短編集・2















気が晴れない日ってあるよな。
なんか上手くいかない日。
気分がアガらない日。

そう。例えば今日の俺みたいにさ。












「お疲れ様でしたー」




ーーーはぁ…。
やっと今日の仕事が終わった。

仕事先の駐車場に向かいながら、俺はため息をついた。
ここ最近仕事がたてこんでて忙しい日が続いてた。
取材…収録…撮影…また取材…収録…

どれもこれも好きでやっている仕事の延長。音楽を語る、大事な仕事だ。
対応してくれるライターやカメラマンやスタッフ。
皆んな本当にいいひと達で。一緒に仕事が出来る事がありがたいと思う。

…けど。



「前回の完全なオフっていつだったっけ」


パッと思い出せないくらい、ずっと仕事してる気がする。
頭の中で記憶を遡っていくと、たどり着いたのはかれこれ十日以上前の事だ。
ーーーそっか。あの日から毎日なんかしらしてた訳だな。
あの日は確か、隆と会ってた。
二人重なったオフで、一緒に出掛けたっけ。


「ーーーって事は」


あの日から隆にも…ゆっくり会えてない?
確かにスタジオでばったり!とか、取材先の出版社でばったり!ってのはあった。…でもプライベートでは……



「ーーーマジか…」


どおりで調子も上がらない訳だ。
なんだかよくわからないモヤモヤしたものに覆われているみたいで、ここ最近スッキリしない。



「そりゃそうか…」


大好きな恋人。隆と会って話したり触れ合ったり…って。今ではもう、俺にとって呼吸みたいなものだ。
その大切なひとに会えてないって事は…。今の俺は酸欠状態って事なんだろうか。



「酸欠か…」



苦しいはずだ。

そんな結論に落ち着いて。俺は再びため息をつく。…と同時に、頭の中で今日以降のスケジュールを整理して。明日はもう一日仕事だけど、明後日は休みだという事を思い出す。



「ーーー明日。会いに行こう」


隆のスケジュールはわからないけど。帰ったら隆に連絡をとってみよう。それでちょっとでも時間が合えば…会いたいと思う。



「よし!」



自分の中でそんな予定を立てたら、ようやく元気が出てきた気がする。
まだ隆の顔も見てないのに、隆の存在ってすげえなぁ…なんて運転しながら感慨にふける。


そんな車での帰り道。
全然、話は変わるんだけど。
実はさっきから、ちょっと…
気になっている光景が目の前にある。

俺が車を走らせている側の歩道。その数十メートル先あたり。
なんかすげえ大荷物を抱えて歩いてるひとがいる。まだ遠くからでも大荷物って思うんだから、もっと近づいたらどんだけデカいんだ?
つか、そもそもそんなデカい荷物って車で運ぶレベルじゃないのか?



「ーーーあのひと、なに持ってんだろ…」


何やら電柱程の太さの、そこそこ長い箱型の荷物と、赤と緑のクリスマスカラーのこれまたデカい紙袋を二つ両手に提げて。時折立ち止まっては、荷物を抱え直してまた歩く…を繰り返してる。

車道は空いていて車は順調に進む。
もう少しでそのひとの横を通り過ぎる。



「うっわ…近くで見るとホントでっかい」


そのひとの後ろ姿はそれ程長身ってわけじゃないけど。タフだなぁ…なんて思いつつ、通り過ぎたタイミングでそのひとを横目で見た。



「っ…え⁉」



思わずウインカー出して路肩に停まったよ。だってさっきから気になっていたそのひとが。




「隆ちゃん‼」

「ーーーえ?」



今一番会いたくて堪らなかった。
俺の恋人だったんだ。




「隆ちゃん、なにやってんの⁇」



窓を開けて、俺に呼び止められて立ち尽くす隆に再び声を掛けた。
ポカンとした顔をしてた隆は、俺だとわかるとぱあっと笑顔を広げて。
歩道のガードレールすれすれまで寄って来ると声を弾ませた。



「イノちゃん!すっごい、偶然だね!」

「仕事帰りでさ。ーーーって、隆ちゃんこそナニ?その大荷物⁉」

「あ、これ?…えへへ…ちょっとね」

「取り敢えず乗んなよ。あそこの曲がった先まで行ける?荷物もトランクに載せよう」

「助かる!イノちゃんありがとう」











「ホントに助かったよ、ありがとね!さすがにちょっと腕がキツくなってきてて」

「どこから歩いて来たの?あんな大荷物でさ。隆ちゃんかなり目立ってたよ」

「うー…ん。お店出た時はすぐにタクシーに乗ったんだけどね?駅前でもうひとつ買い物があって、そこで降りて。その後なかなかタクシー見つかんなくてさ。待つのも探すのもめんどくさいから、もう歩いて行っちゃえって」

「ーーー駅前から歩いて来たんだ?そりゃ腕もキツくなるよな」

「えへへ」

「それにしても、この荷物なんなの?」

「ん?えっとね、これはー」

「うん」

「クリスマスツリーとオーナメント色々‼」

「っ…ええ⁇」


















到着したのは隆の家。
隆の代わりにツリーを抱えて。
隆は大きな紙袋を二つ持って、二人一緒に部屋に入る。
リビングの床にクリスマスセットを置くと、荷物の大きさに改めて圧倒される。

ーーーホント。よく抱えて歩いてたよな。

しかし隆はなんのその。
早速包みを開けていって、みるみる内に床の上がキラキラした飾りでいっぱいになった。



「大きめのツリーを買ったの。一緒に飾ろう?クリスマスの準備だよ」

「いいよ。まさか今日ツリーの飾り付けができるなんて思わなかったよ」

「いいでしょ~!ワクワクするよねぇ。あ、ねえ。これも付けようよ」

「ん?あ…これ」

「ルナシーのグッズ!オーナメントだよ」



隆は嬉しそうに俺にオーナメントを手渡して。買い込んできたキラキラした飾りも目を輝かせて飾り付ける。
リビングはあっという間に散らかって。
まるでおもちゃ箱をひっくり返したみたいだ。

ーーーなんだか、こんな光景のど真ん中にいたら。



「くっくっくっ…」

「あ、なに?イノちゃん」


急に笑い出した俺に、隆はちょっと眉を顰めて。ばかにされたとか思ってんのかも知んないけど、そんなんじゃないよ。
ただね?
子供みたいにはしゃいで、ツリーに夢中な、そんな隆を見ていたら。

今日の仕事終わりに感じていたモヤモヤした不調とか。そんなものが一気にどこかに行ってしまって。今、俺の心を占めるのは。
偶然にも、こうして一緒にツリーを囲んでいる、あったかい気持ちだ。



「イノちゃん」

「ん?」

「そこの、青い小さな箱。開けてくれる?」

「?…これ?いいの?俺が開けて」

「もちろん!」

「ん、じゃあ」


両手のひらに乗るくらいの、青い箱。プレゼントみたいな見た目。いいよって言うから、ちょっとワクワクして箱を開ける。



「!」

「ーーーどう?」

「星!ーーーツリーの天辺の星か」

「そう。やっぱり一番目立つ飾りでしょ?色々迷ったんだけど、結局シンプルな銀色の星にしたんだ」

「うん。…ーーーいいじゃん。綺麗だよ」

「ね? やっぱりそれにして良かった!ーーーってわけで、じゃあイノちゃん」

「ん?」

「その星を天辺に飾ってください」

「え…隆ちゃんがやんなよ。ここまで用意したの隆ちゃんなんだし。星飾るっていったら一大イベントだろ?」

「大袈裟!いいの!イノちゃん付けて?イノちゃんに仕上げをしてもらいたいの」

「ーーーなんで」



こんな特別な作業。是非隆がやればいいと思うのに。それに星を飾る…なんて、隆の方が似合う気がするから。

銀色の大きな星を持ったまま、隆をじっと見ていたら。隆は次第に顔を赤らめて、ついには俯いて。それから小さな声で、呟いたんだ。



「ーーーイノちゃんがその星を付けてくれたら、ツリーを見るたびに嬉しくなるでしょ?」

「ーーーーーえ…?」

「お互い忙しくて会えなくても、このツリーは一緒に飾ったんだって…思えるじゃない」

「…隆」

「このツリーね?これは絶対イノちゃんと飾ろうって決めてた。でも忙しいのはわかってるから、クリスマスまでに。もう前日でも当日でもいいやって。ーーーだから今日は、偶然に会えて、ツリー飾れて…」

「ーーー」

「ホント嬉しかったよ?イノちゃん」



にっこりと。
散らかった部屋の真ん中で、ツリーの下で、隆は微笑んだ。




「ーーーーー隆…」

「え…?わっ…ぁ」



そんな事言われたら、隆が愛おしくて堪らない。
勢いよく隆を抱きしめたら、後ろに傾げた隆がツリーにぶつかって。反動でベルがチリン…チリンと鳴って、飾ったばかりの雪の結晶やサンタクロースのオーナメントがパラパラと降ってきた。



「イノちゃんっ…」

「ーーーん?」

「…どうしたの?」



ぴったりと寄り添った身体から、隆の鼓動が伝わってくる。
とくとくとくとく。
早い鼓動。

ーーーそうだな。きっと俺も同じだ。
こんな風に抱き合うのも、久しぶりだから。


「ーーー隆…」

「…うん?」

「ーーーーーごめんな?…全然、会えてなくて」

「イノちゃん…」

「ごめん」



謝るしか出来なくて。隆を抱いたまま、情け無い俺の声が響く。
すると隆の両手が俺の胸に突っ張って。
それからゴッツン…と、額同士がぶつかった。



「謝んないで」

「ーーー隆…」

「忙しいのはお互い様。今日はたまたま俺がオフだった。それだけの事。イノちゃんは何も悪くないの」

「ーーー」

「会えないのは…もちろん寂しいよ?でも、忙しいのは全部…音楽の為だもん」

「!」

「イノちゃんも俺も大事なもの。音楽の為って思えば…平気でしょ?」

「ーーーお前…」




力強さに、感応される。
弱ってる時に、隆がくれるパワー。

ーーー本当に、半端じゃないね。




「ーーー隆」

「ん?」

「ありがと。ーーーすっげえ、元気出た」

「そ?良かった!」




ぎゅうっと。今度は隙間なく抱きついてくる隆。擦り寄ってくる身体を、やっぱり愛おしく抱きしめていると。
さっきよりももっと、か細い。小さな声で隆が言った。



「ーーーでもね?ホントはいつだって会いたいんだ」

「ーーー」

「ーーー会いたいから、こうやって会えた時は嬉しくて。ーーー離れたくないよ」



縋り付く、隆の両手の力の強さがそれを物語る。
ーーーそうだよな。
会えなくて塞いでしまうのは、きっと隆も同じなんだ。でも塞ぎ込んでも仕方ないって。
煌めくツリーに願いを託して用意してくれたんだ。
あんな重い荷物、ひとりで抱えてさ?




「隆?」

「ん…なぁに?」

「お言葉に甘えて。俺が天辺の星を飾るよ」

「っ…うん!」

「ーーーだからさ?」

「ん?」

「星を飾ったら、ツリーの下でさ」

「ーーー」

「キスしよう?」




見せてくれたのは満面の笑み。でもやっぱりちょっと、恥ずかしそうに。

立ち上がって、銀色の星をツリーの天辺に飾る。星を戴いたツリーは、どことなく誇らしげだ。



「ーーーいいじゃん?」

「うん、立派なツリー」

「隆ちゃんが重い思いして運んだ甲斐あったな?」

「へへっ、そうだね!」



にこにこして、超嬉しそうな隆。
たった今言った事忘れてないよな?
床にペタリと座る隆の傍らに、片膝をついて隆と視線を合わせる。
途端に隆はハッとした顔をして、慌てて俺から顔を逸らそうとするから。
ーーーそれはゆるさない。



「ツリー見るたび、俺を思い出してくれるんだろ?」

「っ…ーーーうん」



頬を染めて、頷く隆の顎を掬って。
もっと近くで、見つめ合って。



「まだまだ、年末に向けて忙しくて会えない日もあるけど。クリスマスは、ちゃんと一緒にな」

「うん!」



前触れなく、唇を重ねてやる。
くっ…と一瞬息を止める気配がしたけど。柔らかく交わすキスで、隆の力も次第に緩む。
気持ちよくて、あったかい。

ツリーの下で、久しぶりの逢瀬。








「ーーー俺ん家にも飾ろうか」

「ん…え?イノちゃんのツリー⁇」

「俺もツリー見るたびに隆を感じられそうだし。ーーーうちのも一緒に飾ってくれる?」

「いいよ!じゃあ買いに行かないとね!」

「ーーー車でな?」

「わかってるよ~」



楽しみな予定を前に、不調はすでに消え去って。
これからどんどん寒くなる季節も、君と一緒に。




end?…→















久しぶりに隆と会えたから。
やっぱり離れ難くて、この日は一緒に夜を過ごす事にした。

ここにきてめっきり寒くなってきた夜。
夕飯の後は風呂を沸かして、隆と一緒に湯船に落ち着いた。





「ーーーあったかいねぇ」

「なー、風呂最高」




はぁ~…って、隆とまったり。
ホント、寒い季節はこれに限る。

ぽちゃん。
滴が落ちて、静かな風呂場に音が響く。
静かだなぁ…なんて思いつつ。なんでこんな静かなんだ?って目を開けると。
湯気で霞む向かいの隆が、ちょっと俯いているように見えた。
…そっか。隆がおとなしいから静かなんだ。




「ーーー隆?どうした?」

「え?っ…ううん、なんでもないよ」

「そ?」

「ーーー…うん」

「……ふぅん?」

「うん」

「ーーー」

「………」

「ーーー」

「……」

「ーーー…なんて」

「う?」

「誤魔化されると思ったか!」

「え?っ…あ」



バシャン!
思い切り隆を引き寄せたら、大きく波がたって飛沫が隆に降り注ぐ。
びっしょりと頭から湯をかぶって、隆はびっくりした顔で滴をしたたらせた。



「もぅ!濡れたじゃんか」

「風呂に入ったら濡れんのは当然。ーーーそれに、素直に言った方が身の為だと思うけど?」

「イノっ…」

「そんなおとなしいの、なんかあるんだろ?」

「え⁇」

「隆が黙ってんのつまんないし。せっかく一緒にいるのにさ?」

「っ…ーーー」

「ーーーどした?」

「ーーーーーーー……呆れない?」

「呆れないよ」

「まだ何も言ってないのに…」

「それでも。隆の言う事に呆れたりばかにしたりなんてしねえよ」

「ーーーう…ん」

「ん」

「ーーーーーー…あのね?」

「うん」




ポタポタと髪の先から水滴が落ちてる。
濡れ髪と赤い頬が可愛いなって思っていたら。
ここでもまた。
か細い、隆の声。



「ーーーシたくなっちゃった…」

「ーーー」

「久しぶり…で」

「ーーー」

「っ…ーーー」

「ーーー」

「……ほら」

「…え?」

「…やっぱりイノちゃん…呆れてる」



チラッと見上げる隆は、めちゃくちゃ可愛くて。
会えてなかったからこそ、その感激は大きくて。
俺は本当に、幸せ者だと思った。



「呆れてないから」

「ーーーっ…」

「俺も同じだよ」



お前だけじゃないよって、わかってほしくて。強請るみたいに色づいている唇を奪う。風呂のあったかさと、熱くなる身体。



「…ん…っ…」

「ほら…俺…も、」

「っ…ふ…ぁ」

「ーーー同じ…だろ?…りゅう」




風呂を上るまで我慢できるかどうか…。
でも、我慢なんかしなくていいか。


風呂の中で。
ツリーの側で。
眠りに堕ちるまで。
何度だって、愛し合えばいいんだから。






end



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