きみとしたいこと。
《好きでいること》
「520円のお返しです」
(ん、?)
「ありがとうございました」
520円のお返し。
520円。…520…
「ーーーくくっ、馴染みのある数字だと思ったら、」
5 2 0
「隆のバースデー」
今年はもう過ぎちゃったけどね。
君に通じる何かと出会うだけで、俺の心は軽やかになる。
好きだって、再確認する。
コンビニで買ったものはコーヒーと…オレンジジュース。
御察しの通りコーヒーは俺で、ジュースは…
「隆ちゃん、」
「イノちゃん!」
「おまたせ。ーーーほら、ご所望の」
「オレンジジュース!ありがとう」
「どーぞ」
公園のベンチで脚をパタパタ遊ばせながら待っていた隆に声を掛ける。
そしたら隆はパッと顔を上げて、溢れんばかりの笑顔で俺を呼んでくれた。
梅雨の中休み。
…と言っても傘は手放せないけど。
隆とデートってわけだ。
いつもの海岸コースと、綺麗に咲き始めた紫陽花コース。
雨が降り出さないうちに紫陽花を見終えて、今は海岸沿いの小さな公園でひと休み。
隆はジュース。
俺はコンビニのセルフのコーヒー。
海風に混じってかすかなオレンジの香りが鼻先を擽るだけで、気分は一足先に真夏へと行くようだ。
「ーーー隆の髪、可愛い」
ごっきゅん。
「…ふ、ぇ?」
「……あの、すげぇ音したけどヘイキ?ジュース喉に詰まってない?」
「…へ…へへへ…へぃき」
「ヘイキ?」
「ぅ、うん!」
ーーーまぁ、ジュースは詰まったりはしないよな。
「…イノちゃん変なこと言うから」
「ん?」
「ーーーーー髪、」
「ああ、可愛いって?」
「そうだよー。俺、やなんだから」
「や?」
「…ただでさえ梅雨時ですぐクセが出てまとまんなくなるのにさ。ここは海の側だからもっとなの」
「そっかな」
「そーなの。イノちゃんみたくちゃんとまとまらないの!」
「 (俺もそれなりに癖っ毛だけどね)…でも隆ちゃんのは、こう…さ、」
「え、?」
「ふわふわって感じで、襟足の毛先がぴょんって跳ねて可愛いよ?」
「えぇ~っ⁇」
俺はやだよ~…って、隆は途端に髪を気にし始める。
唇をツン…とさせて、手櫛で髪を撫でて、片手にはジュース。
そんな姿に俺の心は鷲掴みにされてるって隆は知らない。
自覚してほしいんだけどね、本当は。
無自覚で可愛い姿や仕草を振り撒いてんじゃないかって気が気じゃないんだよ。
「ちょっと欲しいな、」
「ん?オレンジジュース?いいよ」
「ありがと。でもこれは隆のだから、」
「え、?」
「ーーーこっち、もらうよ」
じっと見つめる。
そらさせない。
隆と視線を重ねて、
ーーー…ちゅ、っ…
唇を重ねる。
隆は途端にぎゅっと目を瞑ってしまうから、俺は震える瞼を愛おしく見つめる。
俺のする事でこんなになる隆が可愛くて堪らない。
重ねた唇からオレンジの匂いと味がして、隆と今キスしてるんだって、妙にリアルに実感できて心臓が壊れそうなくらいにどきどきする。
「…ん、っ…」
くちゅ…っ、
「ぁっ…はぁ、」
「…りゅ、」
「ーーーっ…ん、んー」
「ーーーごちそうさま」
「イ、ノ…」
こてん。
クタリとしてしまった隆をぎゅっと抱きしめると、鼻先に隆のふんわりした髪が擽ってまた堪らない。
隆の匂いも、ちょっと湿気でしっとりした肌も。
そうだ…。
そうなんだよ。
ーーー知ってるか?隆ちゃん。
「520円とかさ」
「ーーー?…5…なに?」
「ふわふわ髪の隆とかさ」
「ーーー⁇」
「ただのオレンジジュース飲んでるだけでエロくて可愛いってどうなんだ?って隆もさ」
「だ…何の話⁈」
全部、全部。
君のことが好きだから。
君に夢中で、君に恋してて。
だからなんだよ。
「隆が好きってこと」
end
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