リュウ





◻︎◻︎INO







「痛みは?」

「いえ、大丈夫です」

「一週間は患部を清潔に。飲酒や過度な運動も避けて、入浴もシャワーぐらいがいいですよ」

「ーーー酒…ダメですかね」

「うまくアフタケアーして術後トラブル無くしたいならね。せめて数日は我慢してください」

「はい」

「軟膏も渡しておくのできちんと付けて過ごしてください」

「ありがとうございます」

「お疲れ様」















建物から一歩外へ出ると寒さが身に沁みた。
もう少し歩くと夕方頃から冬のイルミネーションが輝く街並みが広がる。

しかし寒いもんは寒い。
足元を吹き抜けていく冬の風はカラカラと枯れ葉を巻き上げて、今朝ほどから舞っている粉雪と共に空の向こうに見えなくなった。





「っ…寒、」



一瞬だけ。刺すような冷たさに包まれて、肩口のむず痒い痛みを忘れた。

そっと手をあてて、苦笑い。




ーーー肩口にチリチリと感じる感覚は、今の俺にとっては苦痛ではなくて。
上手く言えないけれど、君と初めて出会った時と似てる。
出会って、初めて視線を交わして、言葉を交わして。
小さなライブハウスのステージを降りた君が、ステージ上で歌っていた君とあまりにもギャップのある。
初対面なのに可愛いって、そう思ってしまった笑顔を見せてくれたあの時と。
ーーー俺の名前を、はにかみながら初めて呼んでくれたあの時と。

胸の内のむず痒い甘い感じと、肩口のむず痒い痛みも。

似ているんだ。






「ーーー酒…だめかぁ、」



仕方ないかぁ…。とか、ひとり呟いて。
でも、別に酒が飲めないってガックリしてるわけでも無い。
口がそう言いたいだけなのかもしれない。
その証拠に。
俺の足取りは軽い。
寒さに負けず、雪の結晶で飾られた街並みを歩く。
iPhoneに入れた時期はずれのクリスマスソングなんかを口ずさみながら。










今日、俺は。tattooを刻んだ。




うちのメンバーは彫ってる奴も多かったし、それ自体に特別抵抗もなかった。
ただ俺はそのきっかけが訪れていなかったから、別段やる必要も考えていなかった。

それがこうして踏み出した訳。
きっかけが訪れたって事なんだろう。




刻み付けたのは、君の名と同じシルシ。
君が存在する証と同じシルシ。
君を表す音と同じ響き。

そのものの意味とか、その行為の意味とか、其方の方がもしかしたら重要なのかもしれないけれど。
それももちろん考えたけれど。

でも。
もっともっと、俺にとって大事なものは。




脳裏に、瞳に、耳に、心に。
細胞に、感触に、嗅覚に、全て。
俺をカタチ造る俺の全てに。
君の証を、刻みたかった。

〝終幕〟を迎えた俺たちが。
俺が君の隣で。
ギターを奏でてきた確かな証。
君が俺の隣で。
歌声を響かせてくれた確かな証。
人生なんて何があるかわからないんだから。
この先もしも離れても、会えなくても。
君と出会えたことは。
忘れる事も無かった事にも、できるわけがないから。

ーーーあの日最初に君の爪が付けてくれた小さな傷痕があったところに。
いつまでもそこに〝君〟を残しておきたくて。
あの日の傷痕の上に、君を刻んだ。







「ーーー隆…」




















《 リュウ 》















終幕。
五人で大喧嘩して「てめぇらの顔なんざもう金輪際見たくねぇ!二度と俺の前に面見せんな!」…とかさ。
ぶっちゃけそんな感じの方がよっぽどキレが良くて後味サッパリしてんじゃない?って思う。
実際、ライブが終わって、ろくに言葉も交わさずに直ぐに海外へ渡ったメンバーもいるし、ライブ以降長い間声も聞かなかったメンバーもいる。
ガキのころから音楽に一直線で、妥協知らずの俺らの今回の別れ。
あの時の状況じゃ、この選択肢しか無かったんだと思う。…けど。




俺はと言うと、悲壮感はそれ程感じないものの。しばらくして襲ってきた虚無感。
ぼんやり、虚空があいた感じ。
失くして気付くってよく言うけど。…ホントだ。
終幕ライブからしばらくはどう過ごしてたのかよく覚えていない。
惰眠を貪っていたのかも。
忙し過ぎたからさ。今までが。

そんな中。
偶然にも久しぶりに顔を合わせたのは、隆だった。








「ーーーーー隆」

「ぇ、?ーーーあ…」




天気がカラリとした真冬日。
特に予定も無いし、ゆっくり買い物でもと繰り出した街中で。
目の前のドラッグストアの店内に進んでいく人物の横顔を、なんでか無意識に目で追った。
さらさらした黒髪が頬にかかって、肌白いなぁ…とか。巻いてる柔らかそうなオリーブグリーンのストールと白いダッフルコートがよく似合うな…とか。
つか、見たことあるなぁ…なんて、さらに進んでいく人物の背を追いかけて。

ここでようやく、ハッとした。


(見たことあるなぁ…じゃねぇだろ!)


それは見たことありまくり、よく知る人物だって気がついて。
俺は足早にその背を追いかけて店内に入って、その人物(彼)が立ち止まった壁面の棚の前で。
声をひそめて、彼の名を背後から呼んだ。





隆、って。
俺の声掛けにびっくりしたみたいに振り向いたのは隆一だ。
隆の名を呼んだのは久しぶりで。
ーーーや、日数的には終幕ライブからさほど経ってはいないけれど。
今まで当たり前に一緒にいた俺たちだから、こんな日数でも長く感じるんだと思う。




「ーーーイノちゃん…」

「すごい偶然。こんなとこで会うなんてさ」

「ーーーっ…ぅ、ん」

「隆、元気?ーーーあれから何も連絡できなくて、どうしてるかなって思ってた」

「ぁ…俺は、ヘイキ」

「そっか」

「うん。ーーーイノちゃんは?」

「俺?ーーー俺は、まぁ。久々にゆっくりしてるよ。惰眠貪ってる感じ」

「ふふっ、イノちゃんらしいね」



店内だから、多分隆も声を抑えて笑ったんだろう。
首を少しだけ傾げて、くすくすと屈託なく微笑む隆。
無邪気とか、明るさとか、朗らかさとか。
そんな言葉がよく似合う。

こうゆうところは、昔から変わらない。
インディーズの頃からも、メジャーになっても。そして今も。ステージを降りた隆はいつもこんなふうに笑ってくれる。

俺はこんな隆が好きだった。


ーーーで。
隆のことが好きだし、久々に会えて嬉しいし…で、危うく見逃しそうだったけど。
俺は見逃さなかった。
隆の頬が…




「ーーーーー隆?」

「ん?」

「ちょっと、いい?」

「っ…⁈……ぁ、」

「デコ」




こつん。



隆の後頭部を引き寄せて、額同士を合わせる。
すると、ふんわり。
側で感じる隆の匂い。
懐かしくて、好きな匂いで、じん…と胸が熱くなる。
そして俺よりちょっとばかり高い体温。
それは今までもそうだったけれど。

ーーーしかしこれは…
俺の額が拾う隆の今の体温は。





「ーーー熱、あるんじゃないか?」

「っ…」

「…図星だろ」

「ーーーぅ…」

「それでドラッグストアに風邪薬買いに来たんだ?」

「…そ…だね」



隠せると思ってたのか、バツが悪そうに視線を泳がせる。
隠す必要も悪く思う必要も何も無いのに。
心配かけるとか思ったのかもなぁ…




「ーーーこのあと隆の家行っていい?」

「え?」

「具合悪いお前をほっとけないし。ただでさえ無茶するからさ、隆は」

「…でも」

「俺は予定無いし、看病できるよ?」

「…イノちゃん、」

「それにさ、」

「?」

「こんなにゆったりふたりで過ごすのって実はものすごく久しぶりじゃない?」

「…ぁ、」

「ルナシーのRYUICHIとINORANじゃなくて、ただの隆と俺って関係でさ」



そう言ったら。隆はパッと顔を上げて、目をうる…と輝かせて。
それが返事だって、俺は勝手に思うことにして。
隆が手に持っていた風邪薬の箱を奪い取って、あとはなにかいる?って、隆を連れて店内を回る。
イオンウォーターとプリンをそっと俺の持つカゴに入れる隆を眺めながら。
俺は心が躍ってた。

隆とのこれからの時間を嬉しく思って。











◻︎◻︎隆







…びっくりした。


だってまさか今日イノちゃんに会えるなんて思ってなかったから。






終幕ライブ以降、それに付随する仕事でしばらく忙しかったけれど。ある程度ひと段落した途端、俺は背筋に寒気を覚えた。
疲れかなぁ…って思ってたのも束の間。
気怠さと頭痛が追いかけてきて、咳とかくしゃみとかは無かったけど、体温計が示した体温は37.5°…。

熱あるじゃん。

…肩のチカラが抜けたのかなぁ。
気を張って無かったって言ったら嘘になる、多忙な日々だったから。
ブランケットに包まってソファーに身体を預けて目を瞑ると、急激に熱が上がる感覚。
身体が休みたいって言ってんのかも。
…いいよ。
熱でも何でも上がればいい。

今ならゆっくり、休めるんだから。

ーーーとは言っても、体調不良による辛さはなるべく緩和したい。それなのに家の常備薬箱を見たら何もなかった。
こうゆうのを揃える時間すらバンドに費やしてたんだって気がついた。
ホントにここらで自分の事もちゃんとしなさいって意味でも辿り着いた結論が終幕なんだって思えて。

そうだよね。
身体も心も元気でなくちゃバンドなんて続かないんだ。
他人を思いやる気持ちも続かない。
今は五人ともが疲れきって、ゆったりした時間を求めたんだって。





「ーーー風邪薬買いに行こ」


もっと熱が上がったりして、出歩くのが億劫になる前に。

俺はのろのろとコートを着込んでストール巻いて。あったかい格好で外へ出た。





ひゅう…


「…ぅ、寒…」



北風が冷たい。
徐々に強くなるゾクゾクした寒気のせいで真冬の外気がいつも以上に堪える。



「…あーぁ…もぅ……」



溜め息とともに吐き出した息が白い。
 
空も…白い。
今にも雪でも降りそう。
見上げても雲ひとつない。
薄ぼんやりした太陽が冬晴れの白い空に滲むだけ。

…それがなんだか、寂しげな風景で。
俺はぼんやり、最後のあのステージを思い浮かべた。



「…最後…に、」

「繋いだ…手」


「ーーーあったかか…った」



最後のステージで繋いだ手は、もう離してしまった。

ーーーメンバーの事が嫌いなわけじゃない。
嫌い合う別れじゃないから。
少なくとも俺は、本当の意味での決別にしないための別れだと思って終幕を決めた。
…だからなのかも。俺は実は(誰にも言わないけど)すごく淋しい。
もう五人でスタジオで顔を合わせることは無いんだと思ったら。
それだけの時間を五人で過ごしてきたんだもの。




.










1/7ページ
スキ