ハロウィンの黒猫とパンプキンヘッドがくれたキャンディ












ハロウィンにおけるお菓子の役割。

それは、魔除けなんだって。
お菓子をあげますから、悪いもの、怖いものは去ってください。
どうか元の平穏に戻ってください。

ーーーって。






「これね、のど飴なんだ」

「え…?」

「ホント、たまたま見つけたんだ。仕事で初めて行った所の、立ち寄ったカフェでね?手作りのキャンディなんだって」

「そうなの?」

「うん。包装もさ、すげえ可愛いでしょ?普段はもっとシンプルらしいんだけど、このハロウィンの季節だけこうしてるって」

「すごく…オーロラ色が綺麗だなって思ってた」

「しかも喉に良いって聞いたもんだから、これは隆ちゃんに買ってかなきゃ!って」

「ーーーそうだったんだ。…朝起きて、手のひらにいつの間にか握り締めてたから、これどうしたんだろうって思ったよ」

「ーーーや。だってさ」

「ん?」

「あの夜は、結構無理させたな…って思ったから」

「っ…」

「リハも近いのに、隆の喉に負担かけてたら…って思ったから」



ーーーイノちゃん。
そんな事気にしてくれてたんだ。



「ホントはライブの時にあげようと思ってたんだけど。ま、ちょっと早まったけど、結局隆にあげる物だから良いやって」



照れくさそうに笑うイノちゃん。
ーーーどうしよう。多分俺も、嬉しくて今カオが赤いと思う。



「ありがとう、イノちゃん。すごく美味しかったよ?そんな事思ってくれてたなんて嬉しいよ」

「そう?ーーー良かった」



イノちゃんは本当に嬉しそうに微笑んで、シャツのポケットをゴソゴソ探ると。オーロラ色のキャンディがたくさん出てきて、それを俺の手のひらに山盛り追加で乗せてくれた。



「わ、いっぱい!」

「あげる。隆、ライブ中も飴食ってるだろ?」

「う、うん」

「時々ステージ上で頬っぺた動かしてるから何かと思うよ」

「あ!そうだ!前に俺の食べてる飴ちょーだいって、ステージでやった事あったでしょ!」

「あー、ハハ!あったねぇ、あったあった」

「あれホント、返事に困ったんだから」

「えー?だってさ」

「え?」

「多分アピールしたかったんだよ。俺はこんな事できるくらい、隆が好きなんだよって」

「っ…~~」


そんな事、そんな嬉しそうに言わないでほしい。恥ずかしい、照れるし…
でも俺だって、イノちゃんにならなんだって出来るよ?






「ーーーあのぅ…隆一さん…イノランさん?」



イノちゃんの蕩けそうな視線に、今ここがどこだか忘れかけていた時。
控えめな葉山っちの、マイク越しの声が聞こえた。
ハッとしてステージを見ると、苦笑を浮かべた葉山っちとスタッフ達のぬるい笑顔。



「ーーー今のでOKですかね?」


…しまった。
よく聞いてなかったよ…。

葉山っちごめん!皆様もごめんなさい!


「「もう一度お願いします…」」



二人して頭を下げて。
大丈夫ですよ~!もう一度いきますね。って葉山っちの声を聞きながら。

それでも俺たちは、誰にも見えない客席の陰で。
いつの間にか重ねた手を、離すことはなかったんだ。













翌日。

いよいよ今日はライブ当日。
天気も最高。今日も秋晴れ。

午後になって、ファンの子達が集まって来てくれる様子を見て、どんどん気分も高まっていく。



「間もなくだね」

「そうですね」

「そうだな」


ーーーこの掛け合い。
この三人のゆるっとした感じ。ルナシーとはまた違う愛おしさがあると思う。



「ーーー結局今日の仮装知らないや」

「昨日時間無かったもんな」

「でも本番のお楽しみって事で、いいですよね」

「逆にどんなの用意されてても却下できない(笑)」

「あはは!そうだね」


仮装のチェックは、結局昨日のリハ中に時間が取れず。
ぶっつけ本番。俺たちも知らない。
どんな衣装が用意されているのか、ちょっと楽しみだ。




ーーーハロウィンか…。

何だか気付いたら、日本中で広まってた印象のこの行事。

それでもこの時期になると、あちこちで飾られるカボチャや魔女。お化けやコウモリ。元々の始まりは収穫祭とか邪気払いとか、そうゆう起源があるらしいから。きっと村の大切なお祭りだったんだろうな…って想像する。

国は違っても、そういうものに触れると、とても胸がほっこりするんだ。








「本番一時間前です!」


談笑していた俺たち三人の元に、スタッフが声掛けに来た。









久しぶりのユニットのライブ。
進行は上々。

新曲を携えてのライブだから、程良い緊張感と、やっぱりこの上ない楽しさ!
ルナシーともソロとも違うこのユニット。もうこれは手放し難い、大切な世界だ。


ライブ中盤を過ぎて、後半のMC。
ステージは暗くなって、先程までとはちょっと違う雰囲気に。
予め葉山っちが録っておいてくれた、摩訶不思議感溢れる音楽が流れる中。
俺たちはいよいよ仮装。

ーーーホント、どんなのなんだろう?
ステージ袖も薄暗いから正直お互いの姿もよくわからないから。
どきどきだね。

イノちゃんも葉山っちも、どんな姿で出てくるの?
…ってゆうか、俺自身もよく見えない。
スタイリストさんがなんかしてくれてる。
ーーーOK?もう大丈夫?




「出るよ?」





暗いステージを歩く。
葉山っちがピアノの前まで来て、イノちゃんが上手側に立つ気配がする。

立ち位置に着いて、間も無く。
ステージのライトが点いた。
明るさで、思わず目を細めてしまった。



わぁっ‼…という大歓声が会場に響き渡る。
俺は目を開けて、周りを見渡した。
まず装飾にびっくり。
何本も立てられたキャンドル。…これはイノちゃんのアイディア。実際目の当たりにすると、その揺れるたくさんの火に見惚れてしまう。
そして、葉山っちのピアノ回りに置かれたジャック・オ・ランタン。この中にも小さな火が灯ってる。

ーーーそして、何よりびっくりなのが。

やっぱりリスのコーディネート。茶色でふさふさで可愛くきまった葉山っちと。
イノちゃんが…っ…ーーーーーー



「ーーーカッコいい…」



つい。思わず呟いてしまった。
もちろんノーマイクで。



シルクハットを頭に乗せて、ブラックコートに黒のギター。カボチャのお面を斜めに着けて。
ーーーなんかこの姿、先日見たパンプキン・ヘッドみたいだ!

今初めて仮装したはずなのに、もう着こなしてる。



「ーーー…カッコイイ…」


もう一度呟いてしまった。
今ここはステージの上なのに…。

でも。イノちゃんも、さっきからじっと真顔で俺を見てる。
ーーーあ。もしかして俺、変なかっこしてんのかな…?
俺どんな仮装してんの?



「俺どんな仮装してんの?」



って、そのままを聞いた。
マイクを通して、周りの皆んなに。客席に。
ーーーそしたら。



黒猫!


ーーーって。



「ーーー…え?」



「俺、黒猫の仮装してんの?」



葉山っちとイノちゃんを交互に見渡したら。
葉山っちは、似合います!って口パクしてる?
…イノちゃんは…


ーーーイノちゃんは。


















ライブは無事終了。
大歓声の中、終える事が出来た。

新曲も皆んなに喜んでもらえて、このユニットでのライブを、もっともっとやりたくなった。そんな夜だった。


お疲れ様!って、解散して。
マネージャーの車に乗り込もうとした時だった。



「隆、これから来れる?」

「え?」


イノちゃんが、俺の手を掴んで呼び止めた。
その表情は。
優しいのに、ちょっと…違う。
自分自身に、苦笑いしてる感じのイノちゃん。

打ち上げで語りきれなかった、今日のライブの事も話したかったし。純粋にイノちゃんといたい気持ちもあったから、俺は二つ返事で頷いて。
今日の帰りは、イノちゃんのマネージャーの車に乗って、イノちゃんの家に帰る事になった。












……………………


「お邪魔します」

「はい、どうぞ」




イノちゃんの家に着いて、ホッとひと息。
通い慣れたイノちゃんの家。
早速玄関を上がって、リビングへ。
イノちゃんはキッチンでお湯を沸かしながら、隆ちゃん先にお風呂入っていいよ。って。
お言葉に甘えて、勝手知ったるバスルームへ向かう。
髪を洗ってお湯をたっぷりと浴びて。
ライブの疲れも程よく解れて、あったまった身体で外に出た。
入れ替えでイノちゃんはお風呂。
俺は髪を乾かして、着替えて今日の荷物の整理。

そういえばスタッフ達からもプレゼントをもらってしまった。可愛いハロウィンのお菓子セット。
封を開けると、美味しそうなお菓子の詰め合わせ。これはスタジオに持って行って皆んなでいただこう。
有り難くお菓子をしまいながら…あれ?

これはなんだろう?
イノちゃんも何かもらったのかな?
真っ黒なギフトバッグがソファーに置いてある。

何かな?って思っていたら、その時背後から。



「それ開けていいよ」

「…え?」



お風呂上がりのイノちゃんが、タオルで髪を拭きながら俺を見て言った。



「いいの?」

「いいよ、開けてごらん」

「うん」



言われるままに袋を開ける。ーーーと。



「っ…あ」

「もらってきちゃった」



入っていたのは、猫耳。
俺が今日のステージでつけた、黒猫の耳だった。










ーーー猫耳。黒猫の耳。
もう今では、すっかり見慣れてしまった。





「ーーーまさかさ?」

「え?」

「まさか隆が黒猫になってステージに…なんてさ」

「あ、ライブで?」

「そう。びっくり」

「ーーー俺もびっくりしたよ!」

「正直。どんな反応しようかって、迷ったし…困った」

「ーーーん」

「つか…ーーー」

「うん?」

「あの瞬間、思い知った」

「ーーー」

「ーーー独占欲が、ヤバい」

「っ…?」

「黒猫の隆は誰にも見せたくない。俺のものだっ…て。独占欲」

「ーーーイノちゃんっ…」

「だから…隆?」

「ぇ…」

「も一度見せて?俺だけの可愛い黒猫をさ」


この時のイノちゃんは。
目は優しいのに。声も優しいのに。
その醸し出す雰囲気は、まるで魔のもの。
パンプキン・ヘッドの衣装を纏った。格好良くて、ちょっとだけ怖い。
ハロウィンの夜にぴったりのイノちゃんだった。













「っ…ーーー恥ずかしい」

「いまさら?」



ライブで使った、あの猫の耳。
それが今は、俺の頭の天辺にくっ付いている。

ホントならイノちゃんだけの。
イノちゃんにしか見せるつもりがない、黒猫の俺。

薄暗い寝室。
数本のキャンドルに、火を灯して。
オレンジ色のあったかい明かり。
まるでステージの、あの時の照明みたいだ。




「イノちゃんっ…そんな…見ないでよ」

「なんで?こんな可愛いのに、見るななんて難しくない?」

「だっ…て、恥ずかしい」

「あんな大勢の前で黒猫になったくせに」

「そんな…俺だけのせいじゃ…」

「わかってるよ。あの黒猫は仮装。ステージでのもの。俺だけの隆じゃない」

「ーーーイノちゃん」

「…でもな?」

「ぇ…?っ…あ…」




トサ…。




背中がふかふか。
ベッドの上に押し倒されたんだって、その感触と、上から見下ろすイノちゃんを見て。
気付いた。

ーーーあ。まただ…


ーーーイノちゃんが…




「俺にしか見せない、とっておきの隆を見せてよ」



ーーーーー格好いい。





吸血鬼が血を吸うみたいに、イノちゃんは俺の首筋に舌を這わせる。



「っ…ぁん」

「ちょうど一年前だったもんな?」

「え…っ…?」

「初めてお前が、黒猫になってくれたの」

「んっ…ん…ーーー」

「ホントはもっと会いたい。会いたいけど…いつでも会えるってわけじゃないから。…だから幸運に出会えた時は」

「ーーーあ…ぁっ…イノちゃん」

「ーーーめちゃくちゃに愛してあげようって、決めてる」



そう言って、薄暗闇でもわかる。蕩けそうな微笑みを浮かべて。
かろうじて一枚羽織っていた俺のシャツをスルッと剥がす。
イノちゃんも着ていた物を脱ぎ落として。
素肌同士で重なり合うと…気持ちいい。
あったかい。
イノちゃんのどきどきが響く。

そんなのをダイレクトに感じたら。
黒猫の自分も。
恥ずかしさも。

それすら、快感で。
縋るだけ。




「イノっ…ちゃ…」

「ーーーほら」

「あっ…んーーー」

「もっと鳴いてよ」



耳朶を齧られて、顔中にキスをされて。
でも、唇にキスしてほしいのに。まだしてくれない。それを知ってて焦らしてるんだ。



「意地悪っ…」

「そうだけど?ーーーだったら言って?どうしてほしいのか」

「っーーー」

「…隆」

「っ…ーーーーーキス…して?」

「ーーー」

「もっと、わけわかんなくなるくらい…」



ぺろりと。
イノちゃんは唇を舐めて、この上なく幸せそうに目を細めた。



「ん…ぅっ…」

「りゅ…ーーー」



キスは合図だ。
始まりの。
これから愛し合う、二人だけのものだ。





















ーーー真夜中に目が覚めた。
灯したキャンドルはもう消えて。
部屋の中は深い青い色。

剥き出しの肩に寒さを覚えて、俺は隣に眠る恋人に擦り寄った。



「ーーーあったかい」


あったかい…と呟いた声が掠れてる。
ーーーそりゃそうだな…って、俺はひとり苦笑い。

ライブの後。
その後で、眠りに堕ちるまでセックスした。
イノちゃんに与えられる甘い痛みと気持ち良さで。俺は何度も何度も喘いだはずだから…。




「ーーーん…隆?」


目の前のイノちゃんが微かに声をあげた。


「ごめんね、起こしちゃった?」

「ん?…大丈夫だよ。ーーーそれより…隆?」

「ぅん?」

「声。…ちょっと掠れてる」

「あ…うん。でも平気だよ」

「ーーー」

「すぐ治る」

「ーーー」




しばらくじっと俺を見てたイノちゃんは。手をベッドサイドテーブルへと伸ばすと、そこに置いていた物を取った。
そしてカサカサと音を立てて取り出した物。



「ーーーキャンディ?」

「ん、そうだよ?ーーーなぁ、隆」

「え?」

「ちょっとだけ、口開けて」



イノちゃんは持ってたキャンディをコロリと自分の口に入れると。
俺に向かってにっこり笑う。

ーーーもうわかっちゃった。
イノちゃんの考えてる事。




「ーーーキャンディ、ほしい?」

「ん…ほしい。ーーーイノちゃん」

「ーーー」

「ちょうだい?」

「ーーーいいよ」

「うん…ぁ…ーーーん…」




絡み合う唇の隙間で、キャンディがとけて目眩がする程気持ちいい。

俺に再びキスをするのは、俺だけのイノちゃん。
あの日出会ったパンプキン・ヘッドみたいに格好いい。
優しくて、ちょっとだけ意地悪な大切なひと。

目を閉じれば、オーロラ色のキャンディみたいな。きらきらした七色の光。
そんな中で、俺とイノちゃんは。

いつまでも飽きもせず、愛し合うんだ。


ハロウィンの黒猫はあなただけのもの。
甘く鳴くのはあなたにだけ。

キャンディをくれるあなたは、俺だけのもの。






happy Halloween.

end.






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