もうすぐイヴが終わるとき。










HOーHOーHOー

Merry Christmas ‼





ソリに乗って。
粉雪舞う夜空の向こうから駆けてくる。

十二月の、クリスマス。





隆一。


君の願いはなんだい?











「…ぁ、」



pipipipi…pipipipi…


「ーーーー」

pipipipi…pipipipi…pipi。



「ーーーーーーー朝…か」














□□□隆





手を伸ばして、スマホのアラームを止めた。
カーテンの隙間から覗く空は、薄曇りなのかもしれない。


「…寒そう」


あったかい誘惑に勝てそうもなくて、もうひと眠りしてしまおうかと布団の端を引っ張ったけれど。
ーーー仕事。
マネージャーが迎えに来るんだ。



「起きなきゃね」


むくりと起き上がる。
途端に、肩に感じる肌寒さ。
慌ててベッドの上に放っていたブランケットを羽織って、どうにかこうにかズルズルとベッドの外へ這い出た。



「…」


頭の中で、微かに問いかける。
さっき起き掛けに見た夢。
赤と白の、ほっこりしたおじいさん。
柊の小枝を胸飾りにして、ふかふかのミトンを嵌めた手をこちらに差し出して。
夢の中で。
俺に問い掛けた。
あれはどう考えても、サンタクロースだよね。




〝隆一〟

〝君の願いはなんだい?〟



「ーーーーー願い…」

「俺の、今一番の」

「願い」



クローゼットから服を引っ張り出しながら、今朝の夢を思う。
ーーーひとなんて欲深いから、そんなの考えれば考える程出てきそうだけれど。
〝願い〟は、自分で叶えるものだって事、もう充分すぎるくらいわかってるつもりだけど。


でもね、サンタさん。
もう俺だけじゃ、どうしようもない事があるの。
どうしたらいいのかわからない。
それがこの先どうなるのかも見当がつかない。
それは本当はとても素敵なものの筈なのに。
時々それが怖くて仕方ない。

願いというのなら、俺はそれかもしれない。


「ーーー俺の願い」



温もりの残る寝間着を脱いで、今日の為の黒いシャツに袖を通す。
ひやりと、少しだけ冷たい出したばかりの服。
ぷちん…ぷちん…とボタンを留めながら、俺はまた夢の事に思いを馳せる。


「サンタさん、あのね、?」


俺には好きなひとがいる。
大好きで、愛していて。
そして彼も、そう言ってくれる。
俺が彼に向ける以上の愛情をくれてるんじゃないかって思うくらい、俺を 愛してくれる。
だから俺も返したくて、もっともっと彼を好きになる。


ーーーそれこそ、果てが無いくらいに。

彼が触れてくれる時。
彼に愛を囁く時。
この愛おしいって気持ちはぐんぐん加速して、息ができないくらい苦しくなって。
果てが見えない。

想いを伝え合ったばかりの、側にいられるだけで嬉しい。楽しい。幸せ。
そんな頃が、今は少し懐かしいんだ。

彼といて、愛おしい気持ちが苦しいって気持ちに変換してしまう瞬間が。
申し訳なくて、堪らなく辛い。



「ねぇ、サンタさん。どうしたらいいだろう?」

「俺はちゃんと、イノちゃんに上手く笑い掛けていられてる?」

「ーーーイノちゃんは、こんな気持ちを抱えた俺といて嫌じゃないかな」



最近すっかり…自信が無い。
ただただ純粋に、彼を好きだと思っていた頃の気持ちを忘れている気がする。



「俺はあの頃に戻りたいのかな…」

わからない。


「それが知りたい。ーーー俺がクリスマスに願うのは…」































「…っん…ン、」

「ーーーりゅ、」



「…っ…ふ」



精一杯、声を我慢して。
イノちゃんと、キスしてる。



イノちゃんと俺と、二人だけしかいないスタジオ。
さっきまで他のメンバー達やスタッフもいたけど、昼休憩しに外へ行っちゃった。

イノちゃんはスタジオに置いてあるセルフのコーヒーを淹れながら、ひとり、またひとりと外に出て行く皆んなを見送って。
部屋の中に残るのは俺だけになった時、ギタリストINORANの表情が、俺の恋人のイノランのものに変わった。



「しばらく皆んな戻って来ないよ」


そう言って。
譜面を片付けていた俺を抱え上げて、側のテーブルに乗せられたのは俺。
少しだけ俺がイノちゃんを見下ろす形。
クッと顔を寄せられて、俺はここでようやく彼がしたい事に気が付いて。
恥ずかしくて、思わず顔を逸らしてしまった。



「照れてくれんの、嬉しいけどさ」

「っ…」

「そーゆうの逆に煽られるって知ってるだろ?」

「ーーーイノちゃ、」




頬から顎のラインを撫でられて。
イノちゃんの瞳でじっと見つめられたら。
俺の抵抗なんて何にもならない。



ちゅっ…クチ……っ…ちゅ…



「ふっ…ぅ」

「…ほら、もっと」

「んっ」

「ーーーん、りゅう」



俺をテーブルに座らせたまま、イノちゃんの両腕が俺をふんわりと抱きしめる。
俺がこうやって抱きしめられたままされるキスが好きだって、イノちゃんは知ってるから。



「っ…いの、ちゃん」

「ーーーん?」


キスの合間。
重なる視線で微笑んでくれるのが好きって、イノちゃんは知ってるから。
優しく微笑んで、俺の大好きなイノちゃんの笑顔を見せてくれる。

一欠片でも多く。
俺の好きなことをしてくれるイノちゃん。



それが嬉しい。
嬉しい、愛しい、幸せなのに。


ズキン…と痛むのは、その気持ちの先に待ち構えている苦しさのせい。
そんな気持ちを抱えてしまう、俺のせい。
イノちゃんは何も悪くない。

ーーー悪くないのに…



「ーーーイ、ノ…」



グッ…。


彼の胸に手のひらを当てて。
押し返してしまった。

大好きなイノちゃんとの、キスの途中で。










「ーーー隆、?」


俺が押し返したせいで、夢中だったキスが途絶えた。
イノちゃんは訝しげに俺を覗き込んだけれど、それでも責めたりしないで。
優しい声で。



「どした?」

「ーーーあ、」



俺の唇の端から溢れた唾液を拭ってくれて。
しばらくじっと、俺の言葉を待っているようだったけど。

上手く言えずに逡巡して俯いた俺の頭を、ぽんぽんと、軽く触れて。



「そろそろ戻って来る奴もいるかもしれないもんな」

「っ…ーーーぁ、」

「やり過ぎちゃうと止まんなくなっちまうし」



な?
そう言って、朗らかに笑う。
イノちゃん。


「色っぽいカオの隆ちゃんは、誰にも見せたくないし」


ーーーもぅ、イノちゃんってば何言ってんの⁇…って。
俺も軽いノリで笑ってあげなきゃ。

…あげなきゃ、いけないのに。



「ーーーそんなカオすんな。…ごめんな、こんな所で」

「…ち、が…」



そんなカオ?
ーーー俺は今、どんなカオしてるの?


「隆?」

「ーーーーーっ…」



その時、ドアの向こうから靴音と話し声。
何人かが戻ってくる音が聞こえる。
イノちゃんはスッと身体を離すと、離れぎわにもう一度だけ触れ合うキスをしてくれた。


「ーーー」

「っ…」

「ーーーーー隆、」

「え、?」

「紅茶でも飲むか?」



ーーー優しい目で見つめてくれていたイノランが。
もう今は、優しいINORANの表情に変わってた。




ズキン。
ズキン…ズキン。
ズクン…



胸を抉られそう。

好きで好きで、苦しくて苦しくて苦しくて。
息ができない。うまく笑えない。
言葉も出ない。
きっと今の俺が出来ているのは、泣きそうな顔で彼を見る事だけだ。


そんなの嫌なのに。
イノちゃんには、いつも笑っていてあげたいのに。












□□□INO





あー…。


「ーーー…どうしたもんかな」


これは独り言。
もうすっかり俺とスタッフぐらいしか出入りしなくなったスタジオの喫煙ルーム。
ーーー今日はまだ誰も使用してないのかな。
灰皿はピカピカだし、空気も外と変わらない。
休憩時間の終わり間際に駆け込んだ喫煙ルーム。
こう言う俺も、別に今は煙草が吸いたいわけじゃ無い。

ーーー文字通り、駆け込んだんだ。
ひとりになれる場所なんて、ここか…トイレの個室くらいだからさ。(さすがにトイレはちょっとね…)



「ーーーは…ぁ。」



どうしたもんかな。
…って、さっきも呟いたけど。



「どうしたもんかな…」




隆と。
さっき、スタジオでキスしてた。
仕事中はちゃんと線引きして、プライベートと分けようと決めたのは、付き合い始めた直後。
馴れ合いになりたい訳じゃないから、それはすぐにお互い同意して。
こういう仕事場で、もしもするならば。
休憩時間や、空き時間。誰もいない場所で、誰にも見つからないようにしようって。
仕事に支障をきたさないようにーーー。
両立する上で、それだけは守ってきたつもりなんだけど。



近頃どうも…避けられている気がする。
ーーーや、避けられてるっていうのはちょっと違うか。
俺の抱擁も、キスも、愛の言葉も。
隆は照れながらも、受け入れてくれているってわかるから。

そうではなくて。

ふとした時に見せる、隆の表情。
それが最近、ちょっと気になるんだ。


「辛そうな、泣きそうな…さ」


キスの最中、俺のシャツをぎゅっと握る隆の手は、皮膚を突き破りそうな程強くて。
苦しげに寄せられた眉は、乱れる呼吸のせいだけじゃない気がするんだ。


「そんなカオさせたいんじゃないんだよ」

「俺は隆といる時、めちゃくちゃ幸せなんだから」



だから隆にも、そう思ってもらえたらって。
一緒にいる事を望んでくれてるって信じてるから、優しくしたいし、愛してあげたいって思ってる。

ーーーでも。
隆は今、そうじゃないんだろうか…?
俺といると、苦しいんだろうか?



「…うわ…。ーーーそれって…」

「あんま考えたくない感じの…」


でも。
手のひらで押し返されたキスが。
隆の意思そのものなんじゃないのかーーー?















隣にはJ。
カウンターでグラスを傾けて、実に機嫌良さそうに。



俺って何だかんだ、コイツにばっかり相談してる気がする。
ーーー相談?
や、そんな深刻な感じじゃないと思うんだけど。

とにかく、スタジオ帰りのJを捕まえて。
(隆はマネージャーと帰っちまうしさ…。やっぱ避けられてる?)
奢るからちょっと寄らねえ?って、いつも行くお馴染みのバーへ向かったんだ。





「ーーーで。隆がどうした?」

「ぶっ…‼」

「溢すなよな」

「悪りい…。ーーーって、…ぇ…何で?」

「あ?何で隆かって?…さすがに察するだろ。お前が俺を誘う時ってさ」

「あー…」

「他の事は自分で何でもこなすくせによ。隆に関してはアレだろ?盲目過ぎて自分だけじゃどうにもなんねーんだろ?」

「っ…ーーー」

「どうだ」

「ーーー…そうだよ」

「お。やけに素直な」

「どうしたもんかな…って、口癖みたいになってる。どういう訳か、Jの意見ってこういう時的を得てんだよ」

「へぇ、すげえじゃん。俺」

「~~自分で言うかぁ?」

「いいだろ?」

「ーーー」

「なんかよくわかんねーけど、隆と仲直りしたいんだろ?」

「ーーー別に喧嘩してるわけじゃ…」

「同じようなもんだろ。俺にいつも相談する内容なんてさ。ーーーそれに」

「あ?」

「もうすぐクリスマスじゃん?さっさと元に戻った方がいいんじゃねーの?」

「!」




そうだ。
もうすぐクリスマスだ。
ここ最近この事にとらわれていたからか、すっかり忘れていたクリスマス。
毎年お互いクリスマス当日はライブが入っていたりして、二人でクリスマスを過ごすのは微妙に日にちがずれる事が多いけど。
それでも毎年、隆と過ごしてるクリスマス。もちろん今年も、一緒にいたいよ。
でもそれにはJの言う通り、このもやもやした感じをスッキリさせて迎えたい。


「ーーーっていうか」

「ん?」

「クリスマスをキッカケに仲直り…ってのも」

「ーーーああ、いいんじゃね?」



パッと思いついた考え。
ぽつりと口にしてみれば、幼馴染のお墨付きももらえた。
こういう時の、誰かのもう一押しの言葉って重要で、貴重だ。
Jのニヤリとした口元の笑みを見たら、尚更で。


ーーーよし。
実はもう数日後に迫ってるクリスマス。
その日を隆と過ごせたら、きっと何かが変わる気がする。














□□□隆




イノちゃんからメールが来た。
ちょうどラジオ収録の真っ最中。
ポケットに入れたスマホが微かに着信を報せたのに気が付いていた。



「お疲れ様でした!」

「隆一さん、今日はありがとうございました!ちょっと早いですけど、来年もよろしくお願いします。また遊びにいらして下さいね」

「こちらこそ。是非またお誘い下さい!皆さんよいお年を」



少し早い年の瀬の挨拶をラジオ局のスタッフさん達と交わして。
マネージャーが車を回してくるまでロビーで待つ。
ーーーその間に。



「メール…なんだろう」



先日、スタジオであんな事があったから。
(イノちゃんは何でも無いように接してくれたけど、気にしてない筈は無いと思う)

一瞬躊躇って、でも意を決してメールを開いた。





〝隆

お疲れ様。〟




「ーーーうん。イノちゃんも、お疲れ様」


ここにはいない彼に、思わず相槌を打つ。



〝えっと、俺も今空き時間にメール打ってるんだけど。
用件だけで悪い。〟


「ぅうん、いいよ」


〝クリスマス、今年も会いたいなぁって。〟


「っ…!」


〝イヴでも当日でもいいんだけど。隆の仕事の予定って、どんなかな。
ちなみに俺はイヴの夜空いてます。

連絡くれたら嬉しい。〟



「ーーーーイノちゃん、」



スマホを握って、しばし佇んでしまう。

恋人からのクリスマスのお誘い。
嬉しくない筈ないよね。
年末の忙しなさにかまけて、クリスマスの事をちょっとだけ放置してしまっていたから尚更。

毎年イノちゃんとイルミネーションを見てきた。
ささやかながらも、ツリーも飾って。
プレゼントを贈り合って、この日だけの特別な夜を過ごしてきた。

今年もそれが叶うんだと思うと、嬉しい。
急に気持ちが急いて、プレゼントどうしよう⁇なんてくるくると頭を回転させる。



「ーーーーー……」

ーーけれど。



「ーーーまた…こないだみたいになったら…」


煌めく夜に、イノちゃんと過ごして。
どきどきして、気持ちが加速して。
ぐんぐんぐんぐん想いが溢れて。

嬉しい愛しい幸せを通り越して、また…苦しくなったら?
そうしたら俺は、また彼の胸を押しやるのだろうか…。


「ーーーそれは…嫌だな…」

「イノちゃんに申し訳ないよ」


力無く、スマホを持つ手が落ちる。
確かに楽しみな筈の恋人との逢瀬なのに。
なんでなんだろう…。
今はその楽しみ方を忘れてしまったみたいだ。


「会いたい。もちろん、会いたいよ」

「ーーーーーでも…どうしよう。仕事…って、言おうか」


理由はどうあれ、彼を拒んでしまうかも知れない可能性に気付いてしまったら。
今は、いっそのこと側にいない方がいいーーーーー?




…♪




「え、あ?」



またメールだ。

誰から?と思って開くと、もう一度イノちゃんからだった。




〝ごめん、追伸。

もし会えるなら、今年のクリスマスはさ。
日にちだけ決めたら、時間も待ち合わせ場所も決めないのはどう?〟


「え?」


〝今年はもうツリーとか用意する時間も残念ながらなさそうだから…。その代わりにどうかな?
お互いを探す一日。
相手の行きそうな場所、時間。
すぐ会えるかもしれないし、ギリギリかもしれない。
ーーーでもさ〟


「ーーーえ、?」


〝もっと相手の事を、知れる一日になると思う。
最初はゲームみたいな感じかもしれないけど、きっと会えた瞬間はさ。

俺は、今までよりもっと隆の事好きになってると思うから〟




「ーーーっ…」













あの後イノちゃんに返信した。
俺もイヴの日に会えるよって。

イノちゃんの提案に、俺は賭けたいって思った。
それは夢の中でサンタクロースに願った答えが、見つかりそうな気がしたから。




隆一。


君の願いはなんだい?





「うん、俺の願いはね」


「もう一度、余計な事に何も囚われないで」


「イノちゃんの側にいる事。ーーーいさせてもらう事」




溢れる愛おしさの先の…溺れそうな怖さの奥には。
何が待っているんだろうーーー?


















□□□INO





快晴。
けど、冬の寒空。

午後の傾き始めた太陽は、柔らかくあたたかい。



昼過ぎまでの仕事を終えて、俺は街を歩いてる。


イノランどうしたの⁇

…って、スタッフに言われるくらい。
今日の俺はバッチリきめてきた。
隆がいつも格好いいって言ってくれる黒のロングコート。
やり過ぎるとステージ衣装みたいになっちゃうから、さり気無い感じでストールを巻いて。
だって今日は、初めての試みのデート。
会えるかどうか、偶然と必然が織り混じったクリスマスデート。

俺からしたら、宝探しみたいなものだ。
隆一っていう宝物を探す一日。
気合も入るってもんでしょ。





「さぁて」


どこを探そう。
隆が行きそうな場所。
俺が行くと踏んで、隆が向かいそうな場所。
今まで二人で出かけた場所。
二人の想い出の場所。

こうして挙げていくとかなり色んな場所があるな。
それを一個一個、片っ端から回ろうと思う。




「ーーー回りくどいことしてるよな」



でも。
何やら思い詰めてるっぽい隆には、こんなのもいいんじゃないかなぁって思ったから。



「何を悩んでるんだかなぁ…」



俺も隆との事、今まで散々考えたし悩み抜いてきた。
仕事とプライベートが密接な俺らだし、何より特殊な恋愛だ。
いっそ、一緒にいない方がいいんだろうか?と考えた時期もある。
それは波のように時折押し寄せてくる…苦悩の時期。
…なんかスランプみたいなさ。

でも。
でもな。

結局いつも、同じ結論に辿り着くんだ。



「隆、愛してる。大好きだよ」


離れたくない。
離しちゃダメなんだって。


だって隆といる時間が、どれだけ俺の日常を輝かせてくれているか、気付くからなんだ。









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