短編集・2













〝どれがいい?〟







髪が長かった頃の君の写真を見ていたせいか、ふと思い出した。
遠い昔の日々の中で。
俺は君にそう言った事がある。
パッと顔を上げて目を丸くした君は、次第にはにかんだ表情で。
ーーーあの時は…なんだったかな。
昔過ぎて忘れてしまったけれど。
〝好きなの〟を指差した君は、淑やかに微笑んだんだ。













◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎













「ーーーーー」









ぱら…

…ぱら……




「ーーーーーーー…」




ぱら…。







「ーーーーーーーはぁ…。」













「イーノランちゃん!」


ぽんっ!


「わっ⁉︎」

「あ。」

「っ…びっ…くり……した」

「あははは、ごめんごめん」

「真ちゃんか」

「驚かせちゃった」



てへ♡って、真ちゃんは洋菓子店の◯コちゃんみたいに愛嬌たっぷりに笑って見せて。
それから、ねぇねぇって。




「イノランは何見てたわけ?」

「ん?」

「なんだかため息も吐かれていたようで」

「なんだよ。ずっと見てたんだ?」

「俺がここに来てもイノラン気が付かないし」

「あぁ〜…それは俺の方こそごめんね」




がたん。と、俺の向かいの椅子に腰掛けながら、真ちゃんは気にしてないよ〜ってまた笑って。
それから俺の手元に視線を向けて、俺がいま見ていたものを。
ちょっと意外そうに指差した。




「パンフレット?俺らの?」

「ん。…まぁね」

「ーーーまたずいぶんたくさん持ち込んだなぁ…。最新から年代物まで」

「歴史感じるでしょ?」



積み上げた大判の一冊を真ちゃんは持ち上げて。
俺と同じようにぱらぱらとページを捲る。

俺が広げて眺めていたもの。
それはバンドのツアーグッズ。
撮り下ろしフォトが満載のパンフレット。
俺たち五人の歩んできた証だ。




「ーーーこうして積み上がると感慨深いね。これだけツアーもやってきたってことだもんなぁ」

「ね。ひと言で言ったらすぐだけど、すごい軌跡だと思うよ」

「ほんとに。ーーーそれに…この最初の頃なんて皆んな尖りまくってんなぁ!わはははっ」

「眼光はねぇ、確実に昔の方が鋭いな。ぎらぎらした感じとかね。お前ら俺を見ろっ!!!みたいな」

「そうそう!寄るな!触んな!近付くな!みたいなね。睨み付けてたもんなぁ。…それが今の俺らは熟成をはじめたチーズやワインみたいな…」

「ははっ、大人な…ね?」

「まろやかな貫禄とかね」

「色気とかな」

「そうそう!丸くなったよねぇ」



顔を見合わせてにやり。
バンドの雰囲気もそうだし、あの頃と人物は同じなのに随分変わったなって互いに思う。
色んな経験をして、良い変化を。
でも面影や本質はあの頃のまま。
音楽が好きって、変わらない。それがくすぐったくて、愛おしい。
それを感じたくて、俺は時折昔を見返したりする。








ぱら…




「ーーーーーーーー」

「ははは!俺もこんなカッコしてドラム叩いてたんだなぁ」

「ーーーーー」

「懐かしいねぇ」

「ーーーーーね」

「ん?」

「真ちゃん」

「なんだぁ?」

「ーーーあのさ、聞いてくれる?」

「イノランちゃんの話?」

「そう」

「お、なになに。なんか悩み?」

「悩みじゃなくてね。俺のノロケ話」

「のろ…。わはははっ、もちろん!イノランの惚気話っつったら隆ちゃん絡みだな?」

「さすが。よくわかってらっしゃる」

「いいよー!なんでも聞くよー」




開いていたパンフレットをパタン!と閉じて。
さあ、お話どうぞ!って目で真ちゃんは俺をじっと見る。

…ちょっと、そんな期待されたら照れるじゃないか。
真ちゃんの視線がキラキラしてて、照れくさくって。
俺は誤魔化すために目線を下へ。
パンフレットに載る、黒髪の彼へと。



俺の大切なひと、隆を。







「ーーーーー俺ね」

「うん」



気付いた時には、そうだった。




「ーーー隆のことがすげぇ好きでさ」

「!」

「あ、もちろん真ちゃんのことだって大好きだからね?」

「ははは!ありがとー」

「…うん」

「イノランが隆ちゃんを大好きだってことなんか皆んな知ってるって」

「そっか…。ちょっと恥ずかしいな」

「ははは!」

「ーーーまぁ、でね」

「うんうん」

「ーーーーー果てがねぇな…って」

「ーーー果て?」

「隆のこと、好きって。気持ちの果て」

「!」

「ーーー俺の前で微笑んで、泣いて、怒って、いじけて照れて…そうゆうの見てると、そう思う」




堪らなく愛おしくなって、苦しくなるよ。


































「りゅーう」

「ん?ぁ、イノちゃん」

「終わった?」

「うん!もう出られるよ」

「そっか、じゃあ」



お待たせって言いながら。
隆は荷物を詰めていた鞄を持ち上げると、戸口で声掛けた俺の元まで駆け寄った。



「帰ろ」

「ん」


スタジオを出るのは俺らが最後。
出掛けにもう一度くるりと部屋を見渡してから退出。
他に誰もいないスタジオ内は静かだ。
隆と二人で通路を歩くと懐かしい放課後の音楽室を思い出す。
壁に貼ってある音楽家の肖像画が笑うとか、ピアノが勝手に鳴り出すとか。
そーゆうのもあったよなぁ…って、ひとりでくっくっと笑ったら。



「…イノちゃんなぁに?」


なに笑ってんの?って、隆が訝しげに覗き込んだ。
なんてことないよ。
ちょっとした事も隆と一緒だから楽しいんだ。
ーーーと。そんな意味を込めて隆の手を繋いだら、隆ははにかんで手を握り返してくれた。





外へ出た途端に吹き抜けた風。
その冷たさに思わずぎゅっと身を竦ませた。



「…ぅあ…寒…」

「今日は特別冷え込むな」

「真冬の気温って予報で言ってたね」

「早く帰ろう」

「ん、」

「ーーー飯どうしようか。どこか寄って食べて帰ってもいいし…」

「そ…だね。ーーーーーでも、」

「ん?」

「買って家で食べない?なんか早く帰って部屋であったまりたいかも」

「いいよ、そうしようか。ーーーじゃあ…あの辺の店で」

「うん」



そんな会話をしている間も冷たい空気は容赦ない。止まっていると思わず足踏みしてしまう。
あったかそうな光に誘われて、目の前の手頃な店でテイクアウトでいくつか買って。
寒さを紛らわすために他愛無い話を交わして。その流れのなかで。




「そういえば今日ね、真ちゃんと話してて」

「ぅん?」

「隆の話になってね」

「ええー?どんな?」

「…どんなだと思う?」

「ーーー…俺の噂とか?…あっ!! 恥ずかしい話とかじゃないよね?」

「恥ずかしい?」

「ぅ…ん」

「なに。それってどんな?逆に教えてよ」

「え。…ぅ…。ーーーいい。やっぱいい」

「なんだよ、言えよ」

「っ…もぅ!意地悪」

「俺は意地悪だよ。知ってんだろ?」



…我ながらマジで意地悪いと思うけど。
時折こうして隆に絡むのは好きだったりする。…やり過ぎると不機嫌になったり泣き出したりするから程々に…なんだけど。
好きな子ほど意地悪したいって心境なんだ。
そんなだから、今もちょっとしつこく問いかけていると。

観念した?



「ーーーイ…っ、」

「ん?」

「…イノちゃん…と…えっち…の…最中…の……コト…とか、」

「!」

「ーーーそーゆうのの…お話しじゃ…ない…よね?」

「!!」

「…真ちゃんに言ってない…よね?」

「〜〜〜っ…」

「ね⁉︎」

「〜〜〜…あのさ…」

「ん、」

「俺が嫌だから!言うわけないだろ?だってそんな、」

「?」

「俺しか知らない隆の話なんて」

「っ…」

「言うわけない」

「ーーーっ…ぅ、うん」



そうだよ。
俺しか知らない隆のコト全部。
俺にとっては宝物みたいなものなんだから。

誰にも見せたくない、大事なものだ。









〝どれがいい?〟





「…あ、」


そうだ。
あの想い出だって、俺には大事。
隆と俺しか知らない記憶。
真ちゃんと話していたお陰でひょっこり覗かせた懐かしい記憶は、まるで今の俺らを予感していたみたいに思えて。



「ーーーりゅ、」


呼び掛けようとした時だ。




ぴたりと足を止めた隆。
そしてじっと、ある一点を見てる。
歩いていた歩道沿いの、明るい光が道を照らす店。

だから俺も、そっと隆の視線を辿ってその先にあるものを探す。


ーーーあ。










「あれ欲しい?」

「え、?」

「あれ。ーーーあそこの…欲しい?」

「ーーーぁ、」



ちょっとびっくりした顔で振り返る隆。
俺はたった今隆がじっと見つめていた方向を指差して、足が止まってしまった隆の手を引いてそっちの方へ。
店舗が連なる道沿いの小さなスーパーマーケット。
仕事帰りらしい人たちが多く目立つその店の出入口の横。
そこに数台の…ガチャガチャの機械。





「イノちゃん…」

「これ?…こん中のどれが気になってたんだ?」

「ーーーなんで」

「わかるって?」

「…ぅ、うん」

「隆の視線辿ったらわかるさ」

「!」

「ーーーそれに。ーーー隆は覚えてるかどうかわかんないけど、昔さ」

「え、?」

「ずっと昔、まだデビューしたてって頃に」

「ーーー」

「おんなじ様な事あったの、覚えてるか?」

「ーーーーー……ぁ」







デビューしたばかり。
次々こなしていかないとならない仕事にまだ慣れなくて。
一日が終わる頃には体力以上に精神的にくたくたになっていたあの頃。
デビューしたといっても金銭的にも大きな余裕があるとは言えない頃。

スタジオの帰り道。
俺はあの時も隆と一緒に歩いていて。
ぐうぐう鳴る腹を苦笑と共に抑えつつ、早く帰って飯食おうとか、それより先に風呂入りてぇ、とか。
他愛無い話で笑って、その道すがら…だ。
隆はピタリと、会話と足を止めて。
じっと、ある一点を凝視した。
隆が見つめていたのは、小さな個人経営っぽい商店の外にある一台のガチャの機械。
ーーー値段はまぁ、あの当時は1回100円で。(今は100円のガチャの方が珍しくない?)
中身はなんだったか忘れたけど、とにかく隆はそれをじっと見つめていたんだ。








「ーーーーー覚えてる」

「!ーーーーーマジ?」

「うん、忘れてないよ?イノちゃんあの時100円入れてくれて、隆やっていいよって」

「ーーー俺すげぇ優しいじゃん」

「そうだよ。イノちゃんはあの頃から優しかった」

「隆にだけじゃない?隆のことずっと好きだったから」

「ふふふっ」

「で、欲しいのは出たんだっけ?」

「ん、出なかった」

「ええ?」

「カプセルいっぱい入ってたんだけど、欲しいのじゃなかったの」

「…そっか」

「ーーーでもそれはね。俺がやったから出なかったんだよ」

「え?」

「イノちゃんがやってたら、きっと出てたんじゃないかって思うし…」

「ーーー」

「出なくても、きっとそれで満足してたと思うんだ」


100円入れてくれたのに我儘でごめんねって、長い時を経て隆は済まなそうに苦笑して。
そしていま目の前にある一台を指差した。




「ーーーこれ、欲しい…」

「ん?」

「…これ、あの時のに似てる」

「ーーーーー」




隆が指差したのはアクセサリーのガチャ。
キーホルダーやペンダントと共に並ぶ中で隆が指すのおもちゃの指輪だ。



「…これ」

「ーーーえ、じゃああの時も…」

「指輪。おもちゃのだってわかってるし子供っぽいかもだけど…欲しかったの」

「ーーーーー」



指輪。
おもちゃの指輪。
それが欲しかったという当時と、今の隆。
俺の隣ではにかむ隆が、今と昔と重なるようで。




「いいよ」

「!」

「隆が欲しいもの、今度は俺が」

「イノちゃん、」



コインを入れる。
あの時100円を入れた時と確かに同じ、好きな子にプレゼントしてあげたいって気持ちで。



「よし、指輪な」

「っ…ん、うん」

「ん」



ガチャリ。
さあ、どうだ。

















あのあと、寒い寒い言いながら部屋に帰り着いて。買ってきた夕飯をローテーブルに置いて、だんだんと暖まり始めるリビングで。
さっき出したカプセルを隆の手に乗せてやると、まだ中身も見てないのに溢れそうな微笑みを見せてくれた隆。
そんなん見せられたら、もっと優しくしてあげたくて。



「貸して」

「あ」

「開けてあげる」



Jあたりに見られたら呆れられそうなやり取りを繰り広げながら。
隆の期待に満ちた眼差しを受けつつ、ぐっとカプセルに力を込める。



ぱかっ。



「お、開いた。ほら、隆ちゃん」

「わぁ!ありがとう」

「ーーーーー何が出た?」

「ん…とね、」




隆の欲しいもの、出たらいいな。
だって隆も、あの昔の想い出をずっと仕舞っていてくれたんだから。
俺たちしか知らない小さな想い出の続きを、今日までとっておいてくれたんだから。



「ーーーぁ、」

「!」

「すごい…イノちゃん、」



ほら!って、手のひらを広げて見せてくれたもの。
チープな輝きの小さな輪っか。
サイズ調節出来るように交差されてる銀色のそれ。
でも隆にとってはずっと欲しかったものなんだろう。
すげぇ嬉しそうに微笑んで、イノちゃんありがとう!って、何度も言って。



「嬉しい。イノちゃんが覚えててくれたことも、これを当ててくれたことも」


指先で持って、部屋の明かりに照らして。
頬っぺたなんか、ばら色で。
ーーーそんな姿見せられたらさ。



「っ…」

「誰にも内緒」

「ぁ…」

「隆と俺の」



隆の手から指輪を取ると、左手。
好きなひとに指輪をはめてあげるなら、こうするしかない。
隆の薬指にそっと入れてやる。
サイズ調節機能付き(大袈裟?)も良いもんだ。隆の指にぴたりとちょうど良い。



「こんな小さなことで笑ってくれる隆がめちゃくちゃ可愛い」

「っ…!」

「ずっと昔から」

「ーーーイノ…」

「隆、好きだよ」




君を好きだと伝える方法は…もっとあるのかな。
曲に込めて、言葉に込めて。
君の側で、君に触れて、同じ時間を共に過ごす。
今の俺には、これくらいしか思いつかないけれど。



「ーーーーーイノちゃん、」

「ーーーりゅう」

「ーーーーーーーー……俺も、すき」



「ーーーーーっ…隆…」



溢れ過ぎる想いにもどかしさを感じることもあるけれど。
でも。

照れた顔を俯くことで隠して。
潤んだ声で俺を呼んで。
両手を絡ませて、そっと重ねてくれる唇。
今まで何度も交わしてきたキスは気持ちよくて、夢中になって。




とさ…




隆をラグの上に押し倒したら、止まらない。
服越しに触ると、隆は早々に甘い声を溢した。


「ーーーっ…ん…」

「いい声」

「……っ………ぁ…」

「飯どころじゃないな」


って、急く気持ちを隠さないで言ったら。
隆は一瞬目を丸くして、それからくすくす笑って、こう言った。





「ーーーーー俺をたべて」







end




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