短編集・2















白。

何ものにも染まらず、逆に何ものにも染まる。
白。
それを纏う、君。

血染めの覚悟を決める武士の装いか。

契りを交わす花嫁の、純白の装いか。








それは本当に、全くの偶然だった。
君とここで出会えた事は。












《白を纏う君。》


















俺は午前中から撮影に出ていた。ファンクラブの会報用+来年のソロカレンダー用の撮影。

季節は深まる秋。
街中の木々は紅葉してて、空気も爽やかだし。
空も青い日が続いているし。
こんなベストシーズンはやっぱり屋外で撮影したいねって。スタッフ達と話し合って決めたロケーション。

野山と海の街。
寺社の点在する街。
小さな電車が時折通り過ぎる、ノスタルジックな街。

都心からさほど離れていないけど、到着した車から降りると、気分ががらっと変わるのがわかった。





ーーーやっぱり、紅葉が綺麗だなぁ…
来て良かった。ここに決めて良かった。
 
秋の季節のこんな景色って、別に食えるもんじゃないし、ただそこにあるってだけのものだと思うんだけど。
それでも誘われてしまう。
秋の風。秋の色。
今の時期しか見られないんだよ。
あと一週間もしたら、また景色は変わっちゃうんだよ。
ーーーって。
なにものかに煽られてるみたいで。
それでついつい俺たちも、屋外へと連れ出されるんだ。






「そう言えば、隆も今日撮影に出掛けてったよ」



今朝、お互いに忙しなく準備していた時の会話を思い出す。
隆も今日は屋外での撮影。
ファンクラブ限定のフォトブック用って言ってたかな?
どこまで行くとかは聞いてなかったけど、この天気だ。隆もきっと今頃、秋の空の下撮影を楽しんでいるだろう。

イノランさーん!

スタッフに呼ばれて、俺は隆に想いを馳せながら向こうへ行った。










…………………………



「お疲れ様でした!」

「お疲れ様でーす!」

「天気よくてホント良かったですね!良い写真撮れました」



撮影は順調に進んで、なんと昼には全て終了!
予定では午後までかかるって事だったから、突如湧いて出たフリータイムに俺は急に嬉しくなった。



「お疲れ様!皆様の良過ぎる手際で…」

「イノランさんも良い立ち振る舞いしてくれたから」

「いやいや、俺は今日は身を任せてただけです。この秋の陽気に(笑)」

「でも結果、素敵な撮影が出来て良かったですよ~!完成形が楽しみですね!」

「そうですね~!」



カメラマンと談笑しつつ、気分はまだまだこの秋の陽気に身を晒していたい気分。ーーー今日はこの後フリーだし、どうしようかなぁ。

短い時間でくるくると考えて。
そうだ。それも良いかもしれないと、今日これからの案を思いつく。
そして側にいたマネージャーに声をかけた。



「ねえ、今日このまま、俺はここで解散でもいい?」

「え?ここでですか?」

「うん。今日はこの後何もないし、だったらちょっとこの辺り散策したいなって」

「ああ!良いですよ、なかなか来れませんしね。こんないい季節にゆっくりなんて」

「やった!じゃあ、後はひとりで大丈夫だから。帰りは久々に電車に乗って帰るよ」

「了解しました!じゃあ気を付けて、秋の行楽をお楽しみください!」

「ありがと~!早く終わったから、みんなも戻ったらゆっくりしてね」




移動用の車に乗り込むスタッフ達と別れて。俺は意気揚々とひとり歩きを開始する。行き先は決めてないけど、足の赴くままに歩けばいい。
木々と寺社の街を抜けたら、そのうち海が現れるはず。そんなルートを頭の中に描きながら足は軽快に進んで行った。









マネージャー達と別れて歩くうちに。



「…?」



ーーーなんだろう?
なんとも言えないんだけど、変な気分だ。

天気も良い。
景色も最高。
ひとり気ままな自由時間。
…なのに。


そうだ。ちょうど胸の辺り。
時折、スウ…っと。
風が抜ける感じだ。
…なんと言うか、切ない感じの…。




「なんでだ?」



俺は今までだって、こんな風にひとり旅を楽しんできたはずなのに。
その時はこんな事なかった。
知らない土地を、初めての土地をひとり堪能してた。

ーーーなのに。



「ーーー俺もしかして…腹減ってる?」


この切なさは空腹感か?…なんて事も考えながら、確かにちょっと休憩しようかと辺りを見回す。
何かコーヒーでも飲めるカフェでもあれば…と思うけど、辺りは野山と寺社が現れるばかりだ。

ーーー仕方ない。もうちょい先まで歩いてみよう。

そう思い直して、緑の続く道の先に再び視線を向けた時だった。




「あれっ⁇イノランさん?」

「え?」



突然、頭上辺りから響く俺を呼ぶ声。
思わず足を止めて、上を見上げたら。
苔生した長く続く石段の上から手を振るのは。



「あ」

「どうしたんですか?すっごい偶然ですね、プライベートですか?」

「ーーーそっちこそ」




手を振っていたのは。
なんと隆のマネージャーだった。








呼ばれるままに石段を登った先は、下からは見えなかったけれど綺麗な神社があった。赤い鳥居をくぐると、目に入るのはぱあっと明るい黄色の色彩。
辺り一面、黄色く色づいたイチョウの木々だ。その隙間から青空が見えて、それはそれは爽やかな光景が広がっている。



「ーーーここ、めちゃくちゃ綺麗っすね」

「そう。去年撮られたここの写真のポスターを見つけて、是非フォトブックの作品はここで撮影したいねって」

「あ。…じゃあ、今、隆ここに?」

「そりゃあ、もちろん!」




ーーー今思うと当たり前な質問だったけど。(隆のマネージャーがいるんだから、そりゃ隆もいるよな)…なんかこれって、やっぱり運命だろうか?って思ってしまう。
今お互いどこにいるかわからない状態で、こんなだだっ広い世界の中で偶然に出会えるなんて。

だって今きっと。
俺が一番会いたかったのは、隆だから。
隆がここにいるとわかった途端、さっきまで胸の辺りにあった切なさは、あっという間に霧散してしまったから。




「ーーー隆は、どこに?」

「今着替えてます。今回は和服ばかりを何着も着るので、着付けにちょっと時間がかかるんですよね」

「そっか」

「ーーーイノランさんは」

「ん?」

「良かったら見ていきます?」

「ーーーいいの?」

「もちろん!ルナシーメンバーのソロの撮影風景なんてなかなか…」

「立ち会う機会ないもんな」



じゃあお邪魔にならない所で見てるね。って、現場用のコーヒーも貰いつつ、顔見知りのスタッフやカメラマンと挨拶しつつ。でも心の中では、隆に会えるのを今か今かと気持ちを高まらせて。
熱いコーヒーを啜って、高く澄んだ空をホッと見上げた。















「隆一さん、入ります!」


準備が出来たんだ。
スタッフの掛け声の奥から、こっちへゆっくり向かうひと。



ーーー鈴の音を小さく響かせて。
俺の方へ一歩一歩歩み寄る、君。

こんな時は。本当に黒髪が映えると思う。
真っ白な着物。
薄っすらと、僅かに施された化粧。
目尻と唇に、紅い色。




(ーーー隆…すげえ…)



(…綺麗だ)




ごくりと息をのんで。
時が止まった気がした。

隆はまだ俺に気付かない。まさかいるとは思ってないだろう。
逆に今話し掛けたら、隆の今の雰囲気が壊れそうで。話し掛けるのは後でいい…って思ったから。俺はそっと、スタッフ達の人垣に隠れた。




シャッターを切る音が響く。
俺はその様子を、じっと見つめる。
瞬きも忘れたみたいに。

隆は相変わらず、この景色に溶け込んで。
微かな微笑みを浮かべて、凛とした眼差しで。
ーーーよし。取り敢えず決めた。
隆はくれるって言うかもしんないけど、自分でも買おう。隆のこのフォトブック。
人知れずぎゅっと握りしめた拳。発売日がマジで楽しみだ。
そんなひとり笑いを溢す俺の前方で、カメラマンが、うー…ん。と腕組み。
そしてディレクターに所に寄って、ひそひそ。一瞬、チラッと俺の方を見たのは…なんだ?
隆も中断した現場の空気にリラックスしたのか、大きく伸びをして空を仰いでる。



「イノランさん」

「え?…はい?」



いきなり呼ばれて…びっくりした。
不意を突かれて間の抜けた返事をしてしまった。
そんな俺の前で、ディレクターとカメラマンは顔を見合わせてにっこり。

な…なに?




「ちょっと急遽なんですけど、隆一と一緒に被写体になって欲しいんですが」




「ーーーーーーへ?」













ーーーマジか。

俺は今、着付けをされてる。
濃い灰色の着物。
今回の撮影用に、用意した内のひとつらしい。隆は今回着なかったけど…確かに背格好はほぼ同じくらいだもんな。



「イノランさん、急ですみません」


着付けとヘアセットをしてくれてるのは、こちらも顔見知りのスタイリスト。
ちょっと苦笑いを溢しつつ、手早く俺を整え上げる。



「急に良いアイディア思い付いたみたいで…」

「いやいや、全然、良いですよ。こんな機会滅多にないし」

「まあ、そうですよね。ルナシーメンバー同士で和服で撮影なんて…」

「むかーし、スギゾーが着てたっけね。黒い…」

「ああ、花魁の」

「あれ以外は…あったかなぁ…。ソロでもそうそう無いしね。俺は一度企画で着たけど」

「そう!格好いいって、騒いでました。隆一さん」

「ーーー隆が?」

「イノランさんの会報が届いた時。俺もイノちゃんと一緒に着物着て並んで歩きたかった!って」

「っ…そうなんだ」

「だから今日は、喜ぶんじゃないですか?サプライズゲストの登場で」

「ーーーかなぁ…?」



そんな事言ってたのか…隆。
それってちょっと、嬉しいかも。
だったら今日の急遽決まった撮影は、良かったのかな…⁇






ーーーホント、着物も久々だ。
不思議と着ると気持ちがシャンとする。
背筋が伸びる感じだ。
足袋を履いて、草履を履いて。
まさかこんな一日が待ってたなんて、午前中仕事してた時には想像もしなかったよな。


スタッフに続いて、イチョウの下を歩く。やっぱ綺麗だなぁ…なんて思いながらも。…実は胸がドキドキしてる。
非日常な着物姿で、隆に会えるから。




「イノランさん、入ります!」

「よろしくお願いします」



「ーーーーーえ?」



隆が振り向いた。
ーーーその顔があまりにもポカンとしてて。幼くて。俺はつい、笑みがこみ上げた。









スタンバイは、やっぱりイチョウの木々の下。
ディレクターとカメラマンのイメージは、どうやら仲睦まじい、二人の後ろ姿らしい。

ポーズは指定しないので、気持ちの赴くままにして下さいって。
いいタイミングでシャッター切るのでって。…言われたので。
隆と二人、紅葉の境内をのんびり歩く。
…ちょっとだけ、厳かな気分で。





「ーーー隆ちゃん?」

「…なに?」

「なんでそっち向いてんの?」

「…別に?」




ーーーずっとそっぽ向いてる、隆。
後ろ手に指を絡ませて。ちょっと俯き加減で。
さっきから全然、俺の方を向いてくれない。


「ーーー」


なにを言っても、別に…しか言わないし。かと言って、怒ってるわけじゃないってのは、何となくわかる。
…まあ、これでも恋人だしね?

こうゆう時は、しつこく問いただしても意固地になるだけなのが隆だから。
敢えて突っかからず、こんな時間を楽しむ方がいい。

ーーーちょっと俯き加減の、隆の横顔を観察する。

長くなった横の黒髪が、隆の頬にかかってる。いつもは白い隆の頬は、今は薄く赤い。薄く化粧されているから、髪の隙間から見える目元と唇もひどく煽情的だ。

ごくりと。ここでまた息をのむ。




「ーーー隆ちゃん」

「…ん?」

「あっちの木の下の方、行こうよ」

「あっち?」

「うん。木のベンチがある」



ちょっと座ろう?
…そう言って、隆の手に触れようとして。ーーー手を引っ込めた。

カメラマンがいるもんな。




しゅる…。
衣擦れの音をたてて、ベンチに腰掛ける。いつもはすぐ脚組んじゃうけど、今日はできないな。
隆もちょこんと座って、手は手持ち無沙汰みたいで着物の袖を弄る。
足先をちょっと持ち上げると、カラン…と、隆の草履が片方転がった。




「ーーーほら、隆ちゃん」



やれやれと、立ち上がって草履を拾う。
座っている隆の前にしゃがんで、履かせてあげようと隆を見上げた。
ーーーら。



「っ…ーーー」

「隆…お前」

「ゃ…っーーーこっち…」

「ーーー」

「ーーー見ないでよっ…」




真っ赤だ。
隆の顔。
恥ずかしそうに、唇を噛んで。
今にも泣きそうに、目を潤ませて。






「はい!オッケーです」

「お疲れ様!」



カメラマンのOKの声が響いて、ハッとする。
今一瞬、完全に撮影中だって忘れてた。

慌てて隆をもう一度見上げると、ホッとした顔だけど、相変わらず潤んだ目で。
ちょっとだけ、微笑んでくれて。

その隆が、めちゃくちゃ可愛くて。
網膜に焼き付けたいくらい、綺麗だった。











撮影は無事終了。
カメラマンが思い描いたショットも上手く撮れたみたいだ。
完成を楽しみにしていてくださいと言われて、その日が待ち遠しい。




隆ちゃんも俺と来ない?って帰り際に誘ったら、隆はコクンと頷いて俺について来た。
一緒に海まで歩いて、お茶して、海の駅から電車に乗った。俺の家の最寄り駅で夕飯を食べて、またてくてく歩く。今日は一日、よく歩いたな。

こうして隆と歩くと、やっぱり切なさは無い。胸に吹き抜ける風は感じない。
ーーーって事は。
隆といるだけで、満たされてるって事なんだ。



「ーーー」



隣を歩く隆は、あれから口数少なだ。
思えば撮影の時からだったけど。
…どうしたんだろう?
俺が乱入したのを、ホントは怒っているんだろうか。

家に着いて、玄関で靴を脱ぎながら、隆に言った。




「ーーー今日は、嫌だった?」

「え?」

「俺が隆ちゃんの撮影に混じったの」

「ーーーイノちゃんのせいじゃないでしょ?」

「まあ、そうなんだけど」

「ーーー怒ってないよ?別に…」

「でも隆ちゃん、撮影の時からずっと俺を見てくれない」

「っ…」

「口数も少ないし。…何かあるなら、言って?」

「ーーー別に…」

「別に別にって、それじゃわかんないだろ」

「ーーーっ…」

「隆に見てもらえない事くらい、辛い事ってねえよ」



そう言い放った瞬間、パッと隆は俺を見た。



「っ…隆、お前…」



その顔が、あの境内のベンチで見上げた隆の顔と同じ。
頬を染め上げて、唇を噛んで。
目を潤ませて、俺を見ている。



「ーーーイノちゃんが格好いいからだもん!」

「ーーーっ」

「一緒に着物着て歩けて、嬉しくて…」

「隆…」

「恥ずかしいけど、幸せだったんだもんっ…」
















白いシーツを、隆に纏わせる。
あの着物みたいに、真っ白な。
黒髪と、赤く染まった肌の色が映えて。
大好きな隆だ。

そんな隆をベッドに寝かせて、滑らかな肌に手を這わせる。




「ーーーホントはさ?」

「んっ…え?」

「あの白い着物着た隆を、抱きたかった」

「えっ…ええ?」

「もちろんどんな隆だって抱きたいけどさ。着物の隆…なんて」

「イノちゃんのえっち‼何それ?脱がしたかったってこと?」

「脱がしたいよ」

「ーーーそんなキッパリ」

「でも…」

「え?…っあん…」

「今もこうして、白いシーツに包まれた隆を抱いてるし。…いいけどな?」

「ゃっ…あ」



隆の首筋に唇を付ける。
途端に身体を捩るから、両手を掴んで今度は唇を重ねてやった。



「りゅう…」

「んっ…ふ…ぁ」



キスをすると力が抜ける。
俺に抵抗していた隆の手も、くったりとして逆に俺に縋り付く。
濡れた音が、麻酔みたいに俺たちを麻痺させる。



「っ…ーーーあ…」



かりっ…
隆の胸を甘噛みしたら、仰け反って甲高い声があがる。
しつこくそこを舌先で突くと、隆の身体が震えた。
隆自身も、もう。先端を濡らしてる。




「ーーーもうイキそう?」

「んっ…ーーー早…っ欲し…」

「どうしよっかな?」

「っねが…イノちゃぁ…」

「ーーーん、わかったよ」

「ん…」

「いいよ。あげる。欲しいだけな?」



コクン。
隆が頷いたら、俺は隆を抱えて、貫いて繋がった。



「んっ…ぁ、あっ…」

「今日ずっとっ…思ってたよ」

「あ…ぁあっ…ん…ん?」

「綺麗だなっ…って…、白に…包まれた…隆がさ」

「あぁっ…イノっ…」

「お前…っ…ホントに、綺麗だよ」




何ものにも染まらない。
だからこそ染めてしまいたいと思う。

ーーーけれど。


決して染まることのない、真っ白なお前。


どうかそのまま、ずっとずっと…




















……………………


俺宛に届いた、隆の例のフォトブック。
それから自分でも買わせてもらった、もう一冊。
ホクホクと二冊抱えてニヤける俺は、さぞかし怪しいだろう。


さて…と。
早速ページを開く。
(もう一冊は保存用な)


ああ…。
愛しの隆の素敵なショットが満載だ。
和服を選んだのは、本当に大正解だと思う。
あの日の光景が鮮やかに蘇るようだ。


パラ…パラ…

いよいよ最後のページ。
そういや俺ってどこに載ったんだ?もしかしてボツ?なんて思っていたら。



「!」



最終ページ。
そこには。
黄色のイチョウの下、木のベンチ。
二人寄り添う…と言うには照れくさい。
ほんの少し隙間を開けて腰掛けた、着物を着た俺と隆の後ろ姿。

…あの時気付かなかった。
隆の指先が、俺の指先に、ほんの少し。
触れていた。





end



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