短編集・2



















泣いていいよ

泣いていいよ



わたしがあなたを隠す 寝室のカーテンになってあげる



泣いていいよ

思い切り泣いていいよ



わたしがあなたの涙を拭う 洗いたてのタオルになってあげる



泣いていいよ

泣いていいよ

声を枯らして泣いていいよ



泣いて 泣いて
わたしに全てをぶつけていいよ

そんなあなたを きっと心から愛おしく思うから



泣いていいよ

泣いていいよ


そしていつしか心が晴れたら
一番最初に あなたの声で聞きたいと思うのは

〝ありがとう〟でもないの
〝ごめん〟でもないの


わ












「ーーーわ…?…」





思わず声が出ちゃった。
だって…あんまりだ。




「最後の最後でページの端っこが破れてるなんて」



あーあ。


溢れるため息。
テーブルに置いたティーカップに手を伸ばして、半分くらい残ったハーブティーを飲み干した。


パラパラパラ…

文庫本サイズの本を、ちょっとガッカリした気分で弄ぶ。紙の端や背表紙は僅かに変色してて、前の持ち主が付けたと思われる角の折れ印。

そう。これは古本として買ったもの。
ついさっきフラリと立ち寄った古書店で、なんとなく手に取った詩集。表紙の、向かい合わせになった魚のイラストが可愛いって思って。
値段も150円。…安過ぎじゃないの?
そう思いつつも、見つけた喜び。早速購入。
本を手にしたまま、数軒隣のカフェに寄る。ハーブティーを注文して、窓に面したカウンターの席に落ち着いた。
意気揚々と、休日のゆったり読書タイム…だったのに。




「ーーーわ。…かぁ。この続きなんだったんだろ。」



…気になるよね。
残りのスペースを考えても、あと1~2行だと思うんだけど。
ここまでの文面から予想して、最後はどんなオチが待ってるのか。



「ーーーう…ん」



気分はなんとなく探偵とか、科学者だ。
色んな素材、状況、残された情報。それらを元に謎を解き明かしていく。

詩集を楽しむつもりが、思わぬ楽しみを見つけてしまった。
これは古本ならでは。新品じゃ、こうはいかないもんね。



「ーーー」


しばらく本を眺めて頭を捻る。
でも、これだ!って答えが見つからない。
うーん…と、腕時計にフト視線を向けると。

あ!

16:00!もうこんな時間なの?

俺は慌てて詩集を鞄に仕舞うと、伝票を掴んで会計へ。
外へ出ると、もう夕方だぁ。
久しぶりの休日で、ことのほかゆったり過ごしたみたい。
ひとりで気ままで楽しかった!
でも、もう帰らなきゃね。
夕飯を準備して、彼の帰りを待つんだよ。
今日は仕事に行ってる、イノちゃんの帰りを。

















カレーとサラダを作って待っている。
ーーーでも。

暗くなるまでには帰れるよって言ってたイノちゃんだったのに。


21:00になっても、22:00になっても。
彼は帰って来ない。






『ーーーただいまお掛けになった番号は電波の届かないところにいるか電源を……』

…こうゆう時、ちょっと心を騒つかせるあの自動メッセージ。
淡々と聞こえてくる声に、俺はため息をついて電話を切った。



「ーーーイノちゃん…」


こんなのって珍しい。
いつものイノちゃんならば、とりあえず何かしら連絡をくれる。心配させたくないからそれは当然だよって、申し訳なさそうに笑う。だから俺も、彼の帰りが遅くなっても待つ事ができる。

でも、今日は。




「どうしたんだろう。…充電切れちゃったとか?なんか電話もできないくらい仕事が押してるとか?」



色々な可能性を考えるけど。
ーーー事故とかじゃ無いならいい。

変に騒いで周りに聞き回るのも…って思うから。



「ーーーもう少し待ってみよう」



きっともうすぐそこまで来てる。
もう間も無く帰るはず。

そう自分に言い聞かせて。
全く頭に入ってこない夜のニュースを、ただただぼんやり眺めていた。




















「…ん、」


物音で目が覚めた。



イノちゃんを待ちながら、俺はソファーで眠っていたようで。
見ていたニュースはとうに終わって、深夜番組がつらつらと流れてる。
お風呂上がりだったのに何も掛けずにうたた寝していたせいで、少し肩が冷えたみたいで、寒い。

…そう。で、物音。
鍵の開く音が聞こえた気がして、俺は立ち上がって玄関に向かった。
行きがけに見た時計は、もう午前1時…。



寝起きの、はっきりしない頭。
それでも、彼の帰りがやっぱり気になる。
もしかして、イノちゃん?
やっと帰って来たの?
そんな思いを抱えて向かった玄関。
ーーーけれども俺はそこで、愕然とする事になるんだ。



そこにいたのは、イノちゃん。
ギターケースを床に置いて、イノちゃんはドアの方を向いて玄関に座り込んでいた。
最初は彼の背中に安堵した俺だけど、すぐに、あれ?って思った。
靴も脱がずに、俯く彼。
いつも明るく、ただいま!って言ってくれる雰囲気が、今のイノちゃんからは感じられない。




「ーーーイノちゃん」



とにかく。まず、声を掛けた。
こっちを向いてくれたら、それだけでホッとする気がしたから。



「イノちゃん?ーーーお帰りなさい」

「ーーー」

「ーーーイノちゃん?」

「ーーー」

「…遅かったね?…どうしたの?仕事…終わんなかったの?」

「ーーー」




ーーー俺の声だけが、虚しく響く玄関。
イノちゃんはずっと、俯いてる。
指先一本、動かさない。
動かないイノちゃんの手元に視線を向けた時、俺はここでギクリと背中が強張った。


彼の…
イノちゃんの利き手に。



「ーーー血…?」



赤く染まった彼の左手を見つけてしまって、俺は息をのむ。
血…?と、呟いた瞬間、イノちゃんはゆっくり顔を上げて。
やや振り向いて、髪に隠れたその表情が。




「ーーーっ…イノ…?」




頬を濡らす、涙。

見間違いかと思ったけど、そんなんじゃなくて。
常の彼らしからぬ、その様子に。手を伸ばして、とにかく彼に触れようとした。





パシッ…!!!




「っ…さ…わんな!」


「…っ⁉︎」




ーーー触れようとした手は、届かなくて。
それが、イノちゃんに叩かれたんだって。
気が付いた。




「ーーーぁ…っ…」



呆然とする俺を見て。
イノちゃんはハッとしたみたいに目を見開いて。
払った俺の手に付いた赤い痕跡を目にすると。
苦しげに眉をキツく寄せて、床に置いたギターケースを荒々しく掴んで。
乱暴に靴を脱いで。
何も言わずに。
俺の横を通り抜けて。



バターンッ‼︎



自室に、閉じ籠ってしまった。











ソファーの前の、ラグの上。
そこにペタンと座って、ぼんやり手を眺める…俺。

さっきイノちゃんに、叩かれた手。
赤い痕跡が固まって、俺の手の甲を汚してる。




「血…。怪我してた。…イノちゃんの手」




ギタリストの手に怪我…とか。
早く手当てしないと…とか。
原因は?…とか。

とにかく彼に聞きたい事や、してあげたい事がいっぱいなんだけど。



さっきの、あの。
乾いた音。
拒絶された、音。
拒絶された、言葉。




「……」




思いの外、堪えたみたいで。
情けない事に、いまだ動けない、俺。





「…でも。ーーーとにかく手当てだけは…しないと」



大切な手だ。
ギタリストにとって、それは俺にとっての咽喉と同じだと思うから。

今は何も言いたくないなら、何も聞かない。
俺の顔を見たくないなら見なくていい。

ーーーだから。




「手当てだけ。…させて」











手当てだけ、させて。


そう、ドア越しに伝えて。
返事はなかったけど、確かに俺の声は聞こえているって確信はあったから。
ーーー拒絶の言葉も、無かったから。


俺は包帯やら、ガーゼやら。
そんな物を抱えて、彼の部屋に入った。





「ーーー」




部屋は、ベッドサイドの灯りだけで、ぼんやり明るい。
ーーーベッドかな?って思ったけど、そこにはいなくて。部屋に視線を流すと、カーテンが揺れた。
窓が少し開いて、テラスに続くフローリングに、イノちゃんは座ってた。
今度は俯かずに、夜空を見ながら。





「ーーーイノちゃん」

「ーーー」

「終わったらすぐ出てく。…だから、手当てだけさせてね」




返事を待たずに、彼の隣にしゃがみ込む。その瞬間、イノちゃんがこっちを見た気配がしたけど、構わず手を動かした。



「ーーー」



怪我は…手のひらで。思ったより深い傷ではなかった。尖った物で切ったのかな…?
とにかく出血は止まって、血液がこびり付いてる。

少し、ホッとした。

固まった血液を拭き取って、外傷用の軟膏を塗ったガーゼで覆う。仕上げに包帯でくるくる固定してテープで留めた。

その一連の間、イノちゃんはじっと手元を見てて。拒絶もされなくて。
俺は立ち去る前に、少しだけ。
彼の方を窺った。






「ーーー隆。…医者みたい」




ぽつり。
イノちゃんが、呟いた。

立ち上がりかけて、俺は再び座り直す。
いいよって、言ってくれた気がしたから。





「なりたいよ。お医者さん」

「ーーー」

「…イノちゃんだけの、お医者さん」

「ーーーーーもう、なってるよ」




彼を見た。
さっきの玄関での、激しい拒絶感は。
もう無くなってたから。

ほの明るい部屋で重なる視線。
イノちゃんの瞳は潤んでて、頬には薄っすら。
涙の痕が残ってた。







「ーーーごめん」

「ーーー」

「悪かった。…ごめんな、隆」



「ーーーぅうん…」



潰れそうなイノちゃんの声を聞いたら。
胸に込み上がる。
熱くて、ジン…と焼かれそうな。
愛おしい気持ち。
苦しいくらいに、好きだと思う。
苦しくて、溢れそうで。

壊れそう…






イノちゃんの、包帯で巻かれた利き手が。
さっき叩かれた、俺の手にそっと触れた。
ーーー躊躇ってるみたい。


だから俺はもう一度、首を振る。





「ーーーううん。…平気」

「…隆」

「俺は大丈夫」

「ーーーりゅう」

「イノちゃんの、どんなものも…全部。ーーー受け止められるもん」





包帯の手が、俺の頬を捕らえる。
一瞬香る、薬箱の匂い。

絡む前髪を感じながら。
目を閉じながら、俺は。
あの詩集の隠された最後を、想像してた。




























「ーーーっ、ん」

「は ぁ…っ隆」

「あっぁ…ーーーあ、」




身体が熱い。
制御できない感じ。

何かあった時のセックスって、いつもと違う感情が溢れてくる。

切ないとか。
もどかしいとか。
めちゃくちゃに壊れるくらい、繋がりたいって欲求が。
とめどなく。





「んっ…ぁあっ」

「りゅ…ーーーも…っと」




イノちゃんの舌先が、俺の身体中を舐める。まるで飴でも味わうみたい。
時には唇で吸って。
時には甘噛みして。

俺を食べるの?って、思っちゃう。


俺の弱いところは重々承知のイノちゃん。
胸の先端を、指と舌で愛撫される。




「ーーすげ…可愛い。ここ、硬い。勃ってんな?」

「…だ…って、イノちゃ…が舐め…」

「ん?…もっと舐める?」

「あっ…ゃあっ」




舌先で穿るように攻められてイきそうになる。
イノちゃんの焦らす甘い愛撫は延々と続いて堪らない。早くもっと触って欲しいのに。



「イノちゃんっ…も、そこばっかり…」

「ーーー限界?」




耳元で囁かれて、俺はこくこく頷いた。
体裁とかそんなの、今はいい。




「イノちゃ…っ…欲しい…よ」

「っ…ん」



俺の強請る声を合図に、イノちゃんに抱えられた脚。
唾液で充分に濡らされた後孔に、イノちゃんの硬く勃ったものが。
一気に奥まで、俺を貫いた。





「ん…ーーーっあ…ぁ…」

「隆っーーーもっと」

「ぁんっ…あんっ…ぁ…」

「ーーー気持ち…イ、イ?」

「んっ…ぅんっーーー」

「りゅうっ隆…りゅっ…う」

「も…ーーーっ壊れちゃ…ぁあっあん」

「っ…ーーー」





壊れそう。
ホントに。

何されたって。
何があったって。

俺の心の真ん中にある想いが変わらない限り。

愛おしくて。
死にそう。
涙が止まらないよ。




「隆っ…泣く な」

「んくっ…ん」



最初に泣いてたのはイノちゃんじゃない。
俺を拒絶して、ひとりで泣いてたくせに。

ーーーそれなのに。




「…んっ、んっ…く」

「ばか。しゃくり上げる程泣く奴あるか。…しかも」

「ふっ…ぅ、うっ…んっ」

「ーーーこんな、セックスの最中にさ?」




ぺろ。
ーーー涙を舐めてくれた。
止めどなく溢れる涙を、手のひらでも拭ってくれる。

目があった。
イノちゃんは優しく微笑んで。
今度は蕩けそうなキス。
絡む舌先を伝って、唾液が溢れる。



ぴちゃっ…くちゅ。


「ぁん…っ…ん、ふっ…」

「…りゅ、」


濡れた音が、頭を朦朧とさせる。
もう、はやくもっと奥まで。
イノちゃんで、いっぱいにして欲しくて。
俺は彼にぎゅっと抱きついて強請った。






「壊して、いいよ。だから…もっと」


























夢の中で、イノちゃんが泣いている。
たったひとりで、寂しく泣いている。



俺はそれを見て、何とかしようと願う。


周りから見えないように、カーテンの代わりになってあげる。

たくさんの涙を拭う、タオルの代わりになってあげる。



きっと心の中はぐちゃぐちゃだと思うから。
俺はそっと側にいる。
側にいて、受け止めてあげるよ。

何をされても、いいの。

だって俺は、あなたのことが一番好きだから。揺るがないから。
強いんだよ。

だから大丈夫。

謝らないで。
お礼なんて言わないで。

ここにいたいって思ったのは、自分。




ーーーでも。

でもね?

ーーーもし、心の中が落ち着いて。
涙が止まった、その時は。


ーーーお…











「ーーーお」

「?…お?」





ーーー明るい。

太陽の光?
…もう、朝なのかな。





「ーーーっぁ…」

「隆…大丈夫か?」

「んっ…ぅん」




寝返りを打とうとして、半身に響く鈍痛。ーーー激しい行為を思い出す。

イノちゃんは心配気に俺を抱き寄せて、裸の腰の辺りを優しくさすってくれた。






「ーーーめちゃくちゃシたもんな。…ごめんな?後先考えらんなくて」

「ううん、いいんだよ。…して欲しかったんだもん」

「隆…」

「イノちゃんの側にいたかったの」

「ーーー隆…」

「イノちゃんこそ、手。ーーー大丈夫?」

「ん?…ああ」

「ーーーヘイキ?」

「平気だよ。隆ちゃんが手当てしてくれたからな」

「ーーーそっか。…良かった」

「うん。ありがとな?」

「ーーー…」




ーーー聞いていいかな?
まだ、もうちょっとしてからの方がいいかな…?

どうしたの?昨夜何があったの?って…





「ーーーいいよ。…もう大丈夫だ」

「え⁉︎」




ーーー何もまだ言ってないのに。
イノちゃん、なんで⁇

びっくりして、何度も瞬きしてたら。
イノちゃんは苦笑いを浮かべて言った。




「ーーー隆ちゃん、顔に書いてある。聞きたい事いっぱいありますって。ーーーいいよ、もう大丈夫だから。…それに隆ちゃんは聞く権利あるもんな」

「ーーー権利?」

「…叩いちまったし。…隆の事。ーーーそれに連絡もしないで心配させた」

「ーーー」

「ーーー俺の一番大事なひとなのにさ」

「ーーーうん」




イノちゃんはそう言うと。
立ち上がって、さっき持っていたギターケースを開いて。
中身を俺に見せてくれた。












壊れてしまった、ギター。
ボディーは割れて、ネックもヒビが入って。弦も切れて、緩んでいる。

何度もイノちゃんが手にしているのを見てきた、大切なギターだったはずだ。





「ーーーイノちゃん…これ」

「…うん。」

「ーーーーーーーーどうしたの?」



「ーーーもう今更何を言っても、言い訳なんだけど」

「ーーーうん?」

「…色々。良くない事とか、不運な事とか、上手くいかない事がさ。…今日…つか、もう昨日か。一日に重なってしまって。…気付いたら…投げてた。壁に向かって」

「ーーー」

「コイツの壊れた音を聞いて、ハッとして。この姿見て、愕然として」

「ーーー」

「ーーー大事にしてたギターだったのに。…俺は感情が暴走するとこんな事もしちまうのか⁇って、自分が赦せなくて。ーーーそれで」

「ーーー」

「破片を拾い集めながら、思ったんだ。…俺って、例えばもっともっと自制が効かなくなったら、隆の事も?…って」

「ーーー」

「誰より大事な隆にすら、何するかわかんなくなる可能性があるのか?って…」

「ーーー」

「めちゃくちゃ…怖くなった。隆に何するかわかんないって、本当に怖いし。ーーー赦せないって自分を責めるだけじゃ済まない…って」




苦しそうに、イノちゃんは唇を噛んで。
俺の手に、そっと手のひらを重ねてくれた。

ーーーーーそっか。
だから、さわるな!って…言ったんだね。




ーーーいいのに。


ーーーいいのに。


ーーー俺は大丈夫。



ーーーいいんだよ?





「ーーー俺はヘイキ」


「隆?」





気遣わし気に俺を見るイノちゃんだから、俺はにっこり笑って見せた。





「イノちゃんの側にいられるのが幸せなの。それに伴う痛みだって、何だって。全部受け止める覚悟があるから、こんな事言えるんだよ?」

「ーーー…隆」

「壊していいよ。…ちゃんと再生するし。…昨夜も、思ったもん」

「ーーー昨夜?」

「イノちゃんと、めちゃくちゃに抱き合って、繋がって。気持ちよくて壊れそうって思った。イノちゃんへの愛おしい気持ちを抱えたまま壊れてもいいと思った」

「ーーーっ…」

「ーーーでも。ちゃんとここにいるでしょ?俺」

「っ…」

「ーーーギターは可哀想だったけど…。でも、このギターだって完全には戻らないと思うけど、直す事はできるでしょ?」

「ーーーっ…ああ」




ポタリ。

イノちゃんの頬を、一粒の涙が伝い落ちた。

泣き虫。
いつもは俺がそう言われるけど、今日は逆だね?


両手を広げて、イノちゃんを抱きしめる。
泣いてるところ、誰にも見えないように。
涙を拭いてあげるために。




「…ぁ」




そしてここで、俺は気が付いた。
あの終わりがわからない、詩の最後。
あの語り手が、最後に何を言いたかったのか。




「ーーーなんだ…」



気付いた答えに、思わず笑みが溢れる。

それはとっても、簡単で。健気で、可愛い。そんな語り手の願いだ。




「ね、イノちゃん」

「ーーー…ん?」


「あのね?もしもまた、こんなふうにイノちゃんの気持ちがぐちゃぐちゃになった時…ーーー」





ーーー何をされても、いいの。

ーーーだって俺は、あなたのことが一番好きだから。揺るがないから。
ーーー強いんだよ。

ーーーだから大丈夫。

ーーー謝らないで。
ーーーお礼なんて言わないで。

ーーーここにいたいって思ったのは、自分。




ーーーでも。

ーーーでもね?

ーーーもし、心の中が落ち着いて。
涙が止まった、その時は。


ーーーお…





「俺の名前を呼んでほしい」

「ーーーお前の名前?」

「うん!」

「何でーーー」

「だってそれだけで嬉しいし」

「ーーー」

「塞いでた気持ちが、また俺に向いてくれた証拠って思えるでしょ?」

「!」




「わっ…」




抱きしめてた筈のイノちゃんに、今度はまた逆に抱きしめられる。
彼がこっそり、涙を流してるって気付いたけど。…知らないふり。

カーテンも、タオルも。
この役回りは俺だけのもの。



イノちゃんが俺の首筋に唇を寄せて、そのまま耳朶を甘噛みされた。
思わず身を竦めたら…聞こえたんだ。

俺の望んだ、甘く掠れた彼の声。





「隆一」




〝わ〟

〝わたしの名前〟

〝聞かせてほしいのは わたしの名前〟










end






.
37/46ページ
    スキ