気持ちいい。ここまでのライブも、隆ちゃんとのキスも」

「うん」

「隆のことこのまま帰したくなくなる」

「ぇ、?」

「だからさ隆ちゃん、1個、お願い聞いてくれるか?」

「…?…お願い?」

















イノちゃんがステージに戻ると、再び歓声が上がる。そしてステージ上にいたメンバー達と、何やらゴニョゴニョ。
メンバー達の表情が、驚きと楽しげなものに変わる。


そして俺の手には、マイクがある。



『隆ちゃん、一緒に一曲歌おうよ!』


キスの後、そう言ったイノちゃんの笑顔が眩し過ぎて。力が抜けてぼんやりしていた俺は、頷いて、マイクを握らされていた。

すこし冷静になった俺は、ようやくハッとして。いつの間にこんな事になったのかと、考えを巡らせるも。うまく頭の中は纏まらない。

…そういえば今着てる服、どう見てもライブ仕様ではない服装だ。…白いシャツに黒のカーディガンなんだけど…良いのかな。




曲が終わって、MC。ペットボトルの水を飲んで、満足気に客席に語りかけるイノちゃん。




「今日はね、ゲストの方が、来てくれています。つか、俺もたった今知ったんだよ!監督だけね、知ってたんだって!」

「誰だと思う?」

「俺に言わずコッソリ観て帰る気だったらしいんだけど…俺はそんな事させません」

「みんな、知ってる人だよ?」


勿体ぶるイノちゃんの語りに、ファンの子達も期待で騒めきはじめる。
もうここまできたら、やるしかない。
思いっきり楽しもうと思う。



「じゃあ、呼ぶよ?いい?」



「では。…俺の、大切なひとです」

ーーーーー隆ちゃん。



イノちゃんがマイクを外して、生声で俺を呼んだ。

















ーーーーーーーーーーーーー



「隆ちゃんお疲れ様、今日は急だったのにありがとね」

一曲歌って、袖に下がる俺にイノちゃんは釘をさすように言ってきた。


待っててよ!先に帰っちゃダメだからね!


すごい剣幕で、イヤダなんて言える勢いじゃなかったから。こうして控え室でイノちゃんを待っていた。


「イノちゃんも、お疲れ様!楽しかったよ?」

「良かった、メンバーのみんなもね、びっくりしてたけど、超楽しかったって言ってたよ」

「そっか」


それなら良かった、と。ホッとする。

イノちゃんは俺の座っている、長椅子の隣に腰掛けた。



「あの曲、久々だったろ?」

「うん、イノちゃんの名曲だもんね。歌えてよかった」

「そっかな?」

「あの曲歌うとね、幸せな気分になれる。とくに、あのくだり…」

「何食わぬ顔で~のとこ?隆ちゃん前に好きって言ってた」

「うん。~笑ってあげる~って。もうイノちゃんの笑顔しか浮ばないよ?」

だから大好きな曲だよ?
そう言ったら、イノちゃんすごく嬉しそうな顔をして、俺の手を繋いでくれた。


「隆ちゃんに捧げた曲ですからね」

「うん。…ありがとう」

ふふ、と照れながら顔をむけたら、不意打ちの今日二度目のキス。啄むように、それから深く。角度を変えて、何度も重ね合わせる。


「……っん…ん、」



苦しくなって酸素を求めたら、そっと唇が離れる。
それからぎゅっと抱きしめられて。



「隆ちゃん、今日電話で話したこと、覚えてる?」

「え…」

「お願いした、お守り」

「う、…うん。」




『ライブの後、会いにきて』




「あれもう、隆ちゃんが叶えてくれちゃったから。」

「そ…そっか、そうだね」

「だからさ。あともう一個、いい?」

「え??」

イノちゃんは内緒話するみたいに、耳元に顔を寄せてきた



「 って、言われたいな~」

「ぇえっ!!?それ、もっと恥ずかしいよ!!」

「いいじゃん!ほら、ライブの成功を祝って!プレゼントって事で」

「ええ~…」

「隆ちゃんに言われたら、ホントに嬉しいのにな」

「っ…」


強請るような目で見られて、もう観念して。思いっきり盛大に溜息をついて、イノちゃんの耳元で囁いた。
こんな事言うのも、初めてだ。
それに。
今日初めてした、ステージ袖でのイノちゃんとのキスも。
身体を駆け抜けていくような感動も。
今日、流した涙も。


全部、ライブがくれる、キラキラした輝きと熱のせい。
そう思えば、こんな言葉だって、きっと言える。




「イノちゃん。今夜、俺を愛して?」







end



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