短編集・2
長い期間を経て、無事ツアーファイナルを終えることができた俺たち。
終えて間もなくは、しばらく興奮冷めやらぬ日々を送ったけれど。
その時期も過ぎて、今はゆったりと、身体も気持ちも落ち着いた感じだ。
冬の晴れ日。
カラッとした、寒さ堪えるいい天気。
いつもより早めの朝食の後、車を洗った。
今日はギターじゃなくて、車ケア用のあれこれをバケツに突っ込んで、ホースを抱えて駐車場に向かう。
ホースの先を蛇口に繋いで。
寒いけど腕まくりして。
ここまで準備すると、楽しくなってくる。
「久しぶりだな~」
愛車をこうしてゆっくり綺麗にしてやるの。
忙しいと、つい洗車はプロにお願いしてしまう事も多いけど。それももちろん、バッチリ綺麗になるから大歓迎なんだけど。
やっぱりこうして、自分の手で ケアをするのは良い。
車と向き合う時間がいいんだよな。
外装を洗剤で洗って、水で流して。
ワックスをかける前に乾かす時間。
今日は天気も良くて乾燥してるからすぐに乾きそうだ。
その間に内装掃除 。
ハンディータイプの掃除機で丹念に掃除。
拭けるところは入念に。
仕上げに、先日良いなって思って購入したミニクッションとブランケットを置く。
自分で運転してる間はそんなの使わないだろ…って?
これはさ。
お姫様専用って事で…。わかるよな?
思わずニヤけそうになる口元をぎゅっと戒めて。
そろそろ外装も乾いただろう。
ワックスをかけて…その後は。
「迎えに行きますか」
こっちも久々。
デートなんだ。
「わぁ!ぴかぴかだね。車洗ったんだ!」
昼前にお姫様…隆を迎えに行って。
俺の洗いたての車を見た途端、隆は歓声をあげてくれた。
ぴかぴか!ツヤツヤ!窓ガラスも超クリア!
ーーーこんなに言ってくれるなんて、洗った甲斐があるよ。
気を良くした俺は、助手席のドアを恭しく開ける。
「どうぞ」
「イノちゃん…」
恥ずかしいよ。ちょっと照れる。
なんてはにかむ隆。
それでも俺のノリに付き合ってくれて、隆は隆の指定席におさまった。
「どこ行く?」
「せっかく久しぶりにのんびりオフだから、何か希望ある?」
「んー…。俺はイノちゃんとならどこでも良いんだけど…」
「それを言ったら、俺もそうだよ。隆とならどこでも」
「ーーーで、いっつも海になるんだよね?」
「ハハッ、そうそう。ーーーでも、海でもいいよ?最近忙しくて行けてなかったし」
「でもせっかく洗車したのに…」
「別に気にすんなって。そしたらまた綺麗に洗ってやればいい」
「ーーーうん」
「行こっか」
「っ…うん!」
……………………………
いつも行く海岸の側のコンビニに寄って、ちょっとだけ買い物。
熱々の缶コーヒーとミルクティーを持って、それから季節柄多い、バレンタインチョコのコーナーで隆は小さな箱に入ったチョコレートも取ってきた。
「…もう?」
「これはバレタインとしてじゃないもん。オヤツとして買うんだもん」
「…ああ、よく言う自分チョコってヤツ?」
「可愛いのとか珍しいの見ると味見したくなるよね!色んなの選べるのって、今の時期ならではのお楽しみじゃない?」
にこにこにこにこ。
チョコの箱を持って笑う隆ってどうだ?
それからついでに言うけど、今日の隆の格好もどうだ⁇
俺が隆に毎度毎度似合うって言ってる格好をしてくれている。今まで何度も何度も見てきたし伝えてきたけど、やっぱり似合うし可愛い。
オフホワイトのコート。マフラー。
コートの裾をひらりとさせて無邪気に動く様が大好きだ。
ふわふわのマフラーに黒髪を纏わせる様子が大好きだ。
(ーーー今日も夜までひとり我慢大会かなぁ…)
せっかくのふたりきり。
せっかくのデート。
可愛い隆を目の前にして我慢ばっかりする気は無いけど。
隆は隆で、外に出るとアクティブに遊びたがるから、隆のしたい事も尊重したい。
そうすると何となく、昼は隆主導。夜は俺主導ってパターンが多くなる。
「海に行ったら一緒に食べようね!(にっこり!)」
「ーーーああ」
ーーーすでにひとり我慢大会…始まってるっぽいけど…。
以下。
しばし隆のひとり喋り。
「カモメ。…二羽」
「漂着物。…あ、流木」
「…と、綺麗!水色のシーグラス」
「あのね、赤いのって珍しいんだって」
「見て見てイノちゃん!砂浜からなんかの芽が出てるよ」
「こんな波打ち際にさ。ーーー波に攫われないの⁇」
「カニ…の抜け殻だ」
「…ん?ーーーねぇねぇ、あそこら辺になんか見えない?なんか落ちてる?」
ちょっと見てくる!って、徐ろに隆ダッシュ。
そのなんか?の所で立ち止まってしゃがんでる。
見てる見てる。
「イノちゃーん!石ころだったー‼」
うん、そうか。何かわかって良かったな?
ーーーーーって…。
「りゅーう。もう、こっちおいで」
「えーっ⁇なぁに?」
「こっ・ち・お・い・で」
「いーやー」
「…」
お前な…。
海をじゅうぶんに堪能してくれてんのは嬉しいけどさ。
そろそろ興味を俺に向けてくれてもいいんじゃないか?
俺の手の平の中…お前が拾い集めた貝だの石だのでいっぱいなんですけど…。
ーーーまぁ、それはいいとして。
お前が来ないなら俺が行くよ。
「りゅーう!」
サクサクと砂を踏み締めて、隆の元へ。
利き手は依然、隆の収集物で塞がってるから、右手を彼の方へと伸ばす。
そっと、頬に触れる。
いつもと逆の手で。
寒さで赤くなった頬を撫でた。
「冷えてんじゃん」
「ふふっ」
「鼻の先も赤いよ」
「ーーー寒いもん」
「…なぁ、この手の中の色々。離していいか?」
「ん?俺が集めたもの?」
「そうだよ。どれも魅力的だけどさ、これだと俺の片手塞がったままだ」
「ーーーん…」
「隆のこと抱きしめらんない」
「っ…!」
「出来なくはないけど、ちゃんと両手で抱きしめたいし」
「っっ…‼」
「隆もその方が良いだろ?」
ここまで一気に言ってやると。
寒さだけではない頬っぺたの赤さ。
照れてんの。
すぐに頷かない頑固者。
彷徨う視線ですぐにわかるよ。
ーーーだから、とどめのひと押し。
「石ころか隆かって言われたら、そりゃ俺は隆を選ぶよ?隆は違うの?俺より石ころのがいい?」
「…っ…イノ!」
「ん、」
「イノラン、が、いい…よ」
ぱらぱらっと、砂の上に散らばった。
俺の手を離れた石ころ達。
そして俺の両手は、心地良く馴染む、隆の身体を抱き寄せた。
ザザ…ン…。
ザザ…ザー……
波音。
こんなにだだっ広い場所で、隆とふたりきり。
おんなじ広い場所なのに、あの日の、あのライブ会場とは全く違う。
つい数日前の事なのに。
なんだか、遠い日の事みたいだ。
「隆」
「ん?」
「だいぶ寒くなってきた。車に戻ろう?」
「ーーーうん」
めちゃくちゃ大変だった二年間のツアーが。
今はすごく、恋しいな。
「わぁ!さっき気付かなかった。新しいクッション?」
後部座席に置いておいた買ったばかりのミニクッション。
隆はそれを見つけると、早速ぎゅっと抱きしめて嬉しそうに笑った。
「隆に良いかと思ってさ。あと同じ模様のブランケットも」
「ふわふわ!俺の為に用意してくれたの?」
「今の時期は必須だろ?」
「うん!あったかい!イノちゃんありがとう!」
海から戻ってすぐは、まだ車内は冷蔵庫のよう。
走り出す前に少し中をあっためる。
暖房をやや強めにすると、隆は冷え切った指先を温風の吹き出し口に翳した。
「ハハッ、やっぱ冷えたんだろ」
「そりゃそうだよー。真冬なんだしさ」
「そのくせはしゃいでたけどな?」
「いいじゃない!だってこんな風に外に出るの、本当に久しぶりだったんだもん」
「ーーーまぁ、な?」
「無事に終わったって思うと、やっぱりちょっと羽目外しちゃう…」
「ーーー長いツアーだったもんなぁ…」
目を閉じる。
目を閉じるだけで、目の前に広がる。
だだっ広いふたりきりの海岸じゃなく、光と音が溢れる空間。
歓声は心の声。
それが満たされた広い空間。
足掻いて、じっと耐えて。時には焦ったり、苛立ったりの二年間のツアー。
それなのに今は、その一瞬一瞬が愛おしくて尊くてならない。
「ーーーイノちゃん…」
すぐ耳元で名前を呼ばれて。
俺はハッと目を開けた。
すると真横で微笑む、隆。
俺があげたブランケットを羽織って、クッションを抱きしめて。
俺を呼ぶ声は、融けそうに甘く。
その表情は、俺だけに見せてくれる可愛いもので。
隆の指先が、俺の髪に触れた。
「いつものイノちゃんだ」
「ん?」
「編まれた長い髪のイノちゃんは、しばらくバイバイだね?」
「ーーーああ、」
「ちょっと寂しい、ね?」
「隆…」
「早くまた会いたい」
ーーー早く、また。
あの光に、あの音に。
声無き声の、歓声の中に。
早く、早く、もう一度、もう一度…
まるで寄せては返す、波みたいにさ。
「ーーーーーっ…ふ…ぅ、」
「隆」
「んっ…ん…」
「ーーー泣くな」
隆の頬を伝う涙。
突然の涙。
ーーーいや。きっとずっと、心に燻ってた想い。
長いツアー期間に蓄えたたくさんの気持ちが。
無事に終えて、ホッとして。
安堵と、寂しさと、恋しさで。
隆の頬を濡らしたんだろうな。
「泣くな」
「ん…っ…」
ぎゅっと抱くクッションに、涙が吸い込まれていく。
俺は苦笑して、クッションを奪うと。
クッションに絡んでいた隆の両手を、俺に絡ませた。
泣いている隆を慰める方法なんて幾つも知らない。
ーーーけれど。
こうしてあげるのが一番良いって、知ってるんだ。
ちゅっ…。
「ん…」
隆の唇を啄む。
濡れた頬を手の平で包んでやると、隆はぎゅっと俺の首元に抱きついてきた。
角度を変える。
深く唇を重ね合わせると、俺の襟足で隆の手が震えた。
「ん…ン、ぁ」
「…は、」
「ーーーーーぁ、あ…っ…ん」
無意識に隆の服に手を突っ込んで、素肌をさらさらと撫でる。寒いだろうから、ここで脱がそうとは思わないけど。
服の下で、俺は柔らかく隆の敏感な部分を弄る。
硬くなった胸の先端の感触に堪らなくなって、服をたくし上げて舌で突くように舐めると。
隆は甲高い声で喘いでくれた。
「ふっ…ぁ…イノちゃっ…やだ…ぁ…」
「やなの?」
「違っ…そこ、ばっかり…」
「ん?」
「ーーーっ…も、イッちゃ…」
「イッちゃう?ーーーいいよ」
助手席のシートを倒すと、隆を横たえる。
苦しそうな程勃ち上がった隆自身を、俺は身体をずらすと口に含んだ。
「イノちゃんっ…ぃや…ぁ!」
「ーーーっ…いいから…」
「あ…あっぁ…あんっ…」
先端を舌で刺激して、片手で扱く。
そしてもう片手で隆の後孔を慣らしてやると。
濡れた音と隆の甘い声でくらくら目眩がする。
「ーーーあ…離し…っ…イノちゃん」
「ん、俺も…もう」
「ーーー早っ…欲し」
「挿れる…ぞ」
繋がると、あまりの気持ちよさに背筋が強張る。
目の前はクラクラ…
星が散るみたい。
煌めく光。
あのステージとリンクする。
隆の声も。
甘く蕩けて、あの日のよう。
「隆っ…りゅう、りゅ…っ…」
「ーーーっ…ぁん、んー…」
「…一緒…に…っ…」
ーーーこの先へ、進もうな。
「…あぅ、」
隆はブランケットをぎゅっと羽織って、顔を赤くして唇を噛んだ。
視線は下へ。
隆が座っている、助手席へ。
「気にすんなって。全然平気」
「うそ!だって…こんな」
「シートカバーだけだから、本当に平気」
「うぅ…。洗える…?」
「洗えるよ。だから平気なの」
「ーーーごめんなさい…イノちゃん」
「隆のなら全然」
「ばかぁ!」
ーーーまぁ、ちょっと汚しちゃったんだけど。
全然、気にすることないよ。
羽目外しちゃったかな。こんなのも久々で。
気が付くとあったかくなっていた車内。
そろそろ出発しようと、フロントガラスから外を見上げた。
すると、さっきのかな。
カモメが二羽、ずっと向こうへ飛んでった。
「ーーー長い夢を見てたみたいだ」
「え?」
「ツアー。あんまり色んな事があったから、尚更」
「現実に戻った感じ?」
「そうだな。超、幸せな夢だった。考え様によっては、ずっと繋がっていたんだもんな?メンバーとも、スタッフとも、ファンのみんなともーーー二年間、ずっと」
「まだまだ続くよ?」
「当然!」
「一緒に行こうね」
「一緒じゃなきゃダメだ」
「っ…うん」
「ーーーダメだからな?」
「うん!」
こくんと頷いた隆は、もう一度涙を零した。
それは寂しさじゃない。
さっき見た水色のシーグラスみたいな、嬉しい気持ちの混じった、綺麗な涙だった。
end
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