恋人はサンタクロース
去年のクリスマスイブ、サンタクロースが配達を終えた帰りの空から落っことしたのはなぁに?
それはぴかぴか光る金色の星。本物の星の、一番綺麗に輝いた瞬間の光を捕まえて作ったオーナメント。
それはサンタクロースがクリスマスイブに世界中を飛び回る為の大切なもの。
トナカイに乗って空を駆け回る為の空の通行証。
失くさないように、いつも空を駆ける時は白い髭の下に隠してる。
去年のイブ、ソリいっぱいのプレゼントを無事に届け終えて、ほっこり雪に包まれた家に帰り着いたとき。
「よっこら、しょ!」
暖かな暖炉の前のロッキングチェアに腰掛けて。
傍らにはいれたてのグリューワイン。
おもちゃ作りが得意なクリスマスの妖精達のキッチンから頂戴してきた焼きたてジンジャークッキーも皿に盛って。さぁ、今年の大切なお役目も無事終えた…と、ホッとした瞬間。
「おっと、いけない。おやつの前に」
大事な星をまた来年のクリスマスイブまで宝箱にしまっておかなければ…と。白い髭の下を…もぞもぞ。
探ってみるけれど…
「…おや、?」
「ん?」
「ーーーんん…⁈…おかしいな…。確かにここに…」
一張羅のサンタクロースの赤いコートをバッチリ着込んだ後に髭の下に隠した筈…
…なのに、
「ーーーない」
「っ…え?…無い⁈」
もぞもぞゴソゴソ
「ない!」
「ーーーない、無いぞ⁈」
「おいおい冗談じゃない!あの大切な星が…星のオーナメントが無いなんて嘘だろう⁇」
「ーーーーーあれがなきゃ!…あの星が無ければワシは‼」
来年のクリスマスイブはプレゼントを届けられないっっ!!!!!
ーーー雪深い静かな森に、サンタクロースの絶叫が響き渡ったのは…約一年前の事。
その間、サンタクロースは必死だったのだ。
例年、クリスマスが終わるとぬくぬくとベッドに潜り込んで長い眠りを堪能する彼も。
その時ばかりはそうも出来ず。
とにかく次の年のクリスマスイブまでには見つけねば‼
ーーーおもちゃ作りのクリスマスの妖精達や、さらには相方トナカイ達も総出で一年かけて探し回った。
「どうしたらいい⁈見つからなければ空は飛べない!そうしたら徒歩サンタだ!それじゃあ世界中の子供達をガッカリさせてしまう!クリスマスイブの夜にソリに乗ってやって来るサンタを待ちわびているんだ‼それが徒歩でプレゼントを配ったりなんかしたらどうだ⁈時間は果てしなくかかってしまう!クリスマス当日までに間に合わない!ーーーそれだけは絶対にあってはならんのだ‼」
ーーーとはいえ、すでにクリスマスイブまであと数日。
あと三日というところ。
本当にこのまま星が見つからなければ、サンタクロースが一番避けたい事態になってしまう。
森の木の上、鳥の巣の中、きこり小屋の屋根の上、動物の住処、水たまり、庭先のバケツの中、公園の滑り台の上、漁師の長靴の中、おもちゃ屋、ケーキ屋のショーウィンドウ…とにかくあらゆる場所を、だ。
ーーーしかし一年かけてこんなに探しても見つからないのは何故だろう?
クリスマスの妖精の力を使っても見つからない。
トナカイがどんなに高い場所を覗いても無い。
「…困ったなぁ…」
サンタクロースは頭を抱えた。
ーーーーしかし、それはそうなのだ。
見つからない訳があったのだ。
だってサンタクロースの大切な星は、去年のクリスマスが終わった翌日に。
とある家のクリスマスツリーと、他のオーナメントと一緒に仕舞われてしまったのだから。
あと数日。
三日後にはクリスマスイブ。
俺はクローゼットの中を漁ってる。
ちょうど去年の今頃に新しく買ったクリスマスツリー。
それを今年も出そうと思ってさ。
本当はもう少し早くに出して飾った方が良かったのかもしんないけど。ーー言い訳じゃないけど、忙しくて。
でもさっきうちに遊びに来た恋人が部屋に入るなり…
「クリスマスツリー!まだ飾ってない‼」
ーーーって、言うもんだからさ。
ホントは早くソファーでくっ付いてラブタイムを…なんて思ってたから一応反論もしてみた。
「もうあと数日だから、今年はいいんじゃない?」
「だめだよ!」
「っ…」
「クリスマスに飾らなかったら、じゃあいつ飾るの⁉」
そう言われたらさ。
…仕方ない。
隆の様子を見るとツリーを飾るまではお預けっぽいし。
「飾りますか、ツリー」
「わぁい!」
そんなわけで、クローゼットを漁る俺がここに…。
「甘いよなぁ…つくづく。隆に激甘だ」
ぶつぶつ呟きながらも、大きなツリーの箱やオーナメントをまとめて入れた大きな缶を発見。(これは隆がどっかからか持って来たクッキー缶だ) それらを抱えてリビングに行くと〝ツリー置き場〟を作ってくれていた隆が満面の笑みで振り返った。
「去年買ったツリー!イノちゃんありがとう‼」
にっこり!
「ーーー」
ーーーーーほらな。これだけで俺はキュンとなる。クローゼットを漁る労力なんてなんでもない。隆の為なら!隆の笑顔の為なら‼
「俺はお前のサンタにだってなれるよ」
「ん?」
「くくっ、」
聞こえてなかったのかも。
隆はツリーの組み立てに夢中だから。
ワサワサと枝葉を広げる隆の横で、俺もやれやれ…と、オーナメント入りの缶の蓋を開けた。
ぴかっ˚✧₊
「ぅわっ…‼」
開けた途端、一瞬物凄く眩しい光を見て思わず目を瞑る。
なんだなんだ⁇と思いつつ何度か瞬きして、もう一度缶の中を見た。
するとそこには、色んなオーナメントの隙間に隠れて。
きらきらきらきら…
小さな光を撒き散らしながら輝き続ける…
「星?ーーーこんなきらきら光ってるオーナメントあったっけ…?」
去年ツリーと一緒に買ったオーナメント類。
トップスターは隆が選んだ銀色で透かし模様の入った大きなの。これはそれとは違うようだ。
太陽光の加減で光って見えるのと違う。
この星は、発光しているように見えるけど…
「ねぇ隆ちゃん、こんな星のオーナメント去年買ったっけ?」
「えー?」
木と格闘していて俺の今の一連の出来事に気付いていない隆。
この星がさぁ…って。缶の中から取ってそれを隆に見せようとした時だ。
「ーーーーー…ぇ、」
「っ…イノ…ちゃん⁇」
手に持っていた星のオーナメントが急にヒュンッと飛んでいったかと思ったら。
俺の頭上でくるくるっと回ると再びきらきら輝いて…ーーーそのまま、だ。
ぴと。
「いっ…⁉」
俺の服の胸の辺りに落っこちてきてくっ付いた。
ーーー俺は瞬きも忘れてその一連の光景を見ていたし。
隆も同様。ぱかっと口を開けて、今は星のくっ付いた俺の胸元をじっと見て、ぽつりとひとこと。
「ーーー…なにこれ」
「…動いた」
「……オーナメント…だよね?」
「って言うか、それ以外にしたって…こーゆうのってこうゆう動きする?」
「…しない」
「だよな。ーーーなんか生きてるみたいな…」
よくわからないモノが俺の服にくっ付いてる。
こうなると本格的に、これは去年自分で買ったオーナメントじゃないって確信する。
だってこんなの無かった。
こんな…光って飛んで動くオーナメントなんて。
じっと見つめていた隆が、恐る恐ると言った感じに手を伸ばす。
人差し指で、そっと星に触れようと…あとちょっとって時だ。
コツン。
「え?」
なんだろう?今なんか、リビングの窓が…
コツン、コツッ…
「何か窓に当たってない?」
「うん。なんかコツンコツン音が…」
「鳥かなぁ」
隆が開け切ってないカーテンをそっと開けて。
テラスに面したガラス戸を半分ほど開いた。
「ーーー鳥?…いないように見えるけど…」
「風で飛んできた葉かなんかか?」
「んー…。でも風そんなに強くな……
ひゅん!
「ーーーぇ…」
「ぁ、」
今度はなんだ?
今度は窓の隙間から勢いよくなにかが飛び込んできたように見えた。
「何か部屋に入ったよ!」
「やっぱ鳥か?」
「ん、んー…でも、」
部屋を見回して、そして見つけた。
さっきまで隆がわさわさと枝葉を広げてたツリー。
その木の根元に、ひっそりと。
こっちを見つめる、小さな…
「わぁ、こびと⁈」
「…え、?」
「今、入ってきたの⁇ーーー本当に?お人形じゃなくて⁈」
手のひらに乗るくらいのひと。
白いとんがり帽子、羊を着たみたいなもこもこの白い服。
それから白い髭と、愛嬌のある目。
…これは…。
こんなのは、今の季節よく見かけるぞ。
クリスマスディスプレイの片隅によくいる。
今の季節にぴったりな。
ーーーこびと、妖精?
「俺は隆一、彼はイノラン。ーーー君は?」
…って!早速しゃがんで自己紹介を始める隆。動じなさ過ぎだろ!俺は未だに光る星も、このこびとの事も受け入れるのに必死だってのに。
こうゆう時でも隆は、にっこり微笑んで話しかける。
だから、ほら。
相手も…
〈わたし は トムテ。クリスマス の 妖精〉
「そっか、だからクリスマス売り場でよく見かけるんだね」
「ーーーすげぇ…。ホントに同じ姿してるんだな」
「うん!かわいいね」
そのクリスマスの妖精、トムテ。俺達に最初はちょっとびくびくしてる感じだったけど。
そっと木の陰から出てくると、トコトコ歩いて俺の前で止まって。
小さな指先で、俺を指差した。
「それ その星 の オーナメント」
「え?ああ、これか?ーーーこれは…」
「それ サンタクロース の 星」
「え、?」
「彼 は 一年前 から 探してた。なぜなら それが無いと 空を 走れない」
「ーーーは?」
「えぇっ…?」
「それは クリスマスイヴに 空を駆ける 空の通行証。なんでか わからないけれど ここにあった」
「ーーーっ…」
ーーーつまり、要するに。彼の言う言葉を整理すると。去年のクリスマス、無事にプレゼントを配り終えたサンタクロースは、その帰り道の何処かで大切な星のオーナメントを落としたと。それが無いと次の年のクリスマスイヴに空を飛べない。だから失くした事に気付いたサンタクロースは、一年かけて探し回ったけど、とうとうこんな差し迫った日にちになるまで見つけられず。しかもなんと先日、焦ったサンタクロースは森の木の上を探している時落っこちて足を捻挫!これはいよいよ困った!仮に星が見つかっても時間内にプレゼントを配り終えられるかどうか。足は痛いし星は無いし、サンタクロースが危うく気絶しそうな時だ。
ピカッと、遠い遠い国の方で星が光る気配を感じて、足の痛いサンタクロースの代わりに、この小さな彼が…クリスマスの妖精トムテが飛んできたらしいーーーーーーー
「ーーーという事でいいかな?」
「そう」
「わぁ、すごい!イノちゃんお話まとめるの上手だね!」
「いやいやそんなさ…(隆に褒められた!)」
こんなとこでも小さな幸せを感じつつ。
ーーーでもさ。
「どうすんの?サンタさん、今年はなんとか平気なのか?」
「だめ」
「…だめって、」
「ドクターストップでた 今年のクリスマスイヴは あまり 動くなって」
「じゃあ、どうすんだ?プレゼントを配るって大事な仕事はさ」
「そうだよね。だってそのお仕事はサンタクロースじゃなきゃ務まらないものね」
「だいじょうぶ」
「え?」
「ーーー代わりのサンタクロースとか、いるの?」
「いるよ」
「なんだ、それじゃ良かったじゃん」
「イノちゃんがその星を返せば解決だね!」
良かった良かったと喜ぶ俺らの前で。
トムテはじっと、じーっと。
「代わりのサンタクロースは あなた」
「ーーーーーぇ、」
点 点 点…
トムテの指差すその延長線上。それを点で結んで伸ばした先には…
「ーーー俺?」
「そう」
「はぁっ…⁈」
「イノちゃんがサンタクロース⁈」
「一年に一度 最初にその星に触ったひとが その年のサンタクロース。それに 向こうのサンタクロースは 足 痛い。時間内に 配れない。今年は あなたが サンタクロース」
シャラシャラ…
トムテが手を振りかざした瞬間。
きらきら光る雪の結晶が部屋の中に舞い散って。
次に鏡に映った俺は、真っ赤なロングコートを羽織った。
ロック版サンタクロースの格好をしていたんだ。
もう時間ない。
そう言ったトムテは、テキパキと指示を出して俺らに六つの大事な物を持って来いと言った。
ちょっと待て!俺はまだやるとは言ってない!
そう反論してみたんだけど…。
「イノちゃん、人助け!それにこんな体験そうそうできないよ?俺もお手伝いするから!」
ーーーそんな風に隆に言われたらさ…。
頑張らないわけにはいかないじゃん?
それで、まぁ。
引き受けて、サンタクロースになることになったんだけど。
「大事なって、どんなの?」
「どんな物でも 平気」
「大事な物…」
サッと考えて、今家にある大事な物を思いつく。
それは隣の部屋にあるから、隆を連れて取りに行く。
それは、俺の相棒達。
大事なギター達。
よく使う物から、クリスマスっていうカラーに合わせて赤いギターも一本入れた。
これでいい?
するとトムテはコクリと頷いて、さっきの雪の結晶みたいな魔法?をかけた。
「これは クリスマスが 終わると 解ける 魔法」
「へぇ、」
「どうなるの?」
「あなたの 大事な物が 空を駆ける …」
「…ぁ、」
「わぁ!」
クリスマスイヴ
間も無く日暮れ。
まさかこんな一日を迎える日が来るなんて思いもしなかった。
「…まだ信じられねぇ」
「ふふっ」
「だって隆ちゃんはどう⁇信じられる?」
今宵サンタクロースになって空を駆けるなんて。
するとさっきから俺の漆黒のビロードのスーツのリボンタイを結んでくれてる隆が、ふふふっ…と、可愛く笑った。
「俺は信じられるよ?今俺の目の前にいるのはサンタクロースで…」
「ーーー」
「それが実はイノちゃんだって」
「ーーー隆ちゃん、」
「今夜は素敵なサンタクロースのコートを着てるイノちゃんでもね?ーーーイノちゃんの匂いは同じだもん」
「っ…」
「いつものフレグランスと、煙草と。ーーーイノちゃんの匂い」
「隆、それってさ」
「ん?」
「言い方、エロいよ」
「ふふ、そ?」
「そうだよ」
サンタクロースを名乗る以上、こんなことすんのダメかな。
でも、俺だって目の前にいるのは隆なんだから。
誰よりも愛してるひとが、可愛い事言ってんだから。
我慢なんて無理だよな?
「わっぁ、」
「あああー可愛い!」
「ちょっとイノちゃん、ぎゅってすんのは、今は…」
「いいの。関係ないだろ?」
「で、でも」
「イヴは隆と朝まで…って思ってたんだから。それがどうやら今年は無理っぽいし。ーーー今のうちに」
「もぅ」
「ーーーね、でもさ?隆」
「ん、?」
「無事にお役目終えたら、家に帰ってさ。ーーーそっからは俺らの時間だよな?」
「ぁ…」
「な、いいよな?二人でクリスマス。ーーー俺今年はさ、実は良いもの買ったんだ」
「良いもの?なに?」
「おたのしみ♡」
「…もぅ」
頬っぺた膨らませた隆だけど。
でも、楽しみにしてくれたのかもしれない。
最終的には微笑んで、結び終えたリボンタイからスルリと指先を離して、そのまま俺に抱きついた。
「ーーークリスマスイヴのお役目、終えたらね?」
「…隆」
「もっとしてあげるから」
そっと触れてくれる唇。
優しさのこもった、隆からのキス。
じんわりと暖かさが広がる。
そうか、こんな気持ちのまま、プレゼントを配ればいいよな?
外に出るともう真っ暗だった。
トムテのクリスマスの魔法は外からは今は見えないらしい。(シークレットな部分もあるからだって)
だからこんな大規模な魔法も平気だと言って、堂々と。
例の六つの大事な物…俺のギター達は。
なんとソリを引く六頭のトナカイに変身!
ソリの後ろに積むプレゼントの袋は、昨日のうちに大勢のトムテ達が北欧からはるばる届けに来て、またびっくり!
そんな様子に隆は目を輝かせて、俺はそんな隆で癒される…。いいクリスマスイヴが過ごせそうだ。
「まもなく 出発の時間」
トムテがソリの先頭にランプと柊の枝を飾りながら言った。そしてふんわりとした赤と白のケープを持って、それを隆に渡した。
「俺に?」
「空は寒いよ 風邪ひかないように」
「ありがとう!」
「あなた達のおかげ 助かった」
「ふふ、偶然が偶然を呼んでね?」
「星が壊れてたら 絶望的」
「きっとね、去年のクリスマスが終わった時に、うちのツリーを片付ける時に混じったんだな」
「ね、大切に片付けてて良かった。壊れてなくて」
「ありがとう サンタクロースも ほっとしてる」
「来年はこそは彼が、」
「そうだね!」
コクン。
トムテが頷いた。
ソリに乗ってと、言ってる。
初めて乗るサンタクロースのソリ。
トナカイ達は愛着あるギター達。
イノラン仕様は鈴の音じゃないよ。
ギターの音色を響かせて。
「行くぞ、隆」
「うん!」
大切なひとを隣に乗せて。
さあ、クリスマスイヴの空へ。
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