ハロウィンの黒猫とパンプキンヘッドがくれたキャンディ












みんな逃げて行く。
仮装した子供達は、わぁっ…と雲の子散らすように。
大人達は、煌めく飾りのついた木々の向こうから窺うように。

恐怖じゃない。
皆んなが遠巻きに〝彼〟を見るのは、怖いからじゃないんだよ。

これから始まるカーニバルの、〝彼〟は主役だから。
カボチャ頭に、愛嬌のある空洞の目口。王様の王冠をちょこんと乗せて、真っ赤なコート
がカッコいい。

パンプキン・ヘッドの彼。















《ハロウィンの黒猫と、パンプキン・ヘッドがくれたキャンディ》

















「ーーー」



アラームの音で目が覚めた。


薄っすらぼんやり目を開けて。視界が次第に開てくると、俺は少し身動いだ。


…ちょっとだけ、身体が怠い。
その理由はわかってる。
昨夜も彼と抱き合った。
翌朝は早々に仕事に行かなければならない彼。今夜はしないでゆっくり寝よう?って言ってみても首を縦に振らない彼。
結局いつも通りに…以上に。俺をたっぷり愛してくれて、気付いた時にはもう朝のアラームが鳴っていたんだ。

ベッドに寝転んだままで、窓の方へ視線を飛ばす。カーテンの隙間から細く見えるのは、青い色。青空だ。
その青色を見ただけで外の秋風が想像出来て、今日も爽やかで気持ち良さそう!って嬉しくて。
俺はベッドの上に身体を起こした。




…カサ。


「?」




起き上がった時に、緩く握った手の内に、カサリとした何か感触を感じた。
ーーーなんだろう?って思って、その手を広げてみたら。




「ーーーキャンディ?」



オーロラ色の透明な包みに閉じ込められた、オレンジ色の丸いキャンディ。



「ーーーなんでこんなの持ってんだろ…」



見た目はとっても綺麗。可愛いキャンディだ。こんな印象的なキャンディ、一度でも見てたら忘れないと思うけど…。
俺はこれに見覚えが無くて、キャンディを見つめたまま首を捻る。
それに昨夜はお風呂に入って歯を磨いて、その後は何も食べてない。その後は彼…イノちゃんとベッドに入ったんだから。



「ーーー…もしかして、イノちゃんの仕業?」



時間になったら仕事行ってるから、隆はゆっくり寝てていいからな?
俺を抱く前に微笑んでそう言ったイノちゃん。今頃は取材を受けるという出版社に赴いているだろう。



「置き土産…かな?」



朝、直接に挨拶出来ないから。
おはよう。と、起きがけにいつも囁いてくれる、愛してるの意味?
よくわかんないけど、その愛嬌たっぷりなキャンディが美味しそうで。
起きて着替えて、紅茶と一緒に頂こうかな…って思った。







「ーーーって、そんなのんびりしてる場合じゃなかったんだ」


数日後に迫った俺たちユニットのライブ。今年のライブは十月末に行われるから、時季的にハロウィンの要素もちょっと加えようかって事になった。
MCの間にちょっとした仮装とか、ステージのセットとか。曲も何かできるかな…なんて思ったりしてるけど。
今日は舞台監督さんとステージのイメージの最終チェック。イノちゃんは朝から別件の仕事だし、葉山っちも依頼されてる曲の締め切りの兼ね合いで今日は来れないから。
俺がユニットメンバーを代表して、監督さんとマネージャーと、各スタッフ達と当日の会場に赴く予定だ。




「取り敢えずシャワー浴びて、紅茶は…飲んで行こう」



時計を見ると間もなく十時。マネージャーが迎えに来る時間だ。
俺は急に慌ただしくなって、ぱたぱたとシャワーを浴びたり、焼き上がったパンを齧って紅茶を飲んで。
髪を整えて服を着替えたところで、ピンポーン。
マネージャーが迎えに来た。



「はーい」



部屋の電気を消して、鞄を掴んで玄関へ…行こうとして。目に付いた、テーブルの上に置いた例のキャンディ。
オーロラ色の包み紙が、朝陽に照らされて七色に光ってる。




「一緒に行こ!」



俺はキャンディを手に取ると、羽織ったカーディガンのポケットに仕舞い込んで。
今度こそ靴を履いて、玄関を飛び出した。















『もしもし、隆ちゃん?』

「イノちゃん!お疲れ様」

『ん。隆ちゃんもね。…そっちどう?順調に終わった?』

「うん!こないだイノちゃんが提案してくれた案をスタッフさん達が進めててくれて。すっごく素敵なステージになると思うよ?」

『そっか、嬉しいな。ホントはそっちも行きたかった』

「イノちゃんの取材だって大事でしょ?」

『そりゃあ!ちゃんと新曲について語ってきたよ』

「うん!ーーーじゃあ後は、葉山っちが無事曲を納品して…」

『いよいよリハだな?』

「楽しみだね!」

『忙しくなるけどな!』

「いいよ、嬉しい忙しさだもん」

『ははっ、だな。』

「うん」

『ーーーでさ?隆。』

「ん?」

『俺ももう終わったから、このまま会わない?』

「え、これから?」

『そう。ライブ間近はもう休めないから。今のうちに、せっかくだから堪能しない?』

「…何を?」

『ーーーハロウィン。街、どこもかしこも』

「あ…」

『カボチャだらけだ』












「イノちゃん!」



お昼も過ぎて、もうすぐオヤツ時って時間。
突然のイノちゃんからのお誘いに。
喜び勇んで駆け付けたのは、都内の公園。高層ビルやたくさんのショップが立ち並ぶエリアの、そこだけぽっかりと平に均されて広がる公園。
並木道と、ちょっとした運動ができる広場。イノちゃんと俺はそんな公園の正面にある、噴水とベンチがある所で待ち合わせした。

平日の昼過ぎ。ランチタイムも終わったから、ここのエリアは人が疎らだ。
遠目からでもイノちゃんがわかって、嬉しくなってちょっと大きな声でイノちゃんを呼んでしまった。
そうしたらイノちゃんは、かけていたサングラスを外して俺の方を向いて。シィ…って目を細めて微笑んだ。



( …そうだよね、つい… )


ここは外だった。
ひとが少ないったって、いないわけじゃない。
…気を付けよう。

トトト…と、イノちゃんの元まで早足で行って。そのままイノちゃんの座ってるベンチに腰掛けた。



「お待たせ」

「全然、待ってないよ?隆ちゃんお疲れ様。すげえ…元気な声で」

「ごめん。だってイノちゃん見つけたら嬉しくて」

「俺も嬉しいよ、会えて良かった。…つか、昨夜もずっと一緒だったけどな?」

「っ…そうだよ」



身体ヘイキ?ってイノちゃんは気遣ってくれたから、俺は頷いて、大丈夫だよって笑ってみせた。


ーーーそれはそうと。



「ハロウィン、どこに見に行く?」

「ん…まあ、見に行くってゆうか。こっからちょっと移動したショッピングモールの広場に、海外からのショップとかミニ劇場とかが来てるらしいんだ」

「へぇ!」

「もうちょい日暮れになると、ハロウィンまでの一週間。毎日カーニバルが開かれるって今日知ってさ。本場の仮装したパフォーマーが見せてくれるって。これは隆ちゃんと行ってみたいなって思ったんだ」

「いいね!俺も見たい」

「ん、じゃあ行こうか」




これからの予定が楽しみで。座っていたベンチから勢いよく立ち上がった瞬間だった。

コロ…と足元に何か落ちた。



「あ」


あのキャンディだ。ポケットに入れていたんだった。
幸い地面はタイルが張り巡らせてある広場だから汚れる事はなかった。
せっかくの可愛いキャンディ。すぐにしゃがんで拾おうとしたら、横からイノちゃんの手が伸びてキャンディを拾い上げてくれた。



「落ちたよ?」

「あ、ありがとう」

「ーーーん」

「?」



俺の手のひらにキャンディを返しながら、イノちゃんは何か…微笑んでる。
そうだ。これ、イノちゃんがくれたのかもしれないんだった。

イノちゃんがくれたの?って訊こうとしたら、イノちゃんは俺の手をぐっと掴んで歩き出した。



「隆ちゃん、行こ?」

「あ…う、うん!」



ーーー変なの。何だかはぐらかされたみたい。…って事は、キャンディをくれたのはやっぱりイノちゃんなのかなぁ?
くれたって事、知られたくないのかな。
…照れてるとか?
それかまた何か…企んでる?

でもなんにしても、こうゆう時のイノちゃんは、きっと聞いても教えてくれない。微笑んですり抜けて、ここぞって瞬間まで秘密にするんだ。



( だったらそれを楽しみに待とう)


騙されたふり、知らないふりして。
ーーーでもそれも全部お見通しだったりして。

でもいい。



「朝に食べようって思ってたんだ」



そう言って。一瞬だけイノちゃんと繋いだ手を解いて。オーロラ色の包み紙をカサカサと開けて。きらりと光るオレンジ色のキャンディを口に入れた。

口に広がるのはオレンジ味。
チラッと横目で見ると、イノちゃんはじっと俺を見てた。









タクシーで十分位で着いた所。
ここはオフィス街とショップエリアの真ん中辺り。
そこに突如現れた、カボチャがいっぱいの場所。
なるほど確かに、海外色強い可愛くて面白そうなお店がたくさん出てる。
ずっと向こうまで続く街路樹はハロウィン仕様に装飾されて、ちょうど海外の蚤の市みたいな雰囲気でワクワクする。



「隆ちゃん、楽しそう」



よっぽど俺がきょろきょろと興味深そうに見てたのかな。イノちゃんは口元にっこり、俺の耳元で囁いた。
ーーーちょっと…びっくりするよ…。



「あ!隆ちゃん、ホラ。あそこ」

「え?ーーーあ」



イノちゃんが指し示す方向。
そこにいたのは頭がカボチャのひと。(ひと?)
王様の王冠をちょこんと乗せて、真っ赤なコートできめている。
少し離れたここから見ると…人形なのかな?動かない気がする。
ーーーって思っていたら。
突如始まったカーニバルの音楽に合わせて、そのカボチャのひと…パンプキン・ヘッドが動き出した。



「ひとだったんだ。人形かと思った」

「きっとそうゆう、人形の動きが得意なパフォーマーなんだな」

「すごいね…。カッコいい」



音楽に合わせて踊るパンプキン・ヘッド。いつの間にか彼の周りには人だかりができていて、俺とイノちゃんももっと近くで見ようと側に寄った。



「ーーーーーわぁ…」


近くで見るともっとよくわかる。
パンプキン・ヘッドなんて、多分実在しない存在のはずなのに。この彼のダンスと身のこなしを見ると、確かに今ここにいるんだという存在感が伝わってくる。



「ね、イノちゃん」

「ん?」

「このひと、すごくカッコイイね。…目は三角にくり抜かれてるだけなのに。何だか笑ってるみたいだよ?」

「ーーー」



きっと、俺はじっと彼を見てたんだと思う。
カッコイイな、ダンスが上手いなって。
もちろん、そこにそれ以上の他意は無いよ?純粋に魅入ってただけだったんだと思うけど…





「ーーーそうだな」



周りの歓声に混じって聞こえたイノちゃんの返事。
その声がさっきまでの弾んだ声じゃなくて、少し落ちた声だなって気付いたのは。
パンプキン・ヘッドがキャンディをぱあっとばら撒いて、人々の歓声に俺がハッとした時だった。












日が暮れた。
もう外は真っ暗だ。



「ーーー」

「ーーー」



ーーーイノちゃん、どうしたんだろう?
さっきから、やっぱりちょっと…
ほんの僅かな違和感なんだけど…
いつも通り楽しく会話もするし、手を繋いで歩いたりしてるんだけど。



「ーーーイノちゃん?」

「ん?」

「たのしかったね?」




「そうだな」

「うん!」

「ーーーでも」

「ん?」

「ーーーちょっと嫉妬した」

「ーーーえ?」

「隆ちゃんがあんまり熱心に、彼のこと見つめるからさ」

「!」



ーーー嫉妬?

パンプキン・ヘッドに?




「っ…ーーーそんなつもりで見つめてたんじゃないよ」

「ん。わかってるよ」


でも、それでもなんだよ。って、ニッと笑って見せてくれるイノちゃん。その笑顔を見たら、少し安心。
繋いだ手にぎゅっと力を込めて、ちょっとだけ側に寄って。



「葉山っち、無事終わったかな?」

「葉山君なら大丈夫!」

「明後日はいよいよリハだしね?」

「そうだよ。ライブは目前に迫ってる」

「楽しみ!」

「だな?」



そんな話をしながら。
ちょっと早いハロウィン気分を味わって。
イノちゃんと一緒に、この夜を楽しんだんだ。












……………………


「おはようございます!今日のリハーサル、怪我のないようによろしくお願いします」



お願いしまーす!
そんなスタッフ達の掛け声を聞きながら始まった、俺たちユニットのリハーサル。
明日はいよいよライブ当日。
高まる期待。
ライブへの気持ちはもうすでに高いところにある。


会場にいるだけでどきどき。
始まりの空気っていいなぁ…って感慨に耽っていたら。
向こうからスタイリストさんが足早に駆け寄って来た。


「隆一さ~ん!」

「ん?なに?」

「明日のMCの間の仮装。後でチェックしたいんですけど」

「あ、ハロウィンのね?いいよ」



じゃあ後でお願いしまーす!って、スタイリストさんは忙しそうに向こうに行った。
ーーーそうだった。明日は仮装もするんだよね。仮装に関してはスタイリストさんにお任せしてたから、どんなのかはまだわからないけど。せっかくやるならなり切って。
…あのパンプキン・ヘッドみたいには難しいけど…ファンの子達とメンバーと、この時季だけの良い思い出が出来ればいいと思う。





「隆」

「ーーーイノちゃん」


ステージの上でピアノを試奏する葉山っちを眺めていたら、後ろからイノちゃんが声をかけてきた。
俺の座っている客席の隣にイノちゃんも座って、照明の落ちた薄暗い空間でひそひそ話。



「お疲れ」

「イノちゃんもお疲れ様」

「どう?」

「ん?歌?大丈夫、調子良いよ?イノちゃんは?」

「俺も良いよ。この季節はやっぱいいね」

「歌いやすいし、楽器の鳴りも良いしね」



顔を見合わせて、頷き合って。
一瞬ステージ上の葉山っちと目が合ったから、イノちゃんと一緒に手を振った。
手を振り返してくれる葉山っちを眺めながら、そうだこれ。って、イノちゃんがポケットから取り出した物を俺に差し出した。



「ぁ…これ」

「あげる」

「ーーーやっぱり、イノちゃんだったんだ」



俺の手のひらに乗っている物。
オーロラ色の包み紙のキャンディ。
透けて見えるキャンディの色は、今度はピンク色。

びっくりして見上げた先には、優しく微笑むイノちゃんの表情があった。







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