短編集・2
白い浴衣
裾にほんのり 薄水色の波紋の輪っか
帯は墨色
紅色は草履の鼻緒
まるでお前は
すくわれるのを待ってる
金魚みたいだ
・*:.金魚 .:*・゜゚・*
「今年もおふたりさんに!浴衣持って来たよ~」
真ちゃんだ。
いつもの朗らかな笑い声と共にスタジオにやって来た彼は、粋な模様の風呂敷包みをテーブルに置いた。
ここにいたのは隆と俺。
真ちゃんの登場に、おはよう~!と挨拶しながら側に寄る。
「浴衣?」
「そうそう、イノと隆ちゃんに似合うと思ってさ」
「ーーー真ちゃん、毎年どうもありがとう」
「なんかこの季節に真ちゃんに浴衣選んでもらうの恒例になっちまったな」
「いいんだよ、うちの衣装箪笥にいっぱいあってさ。ずっと仕舞いっぱなしも勿体無いし、イノ隆ちゃんに浴衣選ぶの毎年の楽しみだからさ」
だから着てくれたら嬉しいって。箪笥で眠ってた浴衣も喜ぶよって、真ちゃんはにこにこしながら言った。
今夜も祭あるんだよ。近くの神社と、ちょっとだけ離れた町の神社でも。
夏の週末って感じだね~
夕方時間あったらさ、良かったら着ていってよ。
ーーーそう言い残して真ちゃんは早々に帰って行った。
どうやらここへ来たのは仕事のついでで、外にマネージャーを待たせてたみたいだ。
真ちゃんが帰って行った後、早速風呂敷を解いてみる。
出てきたのは二人分の浴衣一式。
隆には白、俺は今回は群青の浴衣。
「ーーーわぁ、全部持ってきてくれたんだ。浴衣と帯と…草履もあるよ」
「さすが真ちゃん。万全」
「ねぇ?ここまで準備してくれたらね」
「ーーー行くしかないって感じか?」
「うん!行きたい行きたい!せっかく今日はもう仕事片付きそうだもんね」
「だな、行こっか。これから着付けして向かったら、夕暮れ時にちょうど良さそうだ」
「やったぁ!」
ーーーそんな訳で、今夜の予定が決まった。
真ちゃんが教えてくれた今夜開催の2箇所の祭。
どっちにする?って隆に訊いたら…どっちでもお祭りは楽しいと思うけどって。
「じゃあせっかく浴衣着るんだし、少し歩いて遠い方の神社行こうか」
「そうだね。初めて行く神社だものね。楽しいかも」
「真ちゃんオススメだから間違いないでしょ」
「うん!」
…って事で、俺たちはスタジオを出て、夏の夕暮れ間近の道を。
ゆっくりゆっくり…
歩くことにしたんだ。
ジーワジーワジー…
カナカナカナカナ…
日中の賑やかな蝉の声と、日暮れ時のヒグラシの声が混じってる。
生温い風、アスファルトから立ち昇る地熱はまだまだ健在なこの時間。
歩くだけで汗ばんでくる肌に、時折スッと浴衣の隙間から風が通る。
それが気持ちいい。
ーーー夏だなぁ…
さらさら…
ひらひら
ゆらゆら
歩く度。
隆の黒髪が夕方の風でさらさら撫でられる。
歩を進める度、浴衣の裾や袖がひらひら翻る。
そして草履を履いて歩く隆はどこか夢心地。
ゆらゆら…泳ぐみたいに俺の隣を歩く。
「今日の隆の浴衣は夜道で目立ちそう」
「ん?」
「白っぽいからさ、暗い場所でもわかるよ」
「ね。真ちゃん今回は白いの選んでくれたんだね。ーーーでも裾の方に水色の…波紋?」
「夏らしいな。しかも草履の鼻緒が赤いからさ、なんか隆ちゃん…」
「ん、?」
「金魚みたい」
「ーーー金魚?」
「白と赤の金魚っているじゃん。あ、でも隆は黒髪だから黒い金魚かなぁ」
「黒いの?ああ、金魚すくいで小ちゃくて丸っこい出目金いるよね。尾びれがひらひらしてて、赤い金魚達の群れに一匹だけ混じってたりする…」
「そうそう。可愛い奴」
「ーーーん?」
「一生懸命泳いでてさ。どうしてもそいつ連れて帰りたくなる。…って、金魚すくい見るたび思ってた」
「そ、なの?」
「そ。」
じっと、ここぞと隆を見つめてやる。
そらせないように、真っ直ぐに。
そうすると隆は何かに勘づいたのか、スス…と二人の間に距離をとる。
ーーーのを、肩を引き寄せて留めた。
「イ、」
「だから今夜、隆を連れて帰るから」
「ーーーぇ?」
「ーーーって、これから祭りの後の予定に話が繋がるわけ」
「っっ…~こじつけ」
「ハハハ!いいじゃん、隆もそのつもりだっただろ?」
「~~そうだけどさ…。もぅ、」
プイと顔を背けた隆の頬っぺたが真っ赤になってて、それを見て俺は上機嫌になる。(だってこれって相思相愛だ)
いつもよりもっと目が離せない隆の手を繋いで、かすかに聞こえ始めたお囃子の音の方へ。
俺たちは歩いていった。
ゆらゆら…
ひらひら
綺麗なグリーンの水草の隙間
透明な水の中
ぽとんと落とされた ビー玉の上
幾重もの円い波紋を描いて
赤いの
白いの
金色の
それから…黒いの
提灯の灯りとお囃子の音に包まれた空間で
俺を誘う
捕まえて
連れていって
あなたの水の中で
わたしを…
ーーーって。
「面、ヨーヨー、綿菓子、射的、りんご飴」
「う?」
「…外せないよな」
「ーーーなんで?」
「俺の中で隆に似合うものだから」
「ーーーーーー」
「そーゆうの持って歩く隆が見たいから!」
「もぅ!恥ずかしい事でかい声で言わないでよ!」
「(コソ…)ーーー見 た い か ら」
「コッソリ言っても恥ずかしいの!」
「我が儘だなぁ、隆ちゃんは」
「どっちが!」
「いいじゃん?祭りは楽しまないと!って事で、」
「え、」
「片っ端から、GO!」
「えぇっ…⁈」
隆をぐいぐい引っ張って、屋台の端から攻めていく。
さっき挙げた店はもちろん、こうゆう場所ならではのグルメも楽しんで。
いつの間にか隆もにこにこしてる。
暑いのも忘れて (めちゃくちゃ暑いんだけどさ) 童心にかえったみたいに隆と祭りを堪能した。
もうすっかり夜の頃。
さっきまで中央の方で盆踊りの音楽がしてたけど。
いつのまにかそれも終わったようで、帰る人たちの波が目立つようになる。
隆は手に土産いっぱい。
青いヨーヨー、真っ赤なタコ風船、綿あめ(ドラ○もんのパッケージ!)、外せない!りんご飴、ライブグッズみたいな蛍光ピンクに光るブレスレット。
祭りを堪能しましたって姿で、隆もまんざら嫌じゃなさそう。
「ーーーで、結局無かったな」
「ん?」
「金魚すくい」
「ーーーあ、そ…だね」
そういえばって。イチゴのかき氷をしゃくしゃく食べながら隆は頷いた。
買ったばかりの時は山になってた氷も、もう赤い(赤っていうか賑やかなピンクみたいな)ジュースに近い。
チラリと覗いた舌先が赤く染まってて、その舌先が甘いって事を知ってる俺は、可愛くて堪らない気持ちをぐっと我慢して笑ってやり過ごした。
「お面も買ってやるって言ったのに…」
「っ…い、いらないよー!だって使い途無いじゃんか」
「使い途どうこうじゃないんだって。この祭りの場において浴衣姿の隆が面を付けてるって事が重要なの」
「…なんで」
「可愛いから。そうゆう隆を俺が見たいから、じゃダメ?」
「っ…ぅ、」
「だってそーゆうもんじゃないの?好きな子のいつもと違う姿見たいとか、そうゆう気持ち」
「ーーーーーーわかるけどさ」
「ーーーわかる?」
「…うん」
「……俺もそうだもの」
「ーーー」
「さっき射的、してくれたでしょ?」
「ああ、うん」
「あれ、」
「ーーー」
「あーゆうの。ね?」
「ーーー」
「隣で。イノちゃんの横顔見てて、どきどきした」
そう、さっき屋台の途中で射的をした。
久々だったから上手く当てられるか…って思ってたけど、ビシッと弾が当たったのは夜道で光る輪っか。おめでとう!って手渡された蛍光ピンクに光る輪っかを隆の手首に付けてやったら、ちょっと恥ずかしそうに笑ってた。それから、ライブのグッズみたいだねって言うから、そうだなって俺も頷いた。
ーーーそんな他愛ないひと時を。
そっか…。隆はどきどきして見てくれていたんだ。
でも、そうゆうのがいつもと違うって事の醍醐味かもしれない。
いつもと違う格好。
初めて行く場所。
それだけで隣で笑う恋人に、いつもよりもっとどきどきしたりする。
「ーーー」
はにかんでいる隆を見ていたら、柄にもなく俺も照れてしまった。
騒めく人々の中で、俺と隆がふたりきりになったみたいで。
見つめ合う俺たちの隙間で揺れる祭り灯に酔いながら。
土産いっぱいで塞がった隆の手荷物を奪って、空いた手をすかさず絡ませた。
「帰ろっか」
「ーーーうん、」
少し物足りなさげに聞こえた隆の返事。
それを良いように解釈する事にして、隆の耳元でもう一度これから先の予定を囁くと。
隆はぱっちりと目を見開いて、そのあとじんわりと嬉しそうに笑ってくれた。
「あ、」
それまで隣で草履の擦れる音がしていたと思ったら。
ピタリと止まって、隆の手が繋いだ俺の手をくいくいと引いた。
「?」
なんだ?と思って俺も止まる。
すると隆の視線は境内を出た後も点々と続く屋台の一軒に注がれていた。
外の遊歩道は桜並木になっていて。その屋台は今は青々とした葉桜に隠れるように開店していた。
ーーーそれは。
「金魚すくい」
「うん、あったね」
「ーーー客、いないな。他の店はまだまだ賑わってんのに」
「…ホントだね」
金魚すくいなんて人気がありそうなのに。その屋台の周りだけはやけにシンとして静かだ。
でもこれって、生き物を飼うという責任が付いてくるものだから、眺めるだけでとどまる人もいるだろうなと思う。
隆の手を引いて、その屋台の大きなタライを覗いた。
水の中に赤と白の金魚がたくさん。
簡易的な電球に照らされた金魚達は、水面の光も相まってきらきらしてて綺麗。
「あ、いるよ」
「ん?」
スッと、隆がしゃがんだ。
揺れる水の中を指差してる。
「ほら、黒い子。小さな黒出目金」
「ああ、ホントだ。…一匹だけいるな」
「ね、可愛いね」
さっきの会話を思い出す。
今日の隆は金魚みたい。
隆は黒髪だから黒い金魚かな、って話。
ーーーそんな事を言ってたせいか、水の中でひらひら泳ぐ小さな黒出目金がやけに気になった。他の赤い魚に比べて身体が小さいせいもあるのかな。
「ーーーイノちゃん、」
「ん、隆ちゃん。やる?」
「ぇ、?」
「うちにちょうどいいガラスのケースがあったはず。一匹なら連れて帰って、飼えると思うよ」
「ーーーほんと?」
「うん」
うん、いいよ。
隆と俺と、二人で。
二人でコイツを育てる。そうゆうのもいいんじゃないかって思った。
水草や餌を買いに行こうとか、金魚の事を一緒に調べてみようとか。
そうゆう楽しみも生まれそうじゃないか。
俺たちが店の前で立ち止まったからか、さっきから新聞を広げていた店主がこっちを見て。
「ーーーーーいらっしゃい」
「ーーーあ、はい」
「すくったら三匹まで持ち帰りね。すくえなくても好きなの一匹あげるよ」
「ーーー」
「気に入ったのすくってね」
「ーーーーー」
ーーーーー気ニ 入ッタノ スクッテ ネ。
ぎゅ。
「隆…?」
隆の返事は無い。
でもその代わり隆の手が、俺の手を強く握った。
それで、ああ…。って。
わかったよ。
「やっぱりいいです」
「ーーー」
「すみません。綺麗な金魚、見せてくれてありがとうございます」
「イノ…」
「行こ、隆ちゃん」
しゃがんでいる隆を、クッ!と。今度は俺が隆の手をぎゅっと繋いでどんどん歩く。
隆はいきなりの事で店を振り返り振り返り、俺の顔を交互に見ながら、遅れないように慣れない草履で付いてくる。
店主の声が後から聴こえてきそうで、俺は何故か逃げるように大通りに出た。
ざわざわした雑踏。
遅くまで鳴き続ける蝉の声。
それに妙にホッとして。
俺は再び隆と手を繋いで歩き出す。
「ーーー」
ちらちら。
隆が気にして俺の方を見てる。
あんな行動を急にしたから気にしてるんだろう。
「ーーーごめん、いきなり」
「ぅうん、」
「…本心は、欲しかった?」
「っ…」
「黒い金魚」
「ーーーーーー…ううん、」
「ーーー」
「忙しいし、俺たち。ーーーいつも家に居られるわけじゃないし。ーーー数日家を空けたら、ご飯あげられない、し」
「ーーー」
「可愛かったけど、でも。そうゆうの色々考えたら、やっぱり可哀想だよね」
「ん、」
「ーーーだからイノちゃん、ありがとう」
「ん?」
「やっぱりいいですって、言ってくれて」
「ーーー…それもあるけどね。そんな理由ばっかりじゃなかったんだ」
「ぇ、?」
ーーーーー気ニ 入ッタノ スクッテ ネ。
「そんな簡単なもんじゃないよな」
「ーーー」
「ーーーそうじゃなくて、」
よくわかんねぇ。
うまく言えないけど。
でも。
それは俺にとって隆なんだ。
金魚すくいで、こんな気持ちに改めて気付かされるなんて思ってもいなかったけど。
俺の全部をかけてもいいって思えるのは。
誰かの全部、受け止められるのは。
「ーーー隆だけなんだ」
小さな黒い金魚は、あの水の中から出てしまったら。
例えばあの群れの中に…いたとしたら。
大切な誰か、が。
悲しくて、寂しくて。
死んでしまうのかもしれない。
「浴衣、汗かいたな」
「ーーーーー真ちゃん、に」
「ん、クリーニングして返そうな」
「…ん、」
いくらか涼しくなった夜間とは言え、家に着く頃には汗だくで。
早くシャワー浴びようと言う隆の腕を掴んで、俺は隆をソファーに押し倒した。
ーーーエアコンはつけて。
「ゃだ、ぁ」
「ーーー言っただろ、祭りの間にさ」
「だっ…汗、」
「隆のはいいんだよ。それにどうせまた汗かくんだから同じだろ?」
いやいやする隆の浴衣の裾から手を滑らせて、片手では帯を解いていく。
合わせた衿もとから肌が覗いて、俺は唇を寄せる。
硬くなった胸の先端を舌でちろちろと突くと、隆はひくんっ…と背をしならせた。
「ーーー帰ったら脱がせるよって」
「ぁんっ…ぅ、」
「隆の匂いも全部好き。ーーーこうゆう事する時さ、」
「ん、んんっ…」
「隆の匂い、甘い匂いがする」
しゅるっ。
背に回っていた帯を完全に引き抜くと、浴衣だけ羽織った隆が真下に見える。
浴衣が白いから、白い肌と上気したピンク色の部分がめちゃくちゃ綺麗だ。
「ーーーやっぱ俺はお前がいい」
「っ…ぁ、」
「連れて帰るのも…いいな、って、思ったけど、」
金魚。
真っ黒で、目の前の恋人とどこか似ている、小さな魚。
ーーーでも。
お前をただひたすらに愛でたいんだって、気付けた。
「っ…ぁ、ああっ…」
「隆…っ…」
隆の脚を抱え上げて、指先で慣らした秘部に自身を突き立てた。
濡れた音が響いて、俺を奥まで誘い込む。
ぐいっぐいっ、と突くたび。俺の腹に擦れる隆のものを片手で扱きながら、俺は気持ちに任せて抜き挿しを繰り返す。
すりすりと隆の脚が俺の腰に絡んで、俺の首元にしがみ付いて。気持ちいいって思ってくれてる事が俺を余計に煽る。
堪らなくて、噛み付くように唇を重ねた。
くちゅくちゅと舌先を絡ませて何度も角度を変えてキスをするともうわけがわからない。
「ーーーィ、あ…あぁんっ…」
「ーーーーーーりゅ、っ…」
「ゃあっ…ぁ、も、ィ…ッちゃ…」
「ーーーーーーっ…いい、よ」
隆の声を聞きながら、最奥を暴く様に突くと。
俺の手の中で隆は熱を吐き出して、俺の放ったものを隆は受け止めてくれた。
ざあああああ
流石に、シャワーを浴びる。
汗だくで、愛液にまみれた隆を抱えてバスルームに飛び込んだ。
ざっとシャワーから湯が出ると…続き。
シャワーに打たれながらキスを交わす。
早々に勃ち上がり始める互いのものを擦り合わせながら、自然と腰も揺らめきだす。
「ーーーぁんっ…はぁ、」
「す、げ…」
「…ぁっあぁ…」
「エロすぎだろ…お前」
「だっ…て、ぇ…ーーーーーっ…ぁん、」
ぽたぽたと湯に混じって新しい愛液が溢れる。
湯にのぼせるからこれで終わるつもりが止まらない。
隆をバスルームの壁に手を付かせて後ろから挿れた。
「ーーーーっ…ぁあっ…イ、ノ…」
「ーーーも、イキそう…か?」
「んっ、ぅん…」
「ん、俺…も」
一緒にって。
達する直前で隆を反転させて、繋がったまま隆を抱きしめた。
涙でぐちゃぐちゃになっても、隆は微笑んでくれて。
ズグンッと。
俺の鼓動が壊れそうに高鳴った。
求めて求めて際限がない。
それは互いに気付いたから。
ずっと前から知っていたけど、改めてわかったんだ。
二人じゃなきゃだめなんだって。
俺という水だけでも。
隆という金魚だけでも。
それじゃだめで。
何もいない水は干上がるばかり。
水を得られない金魚は死んでゆくだけ。
俺たちは一緒じゃなきゃ、意味が無いんだって。
「ーーー痛い」
「さすがに、そうだよな…」
ごめんなって、風呂上がりの隆の脚や腰をさすってやると。隆は大丈夫!って言いながら、ぎゅっと俺に抱きついた。
「まだ平気だよ?まだできる」
「ーーー無理すんな」
「平気だもん。だってイノちゃんとえっちした痛みなんて嫌なものじゃないもの」
「隆、」
「愛してくれたから痛いんだよ。だから幸せ。ーーーそれより痛いのはね、」
「ん?」
「ーーーーーー」
「ーーー隆?」
急に黙ってしまった隆を覗き込むと、隆何やら読めない顔してたけど。
もう一度、隆?って名前を呼ぶと、今後はにこっと笑って唇を重ねてくれた。
「ーーーんっ、…なんでもない」
「ーーー隆」
「なんでもない。幸せだから、言う必要ないや」
「ええ?気になる」
「いいの。ごめんね、言いかけたのに」
「ーーーまぁ、良いならいいよ」
「ん、」
「俺はもうお前から離れる気無いし」
「っ…」
「離す気は無いし」
「ーーーーーっ…うん」
ひとつの水に、一匹の黒い金魚。
きっと隆が言いかけた言葉は、このどちらかが無くなってしまう事。
(努力して、ずっと側に…)
この夏が過ぎても、次の夏が過ぎても。
このひとつの夏の風景は、この先も続くんだ。
end
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