アクアリウム












道なりに進むと、駐車場があった。
料金所みたいなのは見当たらないから、木陰になってるスペースに車を停めた。
他に車は一台も無い。




「いい風」


外に出た隆は、早速深呼吸。うーん!と伸びて気持ち良さそう。

駐車場の端に案内図があった。
近付いて見ると、展望台の表示がある。歩いて五分程と書いてあるから、隆と一緒に上へと歩く。

てくてく歩きながら。俺はちらりと隆を見て、言った。



「隆ちゃん、なんか…ごめんな」

「ん?」

「水族館。あんなに楽しみにしてたのに」

「イノちゃんが謝る事なんて無いよ?」

「…」

「もちろん真ちゃんも、友達の人たちも。誰も悪くない」

「ん…」

「だって俺、楽しいもん。言ったでしょ?ーーーイノちゃんと一緒にってところがポイントだって」

「隆ちゃん」



優しい、隆の笑顔を見て。
つくづく俺も単純なんだけど。
すっかり晴れてしまった。宙に浮いてた不思議な気持ち。

隣の隆の手を手繰り寄せて、指先を絡ませて。そうだ、今日はデートだったんだって。今更ながら思い出して。
そうしたら。
もっと触れたいって。
胸の奥から、熱い気持ちが込み上げてきた。





「ーーーあ、ここ?」

「展望台だ」




ちょうど五分程登った所が、急に開けた場所になった。
小さいながらも、海を臨むかたちで屋根も付いていて。ベンチも置かれて、眺めが良い。

俺と隆は、早速すれすれの所まで寄って、景色を眺めた。



「綺麗」



青い海が眼下に広がって、ここもやっぱり風が気持ちいい。
隆の黒髪が風に揺れている。
隆の匂いが、真隣にある。

デートだから、このくらいいいよな?って、隆の肩を抱いて、身体を寄せる。すると隆も、コテン…と、俺の肩に頭を預けてくれた。


しばらくそのまま、景色に浸っていたら。急に隆が、イノちゃん…って。前方を指差した。

そこには、背の低い木々に隠されるように木製のプレートが地面に刺さっていて。
手彫りなのかな?文字が書かれている。それが…ーーー


〝素敵な一日を〟


「ーーー」


水族館のホームページに大きく載せられていた言葉。それと同じだって、すぐに気付いた。



「でも。よく使う言葉だしな」

「そうだよね」



偶然だよね?って言い合っていた時、前方の海上から声が聞こえた。

ピィー…ピィィー…



「これ…イルカの声⁇」

「え?」

「ーーーーーーーっ…あ、あそこ!いるよ?」

「ーーーホントだ、イルカの群れだ」



隆の弾んだ声で海を見ると、バシャバシャと跳ねるイルカの姿。
ーーー野生のイルカの姿だ。



「ここまで来るんだね!」

「すげえ、こんな群れで…初めてだ」

「水族館には行けなかったけど、ちゃんと見られたねぇ」

「!…ーーーそうだな」



そうゆう事なのか?

ーーー偶然かもしれないけど。
結果的には、素敵な一日を過ごす事ができた。
不思議な出来事も、素敵なひととの出会いも、この景色も、イルカの群れも。

でも。
そこにはやっぱり、隆がいて。
どんな状況でも、笑顔で返してくれる隆がいて。
改めて気付けた、俺にはどんなに隆が必要か。



「っ…イノちゃん」



愛おしい想いがいっぱいになって、隆を強く抱きしめる。
唐突な俺の行動に、隆はちょっと焦ってるみたいだけど…でも、いい。
今は隆を抱きしめたい。
この手を離したくない。
側にいたいんだ。




「やっぱり…好きだ。隆ちゃん」

「え?」

「ホントに好きだよ」

「いの…?」



ね?って目を見て言ってやると、隆も察して恥ずかしそうに目を閉じる。
もうわかるんだ。
指先で隆の唇をなぞったら、引き込まれるのはあっと言う間。



「ーー…隆」

「ン…っ 」

「はぁっ…」

「ふ…っぁ…」



手近のベンチに雪崩れ込んで、止まらないキスは、いつしか隆の首筋までおりて。誰もいないし、止める理由も見つからない。
流石にここで最後までは無理だけど。
ーーー…無理か?



「あっ ぁ…ん…イノちゃ…」

「水族館じゃ、こんな事出来ないもんな」

「え…?」

「ここで良かったかもな。めちゃくちゃ素敵な一日になったじゃん」

「だから…って…こんな所で」

「誰もいないよ?」

「ん…っ…ゃ、待っ…」

「ごめん、もう止まんない」



せめてもの…って、俺の春用のジャケットを目隠しに掛けてあげて隆を俺に跨がらせると。もう観念したのか、濡れた表情でじっと見て。次の瞬間見せてくれたのは、花のような綺麗な笑顔。



「いいよ?イノちゃんと一緒なら」

「ーーー」

「ーーーなんだってできるよ?」



額と額を擦り付けて、微笑み合って。こんな場所で、密やかに隆を抱く。
想像していたデートとはだいぶ変わってしまったけど。
ーーーでもね。

愛情にも欲望にも忠実な、こんな行き当たりばったりなデートが。
きっと今の俺らには、ちょうどいいんだ。


















くったりと。気怠げに脱力した隆が落ち着くまで、肩を抱いて海を見る。
すっかり乱れてしまった衣服を隠すように、隆にジャケットを羽織らせた時。

フト。気が付いた。

ジャケットの左手側のポケットに入れていた、あのチケットが。いつの間にか、無くなっていたんだ。







end…?
















…おまけ






「おー!イノと隆ちゃん、どうだった?楽しんで来たかー⁇」


不思議なデートから帰った、翌日。
いつものスタジオに行くと、真ちゃんがにこにこして言った。


「楽しかったよ?ね、イノちゃん」

「だな、めちゃくちゃ楽しかった」

「真ちゃんありがとう」


俺と隆の返事に、真ちゃんはますます上機嫌で、良かったなぁ~!って笑った。


「ところでさ、真ちゃん。あのチケットの一番初めの持ち主ってさ?面識無いんだよね?」

「うん。友達の友達までは知ってるんだけど」

「そうだよね…」

「うん?なんかあった?」

「ううん!何にも無いよ?楽しかったよ」

「隆ちゃん良かったな、イノと水族館デート!最近できたばっかの所だから混んでたんじゃない?」

「「え?」」

「俺も一度行ってみたいよなぁ…。ショーとかもすごいらしいしさ。プロジェクションマッピングとかさ、使うんだろ?やっぱ、すごかった?」

「え…ーーーあ、うん」

「場所は行きやすかっただろ?近いし良いよな」

「「っ …ーーー⁇」」


真矢ぁ~!って、隣の部屋からスギちゃんに呼ばれて。真ちゃんは、ちょっと行って来るわ。って向こうへ行った。

残された俺と隆は。
ここにきて、マジで呆気にとられてしまった。


「ーーー」

「ーーー」


え…。
ホントにこれは。狐につままれたんだろうか…⁇


顔を見合わせて言葉を失くす俺と隆。
あの時の不思議な感覚がまた蘇ってくる。

ーーーーーーと。


「おはようございます!」


「わぁっ ‼」

「っ …‼」

「な…何ですか⁇」


背後から突然かけられた聞き慣れた声に、二人して思わず飛び上がる。
…びっくりした。
葉山君か。


振り返って、俺と隆はここでまた。


「「コンビニのお兄さん‼」」

「ーーーーーーーーはい?」


なんて事だ。ーーー今気付いた。
あの時のコンビニのお兄さん。

そういえば、葉山君とそっくりだった。




end





.
2/2ページ
スキ