短編集・2
Coffee cup
◾️◾️隆◾️
今日は朝から仕事だった。
マネージャーと赴いて、インタビュー。そのあと撮影。午後ももう1件インタビューがある予定だったけど。
「隆一さん、午後のインタビュー日にちが変更になりました。先方の事情で」
「そうなんだ、いつ?」
「週末ですね、その日同じ方面で予定が入っているので」
「じゃあ、ちょうど良かったね」
「そうですね。なので今日は・・・」
「オフ!?」
「あ、はい!今日は終わりです。」
思いがけない休みが降ってきて、思わず笑みを抑えられない俺にマネージャーは笑いながら言った。
「嬉しそうですね」
「えっ?あー、うん。 イノちゃんが…」
「イノランさん?約束とかあるんですか?」
「う、うん。昨日電話してて、今日終わったら遊びにおいでって。イノちゃん今日はオフだから」
「じゃあ、早く行けますね、送りましょうか?」
マネージャーはにこにこして車を指差した。
でも一瞬迷ったけど、首を振った。
「ううん、ちょっと買い物して行くから大丈夫、ありがとう。そっちこそ、こういう時はゆっくりしてね!」
「わかりました、気をつけて!」
「うん、お疲れ様!」
お疲れ様です!と手を振るマネージャーと別れて、急に訪れた自由な時間についつい顔が綻んでしまう。
イノちゃんに早く会いに行ける!
そう考えたら嬉しくて、歩みも早くなる。
(何か美味しいもの買っていこうかな)
(あそこの通りのあのお店。テイクアウトも出来たはず)
(そうだ、あの雑貨屋さんもイノちゃんが好きそうなのあったな)
そんな事を考えて、赤信号で立ち止まる。冷たい冬の風が足元の落ち葉を巻き上げて、青く澄んだ空に吸い込まれていった。
( イノちゃん …)
彼を想うと、自分がひどく弱いものに思えることがある。
自分ってこんなだったんだって、驚くこともしばしば…。
『隆ちゃんはホント、タフだと思う。頑張りすぎて、それがちょっと心配なこともあるけどさ』
彼はいつもそういうけれど、本当にそうなのかな。自分じゃよくわからない。
ただ無我夢中で音楽に向き合ってきただけ。
歌う事が自分の生命と変わらないという事を知ったから。
(歌わないなんて考えられないから…)
メンバーが…イノちゃんがいてくれるから歌い続けられる。
求めてくれるひとたちがいるからこうしていられる。
(俺も誰かにとってそうなれてたらいいな)
パッと信号が青に変わった。
一斉に動き出す歩行者。
俺もその波に乗って目当ての店に向かって歩き出す。
「ーーーーー」
俺と居て、イノちゃんがちょっとでも幸せだって思ってくれたら、いいな。
店についてあれこれと買い物をして、イノちゃんの自宅の前についたのは、昼過ぎだった。
当初の予定よりだいぶ早い時間だから、合鍵も貰ってるけど、携帯を鳴らしてみる。
まだ寝てるかな、と思った時割としっかりした声がした。
『隆ちゃん?どしたの?』
「寝てなかった?」
『うん、いま掃除してた』
「そっか、あのね午後の仕事が変更になって、今日はもう俺オフになっ…」
『早く来られる!?』
珍しく言葉を被せるように、電話口でイノちゃんの声が弾んでる。
嬉しいって、思ってくれたのかな。
「えっと、じつはもう、イノちゃん家の前…」
『早くおいでっ!』
「う、うん!」
『おいで。鍵開けて待ってるから』
「っ…」
最後の言葉は囁くようで、何となく熱がこもっているように感じて。
通話を切ると、浮き立つ気持ちを抑えて部屋へと向かった。
「!!⁈」
部屋の前に着いてびっくりした。
部屋の扉にドアストッパーが挟まれていて、僅かに隙間ができている。
慌てて隙間に手を差し入れて扉を開け、住人に声を掛けた。
「イノちゃん、お邪魔します!入るよ?」
奥から、どうぞー!と声が聴こえて、俺はストッパーを引き抜くと扉を閉める。
靴を揃えていると、イノちゃんが玄関に出てきてくれた。
「隆ちゃんいらっしゃい!早く来られて良かったね」
「もぅ!ドアちゃんと閉めとかないと!」
「だって、早く隆ちゃんと会いたかったし」
イノちゃんの表情が嬉しそうで、俺が早く来られたことで喜んでくれてるんだって。それがすごく伝わってきて、胸の辺りがきゅうっとなった。
こっちこっち、おいでって。
イノちゃんの後を付いてリビングへ。
「ゆっくり会うの、久しぶりだもんね。俺も早く来られて嬉しい」
「ん。っていうか隆ちゃん、すっごい荷物」
「そう!お土産だよ。おやつとか、こっちはサラダとカレーでしょ?あとワインも買って来た!あとはねぇ、」
「まだ、出てくんの?」
「ふふ、そうだよ。ね、これ開けてみて?」
くすくすと笑うイノちゃんに、紙袋から取り出したラッピングされた箱を渡す。
これ何?と問いかけてくるイノちゃんに、頷いて促す。
なんだろー?って、わくわくした顔のイノちゃんが包装紙を解いて、箱を開けて出てきたもの。
「 ペアカップ? 」
イノちゃんの手には、シンプルな白と青の2つのコーヒーカップ。
模様も無い、つるりとした綺麗な白と青。でも2つ並べると、うまく寄り添うようにフィットするデザインで。
イノちゃんの部屋を訪れるようになって、お互い好んで飲む物が違うから、
気にしつつも、ペアカップは置いていなかった。元々あるものでも別にいいかって思っていた。
でも帰りに寄った雑貨屋で、これを見つけて。
欲しいな、と思った。
2つ寄り添うようなコーヒーカップが、なかなか思うように会えない自分達を、勇気づけてくれるような。
そんな気がして。
じーっと手の中のカップを凝視して、何も言わないイノちゃん。
そしてここで、ハッとする。
( 俺もしかして…ものすごく恥ずかしいことをしたかも)
(俺とイノちゃんだよ!同じバンドで!メンバーで!そりゃあ、今更な関係だけど、こんな、いかにも恋人同士みたいな…)
(恥ずかしいっ、この贈り物は、ちょっと間違ったかも。ひとりで家で使ったほうが良かったかなぁ…)
ひとり短時間で、あれこれ後悔やら反省やらの波にのまれていたら、突然ぐんっと腕の中に引き込まれていた。
「…ぁ、」
ぎゅうっとイノちゃんに抱きしめられて、耳元で掠れた声が聞こえる。
「隆ちゃん、ありがとう。嬉しい」
「え。ホ、ホントに!?」
「うん」
「ホントの、本当?」
「当たり前じゃんっ」
「…良かった、俺、失敗したかなって思った」
「失敗?なんで?」
「だって、なんか良く冷静に考えたら、恥ずかしいし…」
「んなことない」
「…本当に恋人同士みたいだし」
言って、またハッとする。
そろ、っと見上げると、ちょっと悲しそうな表現とぶつかった。
「恋人同士だろ?」
「うんっ。ご…ごめん。ちょっと言い方、間違った、かも…」
「隆ちゃんのこと、ホントに好きだよ?」
「俺だって、イノちゃんが大好きだよ」
「じゃあ、いいじゃん。俺ホントに嬉しかったよ?一緒に使えるじゃん」
「…うん。 良かった、喜んでもらえて」
思いつめていた緊張がゆるんで、思わず笑みがこぼれる。
止まらなくて、イノちゃんの腕の中で気持ちに任せて笑っていたら、イノちゃんにもう一度抱きしめられて、そのままソファーに押し倒された。
「りゅう、」
「い、・・・のっ」
唇を掠めるみたいな触れるキスから、次第に深いものに。
舌先で口内をくすぐられて、直ぐに夢中になる。
イノちゃんのキスが、大好きだ。
「…ぁ、んんっ…」
「ーーーーー可愛い」
イノちゃんの指と唇が触れてきて、優しい切羽詰まった声で名前を呼ばれて、もう何も考えられなくなる。
気持ちよくて、愛おしくて。
「ン…んっ…」
「っ…隆ちゃん好きだよ」
俺も好きって言おうとした言葉は、言葉にならない。
言えない代わりにイノちゃんの首筋に腕を絡めて、もっともっと、キスを強請った。
朦朧とする意識の端に、テーブルに並んだ2つのコーヒーカップ。
今の自分達みたいに寄り添って。
あとで一緒に、コーヒーと紅茶を飲もうね。
◾️◾️INO◾️
気付くともう、外は夕方の気配。
2人で会うのは久しぶりだったからか。
(…いや、久しぶりじゃなくてもそうか。)
たくさん、隆ちゃんと抱き合った。
かわいくて、あたたかくて、あまいこえ、いいにおい。
何度抱いたって、足りない。
ホントはもっともっと一緒にいたかったけど、ついに隆ちゃんが音をあげた。
「 喉…渇いた。……お腹も、空いた 」
裸のままソファーに横たわったまま、頬を染めて、とろんとした顔で見上げてくる。
「もう、夕飯の時間かな?」
隆ちゃんの髪を梳きながら言うと、うん。と小さく頷いた。
「シャワー浴びて、ご飯にしよっか」
すると隆ちゃんは、もう一度コクンと頷くと、俺に向かってふんわりと笑いかけた。
「早くあのカップ、使いたい」
「ーーーーー…。」
「……イノちゃんと…」
( なんなんだ…)
さっきから何とか抑えているけど、いちいちいちいち、かわいいと思う。
我慢はキツイ。
…でも喉も渇いて、腹も減ってるみたいだから。
「先に紅茶飲む?」
ニッと笑ってもう一度、髪を撫でる。
そうしたら、うんっ!と言って、本日一番の笑顔を、見せてくれた。
俺は幸せ者だ。
ソファーの上、2人で裸にタオルケットを巻いたまま、いれたての紅茶を飲む。
隆ちゃんは白のカップ。
俺は、青のカップ。
ゆらゆら揺れる湯気の向こうに、お互いの穏やかな優しい笑顔が見えて。
(あぁー…もう、ホントに。俺は幸せ者。)
会えない日も、棚の中の寄り添ったコーヒーカップを見て、君を想うよ。
end
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