短編集・2
耳に響いた音にハッとした。
「ーーーぁ、」
今ここが何処だかも忘れて。
その音に聴き入った。
ーーー涙が、溢れた。
《音楽、歌、キミ。》
◇隆
最近の俺は、少々心落ち着かない。
嫌な感情では無くて、良い意味の。
ソワソワしてどきどきして、待ち遠しい気持ち。
それから視線を向ける回数が明らかに増えているのはカレンダーだ。
「ーーーあと、ちょっと」
スタジオの壁に掛けてあるカレンダーの前に陣取って熱心に見ていたものだから。背後に迫るひとの気配に気付け無かった。
「りゅーう!」
「っ、⁉」
急に声をかけられてギクリ!
パッと振り返ると、そこにはスギちゃんがいた。ーーー多分、俺がここまでびっくりするとは思って無かったんだと思う。スギちゃんは目を丸くして、降参ポーズで苦笑した。
「悪い、びっくりした?」
「ううん、平気。俺こそ大袈裟に驚いてごめんね」
「いいって。ーーーナニを真剣に見てたの?」
「え?」
「こんなに俺が近付いてんのに気付かないくらいにさ?」
「ーーーああ、」
そんなに熱中しているように見えたんだ。
…ちょっと恥ずかしいかも…
ーーーでもね?
今更スギちゃんには隠せないよね。
だって〝俺達〟のことを知ってくれているんだから。
俺はさっきまでジッと見つめていたカレンダーの…数字を、そっと指先で指し示した。
「29日」
「ん?」
「…9月の」
ここまで言えばわかってくれるよね?
こうして改まってその日にちに触れると緊張してしまう。
ーーー勿論、いい意味で。
スギちゃんはそれを見てすぐ心得てくれたようで、うんうん頷きながら俺の頭をくしゃくしゃと掻き回した。
「~~~スギちゃん…」
「なるほど、OKOK!わかったよ」
「…ん」
「今年はどうしようかなって、考えてたんだろ?」
「っ…ぅ…うん」
「せっかくだもん、喜んでもらいたいもんな?」
「ーーーうん」
ーーースギちゃんにはバレバレだ。
そう。
俺は悩みつつ迷いつつ、今日まで悪戯に日にちを経過させてしまった。
9月29日
彼の誕生日。
彼と付き合いだしてからも、その前までも。
一年に一度のこの日のお祝いは、どんなカタチであれ、させてもらって来たけれど。
ーーー今年もこの日を迎える準備。
せっかくだから喜んでもらいたくて、色々考えてきたけれど。
ーーー考えすぎて…っていうか。どれもこれも今までとおんなじに思えて。
…ちょっと煮詰まってきてしまっていたトコロで。
「ーーーどきどきするし、そわそわして、イノちゃんとこの日を過ごすのが待ち遠しいのは勿論なんだけど…」
「うん」
「ーーーイノちゃんが一番喜んでくれるのって、どんなプレゼントで、どんなバースデイなんだろう?って」
「ーーー」
「…もうあと数日なのに決まらなくて」
思わず情け無い笑みが出る。
だって不甲斐ないんだ。
イノちゃんは毎年毎年、俺がポカンとしてしまうくらい素敵な誕生日をくれる。
次から次へとそれこそ魔法みたいに。
だから俺も、イノちゃんがあっと驚く誕生日をプレゼントしたい。
「………」
焦れてきて、もしかしたら変な顔してたのかも。
スギちゃんは肩を竦めて…なんか笑ってる。
「…なに?スギちゃん」
こっちは真剣に悩んでるのにさ。
そんな思いを込めてチラリと睨むと、今度はニヤリと笑った。
そして。
「どんなだって、隆からなら喜ぶって、イノはさ」
「ええ…?」
「そーゆうもんでしょ?好きなひとからのプレゼントって」
「…そ、かなぁ…」
「そうだよ」
「ーーーうー…ん」
「…でもまぁ、やっぱ音楽かなぁ?」
「え?」
「俺だったらさ。ーーー隆にもらって嬉しいプレゼント。やっぱり音楽だと思う」
「!」
「離れらんないから、俺ら。音楽からはさ」
イノもきっとそうだよって。イノは音楽とも隆とも離れらんないんだよって、俺の頭をくしゃりと撫でて出て行った。
「ーーーーーー音楽…」
スギちゃんが残していった言葉を呟いたら、不思議と迷いが霧散した気がする。もう初めからそれしか答えが無かったみたいに。
「ありがとうスギちゃん」
もういなくなった彼にお礼を言って、俺も続いて部屋を出た。
◇INO
誕生日。
毎年思うことだけど、この歳になってもたくさんの皆んなにお祝いされて。音楽に包まれたこの日を迎える事が出来る俺は、本当に幸せな奴だと思う。
今年の誕生日もライブ。
ステージの上で、仲間と、ファンの皆んなと過ごす事ができるんだ。
「ーーー楽しみ」
早くステージに行きたい。
皆んなと音楽でひとつになりたい。
だってあの場所が、俺の居場所なんだ。
ふっ、と。
彼の顔が浮かんだ。
浮かんだ途端に、照れ臭くて笑いが溢れた。
それは隆。
俺の好きなひと。
俺が誰より大切なひと。
音楽と隆。
俺の大切なものだ。
「そういえば隆、来られそうかなぁ」
バースデーライブに隆を誘ったのは数日前。
隆も自身の仕事があるから、スケジュール確認してみるねって言ってたけど。
どうだったかな。
ーーー以前の俺のライブで、隆に飛び入り参加してもらった事があって。
俺が連れ込んだりとか、メンバーによるサプライズだったりとか色々だったけど。
「すげえ楽しかったんだよなぁ」
ルナシーとも、ユニットとも違う。
俺が好き勝手やってるソロのステージに、隆の存在。
そこで隆と歌う。
それってさ。
言葉は無くとも、言っているようなものなんだ。
そこにいる皆んなに。隆に。
このひとが、俺が愛してやまない。
大切なひとなんだ…って。
だからホントは、バースデーライブ。
また来てもらえた嬉しいと思っている。
…まぁ、隆も忙しい身だから、そうそう簡単にはいかないと思うんだけど。
「来られそうかなぁ…」
来てくれたら嬉しい。
もちろんライブ自体が、最高に楽しみだけど。
仲間とファンの子達と、隆と。
ちょっと我儘かもしんないけど、俺の大好きなものに囲まれて。
このライブを…。
◇INO
「おはようごさいまーす!今日は一日よろしく‼」
会場入りすると、既に数人のメンバーとスタッフが控え室で荷物を解いてた。
おはようございます!って挨拶が飛び交う中で、俺も部屋の片隅のスペースに荷物を置いた。
すると。…ん?
〝スペゲスさん専用スペース〟
って書かれた紙が、その隣の長椅子に貼られてる。
しかもなんかリボンで可愛くデコレイトされてる。
この字は…マネージャーの字。
俺の様子を見ていた周りの皆んながニヤニヤにこにこ。
…え?ねぇ、もしかしてこれって。
「良かったっスねぇ~イノランさん!今年も来てくれるそうですよ!」
「!」
「ついさっき、連絡があったってイノランさんのマネージャーが」
「ーーーそれって!」
「隆一さん!今日のステージに遊びに来てくれるって」
「やっ…」
「ハハッ」
「やったぁー‼隆ちゃん!」
「あははは!めちゃくちゃ喜んでますね」
「そりゃそうだー!」
音楽と仲間とファンの子達と、隆と。
今年も大好きなものに囲まれて、ステージに立てるんだ。
◇隆
スケジュール調整に時間がかかっちゃったけど、良かった。ここに来ることができた。
もともと今日入っていた仕事を前倒して昨日終わらせた。
「でもプレゼント買いに行く時間なくなっちゃったんだけど…」
早めに探していれば良かったと後悔…。
でも、スギちゃんの言葉を思い出して気を取り直す。
〝音楽と隆〟
それがあればいいって。
でもホントにそれでいいのかなぁ?って、ちょっと思っちゃうけど。
お祝いしたい気持ちは本物。
イノちゃんと音楽で繋がりたい気持ちも本物。
それをあげたら、喜んでくれると信じて。
さっきマネージャーと一緒に連絡したら、イノランバンドの皆んなも楽しみにしてくれてるって言ってくれたし。
もう、行くのみだよね。
「おはようございます。今日はまた突然…お世話になります」
開けっ放しの控え室のドアから顔を出して挨拶したら。
それまで談笑大盛り上がりだったメンバー達が、ワッと集まって、部屋の中にぐいぐい。
「今日はよろしく」
「こちらこそ!親分、大喜びでしたよ」
「ふふっ、親分?」
「そう!親分、船頭、棟梁…」
「あはは!」
「番長!あ、影番⁇」
わはははって、再び大盛り上がりの控え室。
ーーーすると
「だーれが影番だっての」
「あ、船頭!」
「棟梁!」
「シェフ!」
「ふふふっ」
面白いの。
これがイノランバンドの良いところだよね?
「ったく…。」
「イノちゃん」
「隆ちゃん!…なんか来て早々、大喧騒で」
「それがいいじゃない!イノちゃんバンドの醍醐味」
「まぁな?」
「うん!今日はよろしくね」
「こちらこそ!来てくれて本当にありがとう。忙しいのにさ」
「それも込みでの誕生日プレゼントだから気にしないで。今日のライブ楽しみだよ?」
「俺も!ーーーなぁ、一緒に歌えるだろ?」
「いいの?」
「もっちろん!隆と歌いたいんだ」
「うん!」
イノちゃんの歌。
どれも大好き。
どの曲も一緒に歌ってみたいけど、どれにする?
◇INO
始まってしまえばエンジン全開!
一曲目から大盛り上がりだ。
皆んなこの日を楽しみにしててくれたんだって、やっぱり嬉しくなる。
二曲、三曲…ちょいと喋って四曲目。
この辺りで息が上がってくるから、少々メロウな曲を。
しっとりした。雰囲気に包まれた場内で、またここで村田さんのアドリブギターがギューンッと響く。
RYO君とu:zo君のリズムが続いて、ここで。
ここで、ここいらで。
呼んでもいいかな。
今日のスペゲスさん。
スペシャルゲスト。
三人の音が、呼んじゃえ呼んじゃえ!って煽ってる。
振り向けばニコニコ。
ーーーわかってるよ。
笑いが引っ込められないのは誰よりも俺だって。
「今日は、特別なお客様が。来てくれています」
わぁ!と歓喜の色が広がる。
「音楽と仲間とファンの皆んなと。…一緒にこのステージを楽しめたら、俺にとって何よりのプレゼントです。ーーーーー呼んでいい⁇」
「いくよ⁈」
ーーーヤバい。
どきどきしてきた。
彼の名前を、ここで。呼ぼうとするだけで。
ーーーでも…
「隆一」
俺の大切なひとだから。
心を込めて呼ぶよ。
「隆ちゃん」
「はぁい」
「ーーー隆」
「お招きありがとう。今日はイノちゃんのお祝いだから、心を込めて歌うよ」
現れた隆に、皆んなも大歓声。
隆も。
なんて艶やかに微笑むんだ。
◇隆
イノちゃんと一緒に歌ったのは、イノちゃんの作ったラブソングだった。
どの曲歌う?って控え室で考えてた特に、俺がリクエストした。
…普段、プライベートで言い合ってるみたいな。
好きだよ…とか、愛してるって。
そのまま歌ったみたいな曲で、ちょっと照れくさかったけど。
でもいいんだ。
だって今日は誕生日。
精一杯の祝福をイノちゃんにあげたい。
一曲歌って、ステージ控え室のモニターでひとりライブを観る。
ーーーイノちゃん、本当たくさん歌うようになったなぁって、嬉しくって微笑む。
音楽で繋がってる。
歌でも繋がってる。
それが嬉しいの。
「ーーー繋がる…かぁ」
いい言葉。
大切にしなきゃね。
「イノちゃんとは、音楽もだけど。心も」
ーーー隆。
「ーーー身体も」
ーーー好きだよ、愛してる。
「繋がってるよ?」
じんわりした気持ちに浸っていたら。
モニターの中から、アコースティックギターの音色が聞こえて釘付けになった。
耳に響いた音にハッとした。
「ーーーぁ、」
今ここが何処だかも忘れて。
その音に聴き入った。
ーーー涙が、溢れた。
◇INO
ライブが大歓声の中終わって、メンバースタッフ、ささやかなお疲れ様会をして。
隆を連れて家に帰り着いたのは、もう間もなく日付が変わる頃だった。
「っあー!楽しかった」
「お疲れ様イノちゃん」
「隆もね、」
「俺は全然だよ。お邪魔しちゃったんだし」
ふるふると首を振って恐縮してるみたいな隆だから。
隆の鞄を奪って、その手を繋いで。
自分で言うのもアレなんだけど、めちゃくちゃ上機嫌な俺。
それだけ今日のライブ、誕生日が最高だったんだって。改めて実感。
「俺ね、」
「ん?」
ソファーに隆をエスコートして、隣同士で座ると。
隆ははにかんで、こう言った。
「俺ね、あの後控え室のモニターでイノちゃんのライブ観てたの」
「そっか、ありがと。ーーーどうだった?」
「ーーーうん、」
「ん?」
「ーーーーー泣けちゃった」
「ーーーーえ?」
隆の返事は、俺の予想を反してて。
…っていうか、そう言えば以前の隆もそうだった。
ステージ袖で俺のライブを観てくれていた時、隆は泣いていた事があったんだ。
「ーーー多分ね?」
「うん」
「ピュア、で」
「ーーー俺の音?」
「音楽が好きって、いっぱい詰まってる音と歌だから。イノちゃんのライブ、泣けちゃうんだよ」
「ーーー隆…」
「だからね、そんなステージに呼んでくれて、嬉しかった」
「ーーー」
「イノちゃんのプレゼント、何がいいかずっと迷ってたんだけどーーーーー」
「ーーー」
「一緒に歌えて、側にいられて。ーーー少しはお祝いできたかなぁ…俺」
「っ…ーーー当たり前だろ」
堪らなくなって、ぎゅっと隆を抱きしめた。
途端にふんわり香る隆の匂いが愛おしい。
物じゃなく。
バースデーケーキもご馳走もシャンパンも、もちろん嬉しいけれど。
そうじゃないんだよ。
俺が一番欲しいもの。
それは物じゃない。
それは今日のステージに全部揃ってた。
全部もらったんだよ。
ーーーそれから。
それから、お前。
「好きな子と一緒に歌えたんだから」
そう言ったら、隆が腕の中でくすくす笑う。
なんだよ?って顔を見たら、頬を染めた隆がいた。
「ーーー好きな〝子〟?」
ーーーまぁ、隆の言わんとしている事はわかる。
大人だし、男だし。
好きな子っていうのはちょっと照れくさいけど。
でもさ、やっぱり俺の好きな子に変わりはないんだ。
「好きな子だよ」
「…なんか恥ずかしいね」
「ん?ーーーじゃあ」
「え、」
「好きだよ。ーーー隆ちゃん」
隆は真っ赤になって。
言い方変えただけじゃんか!ってジタバタするから、嬉しくなってもっと抱き込んだ。
そしたら、ごろん。
一緒にひっくり返ったから、尚もうーうー言う隆の口を塞いでやったんだ。
柔らかく唇を抉じ開けると、隆は甘い声を漏らして縋り付く。
「っ…ふ、ぅ」
「は、」
「ーーーん…っ…」
最高のライブをたくさんの皆んなと過ごせたから。
ここからは、隆との時間だ。
なんて我儘で贅沢な奴だって思うけど、今日だけはどうか…。
どうか。
◇IR
服をはだけて、さらさらと触れたら。隆はぎゅっと目を瞑って身体を固くした。
初めてじゃないのに、こういうところが可愛い。
「ーーーもしかして寒い?」
「違っ…」
「ん?ーーーじゃあ、」
「ぁん…っんん」
「気持ちイイ?」
ちょっと意地悪かなぁ…って思いつつ。
やめられないからタチ悪いよな。
さっきまで興奮してたライブの熱は、今や隆への熱に変わる。
…や。もしかしたら、全部繋がっているのかもしれない。
音楽の熱。隆を想う熱。
どちらにしても、俺をさらに興奮させるのに充分で。
「ぁ…っーーーや」
「抱きたい。ーーー隆、いい?」
「イノちゃ、」
「ーーーーーいいか?」
「っ…」
間近でじっと隆を見つめたら、しばらくして隆は力を抜いて。
白い両腕を俺に絡ませて、微笑みながら。
こくん。
頷いてくれた。
「ん。ーーーーありがと」
「ぅん、ーーーんっ…」
「隆、りゅうっ…」
「ーーーあっ…」
「ーーーーーりゅっ…ーーー俺、」
「あ、ぁっ…んぁあっーーー」
「すげっ…ーーー幸せ」
隆を抱いたまま、日付を越えた。
もう昨日になってしまった、夢のような時間は宝物だ。
その時間を共有した隆と、心も身体も繋がって。
胸がいっぱい。
本当に、最高のプレゼントをもらったからな?
切れぎれの吐息をつきながら、隆が言った。
「ーーーまた、来年。ね?」
「ん?」
「誕生日は、一緒に」
「…隆」
「おめでとう、イノちゃん」
「り…」
「ん…っ」
言おうとした言葉は隆に阻まれた。
隆からのキスは、新しい歳になって最初の贈り物だ。
こんな事されたら、もう絶対に離せない。
新しい一年も、一緒に進んで行こうな。
音楽とも、キミとも。
end
happy birthday…INORAN
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