短編集・2












「おはよう隆ちゃん、よく寝られた?」


「ぅん…イノちゃんおはよ~」



















春の陽気。
春の午後。
ポカポカして、開け放した窓から入る風は、あったかい。


午前中に仕事を終えて遊びに来た隆。
今日は一日中家で曲作りをする俺。

一緒に昼食を食べて、ソファーで寛いでいる隆がやけに眠そうだった。
ウトウトして、食後の紅茶の入ったティーカップを持つ手が危なっかしい。
俺は苦笑とともにカップを奪い取ると、寝室を指差して言った。






「昼寝したら?眠いんでしょ」


「え?…んーん、だいじょーぶ」


「……」





うつらうつら…






「うそ。どっからどう見ても眠そうじゃん」


「え~?」


「俺もうちょい仕事してるから。その間少し寝てな」


「ゃだよ」


「なんで?」


「だって…」


「ん?」


「ーーーイノちゃんに会いに来たのに…寝ちゃったらもったいないもん」


「ーーー」







うとうと…





…そんな事言われて、めちゃくちゃ嬉しいけどさ。

言ってるそばから。
超、眠そうじゃん。




「ありがと隆ちゃん。そのお言葉、有り難く受け取っておきます。じゃあね、今13時半だから…オヤツの時間まで。ちょっと寝てスッキリして?起きたら一緒にオヤツにしよ?」


「え…?」


「それからさ、いちゃいちゃしようよ。べたべたしてラブラブして恋人同士の時間な?」


「!」


「それ、いいでしょ?」


「っ…うん」




パッと顔を輝かせてキラキラした目を向ける隆。
嬉しかったんだな。
ホントにこうゆうところ、わかりやすくて、可愛いと思う。


隆の手を引いて寝室に連れて行く。
朝から窓を開けていたから、少しだけ閉めて。ごそごそとベッドに潜り込む隆を目で追っていたら、布団の隙間から見上げる隆と視線が合った。




「イノちゃん、お仕事頑張って」


「ん、ありがと。隆ちゃんはおやすみ」


「うん」




じっと見てる。
期待の込もった、潤んだ目で、じっと。

そんな目で見るな。
俺はその目に弱いんだよ。




「ーーー」



あとで存分に…って、思ってたけど。
目の前でベッドに横たわる恋人というのは、やっぱり魅力的で。
我慢は水泡と化す。




「いのっ …」




ベッドの縁に腰掛けて。隆の上半身に覆い被さる格好で、交わすキス。
ちょっとだけのつもりだったのに、次第に深まる唇。

なんだ。
俺もしたかったんだ。




「ゃ…っ …」


「ん?」


「寝らんなくなっちゃう…」





上気した隆の表情を見ながら、確かにそうだな。と、物足りなさを感じつつ、キスを解いた。
今ので乱れてしまった黒髪を梳いてやって。名残惜しさを表すように、去り際に額に小さなキス。




「おやすみ」


「ん…おやすみ」





寝室のドアを静かに閉めながら、俺は、あーあ…。とため息を溢す。


毒されてんなぁ…。


たった少しの時間、隣の部屋に居るだけなのに。
そんな僅かな距離すら遠いと感じてしまう。



『もったいないもん』



俺だって、隆のこと言えないじゃん。



やれやれと肩を竦めて、俺は楽器の部屋に戻ることにする。

パソコンの前に座って。さて、仕事の続きをするかな。
朝からずっとパソコンとにらめっこ。
新しいアルバム用の新曲。
夕べから延々と歌詞を考えている。
荒削りにはもう出来上がっていて、メロディーに合わせて作り上げる。
まるでパズルみたいだ。

ーーーでもなぁ…。
昨日からずっと、ある曲でつまってる。決まらない部分がある。

込めたい想いは決まってる。
こんなイメージっていうのもある。
あるんだけど…。

これ!ってゆう言葉が…決まらない。
この曲の全てをあらわす言葉。
候補はあるけど、イマイチな…。


うーん…うーん……。



キーボードを打っては考え、打っては消して。
うんうん唸って、気晴らしにギターを爪弾いて、またパソコンに向かって。

そんなのをひとりで繰り返してたら、コンコン。
控えめに叩かれたドアの音。

え?…と思って顔を出すと、そこにはさっき昼寝を始めた筈の隆が立っていた。
まだぼんやりした雰囲気で、目を擦ってる。

俺はもう一度、え?…と時計を見ると。時計はなんと15:00をさしていた。

ウソ…。もうそんな時間?
俺が唸ってる間にもうオヤツの時間?
まだ全然仕事進んでないのに!

ガックリと肩を落とした俺を怪訝に思ったのか。隆は首を傾げて心配そうに見てる。
俺はハッとして、慌てて佇まいを正す。隆に変に心配させたくないし。
これは俺自身がやらなきゃいけないことだしね。


気持ちを切り替えて。
そうだ、これから隆とまったり時間だ。






そしてここで、冒頭の台詞だ。





「おはよう隆ちゃん、よく寝られた?」


「ぅん…イノちゃんおはよ~」



ふにゃ…っとした笑顔を隆は向けてくれて。それだけで気持ちが浮き上がる俺も俺だけど。隆の存在ってやっぱりすごいな…って感心する。




リビングに2人で移動して、オヤツ。
オヤツっても、俺はコーヒー。



「隆ちゃん何か食べる?」


「ーーーオヤツ、何かあるの?」




聞いといてなんだけど、何かあったかな。うーん…と、ここでもまた唸って、あっ!そうだ。



「アイスある!ラムレーズンだけど」


「ラムレーズン?」


「洋酒の味の…隆ちゃん食べる?」


「うん!自分じゃあんまり選ばないけど。食べる!」




冷凍庫から取り出してきたカップに入ったラムレーズンのアイス。

隆は目を輝かせて、そっとスプーンですくうと。どきどきといった感じでひと口食べた。




「好きな味?」


「ーーーうん、美味しい。…美味しいけど…」


「うん」


「レーズンパンの味」


「……」



レーズンパン…。

そりゃぁ…まぁ…そうだろ。


思わぬ隆の返答に思わず言葉に詰まって。次に俺の口から溢れたのは、堪えられない笑いだった。

突然笑い出した俺に、隆はスプーンを持ったまま呆気にとられてる。でも笑い続ける俺を見て。だんだんと唇をぎゅっと噛み締めて、眉間に皺を寄せた。



「もう…なに?イノちゃん」


「あはははっ …だってさ」


「なんだよー!」


「だって隆ちゃん、おもしろいんだもん」


「っ …‼」




隆はムッとした顔をしてスプーンでアイスをすくうと。もはや笑い声しか出てこない俺の口にスプーンを突っ込んだ。




「イノちゃんひどい」


「りゅーひゃん…」




結構な山盛りアイスを突っ込まれた俺は、むぐむぐと咀嚼して。ぅぅ…頭がキーンとする…。
冷えて痛む頭を抱える俺を余所に、隆ちゃんはしれっとアイスを堪能中。

俺をばかにするからバチが当たったの。…みたいな視線をちらっと向けた隆。それを見たら、可愛さ余って…っていうのか。無性にめちゃくちゃにしてやりたくなって。
隆がアイスを口に運んだ瞬間をついて、思いっきり深く唇を重ね合わせてやった。




「ん…っーーーー…」


「ーーーはぁっ」


「っ んぅ……ん」





溶けたラムレーズンアイスが隆の唇の端から溢れてる。俺は丁寧に舌で舐めると、隆の身体がふるりと震えた。




「ぃのっ …やっ…」


「もっと」


「ん…ーーーっ 」


「ーーーーー…美味い」


「ん…っもぉ…イノちゃん」





隆は両手を俺の胸について引き剥がそうとするけれど、俺の腕に抱え込まれて意味を成さない。
赤くなった頬と、濡れた唇を見ていると堪らなくなる。




( あ。ーーーまさにこうゆう気持ち )



新曲に込めた想い。伝えたいと思っている気持ちだ。

こんな何でもない日常すら愛おしく思える。
隆とどうでもいい事で笑ったり、めちゃくちゃにしたいって抱き合ったり、キスしたり。

そんな雰囲気を歌いたい。





「イノちゃん?」


「ん?」


「どうしたの?ーーー考え事?」




覗き込んできた隆。眉を下げて、黒目が潤んでる。
ーーーかわいい。

こうゆうのを見ると、湧いてくる色んな欲。
言ってあげたい言葉。
言って欲しい言葉。


つい、口から溢れた。




「隆ちゃん愛してる」


「えっ?ーーーなに…急に」


「言いたかったから。言いたい瞬間に言った方がいいかなって」


「そ…なの?」


「新鮮な方が良いじゃん?音楽も愛の言葉もさ」


「ん、たしかに。そうかも」


「でしょ?ーーー隆ちゃんは?」


「え?」


「俺に。愛の言葉」


「ーー…言って欲しい?」


「あたりまえだろ、俺はいつだって言って欲しいよ」


「イノちゃん、欲しがり」




隆は嬉しそうに、にっこり微笑んで。
でも少し、恥ずかしそうに。

何回も言わないからね。
ちゃんと聞いててよ。
ーーーそう前置きして。


ソフィーの上でひざ立ちして。
隣に座る俺に、ぎゅうっと抱きついて。
甘い甘い声で囁かれた隆の言葉に。
俺は思わず目眩がして。
何度も何度も、その言葉を心の中で反芻して。

なかなか決まらなかった曲の歌詞も。
この瞬間に、あっという間に揃ってしまった。


今までこんな言葉、使ってこなかったけれど。歌詞にするのは初めてだけど。
この曲には心を込めて使いたい。


I love you.





「好き。…大好き清信、愛してる」






end



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