短編集・2
・I Love You.
夜の高速のパーキングエリア。
春の夜。
冷んやりした空気に、花の匂いが混じり始める。
春の夜。
暗い車内に、外のライト。
赤色、黄色、青色。
自販機と標識を照らす光。
ボリュームを抑えたカーステレオから流れる曲は、誰だったかな。
わからないけど、心地良い。
夜に似合う音楽。
「隆ちゃん、目の中に星が入ってる」
「へ?」
「だから、星。キラキラしてるし」
「ーーーそれは…その辺のライトが映り込んでるんじゃないの?」
「もー…隆ちゃん夢がないなぁ。そうかもしんないけどさ…」
「だってイノちゃんだって、キラキラしてるよ?」
「ホント?」
「うん。あとね、イノちゃんのピアスとネックレスも」
「へぇ」
イノちゃんは感心したみたいな返事をして、ルームミラーをちらりと覗いた。
行き先を決めず、結構遠くまで車を走らせた今日。
重なったオフに、始めは家で過ごそうかと言っていた。
でも、天気予報の春の陽気という言葉を聞いたら、外に出たくなってしまって。
気付いたら、イノちゃんの車に乗り込んで。ドライブデートが始まっていた。
昼食と、車窓から見つけた、ほんのすこしだけ咲いた桜。その時だけ車を停めたけど、あとはずっと車の中だった。
イノちゃんにずっと運転お任せだったから。帰りの高速で、運転交代しようか?って言ったら、デートは俺がエスコートするからダメ。だって。
それじゃあパーキングエリアでちょっと休憩しようって事になって、今に至る。
「イノちゃん、コーヒーでも買って来ようか?」
「ん?いいよ、行くなら一緒に行くよ?」
そう言って腰を上げようとするイノちゃん。
でも俺は、首を振ってイノちゃんを制した。
「これくらいさせて?今日のお礼」
イノちゃんの返事を待たないで、俺は外に出た。
すぅ…っと、深呼吸する。
気持ちいい、春の匂い。
冷んやりした夜の空気が、草花の匂いを際立たせてる。
フト見ると、植え込みの所に花が咲いていた。
いろんな色の星の形みたいな花が、いっぱい集まっている。
ーーー何だっけ…?忘れちゃったけど、いい匂い。
タタタ…と、車を避けて、小走りで自販機へ。
缶コーヒーじゃなくて、一杯づつ出てくる、カップのコーヒー。
取り出すと、白い湯気が夜の空気に溶けた。
ーーーいい匂い……でも、飲めないんだよなぁ…。
イノちゃんが美味しそうにコーヒーを飲むのを見ると、苦手な自分が損している気になってしまう。
…でも、逆にイノちゃんはあんまり甘い物を食べないから。俺が甘味を堪能している時は、同じ気持ちなのかなぁ…?
そんな事を考えつつ、元来た道を戻ると。フロントガラス越しに、イノちゃんと目が合った。
視線が重なったのに気付いたみたいで、にこっと笑ってくれてる。
「っ…!」
もしかして、ずっと見てたのかな…。
ーーーちょっと恥ずかしいかも。
途端にギクシャクした動き。
バレないように、自然を装って車に戻る。
助手席に座ってコーヒーを渡すと、イノちゃんは嬉しそうに受け取ってくれた。
「ありがとうーーーこっから見てたら、隆ちゃん可愛かった」
「~…また、そうゆう…」
恥ずかしげも無く、イノちゃんはこうゆう事を言う。
いつもいつも、俺はペースを狂わされっぱなしだ。
ロマンチストって、俺もよく言われる言葉だけど。俺からしたら、イノちゃんの方がよっぽどロマンチストだと思うよ。
ーーーだって勝てない。
イノちゃんに見つめられて、言葉を囁かれたら。
「隆ちゃん…」
「ぁ…え?」
「ーーーなんかいい匂いする。さっきと匂い変わってるよ?」
「えー?…匂い?」
イノちゃんに指摘されて慌てて服の匂いを嗅いでみる…けど、よくわかんないや。
「コーヒーの匂いも混じってるから解りづらいかも。…でもーーーーー」
「?」
イノちゃんはコーヒーカップを運転席のホルダーに置くと、身を乗り出して俺の方に顔を寄せて来た。
「ーーー花の香りっぽい?清楚な匂いっていうのかな」
「!」
花と聞いて、思い当たるふしがあって。思わずバッと顔を上げたら、イノちゃんはちょっとびっくりしたみたいに目を丸くした。
「えっとねぇ、あそこの自販機の前のとこ。植え込みあるでしょう?すごくいい匂いの花がたくさん咲いてた…星の形みたいな…あそこ見える?」
「星?」
「そう。んと…名前が…。小学校で球根の水栽培とかした気がする…」
「あーー…」
「うん」
「ヒヤシンス?」
「あ!そうだ、それ!」
フロントガラス越しから、ジーっと植え込みを凝視したイノちゃんから出た花の名前。
聞いた事のある名前とさっきの花が俺の頭の中で一致して、思わずうんうんと頷いた。
そうしたらイノちゃんは、さっきよりも近づいて顔を寄せてくる。
どきんっ…と。
俺の鼓動が一気に跳ね上がった。
「っ…」
「ん?」
「イノちゃんっ…ーーーーー近い…よ」
「近い?」
「ーーうん…」
「んー…じゃぁ、くっつこうか」
「えっ?あの、イノちゃん…今の会話の流れでおかしくない?」
「そう?」
「そうだよー!近いってゆったのに」
「でも。ーーーいいでしょ?この雰囲気で近づかない方がおかしいって」
好き同士ならね?
ーーーそう言いながらイノちゃんの手が伸びて、あっという間に抱きすくめられた。
「イノちゃん…」
「目の中キラキラで、いい匂いで、おまけに可愛くてさ。くっつきたくなる気持ちわかるだろ?」
「うぅ…」
「世界一の…宇宙一の恋人。ーーーん…この世で一番の恋人」
「あはは!…スギちゃんみたい」
「んー…。なんだろ…違くて、ホントはもっと…こう、規模の問題じゃなくて」
「うん?」
「特別みたいな…」
「特別?」
そうだよ?って言いながら、イノちゃんの唇が髪や額に落ちてくる。
ーーースイッチが入りそうになってしまう。
じっとイノちゃんを見つめていたら。イノちゃんは苦笑いを零して、そんな目で見んな。ってぎゅっと抱きしめてくれた。
あったかいイノちゃんの腕の中。
ほっ…と、安心感と同時にドキドキが込み上げてくる。
大好きな場所。
「イノちゃんの一番になれたらいい」
「ーーー」
「ーーー…なれたらいい」
イノちゃんの腕の中で。
自分に言い聞かせるように呟いた言葉。
イノちゃんに聞こえても聞こえなくても、どっちでも良かったけど。
ーーー聞こえたみたいだ。
顎を掬われて、星の入ったイノちゃんの瞳が目の前に来たと思ったら、ちゅっ…と、重なった唇。
啄ばむみたいに、触れ合うだけのキス。
でも、それだけじゃ物足りなくて。
薄く唇を開けてイノちゃんを迎え入れた。
「…もっと」
「ーーー隆…エロい」
「だっ…てぇーーーンっ …」
「っ………りゅう…?」
「んっ…ーーー?」
頭の芯が痺れるくらい気持ち良くて。
唇と指先を絡ませながら、上手く言葉が出せないけれど。
イノちゃんが、掠れた声で途切れ途切れに言ってくれた。
俺の一番。わかるだろ?…って。
キスを解いて、もう一度。
見つめ合って、腕の中に閉じ込められる。
今更だろ?…って。瞼にキスして、また囁いてくれた。
優しいイノちゃんの顔が目の前だ。
大好きなイノちゃんの笑顔。
それを見たら、嬉しくなって。愛おしくて、堪らなくなって。
めいっぱいの星を瞳に映して。
イノちゃんにお返しをした。
俺の一番は、ずっとずっと、イノちゃんだよ。
end
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