短編集・2





















今日は隆の誕生日だから。
だから、隆の希望は全部きいてあげたい。




「だから、言って?」



テーブルの向かい側の席で、朝のコーヒーを飲みつつニッコリ笑ってそう言ったのはイノちゃん。



「ぁ、」

「ん?」

「…そ、だった」

「ーーー忘れてた?」



誕生日。

ーーーうん。
忘れてるわけじゃなかったけど、ちょっと抜けてた…かも。



「…お祝いしてくれるの?」

「もちろん、だって隆の生まれた日だもん」

「ずっと前にね?」

「ずっと何年も前の今日が無かったら、俺は隆と出会えなかったわけだし」

「ぅ、うん」

「だから今日はやっぱり特別。隆ちゃんデー!ね、言ってよ。俺に叶えて欲しいこと」

「ーーーぅ、んと」



イノちゃんはすごくご機嫌でにこにこにこにこ。
俺が言うのを今か今かと待ってる感じ。
ーーーなんだろう…。
なにがいいだろう…?





うーん、と。
改めて言われると悩んじゃう。
いつもはイノちゃんとアレしたい、コレしたい。あそこに行きたい、あれが見たい…とか。
いっぱい頭に浮かんでいるんだけどな。





「……」





ーーーイノちゃんと。
あれもこれも、どんなことも。

例えばどんなに小さなことだって。
その事柄は、実はそれ程重要じゃなくて。

イノちゃんと。
一緒にってことが、大事なんだ。






「えっとね、あのね?」




こんなお願いでもいいかな。
困らせちゃうかな。
ーーーでも、何でも言ってって、言ってくれたから。
いいよね?






「イノちゃんが俺としたい事をしたい」

「ーーーん?」

「えっと…。イノちゃんが、俺と一緒に、したい事。それが、俺のしたい事。願いだよ?」

「ーーー」

「ーーーーややこしい?」

「や。…そんなことはないけど、」

「ホント?じゃあ、それがいい!」

「もちろん俺は大歓迎だけど。それだと俺が逆にプレゼント貰うみたいじゃない?」

「ん?」

「だってそれって、」

「ん、」

「俺が隆としたいこと、隆にしたい事、していいってことだろ?」

「ーーーん…。ぅん。ーーーそ、なるね?」

「ーーー俺が隆としたいとか、隆にしたいとか。そんなのさ…」



イノちゃん。意地悪っぽく笑って、俺の耳元で、こしょこしょ。

「え、なぁに?」

うまく聞こえなくて、も一度って言ったら。

「だからさ、」



今度はちょっと大きな声で、イノちゃんは言ってくれた。
ーーーそれを聞いて、俺はカッと顏が熱くなった。





〝隆に触りたい〟





「イノちゃんっ…」

「だってそれって、一番の愛情表現だと思わないか?」

「っ…」




そんな事を、そんな幸せそうな顔で言われたら!
ーーー嫌だ、なんて言えない。
だって、嫌じゃないんだから。
照れを含ませた抵抗すらできなくなるよ。






「今日は隆が生まれた日だから、隆を生まれたままの姿にして愛してあげる」

「っ…結局、裸にするって事でしょ⁈」

「はははっ、そうとも言うな」

「ーーーって、言ってるそばから剥かないでよ‼」

「シャツ邪魔だし。ーーー下着もね」

「ちょっ…!なに手際よく脱がしてんの‼それにシャワー‼浴びてない!」

「お。いよいよ観念した?ーーーでも別にシャワーなんかしなくていいよ。俺は隆の全部を愛せるしさ」

「俺は気にするの!」

「俺がしたい事が隆のしたい事なんだろ?だから平気」

「ゃっ…やぁ…だ、」

「ーーーいいから、」





いつのまにか全部脱がされて、生まれたままの格好で。
俺はソファーの上で、イノちゃんに押し倒されて見下ろされてる。
ジタバタドタバタ、コメディーみたいな押し問答が通り過ぎると。
イノちゃんはじっと、真剣な目で。
熱っぽい、恋人の目で。
俺を見て。





「ーーーいいから。ほら、」

「ぃ、いいっ…て、だって…」



恥ずかしくて。
思わず目を逸らしてしまった。ーーーそしたら。



「こら」

「っ…」

「目、逸らすな。こっち見て」

「ーーーイ、」

「俺を見ろよ」




熱い、眼差し。
熱い、手。

ライブの最中に、ふっと触れ合う時のイノちゃんの手みたいだ。
熱くて、先端までどきどきしてるみたいで。
それが俺にも感染るんだ。

だからもう、返事はひとつだけ。






「ぅん、イノちゃん」



目を閉じて。
彼を待つ。
愛して欲しいって、全身で強請る。




「ーーー隆、」



唇が触れてくれる。
俺を蕩けさせるように。
俺の気持ちいい場所を、舌と指先で。
ひとつひとつ。



「…ん、」

「隆っ、」

「っ…ぁ、あぁ…」

「…ゅう…っ、りゅ…」

「ーーーふぅっ…ぁ、ん…」

「ーーーーー隆、りゅっ…」




生まれたままの姿の俺を。
イノちゃんは愛してくれた。
それこそ、飽きもせずに。
ほかにする事ないの?ってくらい。
俺の誕生日の朝から、俺の誕生日が終わる夜まで。
めちゃくちゃに、ぐちゃぐちゃに。
そばにいてくれたんだ。



























真夜中。
日付が変わって、しばらくした頃かな。




「ーーーーーお腹…すいた」



暗闇にか細く響く俺の声。
イノちゃんは起きてたみたいで、小さな笑い声が聞こえた。



「腹減るよな、そりゃ」

「ーーーえっちだけで誕生日が過ぎた」

「最幸じゃん?」

「ん、最幸なんだけど…」

「空腹は誤魔化せないよな」

「ん、」



言ってるそばからクウウ…と鳴る俺のお腹に、イノちゃんはまた微笑んで。
じゃあさ、って。
俺を起こしてくれた。











「歩ける?」

「ん、」



ちょっと気怠いけど、大丈夫。

さて、イノちゃんは裸の俺に手早く服を着せて。
ゆったりしたカーディガンを羽織らせると。


こんな時間だけどちょっとだけ外、行ける?って。
俺を真夜中の外へ連れ出した。







「どこ行くの?」

「ーーー食料調達」

「え?」

「ーーーまぁ、夜のコンビニ。隆のさ、バースデーケーキとか、まだだったから」

「!」

「この時間だからケーキあるかわかんないけど、好きなもの買ってあげるよ」









~♪


いつものコンビニのメロディー。
深夜のコンビニは、ほとんどお客さんはいなかった。
さっそくイノちゃんはデザートの冷蔵コーナーに行くと。



「あ、一個だけ」

「え?」

「あった。ーーー苺の、これどう?」

「ショートケーキ!すごいね、誕生日の定番!嬉しい!」



純粋にすごく嬉しくて、思わず飛び跳ねてしまったら。
イノちゃんもすごく嬉しそうに、その小さなひとりサイズのひと粒苺のケーキを手に取った。
そのほか、イノちゃん用のコーヒーと俺用にお茶も。







~♪





またあのコンビニのメロディーを聴きつつ、店を出る。


このまま家に戻っても良かったけど、せっかくだからって。
夜散歩も行くことに。





「公園で食う?」

「うん、特別って感じ」

「もう誕生日過ぎたけど…いいよな」

「今年の俺の誕生日はイノちゃんに全部あげちゃったもの」

「もらったね、」

「ふふっ」




公園までの道、俺は手を伸ばしてイノちゃんの手を手繰り寄せた。
するとイノちゃん、すぐに気がついてくれて。
するりと指先を絡ませて、ぎゅっと。


ーーーこうゆう瞬間なんだ。
俺が大好きな時間。






「あのね、こうゆう誕生日の過ごし方って、できるようで案外難しいと思ってたんだけど」

「ーーーこうゆう?」

「そう。ーーー好きなひとと、ただそれだけで時間を過ごすっていう…」

「隆とセックスにだけ夢中になって誕生日終わらすっていう?」

「っ…そうだけど!言い方‼恥ずかしいでしょ‼」

「ふたりしかいないから平気だって」

「~もぅ!」

「はいはい、ーーーで?」

「ーーーーー好きなひととそうゆう事だけして過ごす誕生日って憧れでもあるけど、実際は難しいでしょ?例えば仕事の連絡がきたり、他の事に気をとられたり」

「ああ、まぁ…それはあるよな」

「ね?仕方ないんだけど。それはそれでちょっと寂しいな…とか、勿体無いなとか思うけど」

「ん、」

「でもね?今回は、そうじゃなかったよ?夢中になれた」

「!」

「俺の誕生日のお願い。イノちゃんのしたい事が俺のしたい事。それが叶えられた気がするよ?」

「隆、」

「イノちゃんしか見えなかったもの」

「っ…」





ねぇ、それって。
俺にとってはこの上なく幸せなことだよ。
音楽が好き。
歌うことが死ぬほど好き。
でも。
あなたのことも、苦しいくらいに好きだから。





「ーーーっ…隆、」

「わ、」



ぎゅっと抱きしめられる。
ケーキの入った袋がカサリと揺れる。
でも、イノちゃんは気にしない。
俺の髪、首元。
鼻先を寄せて、囁いた。




「ーーーーー隆の。匂い」

「んっ、」

「体温とかさ、」

「ーーーっ…イノ、」

「全部、好きだよ」

「イノちゃん、」

「愛してるよ」

「…っ…イノちゃ、」





「お前の生まれた日
俺が全部、もらったよ
生まれてきてくれて
ありがとう」



「隆。誕生日おめでとう」













end

happy birthday…Ryuichi‼





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