短編集・2
スギちゃんが言った。
「隆~おいでおいで!これきっと、隆すっげぇ好きだと思うよ」
くしゃっとした笑顔で、大きな手振りで。スギちゃんは俺を呼ぶ。
真ちゃんが言った。
「おーい隆ちゃん!ちょっとこっちおいで、これ隆ちゃん好きでしょ?」
豪快な笑い声と、どっしりした貫禄。ホントにお父さんみたいな大らかさで、真ちゃんは俺を呼ぶ。
J君が言った。
「おい隆、ちょっと来いよ。こんなのお前好きだろ?」
口の端をちょっと上げて、人懐っこい笑みで。長い腕をちょいと動かして、J君は俺を呼ぶ。
おんなじ俺を呼ぶ『おいで』なのに。
みんな違う。
三者三様ってこうゆう事だよね。
違うけど、本質は同じ。
みんな、あったかい。
みんな、優しいんだ。
三人からそれぞれに貰った、プラモとかお菓子とかCD。
あっという間に両手いっぱいになって、ほくほくと嬉しくて。
何でみんな、こんなにくれるんだろ…?って、ちょっと思ったけど、やっぱり嬉しくて。
トコトコと楽屋までの廊下を歩いていたら、後ろから呼ばれて立ち止まった。
「隆ちゃん」
足を止めて振り返る。
顔を見なくても誰か…ってわかるから。振り向いた俺は嬉しそうな顔をしてたと思う。
「イノちゃん」
そこにいたのは、俺の恋人。
優しくて、ちょっと意地悪で、格好いい、大好きなひと。
口元をニコッとさせて、両手をポケットに入れて俺の方を見てる。
見慣れてるはずなのに、思わずどきっとなってしまうくらい格好よくて。
…照れてしまって。
照れてるってバレないように、ちょっと俯いてイノちゃんの側に近寄った。
「隆ちゃん、なんか色んな物持ってるね」
俺の両手に抱えられた、三人から貰った物をイノちゃんは目を細めながら見て。真ちゃんから貰った一番大きなお菓子の箱をひょいと奪ってすたすた歩き出した。
「イノちゃん、待って」
遅れないように、俺もイノちゃんの横について廊下を進む。
どこ行くの?と聞こうとしたら、くっ…と、腕を引かれて連れ込まれたのは、イノちゃんの控え室だった。
皆んなで集まる大部屋の楽屋と違って。ここはプライベート空間。イノちゃんのお城みたい。カーテンが引かれて薄暗いけど、テーブルの上にはキャンドルやテキーラのボトルが並んでいて。
イノちゃんはいくつかあるキャンドルに火を灯した。
ふわっと香る、いい匂い。
いつも隣で感じる、イノちゃんの匂いだ。
「隆ちゃん、もうサウンドチェック終わったの?」
「うん!今日はリハだから軽くね。イノちゃんは…さっきやってたよね?」
「ん、今はドラム…やってんね」
耳を澄ませて、遠くから聴こえてくるドラムの音。
イノちゃんはにっこり微笑むと椅子を引き寄せて腰掛けた。
「どうしたの?…そんなに」
「え?」
何の事を言っているのかすぐにわからなくて首を傾げたら。イノちゃんはテーブルに置いた、三人に貰った物を指差した。
「皆んながくれたの。えっと…スギちゃんと真ちゃんとJ君ね」
「へぇ…」
「それがね?おもしろかったんだ!」
「ん?」
「皆んな、『隆おいで』って俺を呼んで、こんなの好きでしょ?って言って、これくれたんだけど」
「ーー…」
「三人とも、言ってる内容は同じなのに全然違うの。口調とか声とか声量とか言い回しとかね?」
「ーー…ふぅん?」
「それがおもしろいなぁ…って。言葉って奥が深いなぁ…って思ったの」
じっと腕組みして。時折うんうん頷きながら、イノちゃんは俺の話を聞いていた。
でも。
ふぅ…とため息をついて、ガシガシと頭を掻くと。
おもしろくなさそうな声で、ボソッと言った。
「アイツら隆ちゃんが好きなんだよ」
「ん?」
「油断ならねーよ」
「ーーイノちゃん?」
イノちゃんは独り言みたいに呟いたと思ったら、またじっと俺を見る。
「ーーー誰の『おいで』が良かった?」
「え?」
「隆おいでって言われて。好きだった『おいで』はあった?」
「……」
ーーーまたまた変な事を言い出すイノちゃん。しかも何となく不貞腐れて見える。
…こうゆう時のイノちゃんは、はぐらかしたり誤魔化したりは出来ない。
何かがイノちゃんの心の琴線に触れたんだろうから、ちゃんと言ってあげないとな。
「えっと…」
俺は、うーん…と考える。
ちらっとイノちゃんを見ると、やっぱりじっと俺を見てる。
俺は慌ててまた考える。
「ーーー」
でもさ?イノちゃん。
よく考えてみて。
どんな誰の、それがあの三人でも。
絶対に敵わないひとがいるんだよ。
そのひとの言う事する事。
俺はいつだって翻弄されて。
どきどきして、きゅんとして。
時にはいらいらしたりムカッとする事もあるけど…。
そのひとの事が大好きだから。
愛してるから。
三人の『おいで』ももちろん好きだよ。
あったかくて、優しくて、何だろう?ってワクワクするよ。
でもね。
そのひとの『おいで』は、俺にとって別格なんだ。
あったかくて、優しくて、ワクワクして。でもその先を期待してしまう『おいで』。
触れてくれるの?愛してくれるの?って思っちゃう。
両手を広げてくれて抱きしめられたら。俺はもう、何も考えられなくなるんだよ?
「ーーーーー」
「……」
「ーーーーーーーーーー」
「…隆?」
「……………ねぇ、イノちゃん…」
「ん…?」
「……おいでって、言って?」
「ーーー」
「……イノちゃんに言われたいよ」
こんなお強請り、正直恥ずかしいんだけど。
ーーーでも、これは本心だ。
イノちゃんの『おいで』が好き。
『おいで』のその先が、堪らなく好き。
微笑んで、ちょっと首をすくめた感じで。俺に両手を広げるイノちゃんが大好きだよ。
「っ ーーー」
俺の懇願に、イノちゃんはちょっと驚いた表情で。
でもすぐに、すごく嬉しそうに笑って。俺に両手を広げてくれて、低くて優しい声でイノちゃんは言ったんだ。
「隆、おいで」
「っ …」
ほら、やっぱり。
たったこれだけの事で、鼓動がすごい。
どきどきして、胸がきゅうっ…ってなる。
こうなると、もうだめだ。
まるで操り人形みたいに、俺の足はイノちゃんへと進む。
目が離せない。
広げられた腕の中に、身体を預けると。イノちゃんはぎゅうっと抱きしめてくれる。
あったかくて、気持ちよくて。
俺もイノちゃんに縋り付く。
今まで何度もしてきた、イノちゃんとの抱擁。ーーーーーこの後の展開も、もうわかってる。
イノちゃんの唇が、俺の髪やおでこにおちる。目元、頬にも触れてくれる頃、俺は目を閉じる。
でも今日は、イノちゃんを間近で見たくて目を開けていた。
そしたら。
「目、閉じろって」
瞼にキスされて、結局目を瞑ってしまう。
後頭部にイノちゃんの手が回されて、髪に指先が埋まって撫でられる。
気持ちいいなぁ…って思っていたら、イノちゃんの指先で唇をなぞられて。そのまま、唇が重なった。
ちゅ…っ …ちゅ…と。
触れるだけのキス。
こんなキスも好き。時々微かな微笑みが溢れて、幸せな気持ちになれるから。
ーー…でも。
「っ ん…イノちゃ…」
「ん…?」
「もっと…っ 」
「ーーー隆、えっち」
「いいもんっ …」
「ーーいいよ」
めちゃくちゃにしてあげる。
そう言って。イノちゃんの舌先が俺の唇に押し入って。俺の舌を捕まえて、息もつけないくらい絡め合う。
さっきと違って、軽い音じゃない。
湿った水音。身体の芯が熱くなる、愛し合う音が響く。
「っ …りゅ…」
「ぅん…っ ふ…」
「ーーーっ …」
「ん…っ ぁん…」
苦しくて、愛しくて。
涙が溢れる。
イノちゃんはそれをそっと拭ってくれた。
「隆っ …」
「っ ん…ーーー」
「俺が好き?」
「ぅんっ …」
「おいでって、これからも言うからな」
「ん…言って。何度も言って」
「ん。」
「言って…?」
「ーーー隆、えっち」
「いいもん」
「ーーいいよ」
「ん…」
「隆、おいで。ーーーめちゃくちゃにしてあげる」
愛してあげる。
end
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