紫陽花のブーケ (四角な空と、ローズガーデン…ある日の話)










この仕事は自分に合っていると思っていたけれど。

この店を訪れて、花を見て買ってくれて。
花を買いに来てくれたエピソードなんかをほっこりと聞きながら。
ありがとう!綺麗ですねと言われる度に、嬉しいという気持ちは生まれていたけれど。



初めてだった。


わくわくして、どきどきして。
こんなに心躍りながら花束を作るのは。













◻︎◻︎◻︎紫陽花のブーケ◻︎◻︎◻︎ ◻︎ ◻︎

〈四角な空と、ローズガーデン…ある日の話〉







隆一のフラワーショップ〝CANON〟に並べる植物達は、毎早朝に訪れる市場で隆一が自ら選び抜く。
その季節のもの、定番のもの、それからその時々で隆一がテーマを決めて集め抜くもの、客からの依頼に合わせて選ぶものなど様々だ。
市場に行くのはもう慣れたもの。
今朝仕入れる予定の植物を頭の中で思い描きながらも、隆一は今朝の自分が…
…いつもよりも足運びが軽やかだと自覚していた。





「今朝はいっぱい買っちゃった」



市場の駐車場に停めた、仕入れ兼配達用の小さな自家用ワゴン車に植物を運び入れながら隆一は独り言。
後部座席に所狭しと並ぶのは買い求めたばかりの花やグリーン。
隆一の店に欠かせない艶消しのグリーン達。オリーブの葉や矢車草の葉。もくもくふんわりしたスモークツリー。定番のカスミ草は通常のものより花が大きめのものを選ぶ。
それからこちらも定番のバラの花は、今朝は落ち着いたオレンジカラーを購入。
ーーーそれから…

色とりどりの車内の片隅に視線を向けた隆一は、ふふっ…とひとり微笑んだ。












「おはようございます」



隆一が店に帰り着いて、仕入れたばかりの植物達の手入れを始めていた矢先。
開店前の〝CANON〟のドアを叩く者がいた。
その者は勝手知ったる様子でドアを開くと、抱えるほどの荷物を持って隆一に挨拶をした。




「隆一さん」

「おはよう!葉山っち」



隆一に挨拶した者。
彼は葉山といった。
緩やかなホワイトゴールドの髪と、それに似合うほんのりした微笑み。
長身の彼が、天井から釣り下がる蔓植物をひょいと姿勢を低くして躱す様は愛嬌があった。



「ご注文の資材持って来ましたよ」

「ありがとう!」


手渡したのはラッピング資材、生花用のスポンジブロックやら固定用のワイヤーの束など。
葉山は資材の卸しや国内外のアーティストものの花器の買い付けをする傍ら、ひとりで店をまわしている隆一の店の手伝いをする事もあった。

納品書にサインを書き込む隆一を眺めながら、葉山は作業台回りに置かれた植物に目を留めた。
  
ーーー白い…白い紫陽花。
それが一本だけ、傍らのフラワーベースに挿さっている。
店頭で販売するには数が少ないなと葉山は思った。

暦の上ではまだ少し時期の早いその花は、温室で育てられればこの時期でも花を咲かせることは葉山も知っているけれど。
この時は何故だか気になって隆一に訊ねてみた。




「紫陽花ですね、白い紫陽花は僕も好きですよ」

「ぇ?…あぁ、これね?」

「一本だけって、客注ですか?」

「ん…。ーーーっていうかね、」




伝票を葉山に差し出しながら、隆一もその紫陽花に視線を向ける。
ーーーどこか…恥ずかしそうに。








「花束を作って、プレゼントしたいひとがいるの」













❄︎ ❄︎ ❄︎ ❄︎ ❄︎ ❄︎ ❄︎ ❄︎ ❄︎







都内のとあるステージで、イノランは数時間後に控えたライブのリハーサルに励んでいた。
自身のアコースティックライブの初日。
ピアノと弦楽器と歌で作り上げるこのステージは、イノランにとっては特別なステージだった。






「イノランさんお疲れ様です」



通しリハも無事終えて、小休憩と。アンプに置いていたミネラルウォーターで喉を潤して。
未だ無人の客席に、今日の記念!とばかりにスマホのカメラを向けていると。
今日のメンバー、音楽でのパートナー。ピアニストのHAYAMAがイノランの方へにこにこと寄って来た。




「HAYAMA君もお疲れ様!」

「いえいえ、僕はまた…」

「ん?」

「お疲れどころか、楽しみで元気いっぱいですよ」

「!」

「心を込めてピアノを弾かせていただきます」




一歩引くような控えめさをもって、自分の想いを開けっ広げに語る事もあまりない彼が。
こんなふうに今の気持ちをストレートに伝えてくれる事がイノランには嬉しかった。
来てくれるひとたちは勿論、共にステージにのる彼に喜んでもらえたらそれは大いに嬉しい事。
心地良い空間にしたいなぁ…という想いも湧いてくる。


すると感慨に浸っているイノランに、HAYAMAがステージ袖の方を指差して言った。





「お客様がいらしているそうですよ」


たった今スタッフから聞きました、と。
HAYAMAはまたにこやかに微笑む。







「ーーーお客さん?」


今日は誰か訪ねてくる予定だったろうか?
誰だろう…と、イノランは呟いた。








to be continued






.



1/2ページ
スキ