短編集・2
俺と隆は、今。
キスの、真っ最中だ。
《ね、して?》
「っ…ぷは…」
「ーーーーくるし?」
「んっ…」
ふるふると、目に涙を浮かべながら首を振る隆が可愛い。
苦しいって言ったら、俺が止めると思ったのかな。
ーーーんなわけないのに。
隆とのキスはやめられない。
一度始めてしまったら、早々と簡単には、離してやれない。
それは、気持ちいいとか。
愛おしい、とか。
そういう理由ももちろんあるけど、それ以上に。
前に、こんな事があったから…。
この日のライブ。
開演時間がものすごく押していた。
何年もライブをやってきて、色んな理由で時間が押す事は多々あった。
待ってくれているファンの子達には、申し訳ないって思うけど。俺らに出来る事は、それを跳ね除けるくらいのパフォーマンスで返す事だって思ってる。
だから、それは珍しい事でもないけれど…。
時としてその突如わいた待機の時間は。
俺たちメンバーにも、不調をきたす事がある。定時開始を前提として高めていくヴォルテージ。
その瞬間に照準を合わせていた熱が。時間がずれ込めば、当然そのバランスを崩す。
ーーっても、俺らだってプロだから。多少の時間押しは平気だ。
長いライブ人生で、その辺のコントロールはできるようになっている。
ーーーーーでもさ?
俺らも人間だから、そのコントロールが上手くいかない時だってあるんだ。
メンバー各々、その瞬間を待つ時間。
俺は隆が見当たらないのに気が付いた。
せっかく暖めた身体を冷まさないように、隆がストレッチをしているのはよくある事。ーーーでも、もう衣装に着替えているし…。どこにいるんだ?って俺は暗い舞台袖を見回した。
別に他のメンバーだって、好きな場所でこの時間を過ごしてんだから。心配なわけじゃないけど…そこは、恋人だから。皆んなのいる場所で堂々とくっつくことはしないけど…気になるよね。
「隆ちゃん」
「ーーーりゅーう」
呼びながら、舞台袖をひと回り。
ーーーいないな。
それで今度は、袖を抜けた楽屋へと続く通路の方へ行こうと暗闇を進んだ。…すると、照明を弄るために登る螺旋階段の下。その奥の暗幕の陰に。
「!」
暗闇の中、壁にもたれかかる様にして、隆が立っていた。
見つけられた事にホッとしつつ、ゆっくり隆の方に進んで行く。
ーーーでも、なんだろう?
近づくにつれて、隆の雰囲気が違うって。なんか感じた。
「隆ちゃん」
俺の声掛けに、隆はゆっくり顔を上げた。反応を返してくれた事は嬉しかったんだけど…。
「ーーー隆?」
ーーーやっぱり、ちょっと違う。
両手で、自分を抱きしめるみたいに腕を抱えてる。
「隆ちゃん、どうした?…大丈夫?」
「…イノちゃん」
「具合…悪いんじゃないよな?」
「ん。体調は平気だよ。ーーー体調じゃなくて…」
「ん?」
「ーーー早く…歌いたい」
「ーーー」
「早くしないと…ーーー爆発しそう」
「ーーー隆」
「だめだ、今日。久しぶりのライブだから、上手く出来ないや。こんな時の…コントロール」
こんなに時間押すのも久しぶりだもんね。って、隆は無理して微笑んでいるみたいだ。
珍しい。
隆がこんなに、切羽詰まってるの。
確かに、今日は久しぶりのライブ。
新曲を携えて、皆んなの前で初めて歌う日だ。
ーーーまぁ、時間押してるんだけど。
隆は、俺ら楽器隊と違って、楽器を抱え込んでるようなものだから。
本番に全てを注ぐ為のコントロールがどんなに難しいか。俺も、歌うようになってわかってきた。
「久しぶりのライブだし、新曲…たくさんあるし」
「…うん」
「ちょっと、本番前に張り切り過ぎたかなぁ」
「ん…。それは、別に悪い事じゃないよ」
「そ…かな」
「めいっぱい良いライブにしたいって、張り切るのは良い事だろ?」
「っ…ん」
「隆ちゃんだって、ひとなんだからさ?こんな事もあるよ」
切り替えて、リラックスして待とう?って軽く肩を叩いたら。
じっと俺の方を見上げる隆が、口をぱくぱくしているのがわかった。
ーーー腹減ってる?…まさかね。
数時間前に食べてるの見たし。本番直前、あまり物は食べない。
ーーーじゃあ…?
「ーーーイノちゃん」
「ん…?」
「っ…ーーー」
「ーーー隆?」
ぱくぱくしていた口を、今度はぎゅっと唇を噛んで。
暗闇でもわかる、隆の目は俺に縋ってる。ーーー今ここにいるのはヴォーカリストRYUICHIじゃない。
俺の、隆だ。
「ーーー歌うの待てなくて…口寂しい?」
隆の様子を見て、きっとそうじゃないかな…って思った事を、言ってあげる。そしたら隆は、ほんのすこしだけ逡巡して。ーーーこくん。と、恥ずかしそうに頷いた。
暗幕に包まれたこの場所は、確かに目立たないけれど。
さすがに出演者が二人で固まってたら、すぐ気付かれそう…って思って。
黒い幕の端をすこしだけ引いて、壁と幕の隙間。
狭い空間に、俺と隆。二人きりになった。
「イノちゃん?」
「ん?」
「っ…あの…ーーー」
「ーーここなら誰も来ないし。…見えないよ?」
「ん…」
「ーーー隆ちゃん今…RYUICHIの顔じゃない」
「ぇっ…?」
「欲しい…って縋る、俺の隆の顔してる」
「っ…ちが…」
「違わねえよ。…そんな顔、外ですんなって何度も言ってる」
「ーーー」
「そんなもの欲しそうな顔で、歌わせると思ってんの?」
込み上がる熱で、爆発しそうなんだろ?
ーーーそう、耳元で囁いたら。
もはや隆は、待てないみたいで。
いつもはそっと目を閉じて、俺のキスを可愛く待つ隆が。
今は。
俺の片方の肩に垂らした、長い髪の束をぎゅっと掴んで。
赤く濡れた唇で、噛み付くみたいにキスをしてきた。
「っ…ん」
「はっ…」
「ぅん…んっ」
「ーーーーーーっ…りゅう」
ついさっきまでは、俺は余裕あったはずなのに。
今じゃもう…求めてる。
この暗闇みたいに、出口が見えない気持ちよさ。背徳感と快感が背筋を通って、もっとめちゃくちゃにしてやりたいって。
隆を壁に押し付けて、逃げられないように、隆の脚の間を膝で固定する。
隆の両手も、いつしか俺の襟足に回って。口内を犯す度、隆の指先が食い込んだ。
「んっ あ…」
「りゅ…」
「ぁんっ …ん…はぁ…」
「っ…ーーーくるし?」
「んっ…」
涙を滲ませてぶんぶんと首を振る隆。
まだ足りないって、強請る時の隆だって事。俺は知ってる。
めちゃくちゃ可愛い、恋人の顔。
もっと苛めたくて、隆の脚の間に差し込んだ膝で、ぐっとソコを突いてやった。
「ゃっ…だぁ」
身体を震わせて、隆も無意識に腰が揺らめくけれど。僅かに残った理性で、隆は俺を睨んで口をひき結んだ。
「ごめん。ーーここじゃ、さすがにな」
思わずライブだって事も忘れるくらい気持ちいい時間。
なんとか自身を宥めて、隆を優しく抱きしめる。
「ーーー大丈夫?」
「ん…ーーーはぁ…」
力の入っていた身体がゆっくり弛緩して。トン…。と、俺の胸に隆は頭を預けてきた。
はあはあって、呼吸も乱れて。まるで、アノ後みたいだ。
「ーーーもぅ…やりすぎ」
「ん?隆ちゃんだって、求めてきたくせに」
「…そうだけど」
危うく歌えなくなるとこだったよ。って、頬を膨らませる隆。
少しだけ乱れてしまった衣装を整えてやりながら。
隆も、イノちゃん髪ぐしゃぐしゃって悪戯っぽく笑った。
その笑顔が、いつもの隆。
ライブ前の、RYUICHIの顔で。
「ぐしゃぐしゃって、誰のせいだよ?」
「ぅん?イノちゃんでしょ?」
「なんでよ!」
「だってさ?キス、気持ちよかったから」
「!」
「その結果だよね?」
ーーーまぁ、いいか。
俺がヘアメイクさんに怒られればいいだけだ。
隆が、肩の力抜いて。
気持ちよく歌えるなら。
…ってな経緯があってから。
ライブ前とか、レコーディング前とか。そうゆうの問わず。
なんかちょっと、力み過ぎたり、不調な時。隆は俺に、キスを強請る。
俺からするキスはしょっちゅうあるけど。隆から…ってのは、神出鬼没で、いつ強請ってくるのか予想できない分。どきどきする。
家にいる時だと、そのまま雪崩れ込む事もしばしば。
だってさ。
愛しい恋人に強請られて、その環境も揃っていたら。抱かないって選択肢は、どこにもないんだ。
「ん…っはぁ」
「っ…ーーーホン…ト」
「ぁ あ…っ…ん」
「なんでそんな…可愛いの?」
「あっ…ーーーイっ…ちゃ…ぁ」
何度も何度も言ってるけど、外でそんな顔すんなよ、とか。可愛い姿を連日見せられる俺の身になってくれ。ーーーいやでも、俺だけの特権。最高に至福なんだけど…身が持たねぇよ…とか。
スギゾーあたりに言わせたら、なんて贅沢な悩みだ!って憤慨されそうな、俺の言い分。
今日は家でのんびりしてた時。
そわそわと擦り寄ってきた隆に強請られて…今に至る。
ーーー連日の仕事で疲れてたんだよな?
そんな時頼ってくれるのが嬉しい。
俺と触れ合って、元気が出るって事だもんな?
幸いにも、今日、ここは家の中。
たくさん触れて。いっぱい愛して。
キスだけじゃなくて。
ぐちゃぐちゃに繋がろう。
「隆…気持ちイイ?」
「っ…ーーーうん」
end…?
…おまけ
「つか。ーーーアイツらさ。俺らが何も知らねーとでも思ってんのかね?」
「隆は…気付いてなさそうだけど。…イノは知ってて見せ付けてるとこもありそうだよな」
「俺の隆だ!とかな?」
「手、出したら酷いよ?…とか…。」
「ーーーコエー…」
「ハハハ…」
「ーーーはぁ…。」
スギゾー、J、真矢が深い深いため息をついた頃。
スタジオの扉がノックされて、葉山が顔を出した。
「おはようございます! 遅くなりました」
「おはよー!葉山君。まだ平気だよ~。IRコンビも仕事で遅れてるから」
「あ、そうなんですね」
「俺らも今、喋ってたとこ」
「ははは、良いですね」
「ってゆうかさ?葉山君さ」
「?ーーはい?」
「ホント、よくあの二人とユニット組んで無事だったね」
「無事⁇」
「なんか…見てはならないもの見てしまって、反撃に遭ったりしなかったの?」
「反撃…ですか?ーーーそう…ですね、特には…」
「葉山君優しいからだな。さすがのイノも反撃なんて…」
「隆とも仲良いしな」
「あ、でも」
「ん?」
「三人でスタジオにいる時とかは、最初ははらはらしてました」
「へ?」
「僕がちょっと席外して、また戻った時。ドアの向こうでナニが起きているのか…ちょっと色んな想像してしまって躊躇しちゃって」
「ああ…~~」
「ノックしても入って良いのかなって。最初の頃はどきどきしてました」
「ーーー実際どうなの?」
「まぁ、大抵は。しれっとなんでもない顔したイノランさんと、取り繕いきれてない隆一さんがそこに」
「ああ…」
「…もう、今は平気なの?コツ掴んだとか」
「そうですね。ーーー例えばそうゆう場面に鉢合わせになったとしても…慣れました」
「「「 !! 」」」
「…僕の経験だと、そうですね…。」
「「「 … 」」」
「見て見ぬ振りして、でもそこにさり気なく触れつつ…。そんな風に接するのがいいです」
( 葉山君すげえ… )
end
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