短編集・2
〝イノちゃんお疲れ様。帰りに牛乳買ってきてください。小さいのでいいよ〟
「ーーーーー牛乳…?」
仕事終わりの片付けの最中。
ポケットの中のスマホが小さく揺れたから片付け傍ら画面を開く。
するとこのメッセージだ。
「…牛乳」
つい、呟いて。
二度目の声は側にいた葉山君にも聞こえたようだ。
「牛乳?ですか?」
「ぇ、あ…あぁ」
「ふふふ、隆一さんからですかね」
「はははっ、さすが」
ご名答。
言葉のカケラ、それを勘良く拾って隆の名前を出してくる葉山君はさすがだ。
隆マスター。
(スギゾーが言うにはイノ隆マスター…らしい)
まあ、そんな温かい葉山君の笑顔に見守られながら。
俺は鞄を閉めながら手早くメッセージを打つ。
ーーー今夜、なに?
するとすぐ、だ。
〝えっとね。今夜はシチューだよ、ホワイトシチュー!〟
ーーーいいね、久々かも
〝買い物に行ったら見つけてね。白くて可愛い春玉ねぎと黄緑色のアスパラ!だから〟
ーーーシチューってわけか
〝そう。でも牛乳わすれたの〟
ーーー了解、楽しみに帰る
〝ありがとう、お願いします〟
「ーーーーー」
隆の〝お願いします〟のあとに、少し考えてもうひと文。
トトト…。
ト。
送信。
「ーーー」
調理に戻ったのか、今回はすぐに既読にならない。
気づいてないかもな。
でも最後のは別にすぐでなくて構わないから、俺はスマホを閉じてポケットにしまう。
で、すっかり支度を終えて待っててくれる葉山君に向き直って、にこり。
「お待たせ、帰ろっか」
「はい」
今日は二人とも自分の車。地下駐車場に停めてるから葉山君とスタジオの階段を降りる。
一日を終えて腹が空いてる時間。
話題はさっきの隆とのやり取りへ。
「今夜は春野菜のホワイトシチューらしいよ」
「わぁ、いいですねぇ!愛情の夕飯って感じです」
「ね。隆お手製の」
「ーーーどうするんですか?イノランさん」
「?…何が」
「帰った途端究極の選択迫られたら」
「選択?」
「おかえりなさい!お風呂にする?シチュー食べる?ーーーそれとも、俺を食べる?…とか」
「っ…⁉︎」
「言われたらどうするんですか?」
ーーーーーうん、葉山君。やっぱ、さすが。
「ーーーーー迷うまでもないね」
「そうですよね」
「そうだよ」
何をおいても、俺が選ぶのは隆だ。
例え君が作ってくれたご馳走が並んでいたとしても。
じゃあイノランさんお疲れ様でした!
隆一さんをたっぷり味わってくださいね。
ーーーそんな言葉を爽やかに言いながら葉山君は車に乗り込んで。
おやすみなさい、と手を振って彼は先にスタジオを後にした。
「ーーーーーさらりとすげぇ事言うよなぁ」
…葉山君があんなこと言うからなんだか胸の中が落ち着かない。
早く隆の元に帰りたくてソワソワしてる感じだ。
「…って、でも買い物してかないと」
ご所望の牛乳を。
それが無ければ仕上げができないんだろうから。
君の作ってくれる愛情たっぷりのホワイトシチュー。
牛乳だけならコンビニでいいかなと、家に近いいつもの店に寄る事にする。
そうだ、美味い夕飯を用意してくれる君に土産も買おう。
何がいいかな。
夕飯がシチューなら、デザートはサッパリしたものがいいかな。
…なんて、そうこう考えてる内にコンビニ到着。
450mlの牛乳パックと、それから。
「あ、これいいかも」
隆にデザート。
キウイとオレンジがのったキラキラしたゼリー。これにしよう。
それと俺のアイスコーヒーをカゴに入れて会計へ。
さ、急ごう。
隆が待ってる。
「ーーーーー」
シチュー。
ホワイトシチュー。
春野菜をたっぷり入れて。
そう、シチューっていうと、俺は思い出す。
シチューのCMって好きだ。
あったかいイメージだから冬のCMって感じがするけど、ああいう感じ。
コトコト鍋をかき回す隆。
微笑みながらテーブルに運んで。
俺の前で、いただきますって手を合わせる隆とか。
隆と二人で過ごす様になって、そんなCMみたいな場面を何度も迎えてきたけれど。
その瞬間に立ち会う度に、ああ…俺は世界一幸せな奴だって思うんだ。
「ただいまー!隆ちゃんお待たせ」
玄関には柔らかい匂い。
美味そう。
すると奥からぱたぱた足音が聞こえて、赤いエプロン姿の隆が出迎えてくれた。
「おかえりなさい!」
ただいま、おかえりなさいの抱擁とキスはもう習慣。
両手を広げると隆は照れくさそうにしながらも俺の腕に捕まってくれて。
唇は触れ合って、すぐに絡んで止まらなくなる…(事が多い…)
「…っ…ん、」
「ーーーりゅ…ぅ」
「…ふ…ぁ…っ…」
隆の唇を味わいながら、葉山君の言葉を思い出す。
でも今の隆はまずはシチューの仕上げだよな…何て、少し物足りなく感じながらキスを解こうとしたら…だ。
「ーーーーーぁ、イノちゃん…先にお風呂はいる?」
「ん?」
「ーーーシチュー…食べる?」
「そうだな、せっかくのシチュー。牛乳買ってきたよ」
「っ…ありがとう」
「楽しみにしてた」
「うん!ーーーぁ、でも…」
「ん?」
赤いエプロンの裾を指先を弄って、隆は少し俯いて何か言いた気だ。
その仕草に俺は思わず魅入ってしまって。
牛乳もデザートもアイスコーヒーもサッサと冷やさないと、っていうことも頭から抜け落ちて。
「ーーーーーー先…に、」
「ーーー」
「ーーー俺…に、する?」
理性なんてぶっ飛んだ。
くつくつくつくつ。
「美味い」
「ちょっと余熱で煮込み過ぎたかな。玉ねぎ溶けちゃったね」
「それも美味いよ。トロトロで」
「そ?だったらよかった」
「焦げてないし」
「イノちゃんのお出迎えの時は火は消してたもの」
ーーーそれってさ。
「隆はさ」
「ぇ、?」
「風呂よりもシチューよりも」
「?」
「ーーー早く欲しかったんだ?」
「ーーーーーーっ…」
「して…欲しかった?」
「っ…!」
「隆」
「ーーーーーだ…っ、て」
真っ赤にした顔をパッと上げた反動で、脱がせてぐしゃぐしゃにしたばかりのエプロンの肩紐がぱらりと隆の肩から落ちた。
そんなの見たら堪らない。
「だって?」
「っ…だって…イノちゃん、」
「?」
「ーーーーーーメッセージ…」
あ。
「あの後…くれた、でしょ?」
そうだ。
帰りがけのひとつのメッセージ。
隆、見てくれたんだ。
「あれ見たら…」
「ーーー」
「俺も…って、思うもの」
〝愛してる〟
潤んだ目で見つめる隆。
可愛くて、もっと触れたい。
さっきのだけじゃ足りない。
夜の時間はまだまだたっぷりある。
「シチューのお代わり頂いて」
「っ…ぅ、うん!いいよ」
「作ってくれたからオレが後片付けするよ。その後風呂入ってさ」
「うん」
「そしたら隆、セックスの続きしよう」
「ーーーーーぁ…」
空のスープボウルを持った隆の腰を引き寄せて、あったかい身体を抱きしめる。
エプロンに染み込んだふわりと香る甘い匂い。春野菜と、ミルクの匂いと。
隆の。
「寝落ちるまでしようか」
「イノっ…」
「な?」
二人だけの時間を過ごそう。
end
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