短編集・2




















君が遠くなる。

遠く、遠く…




でもそれは、離れる為の距離じゃなくて。
助走をつけて。
一気に君の元へ駆けて行く為の。












《君の元へ。》


















pipipi…




「ーーーーーぁ、」


アラーム?
…もう朝。



pipipi…pipipi…



「…あー。…るさい、」


つか、セットしたのは俺なのに。
スマホはきちんと時間にアラーム鳴らしてくれてんのに酷いもんだ。


「ーーーごめんね」


開ききらない目で、ようやくアラームを消すと。
二度寝しちゃ意味ないのに、すでにもう眠い。

ーーー眠いっていうか、




「ーーーもう少しさ、」

「余韻、に」



浸りたいんだよ。





そう。
俺は昨夜ライブだった。
一ヶ月かけて駆け抜けたツアーが、昨夜終わったんだ。




「ーーー楽しかったな」


ごろ。


「最高…最幸だったな」


ごろん。


ひとつ寝返り打つ度に想いが溢れる。
目を閉じると光が溢れる。
あの、ステージの光。
それから。

音、音、音…。




「ーーーあーぁ…」



ぎゅっと、枕を抱きしめた。


「愛おしすぎだ」























ようやく起きた。


天気が良い。

朝のコーヒーは、今朝は外で買う事にした。
スマホと、財布と、キー。あとイヤフォン。
…だけ。

いつも行くカフェでコーヒーを買って、天気が良いから公園を歩く。
気持ちいい。
もうすっかり、花の季節は過ぎて。
新緑の季節。

コーヒーを飲みながら聴く音楽は、昨夜まで散々聴いてきたプレイリストだ。
昨夜で完結したはずの楽曲達が、余韻に浸るんでしょ?って、俺を離さない。
そして俺も完結!なんて口では言っても、そうそう…離れられない。
愛してやまない楽曲達だから。




「♪~」


好きな音楽。
好きな歌。
好きな景色。

それに心から浸れるライブの間。

俺の中で。
遠く…遠くなることがある。



それってね。

大好きなひと。
大切なひと。
もちろん、そんなひとを想って歌う曲もあるけれど。

俺の好きなひと。
隆、が。


遠く…遠くに、感じることがある。




「ーーーや、でもそれは隆には言えないよな…」


仮に俺がそう言われたら、ちょっと落ち込むかもしんない。
隆に、恋人にさ。

イノちゃんがすっごく遠くに感じる!…とかさ。


「ーーーうん。…だめだ」



言えない。
言うのはやめとこう。
だってそれは別に嫌いだからとか、もう興味ないからとか、そんな理由じゃない。
断じて違う。
そうじゃないんだ。


「なんてゆうんだろうな」

「ライブは夢心地の非日常だとしたら」

「隆といる時間は、生々しい現実…というか」


そう、隆といる時間も間違いなく幸せだし、手離せないものだ。
好きなひと匂い、温もり、血とか肉とか涙とか。
隆との時間は、そうゆうものの塊だと思う。

ステージは、たくさんのひと達の気持ちの塊っていうか。
ふわーんと、デカイ風船に乗っかってるみたいな心地よさ。
…うまく言えないけど、そうゆう違いな気がする。
だからステージにいる間、現実的な全てが遠く遠くになって。
ーーー隆の存在も、遠くに感じるのかもしれない。












「ご馳走さま」


朝のコーヒーを飲み切って。
朝の公園の緑達に感謝。
ーーーあと、足元に寄ってきた鳩たちにも。

ごめんね、今朝は隆は一緒じゃないんだ。
隆は今頃…何してるかな。



「ーーーかけてみよっかな」


散々、隆が生々しいとか、血だの肉だの匂いだの。
イノちゃんのえっち!とか隆に怒られそうな事考えてたら会いたくなった。
ーーー時計を見ると朝の七時半。
まぁ、まだ早いけど。隆ならもう起きてるだろうし。
もしこれからスタジオとかなら、そっちに会いに行ってもいいしな。



「ーーー」


コール音。
待つ。

そしたらすぐだ。



『イノちゃん?』

「あ、隆?起きてた?おはよう」

『おはよー。今朝はちょっと寝坊して、ちょっと前に起きたとこ』

「そっか」

『イノちゃん、どしたの?』



寝起きの、やや舌ったらずな隆の声。
耳元でそんな声を聞いて、俺はますます隆に会いたくなる。


「あのさ、」


今から行っていい?




『いいよ』



















朝の道。
君の待つ場所まで、駆け抜ける。




ほら。
この距離なんだ。


遠く…遠くに感じていた君の元へ。
助走をつけて。
ライブで掴んだたくさんの気持ちを土産に。
一気に駆けて、大きく跳んで。

俺がステージという夢のような空間で歌っていた間も、この現実の世界で呼吸をして、血を巡らせて、温もりを抱えていた君の元へ。


俺は帰るんだ。
大好きな君の元へ。
















「ただいま、隆ちゃん」

「ーーーただいま?…おはようじゃなくて?」



隆が玄関に迎え入れてくれた途端に俺が言った言葉に、彼は目をぱちぱちさせて首をかしげる。
ただいまでも、おかしくはないけど。
朝の挨拶としてはやっぱ変かな?

俺がにこにこしてるだけでそれ以上何も言わないでいたら。
隆も察してくれたみたいだ。



「おかえりなさい」


両手を広げて、俺を迎え入れてくれる。
だから俺はきっと最高に微笑んで、隆を抱きしめた。
途端に、俺は実感する。

隆の匂い、温もり、血と肉と…涙と。
馴染んだ身体。
それが、堪らなく懐かしい。




「ーーーただいま」


今、帰ったよ。








end…?


























俺にコーヒーを淹れてくれながら (隆が淹れてくれたのは別腹!) 隆は俺のツアーの話に興味津々みたいだ。
メンバーの事や、MCで葉山くんが活躍してくれた事とか、楽しそうに聞いてくれる。



「いいなぁ、俺も観に行きたかったな」

「今度の機会は是非是非!ステージ袖からとかでも全然いいよ!」

「ふふふっ、楽しみにしてるね」



はい、淹れてきたよ。って、隆は俺が座るソファーの前のローテーブルに熱々のマグをコトンと置いた。ふわん…と湯気が白く立つ。

ヤケドしないようにねって微笑んで、向かいのソファーの方に行こうとする隆。
ーーーでも、せっかく帰ってきた実感の俺は、向かいって距離すら遠くに思えて。

隆の腕を掴んで、そのままソファーに引き倒した。





「ーーーっ…ちょ、」

「隆ちゃん、」

「っ…イ、ィノ…ちゃん」




傍のテーブルの熱々マグのコーヒーが溢れないか隆はちらちら気にしてるけど。(余裕あんじゃん) ゆるゆるのサマーニットを着ている隆の手首ごと押さえつけるとプイと顔を背けてしまう。




「ーーーこっち見てよ」

「…ゃ、待っ…」

「なんで」

「ーーーーーっ…イキナリ!恥ずか…し、」



恥ずかしい?
そんなの今更だろ?って思うけど、そんな隆が堪らなく可愛い。
そんな隆だから、俺はたとえどんなに遠くに旅をしても戻ってくるんだ。



するりとニットの裾から手を入れて、素肌をさらさら撫でながら指先で目当ての場所探る。
もうすでにツン…と尖った胸の先端を見つけると、穿ったり摘んだり愛撫する。
ーーー声が、甘ったるく溢れ出す。




「ぁっ…あ、んっ…」

「まだそんなになんの早いよ。ーーーほら、」

「ぇ、?ーーーぁ、ふ」


隆と唇を重ねる。
もう、最初から深く。
ぬるぬると唇を甘噛みして、舌を絡ませるとすぐに余裕なんてなくなる。
胸を弄りながらのキスは、隆の呼吸を乱れさせるようで。
苦しそうに涙を零して、俺に訴えた。



「…んっ…ん、イっ…ノ、」

「ーーーん、?ーーーー気持ちイイ?」

「っ…や、ぁ」

「嘘ばっかり。ーーーじゃあ、どうして欲しい?ーーーもう触って欲しくない?」

「っっ…ぅ、」



我ながら意地悪だよな。
セックスの最中にそんな事を言ったら隆が泣きそうになるって知ってる。
知ってるけど…見たいと思ってしまうから、言わずにはいられない。

俺を欲しがって目を潤ませる隆が、見たくて堪らない。



ちゅくっ…


「ぁっ…あ、ふ、ぁっ…」

「ほら、言えよ」


さっきまで弄っていた胸の先端を口に含ませながら。
舌先で突くように舐めながら。
隆の答えを待つ。
言わなきゃ先に進めないよと、ホントに意地悪な事言いながら。
もう既に服越しでも硬くなっているってわかる、互いのそこを擦り付けながら。



「ーーーっ…あぁっ…ん、ィ、イノちゃ、」

「ーーーっ…ん…?」

「ぅっ…言うっ…から、」

「…ん、」

「…ノ、ちゃんの、が」

「っ…」

「欲し、よ」

「ーーーりゅ、」

「イノちゃんっ…っ…ぁ、あ、ぁん…」













ほら。
君の微笑み、君の温もり。

大好きなんだ。





生々しい、君のいる世界。


君が俺の帰る場所。











end



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