短編集・2


















25日。
今日はクリスマス。


ちょうど週末ってこともあってか、街はとても賑やかだ。





「ーーー…」



俺の片手にはプレゼント。
綺麗に包装された手のひらに乗っかるくらいの、箱型のそれ。
リボンはお付けしますか?って訊かれて、選んだのは空色のリボン。
赤とか緑とかクリスマス模様のとかもあったけど。
一番、これが似合うかなって思ったから。



ひゅう…っ…


冷たい風が通り過ぎて、足元の落ち葉を舞い上がらせる。
思わず首に巻いたストールに鼻先まで埋めてしまうくらい、その風は冷たかったけど。

俺はその風の匂いをいっぱいに吸って、空に向かって、にんまり。

「ーーーーー俺…怪しい奴?」


でも仕方ないよな。
だってこの風はさ。

ーーー彼が…。
この街の先の、森の向こうの海にいる彼が。
風使いの隆が寄越した、風なんだから。














「クリスマス?」


そんな風に、隆が首を傾げたのは数日前。
スタジオで葉山君とクリスマスの話題で盛り上がっている時の隆の反応だ。


「そうです、もうすぐクリスマスです」

「うん。クリスマスは知ってるよ?ーーーでも、ちゃんとやった事は無いけど」

「そっか…。隆はツリーとか、プレゼントとか、」

「う、ん。無いかな」



葉山君と顔を見合わせる。
葉山君も隆の事情を知っているから、すぐに汲み取って頷いてくれた。
そして壁に掛けてあるスケジュールをちらっと見ると。
ホワイトボード用の赤ペンで、25日に書かれていた予定に×をつけた。


「予定変更しましょう!25日の予定は急ぐものじゃありませんし。前後の日程に振り分けても平気ですよね⁉」

「え、?」

「僕は24日にスタジオにケーキ持って来ます!イヴは三人でパーティーしましょう?」

「!」

「ーーーで、25日は…イノランさん!」

「っ…俺?」

「隆一さんと、最高のクリスマスを」

「え?」

「葉山っち⁇」



隆一さんの初めてなんですから、しっかりエスコートしてあげてくださいね。
…って、葉山君に送り出された俺。

葉山君すげえなぁ…。なんて感心。
24日に言葉通りスタジオに持って来てくれたサンタの乗っかったチョコレートケーキも、隆はすごく喜んでいたし。
彼も隆のこと気に入ってるから、きっと何かしてあげたいって思うんだろう。





「プレゼントも…ささやかだけど用意したよ」


「服装も今日は、ちょっと気合い入れたしさ」



カジュアルなスーツにロングコートとストール。
だってこれは、隆と初めてのクリスマスデートだ。
楽しい、嬉しいって想い出。
作ってあげたいもんな。








待ち合わせは、スタジオの裏手にある公園…の木々の中で。
空の仕事を終えた隆が、できる限り目立たず街の中で地上に降りる為。
ここの公園の植樹された林は、隠れ蓑になって都合が良かった。


時刻は夕暮れ。
街はすでにきらきらイルミネーションが光ってる。
木々の立ち並ぶ、一番近くのベンチに座って待っていると。

カサカサ…。
音がして。
ザッ!と、林から顔を出したのは隆だった。



「隆、お疲れ」

「イノちゃん!ごめんね、待たせちゃった?」

「全然、少し前に来たとこだから。ーーー寒かっただろ?」

「慣れてるもん。雨に濡れるのも、冷たい風に晒されるのも」

「ーーーそうかもしんないけどさ、」

「ん?」

「たまにはいいだろ?」



ふわっ…。

薄着で、首元がら空きの隆の格好が寒そうで。
俺は自身が着けていたストールを解くと、隆にそれを巻いてやった。


「ーーーぅわ…あったかい」

「でしょ?ーーーいいよ、巻いてな」

「っ…ありがとう!」



いいんだよ。
こんな事くらいで、俺も嬉しい。



ストールに頬っぺたを擦り寄せて、嬉しそうに笑う隆が可愛くて。
思わずじっと見つめていたら。
今度は隆が、俺をじっと見ているのに気がついた。



「ーーーどした?」

「え、?…あ、ぅうん」

「でも隆ちゃん、じっと…」

「…あー、うん。ーーーーーだってさ」

「ん?」

「ーーーイノちゃん…。今日…いつもとちょっと違う。…もっと、格好いい」

「!」

「っ…いつもだからね⁉格好いいのは、いつも!ーーーそうじゃなくて、今日は特別…」

「ああ、」

「うん」

「ありがと。ーーーだって今日はさ、デートじゃん?クリスマスの」

「!」

「ちょっと気合い入れて。ーーーそれから、これ」

「え?」

「プレゼント。ささやかですが、よかったら」

「プレゼント!ーーー嬉しい、ありがとう!」



目をパァっと輝かせて、隆はお礼を言ってくれて。
開けていい?っていう視線に頷いて。
カサカサと開く包装。


「あ、オルゴール?」

「アクセサリーボックスにもなる。ーーー色々、仕舞えるかなって」



灯台の鍵も、それから俺があげたクリスタルも。
ーーーそれにまだ、これからも隆にあげたいって思う物、きっとあるから。



「ーーー綺麗…。どうもありがとう」

「よかった」

「ーーーーーでも俺、イノちゃんにプレゼントって…用意してない」

「ん?いいんだよ」

「ごめんね。ーーー俺も何かイノちゃんにプレゼントしたいな」

「いいんだって。だって今日は初めてのクリスマスなんだから。隆が一番に喜んでもらえたらいいんだよ」

「…ん。ーーー」



ちょっと、俯いてしまった隆。
ホントにいいんだよ。
俺も葉山君も、やってあげたいって思ってるのは、俺たちの方なんだから。


しばらく俯いて。
考え込んでる風だった隆だけど。
パッと顔を上げると、そうだって。
満面の笑みを浮かべて、俺の手を繋いだ。



「イルミネーション!見に行こう⁉」

「イルミネーション?」

「そう!誰もいない場所で、二人きりの…だよ?」


「ーーーーーえ、⁇」




手、離さないでー‼って聞こえた途端。
ぐんっ…と、地上が遠くなる。
あ、空飛んでる!って気付いた時には、真下に街の灯りが…きらきら…



「ーーーっ…うっわ、すっげえ!」

「宝石箱みたいだねー!」

「ああ、‼」



クリスマスの夜空。
隆と二人で空中散歩。
空の上から見下ろす街は、地上からの景色とは比べ物にならないくらい。

きらきらきらきら…輝いて。

ふたり占め。
クリスマスの夜景。



「最高!」



「あはははっ!」



隣で隆が笑ってる。
黒髪をなびかせて、瞳に映るのは街の光。
きらきらして、めちゃくちゃ可愛い隆だ。



「ーーー隆」

「ぇ、?イノちゃん…」


手は絶対に離さない。
反対の手で、隆の頬に触れる。
空中だから、体勢がいまいち安定しないけど。
こんな素晴らしい場所で、せずにはいられない。

クリスマスのキス。


頬を撫でて、頬に掛かる髪を耳元にかけると。
隆は察してくれた様だ。
ゆっくり閉じる瞼が震えてる。
ーーー俺も、早く触れたくて、震えてしまう。



「ーーー隆…」


髪を撫でて、後頭部を撫でて。
そのまま肩を包んで、抱きしめて。



「ーーーーーっ…ん、」

「ーーー好きだよ」


「ーーーっ…うん」



クリスマスの夜空の中で。
ふたりきりの、空中でのキスは。

俺たちだけにしか、できないよな?



しばらくそのまま抱き合っていると。
この季節にはちょっと不釣り合いな。
あったかくて、ぽかぽかした風が。

俺たちの周りをくるくる回って、冬の夜空に消えていった。





end





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